2026年11月8日日曜日

無自覚な虐待

自覚のない夫

塾に通っていたが、

子どもの成績が

思うように伸びなかった。


夫は勝手に

焦っていたようだ。


ずいぶん勝手だな、

と思った。


全部と言わないまでも、

その要因の一部は夫にあった。

本人に、その自覚は無いのだろうか。


教育虐待を受けていたうちの子は、

自分に自信が持てない。


日々肯定して、

やる気を出すような声がけをして、

時には励ました。


一歩ずつ、

一歩ずつ、

前に進もうと藻掻いた。


でも、回復には時間がかかり、

一朝一夕に何とかなるものではない。


焦っても仕方がないから、

ゆっくり行こう。


二人の間では、

そんな空気感だった。


それなのに、

夫は勝手に焦って


「塾が合ってないんじゃないか?」


と言い始めた。


「あなたのせいだよ」


と言いたいのをこらえ、


「長い目で見ようよ。

これからだよ」


と答えたのだが、

どうにも納得できない様子だった。


再び、教育虐待の危機

夫のやったことは罪深い。


普通なら、

すくすくと育っていくはずだった

子どもの自己肯定感。


捻じ曲げられ、

へし折られ、

「自分なんて」

と思うほど、痛めつけられた。


だけど、夫には自覚がないから、


「俺が家庭教師をしてやろうか」


と言い出した。


それは絶対に困る。

また同じことが起こる未来しか

想像できない。


絶対に阻止しなければと思い、


「もう中学生だから、

プロに任せた方が良いよ」


と言ったのだが、


「理系なら俺が教えられる」


と言い張った。


「虐待の自覚がない」と書いたが、

正確には、少し違うかもしれない。


家を出た後、散々

「あれは虐待だった」

と訴えたのだが、

決して認めなかった。


「あんなのが虐待だなんて、

みんなに笑われるぞ」


「お前が甘すぎるんだ」


私の認識がおかしいと言われ続け、

もう、何が何だか分からなくなった。


考え方が根本的に違うのだ。


夫の中では、

あれは本当に虐待ではなく、

普通のしつけだった。


暴言や暴力も、

その一環で行われたこと。


虐めたわけではない。


そういう考えなので、

認めるはずがなかった。


妙な自信を持っている夫は、

「自分が教えれば成績が上がる」

と思っていたようだ。


夫から怒鳴られ、叩かれ、

怯えていた子ども。


その姿を思い出した瞬間、

猛烈な怒りがわいた。


思わず、

「虐待だったと未だに認められないのに、

任せられない」

と言ってしまった。

2026年11月7日土曜日

被害者を演じる夫

責められて、心はモヤモヤ

散々責められて、

嫌な気持ちになった。


夫の言うことなんか、

気にしなければ良いのに。


心のどこかで、

「可哀そう」とか

「申し訳ない」とか、

そんな思いが出てきてしまう。


それが夫の手なのだと

分かっていても……。


どうにも止められなかった。


一体、あの気持ちは

何なのだろうか。


今でも分からない。


言葉にするのも難しく、

複雑な感情だったことは確かだ。


私がモヤモヤしていた頃、

自分の思いを吐き出して

多少はスッキリしたであろう夫は、

友人たちと小旅行に出かけた。


「俺だって、好きにやるよ」


そんな言葉を残して、

出かけて行った。


勝手にすれば良いよ。


そう思いつつ、

心はいつまで経っても

晴れなかった。


呆れた嘘

私たちが楽しむことは

許さないのに。


自分の時には、

嬉々として報告してくる。


こういう時の夫は饒舌だ。


どこに行って、

何をして、

どんなに素晴らしかったか。


いつも、大げさに話した。


責められた後だったから、

こちらは浮かない気持ちでいるのに、

そんなことにはお構いなしだった。


その時の話の流れで、

驚くべき事実も分かった。


お義母さんたちがふるさとに行っている間、

一人で寂しかったと言っていたが、

それは真っ赤な嘘だった。


その間、夫は

友人たちと色々な所に

遊びに行っていた。


実に楽しい日々を

送っていたらしい。


夫の口から真実を聞かされた時、

思わず相槌を打つのも忘れて、

黙り込んだ。


それくらい、

私にとっては衝撃だった。


頭の中を、

色々なことが駆け巡る。


罪悪感を持たせるために

嘘をつき、

義両親まで巻き込んで、

被害者を演じる。


