2026年6月5日金曜日

離れても終わらなかった

金曜日が怖かった

せっかく別居したのだから、

本当は夫と距離を置きたい。


願わくば、

ほとんど連絡も取りたくない。


そう考えていたのだが、

現実は理想とは違った。


鬼のような連絡が続いていた。

特に嫌だったのが金曜日。


本来なら、

休みを前にして気持ちが軽くなる日だ。


けれど私たちは、

金曜日が近づくたびに

気持ちが沈んでいった。


なぜなら、

断っても断っても懲りずに

毎週お誘いの連絡が来ていたから。


どんなに冷めた対応をしても、

何事も無かったかのように誘ってくる。


時には義両親も交えて

皆で遊びに行こうと言ってくる。


それが嫌で、

「あー金曜日か」


どちらからともなく、

ため息交じりにそんな言葉が出た。


その言葉には、

明日が来てほしくない気持ちが

詰まっていたと思う。


休日前なのに、

全然嬉しくなかった。


一緒に暮らしている頃、

体調不良のことが多かった夫は

ほとんど一緒に出掛けなかった。


どこかへ行く時は、

子どもと二人。

あるいは義両親を含めた四人。


ごく稀に来た時でも、

最初から最後まで文句ばかりで

全然楽しめなかった。


威嚇して怖がらせたり、

気に入らないことがあると怒ったり。


子どもも嫌な思いをしたと思う。


外に居ようがお構いなしで、

気に入らなければ怒鳴るのだから。

子どもだって、

一緒に出掛けたくなかったはずだ。


私は周囲の視線も辛かった。

好奇の目で見られるたびに、

居たたまれない気持ちになった。


頭の中では色々なことを考える。

けれど結局できるのは、

その場を収める努力だけだった。


ただ、それさえも難しい。


言葉選びを間違えれば、

夫はすぐにへそを曲げる。


その後はお決まりのモラハラだった。


家庭内で起きることだから、

逃げ場もない。


無視をされたり、

ため息をつかれたり、

大きな物音で威嚇されたり。


その程度ならまだマシな方で、

物に当たって壊すこともあった。


家具が壊れた時の光景は、

今でも忘れられない。


何度思い返しても恐ろしくて、

背筋が冷たくなる。


この時間が永遠に続くのではないか。


そんな錯覚を覚えるほど、

苦しい毎日だった。


そんな風に私たちを怯えさせてきた夫が、

『休みの日には家族で過ごしたい』

と言う。


その言葉を聞くたびに、

私は混乱した。


怖かったのは、

私たちのはずなのに。


私が悪いの?

金曜日はどうしても身構えてしまう。


いつ連絡が来るのだろう。

そればかりを気にしている

自分に気づいた。


時計を何度も確認しながら、

『今日はもう来ないかな』

と少しだけ安堵する。


すると次の瞬間、

携帯が鳴る。


画面に表示された夫の名前を見て、

思わず手に力が入った。


絶対にいつもの話だ。


「明日、どこかに出掛けよう」

そう言われるのが分かっていた。


だから出られなかった。


このまま諦めてくれればいい。

そんな気持ちもあった。


しばらくして携帯は静かになる。


けれど数分後、

また電話が鳴る。


それを何度繰り返しただろう。


恐らく七〜八回。


その後、

留守電が入った。


残されたメッセージを聞いて、

私は酷く動揺した。


夫は泣きながら、

「電話に出てください」

と何度も繰り返していた。


「お願いだから」


その言葉を聞いた瞬間、

罪悪感が押し寄せる。


夫をこんなに泣かせるほど、

私は悪いことをしているのだろうか。


私が悪いの?


本当に悪いの?


別居を選んだ私が、

家族を壊しているの?


