差し入れの“対価”を支払うという選択
これまでの義両親の差し入れに対し、私は選択を迫られた。
それなりの対価を払うか、
義実家での同居を受け入れるか。
そう詰め寄られて、
咄嗟に「対価を払う」と伝えた。
どちらが良いかと言われれば、
お金を払う方がいいに決まっている。
落ち着いて考えても、
それは明らかだった。
義実家で同居することは、
自分の生活を手放すのと同じだ。
今後の自由を、
すべて失うことになる。
そう考えると、
選択自体は間違っていないと思った。
ただ――
現実的な問題が残った。
「実際、いくら払えばいいのか」
そこに戸惑いがあった。
これまでの差し入れの量を考えると、
材料費だけでもそれなりになる。
そこに手間賃まで加われば、
到底払える額ではない。
そう思っていたところに、
夫の提示はさらに上をいった。
交通費まで含まれていた。
ざっくりとした計算だったが、
そこからさらにいろいろと加算されていく。
結果、
想定していた金額の三倍になっていた。
その金額を当然のように求める夫に、
別の意図を感じずにはいられなかった。
義両親の思惑が見え始めた
その金額が想定外だったのには、
理由がある。
支払えるはずのない額。
しかも期限まで決められていた。
どう考えても、
払えないことを前提にした設定だった。
そう気づいたとき、
一つの答えが浮かんだ。
狙いは最初から、
別のところにある。
義実家での同居だ。
それも、
自分の親のために。
夫は以前から、
同居に強いこだわりを見せていた。
私の職場が遠いと言っても、
「遠距離通勤している人はたくさんいる」
そう言って、取り合わなかった。
当時、無職だった夫に言われても、
納得できるはずもなかった。
それでも何とか理由をつけて、
同居の話を避けてきた。
その流れが、
形を変えて戻ってきただけだ。
そしていつの間にか、
その要求には義両親まで加わっていた。






