2026年3月13日金曜日

教育虐待を受けた子の塾見学

緊張していた子ども

同じ小学校の子が多数通う塾に、

さっそく見学の予約を入れた。


当日。


私は仕事を終えて急いで帰宅し、

すぐに子どもと一緒に家を出た。


余談だが、この頃から私は

通常勤務に戻っていた。


残業する日もあり、

その分、子どもが一人で過ごす時間も増えてしまった。


それでも、

お金の面では少しずつ安定してきていた。


その日に見学した塾は、

想像していたよりもずっとフレンドリーで、

私は好印象を持った。


けれどなぜか、

子どもはとても緊張していて、

カチコチに固まっていた。


途中でお友達が来て

話しかけてくれたのに、

薄く笑顔を見せるだけ。


家に帰ってから聞いてみると、


「なんか、あんまり好きじゃない」


と、一言だけ。


複雑な感情があったのかもしれない。

言葉では上手く表現できない気持ちが。


ここで夫なら、

きっと無理やり通わせたと思う。


でも、それでは意味がない。


自分で一歩踏み出そうとしている

子どもの気持ちを、

私は尊重したいと思った。


夜は反省会

見学を終えて家に帰り、

その夜は親子で反省会をした。


そして気づいた。


聞かなければならないことを、

半分も聞けていなかった。


自分でも気づかないうちに、

緊張していたのかもしれない。


その夜は子どもと一緒に、

「次はこうしよう」と作戦会議。


たくさん話して、

ゆったりとした時間を過ごしながら


「幸せだな」


と、しみじみ感じていた。


穏やかな時間だった。


けれどそれを遮ったのは、

一通のLINEだった。


一気に、緊張が走る。


どうでもいい内容かもしれない。

それでも、気の重い確認だ。


嫌な気持ちになりながら、

LINEを開いてメッセージを確認した。


内容は――


義両親が買った子どもの服を、

持って行きたいというものだった。


そのメッセージを見た瞬間、

胸がざわついた。


嫌な予感がした。

2026年3月12日木曜日

やる気を出した子に、私ができること

本気度を探った私

子どもがやる気を出したことが嬉しい。


本当に嬉しくて、

「やっぱり家を出て良かったんだ」

と改めて思った。


でも同時に、

にわかには信じられない気持ちもあった。


だって、あの環境をやっと乗り越え、

ほっと一息ついたばかりだったから。


私なら、数か月はボーッとしてしまうだろう。


心の回復には時間がかかると言うけれど、

それを肌でひしひしと感じていた頃だった。


何をしても、夫の影響がついてまわる。

「これはやっちゃだめだよね」

と後ろ向きな考えに支配されてから、

いつもハッと気づく。


ああ、もう夫はいないんだ。


自分がそんな感じだったから、

子どもも同じだろうと思っていた。


でも、私なんかよりはるかに力強く、

回復の兆候を見せていた。


この時は本当に、

「子どもって凄いな!」

とただただ感心するばかりだった。


さて、じっくり話し合った結果、

本当に「塾に行きたい」のだと

はっきり分かった。


そうと決まれば、私はサポートするだけ。


せっかくのやる気を削がないように。

ただ、それだけ。


さっそく塾探し

以前、夫や義両親から

「出来が悪いから塾に入れろ」

と言われたことがあった。


その時に候補として挙がった塾が、

すぐ近所にある。


近いから良いかな?と安易に考えたが、

子どもはすぐに却下した。


「あそこは嫌な思い出があるから」


無理もない。

行きたくない子どもに対して、

大人3人が寄ってたかって

「このままでは最悪の人生になる。

お前の頭では塾に通っても普通以下だ」

と言い続けたのだから。


次に出てきたのが、

同じ小学校の子がたくさん通っている塾で、

入塾テストもあるところだった。


そこで問題が発生。


まず、テストに受かるのか…。


信じていないわけではなかったが、

教育虐待による弊害で、

勉強しようとすると

眠気が襲ってくることがあった。


離れた後は一切机に向かわなくなったので、

心の回復を優先して、

それで構わないと思っていた。


でも、テストがあるとなると、

何とかしないといけない気もした。


二人して「うーん」と考え込んだ。


でも、急におかしくなってしまい、

二人で大笑いしながら、

ついに決めた。


「とりあえず行ってみるか」

2026年3月11日水曜日

「塾に行きたい」と言った子ども

小さな勇気

ある日、子どもが急に


「塾に行きたい」


と言った。


普通なら、


『やっとやる気になったのね』


と喜ぶところだろう。


でも私は、全く違った感情を抱いていた。


真っ先に浮かんだのは


『本心なの?大丈夫?』


という思いだった。


教育虐待を受けていた我が子。

何をしても怒られた。

怒られすぎて、自己肯定感なんて地の底。


テストで良い点を取っても、

褒められることはなく、

細かな所に難癖をつけられた。


だから、よく自分のことを


「バカだから…」


と言っていた。


夫と離れてからは堂々と


「勉強が嫌い」


と宣言するようになった。


一緒に居る頃にそんなことを言ったら、

叩かれたり蹴られたりして、ただでは済まなかった。


安全な環境をやっと手に入れて、

本心が出たのだと、私は思っていた。


だから、


「塾に行っても良い?」


と聞かれた時には、驚きと戸惑いが入り混じった。


少し心配にもなった。


まだ、


『良い子』で居なければならない


という呪縛から、