頭の中で同じ問いが

何度も繰り返された。


何が何だか分からなくなり、

ただ震える手で

留守電を消去した。


あの頃の私は、

『夫を見捨てることなど到底許されない』

と思い込んでいた。


そんな大罪を背負って、

これからも生きていく。


そう考えるだけで怖かった。


その恐怖に、

なかなか打ち勝てなかった。


だから電話が鳴るたびに、

心臓が縮み上がる。


金曜日が来るのが、

怖かった。

2026年6月4日木曜日

刷り込まれた言葉

繰り返し使われたフレーズ

『お前はバカだ』


初めてそう言われたのは、

付き合い始めの頃だった。


いきなり言われれば、

怒る人もいると思う。


でも私は、

自分に自信がなかった。


だから、

『え?どうしよう…』

と戸惑ってしまった。


自分はダメだ。

何をやっても中途半端だ。


そんな思いが、

もともとどこかにあった。


だからこそ、

『やっぱり見抜かれたのかもしれない』

とすら思ってしまった。


嫌われたくなくて、

彼の前ではいつも取り繕ってばかり。


けれど、

良く見せようとすればするほど、

うまくいかない。


ちょっとした失敗が、

ひどく怖くなっていった。


またバカだと思われる。


その恐怖で、

言葉も行動もどんどん不自由になっていった。


それでも嫌われたくなくて、

必死に“普通”を演じる毎日。


気づけば、

彼の言葉がすべてになっていた。


結婚してからも、

その構図は変わらなかった。


少しでも逆らえば怒られ、

そのたびに自己嫌悪に陥る。


もっと頑張らなきゃ。


そう思うほど、

少しずつ夫の言いなりになっていった。


抜けない思考の癖

夫からは、

ずっと否定され続けてきた。


だから別居をしても、

すぐに自分を変えることはできなかった。


いざ向き合うと、

意見を言うことすらできない。


お前はバカだ。

何をやってもダメなんだから自覚しろ。


そんな言葉を浴びてきた私が、

子どもを一人で育てていいのだろうか。


そう自問自答しながら、

答えを探す日々が続いた。


その間も夫からは、

言葉が途切れることはなかった。


お前は間違っている

いつか後悔する

お前のためを思って言っている

今ならまだ戻れる


そんな言葉に、

何度も揺さぶられた。


言われれば言われるほど混乱して、

何が正しいのか分からなくなる。


ただ一つ確かなのは、

夫と離れてから、

ようやく子どもの笑顔が

見られるようになったことだった。


それだけは、

はっきりしていた。


それでも、

揺さぶりが続くたびに心は乱れた。


「お前の思い込みが、

子どもを不幸にしている」


その言葉を、

一週間以上、引きずることもあった。


そういう状態だったから、

別居が長引いても、

夫には余裕があったのだと思う。


一方で私は、

あることを夜の習慣にした。


寝る前に自分の気持ちを確認し、

子どもと未来の話をする。


その時間だけが、

かろうじて自分を保つ支えになっていた。

2026年6月3日水曜日

誰もいない部屋

そこにいた痕跡

ドアノブに手を掛け、

恐る恐る回した。


わずかな音にさえ、

過敏に反応してしまう。


この音を聞きつけて、

彼らが飛んでくるのではないか。


そんな想像をしながら、

震える手でドアを開けた。


でも――


誰も居なかった。


以前にも書いたが、

我が家は狭い。


玄関に入れば、

部屋のほとんどが見えてしまう。


だから、

誰も居ないことは

すぐに分かった。


それでも安心できず、

警戒しながら靴を脱いだ。


子どもには、

「そこで待ってて」

と伝えて。


万が一の時には、

子どもを先に逃がし、

自分も後から追いかけよう。


うっすらと、

そんなことまで考えていた。


けれど、

部屋には本当に誰も居なかった。


おかしいな。

確かに、気配があったのに。


後から思い返してみると、

私は彼らが居たという

"痕跡"を感じ取っていたのだと思う。


そこに人が居なくなった後でも、

残された空気や気配を

感じてしまったのだ。


ようやく肩の力が抜けた。


顔を合わせずに済んだ。


それだけで、

十分だった。


テーブルの上のメモ

安心した途端、

どっと疲れが押し寄せた。


体が重くなり、

その場に立っているのも

つらく感じる。


そんな中、

気になったのは

テーブルの上に置かれた一枚のメモだった。


何が書かれているのだろう。


不安を感じながら手に取ると、

お義父さんの字で

私への非難が書かれていた。


せっかく来たのに会えなかった。


