2025年3月2日日曜日

家出-目的地に到着して今後のことを考えた

シーズンオフの観光地に到着

目指していた観光地に到着した。

着くまで気づかなかったんだけど、ちょうどシーズンオフで人もまばらだった。

人が多ければその分賑やかになって気持ちも華やぐが、人の少ない観光地もそれはそれで趣がある。

本当に来ることになった時もシーズンオフなら良いな。

そうしたら宿泊費も安く済むんだけどな、などと考えていた。

本当は前もって予約を入れた方が安くなるのだが。

いつ【その日】がやってくるか分からない。

だから、全て家を出てから動かなければならないというのがまず一つ目の問題だと分かった。

電車を降りて少し歩いてみると、気持ちの良い景色が広がっていた。

私はそれを見ただけでとても癒されて、やや興奮気味に子どもに声をかけた。

「見て!すごいね~。綺麗だね~」

と言いながら遠くを指さすと、子どももその方向を見て

「きれいね~」

と目を輝かせた。

この時どこまで理解していたのかは分からないが、私の言ったことに共感してくれる存在がただただ嬉しかった。

小さな子どもでも、こんな風に共感してくれるのだ。

夫なんて常に上から目線で否定してきて、私の意見はほぼ無視。

肯定的にとらえられることはなく、自分の言うことを聞いていれば良いんだという考えだった。

いつも寂しかった。

怖いだけでなく寂しいなんて、一緒に居る意味なんて全く無いよね。

時折すれ違う人たちはパートナーや家族ととても仲良く見えて、そんな場面にも心が痛んだ。


お昼を食べて、宿の下見

しばらく歩いて、近辺を散歩した。

幼い子どもを連れているからそう遠くへは行けないのだが、それでもかなり楽しめた。

歩いているうちにお腹が空き、子どもと一緒に

「何を食べようか」

と言いながらまたウロウロ。

偶然見つけたお店が値段も手ごろで子どもが食べられそうなメニューもあったので、休憩がてら入ることにした。

こういうのも本当に久しぶりで【生きてる】という実感がわいてきた。

普段も時々は出かけるけど、夫がすぐ傍にいるような錯覚をしてしまい息苦しかった。

でも、遠く離れたその場所ならそういう気持ちにならなかった。

お昼を食べた後は宿の下見へ。

徒歩圏内に数軒の宿があり、お値段が分からないのでネットでポチポチ検索をした。

あー、ここは評判が良いとか、ちょっと高めだから連泊が難しいとか。

色んなことを考えながら実際に利用することになった時のことを想像した。

その日が一日でも早くくれば良いな。

そう思いつつ、時間も迫ってきたので引き上げることにした。

帰りの電車の中で、手持ちのお金で何泊できるだろうと考えたら意外と泊まれることも分かった。

交通費だって各駅を使えば節約できるし、探せばもっと安く泊まれる方法があるかもしれない。

そんな希望を見出しつつ、実は後回しにしていた問題に頭を悩ませていた。

それは、家を出てからしばらくの間の仕事はどうするのかということ。

私は日頃から会社を休むことがほとんどない。

だから有給は余っているけど、一気に使っても大丈夫なのかという不安もあった。

それで、会社の人に一度相談した方が良いのだろうか、と考え始めていた。

私の仕事をバカにする無職の夫

一生懸命働いても認められない 夫は常々私を見下していた。 仕事に関してもそう。 別に夫に認めて欲しかった訳ではない。 生活するためには働かなければならないんだし。 自分たちが生きていく分の最低限の収入を確保するのは当然だと思っていた。 だからいつも必死で気にする余裕も無かったんだ...