逃れられないのではないか。


でも、それは杞憂だった。


子どもの変化-戸惑いと喜び

なぜ、私がこれほどまでに心配するのか。


それは、教育虐待の記憶と関係している。


一緒に暮らした最後の方は、

夫の前で鉛筆を持つだけで手が震えていた。


「勉強しろ」と言われ、

目の前に座らされる。


その次の瞬間には、

もう体はガクガクと震えてしまう。


手も震えて、

上手く鉛筆が持てない。


恐怖とは、

これほどまでに人を追いつめるものなのだ。


間違えるたびに叩かれ、

動揺してもそこで立ち止まることは許されない。


言われたことを、

ただひたすら続ける。

まるで人形のように。


何度も叩かれた時、

たまらず泣き出したこともある。


私は駆け寄り、

「もう止めて!」

と小さく叫んだ。


でも夫は薄ら笑いを浮かべ、


「こんなにバカなのに

 サボって良い訳がないだろ」


と言った。


あんな経験をしたのだから、

もう勉強なんてしたくないのだと

私は勝手に決めつけていた。


でも、子どもははっきりと私の目を見て


「塾に行きたい」


と言った。


自分の意思なんだ、と分かった瞬間、

力強く前に進んでいることを感じ、

嬉しさが胸に広がった。


そして、心の底から、やっと安堵した。


でも、この一歩は、まだ小さな始まりに過ぎないのだと

心のどこかで感じていた。

2026年3月10日火曜日

許しを請う夫への嫌悪感

もう愛せない

あの頃の夫は、

とにかく必死だった。


必死に、取り戻そうとしていた。


過去の日常を。

失いかけた家族を。


自分で手放したはずのものが、

惜しくなったのだろう。


一方で、

私たちは『引き戻されないように』

必死だった。


可哀そうに思う気持ちはあった。


けれど、

何度も辛い思いをしてきたからか、

愛情はもう枯渇していた。


その代わりに、


私たちのいない場所で、

幸せに暮らしてほしい。


そんな、

他力本願な願いだけが

強くなっていった。


子どもへのすり寄りも酷くて、

「パパを許してくれる?」

と、何度も言う。


そのたびに、

――都合のいいことを言わないで。

心の中で、そう叫んでいた。


だけど、

怒らせた時の恐怖が

体に染みついている。


だから私は、

表面上は曖昧な対応に徹した。


子どもは、

決して首を縦に振らなかった。


それは本当に、

すごいことだと思う。


そんなある日。


夫がお寿司を片手に、

我が家にやってきた。


「お昼、何にしようか」


そんな会話をしていた

ちょうどその時だった。


子どももお寿司が好きだ。


でも、少し前に

私の誕生日に押しかけられて、

辛い時間を過ごしたばかり。


また、

あの時間を過ごすのか……。


そう思った瞬間、

私は思わず嘘をついた。


「もうお昼は済んだんだ」


そう言うと、

みるみる夫の表情が変わった。


怒気をはらんだ声で、

「そんなはずあるか!」

と言った。


― いつもと違う、夫の反応

ああ、

また暴れるのか。


どこか冷めた目で、

私は夫を見ていた。


この瞬間は強がっていても、

きっと後で後悔する。


「あんなこと言わなければ良かった」

と。


でも、

怒りの表情を見て湧いてきたのは、

恐怖だけではなかった。


憐れみ。


恐怖と同じくらい、

憐れみも込み上げてきて、


――可哀そうな人。

そう思った。


とはいえ、

やはり暴れられると怖い。


私は一歩後ずさって、

「今日は、

 いつもよりお昼が早くてさ。

 ごめんね~」

と取り繕った。


いつもなら、

ここから暴れて

手が付けられなくなる。


至近距離で怒鳴られたり。

物が飛んできたり。


子どもを叩くこともあった。


私は叩かれない。


けれど、

物凄い力で掴まれたり、

家具やコップを

壊されたことはある。


その直後の恐怖を思い出し、

体が硬くなった。


その瞬間。


夫は、

予想外の反応を見せた。


「そうだよな。

 急に押しかけてごめん」


そう言って、

そのまま帰ろうとした。


ただ、

体は帰ろうとしているのに、

どこか

引き止めてほしそうな様子。


私は、

それに気づかないふりをして、

「また今度ね」

と言った。


せっかく持ってきてくれたのに、

冷酷だっただろうか。


帰り際、何度も

「また来るから。

 今度は連絡してから来るよ」

と言う夫。


その姿を見ても、

可哀そうだとは

思えなかった。


ただ、

――早く帰ってくれて良かった。


そう思って、

ほっとしていた。

2026年3月9日月曜日

パパへの嫌悪感、記憶を消したい子ども

「中身が汚れちゃった」

夫がようやく帰り、

やっと拷問のような時間から解放された。


たった2時間。


楽しいことなら、

あっという間に過ぎる時間。


でも、

苦しくて辛いだけの2時間は、

果てしなく長い。


一言答えるだけで、

頭をフル回転させる必要があった。


怒らせないように。

ただ、それだけを考えて。


大人の私でさえ、

これほど消耗しているのだ。


子どもが平気なはずがない。


ましてや、

ずっと虐待されてきた父親との時間だ。


心配して様子を見ていると、

子どもが突然、

「ママ、お風呂いれてもいい?」

と聞いてきた。


さっきまで眠そうだったのに、

目がはっきりしている。


どこか、

切迫したような表情。


そう言われて、

私も気づいた。


今日は、まだお風呂に入っていない。


すっかり抜け落ちていた。


「こんな時間だけど大丈夫?