それが夫という人なのだと

分かっていても、

受け入れられなかった。


こうやって騙されてきて、

散々辛い思いもしたのに。


どうしても最後には

「可哀そう」と

思ってしまう自分にも、

嫌気がさした。

2026年11月6日金曜日

楽しかった思い出まで苦いものに

こじれる感情

義両親がふるさとに帰る間、

夫のことを頼まれた。


「よろしくね」


そんなことを言われても、

まったく協力する気になれなくて。


何もせずに過ごしていたのだが、

厄介なことに、

夫が拗ねてしまった。


義両親から頼まれたことを、

夫も知っていたようだ。


だから、

私からいつ連絡が来るのかと

待っていた。


それなのに、

何時になっても連絡を寄越さない。


もうすぐ義両親が

ふるさとから戻ってくるという

タイミングになっても。


こういう時、素直に

「連絡が欲しい」

と言えるタイプでもない。


普段はどうでも良いことで

しつこく電話してくるくせに。


何もせず、

じっと待っていた。


とうとう義両親が戻る日になり、

夫は、その怒りを二人にぶつけた。


義両親にしてみれば、

伝えるべきことは伝えたし、

私にお願いしたはずだ。


そう言って、

夫をなだめた。


「拗ねた」なんて書くと、

少し可愛らしく聞こえるが。


夫の場合は、

とんでもなく面倒くさい。


そして、厄介だ。


不条理な怒りを

こちらに向けられれば、

たちまち追い込まれてしまう。


そんな未来を

想像しなかったわけではない。


それでも、

連絡を取らなかった。


モラハラ夫の歪んだ感情

ごく普通の調子で、


「休みにどこか行ったんだね。

どうだった?」


なんて聞くから、

つい、うっかり答えてしまった。


「○○に行って、

子どもも楽しんでたよ」


以前は、私たちが楽しむことを

とても嫌がっていたけれど。


離れて変わったんだ。


そう思ったのに、

違った。


やはり、夫は夫だ。

そう簡単に変わるはずがない。


答えた瞬間、

ピリッとした空気に変わり、

夫が無口になった。


黙っていたら、

その空気にやられそうで、

脈絡のない話を

ぺらぺらと続けた。


無言になるのが怖かった。


次の瞬間には、

夫の怒鳴り声を浴びる。


そんな想像をした。


これまでに散々学習してきたから、

怒る瞬間が分かるようになっていた。


だからこそ、

余計に怖かった。


予想に反して、

その日は静かに怒っていた。


一人で過ごしている間、

どんなにわびしい食事だったか。


人気のない部屋で過ごすことが、

どれほど寂しいか。


まるで、

罪悪感をあおるように言う。


「お前たちには、

人の気持ちが分からない」


その言葉には反論したかった。


けれど、

それを許さない空気があった。


義両親からも、

後になって苦言を呈されて。


せっかく楽しんだお出かけも、

何だか苦い思い出になった。

2026年11月5日木曜日

今さら、夫の面倒なんて

不安が杞憂に終わった時

夫に関しては、

いつも不安ばかりだったから。


予想外のことが起きても

慌てないように。


あえて、

良くない想像をするようになった。


そうすれば、

心の準備ができる。


この時も、

夫から何度も着信があり、

メッセージがあふれ、

恐ろしい声で留守電が入る。


そんな想像をしていた。


だけど、

そんなことは起こらなかった。


画面を開いてみたが、

何もなく、

朝、電源を切った時のままだった。


確認した時は、

心の底からほっとした。


他の人にとっては、

何もないことが普通なのだと思う。


でも、私にとっては

それが当たり前ではなかった。


『助かった~』


そう思う瞬間だった。


画面を開いた後、

思わず笑みがこぼれた。


まるで、

幸せなことがあったかのように。


実際、

夫からの連絡がない時は

本当に幸せに感じた。


子どもも、敏感に

その変化を感じ取っていたようだ。


私に笑顔が戻ったのを見て、

再び元気になった。


義両親からの頼まれ事

実は義両親から、

あることを頼まれていた。


二人が居ない間、

夫のことをよろしく頼むと。


もう、よい年をした大人だ。

何でも自分でできるし、

世話を焼く必要もない。


それなのに、

自分たちだけが行くことが気になるのか、

何度か「お願いね」と言われた。