こんな遅い時間まで

子どもを連れ回して、

一体どういうつもりなのか。


母親の自覚を持ちなさい。


そんな内容だった。


私が夜遊びをしている

悪い母親だと、

思わせたかったのだろうか。


最後には、

その時の時刻と思われる時間まで

書き添えられていた。


それが余計に、

責められているように感じた。


よく見ると、

彼らはついさっきまで

ここに居たらしい。


もう少し帰宅が早ければ、

鉢合わせしていたかもしれない。


顔を合わせずに済んで良かった。


そう思う一方で、

別の不安が頭をもたげた。


親権のことだ。


この出来事が、

何か不利に働くことはないだろうか。


あの人たちは、

どんなことでも利用する。


もし利用されたら、

印象は良くないのではないか。


あの頃の私は、

何一つ自信を持てなかった。


だから、

些細なことでも

不安でたまらなかった。


『夫に屈しない』


その気持ちを保つだけで、

精一杯だった。

2026年6月2日火曜日

ドアの向こうの気配

部屋に灯りがついていた

外食から帰り、

少し離れた場所から部屋を観察した。


流石にもう居ないだろうとは思った。


自分たちのペースを乱されるのが

嫌いな人たちだからだ。


それでも、

自分の目で確認するまでは

安心できなかった。


建物の前まで来て、

ふと部屋を見上げた。

真っ暗な部屋を想像して。


それなのに――。

部屋の灯りがついていた。


明るい部屋が見えた瞬間、

私たちは慌てて身を隠した。


子どもの手を引き、

息を潜める。


これだけ離れていれば

見つかるはずがないのに。


思わず息を止めて、

部屋の様子をうかがった。


その間、

子どもは不安そうに

私の背中にしがみついていた。


そのまましばらく待ったが、

十分経っても変化はない。


離れているから物音は聞こえず、

ただ部屋から出て来るのを

待つことしかできなかった。


その時、

近所の人が通りかかった。


隠れて建物を見上げている私たちは、

どう見ても不審だったと思う。


「あら、○○さん」


声を掛けられ、

私は曖昧に笑って挨拶を返した。


この方はかなりのおしゃべりだ。

つかまれば、

根掘り葉掘り聞かれるだろう。


説明するのも難しい。


私はその場を切り上げ、

部屋へ向かうことにした。


自分の家なのに

このまま外に居続けるわけには

いかなかった。


だけど、

部屋の前まで来ても

やはり躊躇してしまう。


このドアを開けたら、

きっと彼らがいる。


私は一体、

どうすれば良いのだろう。


子どもも不安そうで、

本当は入りたくなかった。


それでも、

しばらくドアの前で立ち尽くした。


息を潜めて聞き耳を立て、

誰がいるのか確かめようとする。


ところが、

数分経っても誰の声も聞こえない。


テレビもついていないようで、

シンと静まり返っていた。


電気が点いているのだから、

誰かいるはずだ。


それとも、

遅くなったから

もう寝てしまったのだろうか。


布団は二組しかない。


もし彼らが使ってしまったら、

私たちはどこで寝れば良いのか。


色々なことが頭を巡り、

余計に身動きが取れなくなった。


本当はUターンして、

どこかへ逃げてしまいたかった。


けれど、

子どもはもう眠そうで、

あくびを繰り返していた。


外に泊まるお金もない。


仕方ない。


私は意を決して、

ドアノブに手を掛けた。

2026年6月1日月曜日

行き場のない私たち

幸せそうな人々を眺めながら

夫や義両親が来ていることを知り、

急遽、外でご飯を食べることになった。


こういう時、

「どこに行こうか」

なんて楽しめれば良いのだけれど。


お財布の中身とも

相談しなければならないので、

大抵はいつものお店になる。


二人でパスタを頼んでも、

合計で800円ほど。


これ以上安く済ませられる場所は、

他に思いつかなかった。


子どもに、


「サイドメニューも頼んで良いんだよ」

「ドリンクバーも付けようか」


そう言ったのだけれど、


「ううん、大丈夫」


と首を振った。


多分、

お金のことを気にしたのだと思う。


料理を待つ間、

ぼんやりと周りを眺めていた。


友人同士、夫婦、家族。

それぞれが、

楽しそうに食事をしている。


なのに私たちは、

夫たちへの恐怖から、

家に帰ることもできない。


どうして、

こんなことになってしまったのだろう。


そう考えた時、

ふと、夫の言葉が頭に浮かんだ。


周りの人たちは幸せそうに見えるだろう?

何でか分かるか?