 眠いでしょう?」


そう聞くと、

「絶対に入りたい」

と強い口調で言った。


結局、

夜の12時にお風呂に入ることになった。


お風呂上がり。


ドライヤーで髪を乾かしていると、

「綺麗になって良かった」

と、ぽつり。


意味が分からず聞き返すと、


パパと過ごすと、

自分の中身が汚れてしまった気がする。


そう教えてくれた。


体ではなく、

中身が。


それほどまでに、

強い嫌悪感を抱いているのだ。


歯磨きも念入りに

その後の歯磨きも、

いつもよりずっと長かった。


いつもなら、

「もう少し丁寧に磨いたら?」

と声をかけたくなることもあるのに。


あの日は違った。


鏡を見つめながら、

黙々と磨いている。


パパと接した後は、

中身が汚れてしまったと感じる子ども。


体を洗い、

歯を磨き、


それでも、

どこか落ち着かない様子だった。


寝る前、

「もう、ピカピカだよ」

と声をかけると、


ほんの少しだけ、

力が抜けた表情になった。


その顔を見て、

胸が締めつけられる。


この話を夫にしたら、

どんな顔をするだろう。


きっとまた、


私の育て方が悪いと

言うのだろうか。

2026年3月7日土曜日

居座り続ける夫を何とか撃退

電車の時間も気になり、焦る私

強く言えないまま、

ただ時間だけが過ぎていく。


時計の針の音が、

やけに大きく感じた。


この人は、

はっきり言わなければ動かない。


分かっているのに、

その一言が喉に引っかかって

出てこなかった。


子どもは、

眠そうに目をこすりながら、

うつらうつらし始めていた。


ただ眠いだけじゃない。


極度の緊張状態が続くと、

急に睡魔に襲われることがある。


以前、

虐待を受けた後も、

こんなふうだった。


その日は、

パパが怖くて、

神経がすり減っていたのだと思う。


必死に我慢していたけれど、

限界が来たのだろう。


そこまできて、

私もようやく腹を決めた。


心が壊れそうな子どもが

目の前にいるのに、

何もしないなんて。


そんなの、

母親としてどうかしている。


そう自分に言い聞かせ、

夫の方を向いた。


「そろそろ私たちは寝る時間だから。

 今日はありがとう」


ありがとう。


その一言は、

波風を立てないための保険。


少しでも怒らせないように。


この場で機嫌を損ねれば、

余計に長引くだけだ。


むしろ、

意地になって帰らなくなる。


そう思って、

必死に角を丸くした。


驚きの展開

普通なら、

「そろそろ寝る時間だから」

と言われれば、帰るだろう。


ところが夫は、

何でもない顔で、


「そうか。俺はどこに寝るかな」

と言った。


一瞬、

意味が分からなかった。


でも次の瞬間、

泊まるつもりなのだと悟り、

背筋が冷えた。


焦った私は、

「布団は2枚しかないよ」

と付け加えた。


義実家に戻るとき、

夫は自分の布団を持ち帰った。


「俺が買った物だから」


そう言って。


正直、

せいせいしていた。


夫の物が大量に残る部屋で、

心なんて休まらない。


布団が無ければ、

さすがに帰ると思った。


けれど夫は、

急にこちらへすり寄り、

「2枚あれば、くっつければ何とかなるだろ」

と笑った。


思わず後ずさる。


「ちょっと厳しいかな」

そう言いながら、

できるだけ距離を取った。


近い。


気持ち悪い。

気持ち悪い。


本当に、

心の底から気持ち悪い。


散々、