だけど、

あえて何もしなかった。


子どもがまだ小さかった頃、

何かに腹を立てた夫が、


「今後一切面倒を見ない」


と宣言したことがある。


幼児だった子どもは驚き、

ショックを受け、

夫の顔色をうかがった。


話しかけても無視をされ、

目も合わせてくれない。


それどころか、

困っている様子を見ても、

せせら笑うだけで

手を貸そうとはしなかった。


私が手助けしたくても、

「手を出すな」と釘を刺されていたため、

表立っては動けず……。


隙を見ては、

こっそりフォローした。


夫はこう言った。


「今後一切何もするな」


着替えを用意することも、

ご飯を作ることも、

洗濯をすることも許さない。


保育園の準備も、

全部自分でやらせれば良い。


そんなバカな話、

受け入れられるわけがない。


反対されても、

食事を作り続けた。


食べ終わった後、

子どもが立ち上がろうとしたら、

夫が制止して言った。


「自分で洗え」


だけど、

小さすぎて流しが見えない。


私が見かねて、


「届かないから無理だよ」


と洗おうとしたら、


「黙ってろ!」


と怒鳴られた。


子ども用の椅子を

一生懸命に運び、

拙い手で洗い物をしていた姿が

今でも忘れられない。


洗っている最中も、

洗剤が多すぎるとか、

シンクにお皿を置くなとか、

難癖をつけていた。


幼い子どもに対し、

それほどの仕打ちをした人だ。


助けようなんて、

思えるはずがなかった。

2026年11月4日水曜日

楽しかった一日が終わって

不安

携帯を切ったままだった。


そのことに気づいただけで、

こんなにも動揺するなんて。


こんな時、

『まだ夫に支配されたまま』

なのだと実感する。


普通に考えたら、

大したことではない。


それでも、私たちにとっては

決して小さなことではなかった。


夫からの連絡が

来ていないと確認できれば、

ひとまず安心できる。


でも、万が一入っていたら、

一気に不安になる。


怒っていないだろうか。


何を言われるかな。


そんなことを考えたら、

すぐには動けなかった。


電車を乗り換えるため、

私たちは立ち上がった。


ドアの前に立ち、

ガラスの部分に映った自分の姿を見て、

はっとした。


あんなにも楽しい時間を

過ごしてきたのに。


まるで、

自由がなかった頃の自分を

見ているようだった。


ひどく疲れた顔をしていた。


一気に現実に引き戻された。


帰り道

電車を乗り換え、

二人並んで席に座った。


辺りはもうすっかり暗くなり、

遠くの灯りがぼんやり見えた。


次の駅に近づいてくると、

眩しいほどの光が目に入り、

また一つ、

家に近づいたのだと実感する。


朝、出発した時には

ずいぶん遠くまで来たと思ったけれど、

帰りはあっという間だった。


最寄り駅で下車した後、

スーパーに寄り、夜ご飯を調達した。


本当は外食にしたかったけれど、

予算の都合上、仕方ない。


子どもも、

本当は外で食べたかっただろうに、

文句も言わず、

スーパーのお惣菜を選んだ。


お弁当を選んでいる間、

ふと気になって携帯を手に取る。


けれど、画面は開かず、

またバッグに戻した。


それを何度

繰り返しただろうか。


結局、

帰り道では一度も

画面を開くことができなかった。


いや、正確には、

家に入る前には確認している。


『夫に待ち伏せをされていたらどうしよう』


そんな不安があり、

仕方なく、画面を開いた。


あと少しで家に着く。

そんなタイミングだった。


万が一、

待ち伏せされていることが分かれば、

すぐに逃げ出せる。


悲しいことに、

私の頭の中には常に

そんな計算がなされていた。

2026年11月3日火曜日

楽しかった一日の終わりに

大満足の休日

あの日、私たちは

心の底から楽しんだ。


見るもの全てが新鮮に見え、

些細なことにも感動した。


こんな時間を、

欲していたのだ。


いくら二人で暮らしていると言っても、

いつ夫や義両親が来るか分からない状況で、

常に気が張っていた。


居心地の良い家にしたくても、

実際は、彼らの影に怯える生活。


できることには、

限界がある。


だけど、外に出て

遠くまで足を伸ばしたら、

本当の意味での「自由」を実感できた。


二人とも一日中笑顔で、

頬が痛くなるほど笑い転げた。