それは皆が、

お前に足りないものを持ってるからだよ。


何度も言われるうちに、

自分には、

酷く欠陥があるような気がした。


子どもは、

こんな状況でも外食を喜んでいて、


『私はいつも、この子に救われている』


そんなことを思いながら、

幸せそうに笑い合う人たちを、

ぼんやり眺めていた。


返してもらえない鍵

オーダーを済ませ、

料理を待っている間、

子どもに聞いてみた。


なるべく、

重たい空気にならないように。


「パパたち、すぐ帰る感じだった?」


その時、

驚くようなことを聞かされた。


何と、

鍵を取り出していたらしい。


家の中で待つつもりだったのだ。


それを聞いて、

余計に帰れなくなった。


本当は、

鍵を返して欲しかった。


私たちが居ない時に、

自由に出入りされるのは困るからだ。


でも夫は、

『家族だから、持っていたい』

そう言って、

返そうとしなかった。


義両親も同じだった。


家族なのだから、

持っている権利があるのだと言う。


家族――。


確かに、

まだ籍は抜いていない。


形式的に見れば、

まだ“家族”なのだと思う。


その事実を、

無理やり突きつけられたようで、

とても嫌な気持ちになった。


思わず、

目の前にあった冷たい水を、

一気に飲み干した。


あの人たちは、

きっと遅くまで居座る。


そしてそれを、

当然の権利だと思っているのだろう。


二人分のパスタが運ばれてきて、

子どもは嬉しそうに食べ始めた。


こんな外食でも、

「特別だね」

と言って喜んでくれる。


そんなこの子を、

幸せにしたいと思った。


私にもまだ、

できることがあるのだろうか。


あの頃は、

毎日そんなことばかり考えていた。

2026年5月30日土曜日

職場で涙が止まらなかった日

温かい同僚の手

お義父さんから一方的にまくし立てられ、

上手く言い返すこともできなかった。


職場では“仕事モード”を貫きたい。


ずっと、そう思っていたのに、

不覚にも涙が浮かんだ。


そんな異変に真っ先に気づいたのが、

いつも話を聞いてくれていた同僚だった。


「ちょっと、こっちに……」


そう言いながら、

目立たない場所まで手を引かれて行った。


この時、

同僚は歩きながら、

ずっと背中をさすってくれていた。


その手がとても温かくて、

余計に涙が出てきた。


一人で闘っているわけではない。


そう思えた瞬間だった。


その後、オフィスの片隅で、

小声で事情を説明した。


「取り乱しちゃって、ごめん」


そう謝ると、

同僚は私以上に憤っていた。


特に、

夫のことが許せないようだった。


甘い顔をしてはいけない。

譲歩してもいけない。


それは、

これまで何度も言われてきたことだ。


私も、

そのつもりではいた。


でも、

どうしても罪悪感が出てしまう。


相手の言っていることの

全てが正しいとは思わない。


それでも、

どこかで


「私にも悪い部分があるのではないか」


そんな不安が、

ずっと消えなかった。


慎重さとは少し違う、

弱気な部分が出ていたのだと思う。


不安そうに待つ子ども

その日の帰りは、

できるだけ急いだ。


夫や義両親が来たら大変だ。


子ども一人では、

追い返すことなんてできない。


そう思って急いで駅へ向かうと、

ちょうど電車が来た。


息を切らしながら乗り込み、

最寄り駅へと向かう。


改札を通った瞬間、

私の目に飛び込んできたのは、

不安そうな表情で待つ子どもだった。


最近は忙しくて、

駅まで迎えに来ることなんてなかったのに。


何かあったのかな。


少し緊張しながら声をかけると、

子どもは泣きそうな顔で言った。