私たちを傷つけてきた人が、

どうしてそんなことを言えるのか。


体が拒絶していた。


隠そうとしても、

隠しきれない。


それが伝わったのか、

「仕方ない、今日は帰るか」

と夫は言った。


あの時、

ほんの少しだけ

傷ついたような顔をした。


冗談じゃない。


私たちは、

その何万倍も傷ついてきた。


そんなことで

傷ついたなんて、

言わないで。


心の中で、

強く、強く叫んだ。

2026年3月6日金曜日

最悪の誕生日

独りよがりな夫

この人は、いつもそうだ。


いつだって独りよがりで、

自分の気持ちばかりを優先する。


だから、

一緒にいても孤独だった。


同じ空間にいるのに、

ひとりきりの感覚。


子どもが産まれても、

何も変わらなかった。


むしろ、

更に厳しくなり、

子どもにも手を上げるようになった。


「子どもが産まれれば変わるだろう」


そんな期待を、

抱いた私が甘かった。


以前、この部屋で

夫が暴れた日のことを思い出す。


物が倒れる音。

荒い息遣い。

泣き声。


その光景が急に蘇り、

何も起きていないのに、

体が勝手に身構える。


家を出た日のことも、

まだはっきりと覚えている。


あの時の決意と、

震える手。


またいつ暴れ出すか。

そう怯える私たちに向かって、


「やっぱり家族は一緒が良いな」


と夫は言った。


上手く返事ができない。


うなずきも、

否定も、

どちらも出来なかった。


だって、

1mmたりとも

そんな風に思えなかったから。


ただひたすら、

この悪夢の時間が

早く終わればいいと願う。


子どもも無口だった。


視線を落とし、

必要以上に動かない。


それが気に入らなかったのか、


「子どもはもっと元気でなくちゃ」


と夫は言う。


何と、

残酷で滑稽なことだろう。


まるで、

夫が用意した舞台に、

私たちが立たされているみたいだ。


主役は夫。


自分の描いた筋書きから外れることを、

決して許さない。


帰らない夫

突然の訪問だけでも迷惑なのに、

一向に帰る気配がない。


そのことが、

じわじわと怖くなった。


もう寝る時間という頃にやってきて、

「ケーキを食べよう」

と子どもを誘い、

食べ終われば帰ると思っていた。


けれど、

1時間経っても動かない。


時計を見るたび、

胸がざわつく。


もし私が、

もう少し強く言えたなら。


「そろそろお開きにしよう」


それくらいは

言えたのかもしれない。


でも、

モラハラ夫の言うことは

いつも100%正しい。


そう思い込む癖が、

奥底まで染みついていた。


逆らえば、

何が起きるか分からない。


だから、

何も言えなかった。


内心は苛立ちと恐怖でいっぱいなのに、

口元だけが勝手に笑ってしまう。


その結果、

都合の悪い部分を決して見ない夫が、

歓迎されていると勘違いする。


そんな悪循環。


それでも我慢していた。


けれど、

時計が11時近くを指したとき、


意を決して、

「そろそろ寝る時間だから」

と伝えた。


声が、

わずかに震えていたと思う。


それでも、

夫は帰らなかった。

教育虐待を受けた子の塾見学

緊張していた子ども 同じ小学校の子が多数通う塾に、 さっそく見学の予約を入れた。 当日。 私は仕事を終えて急いで帰宅し、 すぐに子どもと一緒に家を出た。 余談だが、この頃から私は 通常勤務に戻っていた。 残業する日もあり、 その分、子どもが一人で過ごす時間も増えてしまった。 それ...