帰りが近づいてきても

帰りたくなくて……。


「こっちに

泊まれたら良かったのにね」


なんて言い合った。


だけど、

そういうわけにはいかない。


いや、予算に余裕があれば、

もしかしたら……。


でも、当日に取れる宿も

ないだろう。


日も暮れてきた頃、

名残惜しさを感じつつ、

帰ることにした。


一気に現実に引き戻されて

楽しかった休日は、

間もなく終わりを告げようとしている。


二人とも、

先ほどまでのテンションとは打って変わり、

口数も少なくなった。


疲れていたのもある。


思い切りはしゃいだから、

いつもより体力を使ったはずだ。


ただ、それだけでなく、

やはり楽しい時間というのは

いつまでも続いてほしいと思うものだ。


子どもは、

いつまでも窓の外を

残念そうに眺めていた。


「また、来よう」


と言いながら。


帰りの電車に揺られながら、

私は既に

別のことを考えていた。


もし夫と、

もっと早く離れることができていたら。


きっと子どもにも

たくさんの楽しい思い出を

残してあげられた。


勇気を出すのが遅すぎて、

そんな時間を奪ってしまった。


無邪気に楽しむ子どもを見ながら、

何だか申し訳なくて、

胸の奥がギュッとなった。


失ってしまった時間は、

もう戻らないのだ。


事の重大さを実感した時、

いつも思う。


『もっと早く出ていれば』


過ぎ去ってしまったことは、

もう、どうしようもない。


分かっていても、

消化しきれない思いが残った。


間もなく乗り換えの駅に到着する。


うつらうつらしている子どもに

「降りるよ」と声を掛けた。


私も荷物を確認し、

何の気なしに

バッグの中を見た。


その時、目に入ったのが、

携帯だった。


一日中、電源を切っていた携帯。


夜になるまで、

そのままにしてしまった。


気づいた瞬間、

心臓がドクンとなった。

2026年11月2日月曜日

キラキラして見えた、いつもの風景

お出かけの準備

翌朝、早起きして、

おにぎりを握った。


家で食べて行けたら

良かったのだけれど。


時間的に早すぎて、

二人とも食べられそうになかった。


それで、

「おにぎりを握って持って行こう」

ということになった。


用意していたふりかけを混ぜて、

アツアツのご飯を手のひらに乗せる。


まだ湯気がたっぷりと出ていて、

大人の私でも

放り出しそうになるくらいだった。


少しだけ冷ました後、

海苔を巻いてアルミホイルで包み、完成。


水筒のお茶には

氷をザクザク入れた。


準備ができたところで、

子どもが起きてきた。


うちの子の朝の準備は、

とてもスピーディーだ。


私が持ち物の確認をしている間の

ほんの数分で終わった。


さあ、行こう。


清々しい気持ちで、

玄関のドアを開けた。


日常がキラキラ

夏と言っても、

早朝は案外涼しかった。


電車に乗り、

ぼんやりしながら

外の風景を眺めた。


何だか全てが

キラキラして見える。


何も心配事がないと、

日常の風景が

こんなにも

キラキラして見えるのか……。


私は感動しながら、

その風景に見入った。


子どもは私よりも朝に弱いので、

半分寝ているような状態で

眺めていたのかもしれない。


ただ、時折、

目に入った風景に感嘆の声をあげた。


目的地に近づくにつれ、

段々と景色が変わっていく。


行ったことのない場所。

触れたことのない空気。


ワクワクしないはずがなかった。


電車を乗り継ぎ、

しばらくすると

目的地に到着した。


一日楽しむために、

やらなければならないことがある。


それは、

携帯の電源を切ること。


夫はお義母さんのふるさとに

一緒に行っていないから、

気まぐれに

連絡をしてくる恐れがある。


もし、そうなれば、

楽しい気持ちも

一気に吹き飛んでしまう。


そんなことはさせない。


後から何を言われるか、

恐怖もあった。


それでも、

子どもとの時間を楽しむために

電源をオフにした。

無自覚な虐待

自覚のない夫 塾に通っていたが、 子どもの成績が 思うように伸びなかった。 夫は勝手に 焦っていたようだ。 ずいぶん勝手だな、 と思った。 全部と言わないまでも、 その要因の一部は夫にあった。 本人に、その自覚は無いのだろうか。 教育虐待を受けていたうちの子は、 自分に自信が持て...