「パパが来たんだよ」

「おじいちゃんもいた」


学校から帰ったあと、

友達と遊ぶために一度出かけ、

帰宅した時には、

家の前に夫たちがいたらしい。


鉢合わせるのを避けるため、

遠くから様子を確認するのが、

いつの間にか子どもの習慣になっていた。


そのお陰で、

難を逃れることができた。


「そっか。怖かったね」


そう言いながら背中に触れると、

手の平に鼓動が伝わってきた。


それほどまでに、

怖い思いをしたのだ。


もし、

まだ近くをうろついていたら危険だ。


お財布には厳しい。


それでも、

背に腹は代えられなかった。


その日の晩御飯は、

外で食べることにした。

2026年5月29日金曜日

義父からの電話が止まらなかった日

連なる電話メモ

会議から戻ると、

机の上に何枚ものメモが置かれていた。


電話メモだった。


その枚数を見れば分かる。

何度も電話してきたのだ。


私は対応してくれた人たちにお礼を言い、

電話メモを持って

ロビーへ向かった。


正直、迷惑だった。


仕事中に何度も連絡されても、

対応なんてできない。


なのに、

こちらの事情もお構いなしに

何度も電話をかけてくる。


自分たちの要求を押し通すことしか

頭にない。


そういうところが、

実に彼ららしいと思った。


電話をかけると、

待ち構えていたかのように

すぐにお義父さんが出た。


本当は、

お義母さんの方へかけようかとも思った。


でも、やめた。


どうせ途中でお義父さんが電話を取り、

話し始めるに決まっている。


私は用件も聞かずに言った。


「仕事中は、本当に困るんです」


どうせ言いたいことは分かっていた。


『子どもに会わせろ』


それしかない。


だけど、これ以上

子どもの心に負担をかけたくなかった。


でも、

夫や義両親と真正面から対決する勇気もない。


策を持たない私は、

ずっと逃げ続けてきた。


そのツケが回ってきたのだと、

この時思った。


「これからもかける」という宣言

「困ります」

そう伝えたところで、

「分かりました」

と引き下がる相手ではなかった。


お義父さんは、

怒鳴るような声でまくしたてた。


耳の奥がジンジンして、

心臓がバクバクした。


思わず携帯を耳から離した。


でも、お義父さんは気づかない。


いや、気づいていても

お構いなしだったのかもしれない。


その怒鳴り声に重なるように、

後ろでは夫も何か叫んでいた。


頭が痛い。


うずくまりながら、

もう全部投げ出して逃げたくなった。


だけど、

また逃げたら

きっと同じことが繰り返される。


そうなれば、

会社にも迷惑をかける。


ここにも居づらくなる。


どうしたらいいのか分からなくて、

思わず大きなため息が漏れた。


その音がお義父さんにも聞こえたらしく、

また怒鳴られた。


その日は、

5分ほどで戻るつもりだったのに、

結局、15分以上も拘束された。


席へ戻る頃には、

もうぐったり・・・。


それでも、

やり残した仕事を終わらせなければいけない。


そう思ってパソコンに向かったけれど、

全然集中できなかった。


怖かった。


この先どうなるのか、

不安でたまらなかった。


気づけば、

じわっと涙が浮かんでいた。


そんな私の異変に気づき、

声をかけてくれたのは、

ずっと話を聞いてくれていた同僚だった。

離れても終わらなかった

金曜日が怖かった せっかく別居したのだから、 本当は夫と距離を置きたい。 願わくば、 ほとんど連絡も取りたくない。 そう考えていたのだが、 現実は理想とは違った。 鬼のような連絡が続いていた。 特に嫌だったのが金曜日。 本来なら、 休みを前にして気持ちが軽くなる日だ。 けれど私た...