金曜日が怖かった
せっかく別居したのだから、本当は夫と距離を置きたい。
願わくば、
ほとんど連絡も取りたくない。
そう考えていたのだが、
現実は理想とは違った。
鬼のような連絡が続いていた。
特に嫌だったのが金曜日。
本来なら、
休みを前にして気持ちが軽くなる日だ。
けれど私たちは、
金曜日が近づくたびに
気持ちが沈んでいった。
なぜなら、
断っても断っても懲りずに
毎週お誘いの連絡が来ていたから。
どんなに冷めた対応をしても、
何事も無かったかのように誘ってくる。
時には義両親も交えて
皆で遊びに行こうと言ってくる。
それが嫌で、
「あー金曜日か」
どちらからともなく、
ため息交じりにそんな言葉が出た。
その言葉には、
明日が来てほしくない気持ちが
詰まっていたと思う。
休日前なのに、
全然嬉しくなかった。
一緒に暮らしている頃、
体調不良のことが多かった夫は
ほとんど一緒に出掛けなかった。
どこかへ行く時は、
子どもと二人。
あるいは義両親を含めた四人。
ごく稀に来た時でも、
最初から最後まで文句ばかりで
全然楽しめなかった。
威嚇して怖がらせたり、
気に入らないことがあると怒ったり。
子どもも嫌な思いをしたと思う。
外に居ようがお構いなしで、
気に入らなければ怒鳴るのだから。
子どもだって、
一緒に出掛けたくなかったはずだ。
私は周囲の視線も辛かった。
好奇の目で見られるたびに、
居たたまれない気持ちになった。
頭の中では色々なことを考える。
けれど結局できるのは、
その場を収める努力だけだった。
ただ、それさえも難しい。
言葉選びを間違えれば、
夫はすぐにへそを曲げる。
その後はお決まりのモラハラだった。
家庭内で起きることだから、
逃げ場もない。
無視をされたり、
ため息をつかれたり、
大きな物音で威嚇されたり。
その程度ならまだマシな方で、
物に当たって壊すこともあった。
家具が壊れた時の光景は、
今でも忘れられない。
何度思い返しても恐ろしくて、
背筋が冷たくなる。
この時間が永遠に続くのではないか。
そんな錯覚を覚えるほど、
苦しい毎日だった。
そんな風に私たちを怯えさせてきた夫が、
『休みの日には家族で過ごしたい』
と言う。
その言葉を聞くたびに、
私は混乱した。
怖かったのは、
私たちのはずなのに。
私が悪いの?
金曜日はどうしても身構えてしまう。
いつ連絡が来るのだろう。
そればかりを気にしている
自分に気づいた。
時計を何度も確認しながら、
『今日はもう来ないかな』
と少しだけ安堵する。
すると次の瞬間、
携帯が鳴る。
画面に表示された夫の名前を見て、
思わず手に力が入った。
絶対にいつもの話だ。
「明日、どこかに出掛けよう」
そう言われるのが分かっていた。
だから出られなかった。
このまま諦めてくれればいい。
そんな気持ちもあった。
しばらくして携帯は静かになる。
けれど数分後、
また電話が鳴る。
それを何度繰り返しただろう。
恐らく七〜八回。
その後、
留守電が入った。
残されたメッセージを聞いて、
私は酷く動揺した。
夫は泣きながら、
「電話に出てください」
と何度も繰り返していた。
「お願いだから」
その言葉を聞いた瞬間、
罪悪感が押し寄せる。
夫をこんなに泣かせるほど、
私は悪いことをしているのだろうか。
私が悪いの?
本当に悪いの?
別居を選んだ私が、
家族を壊しているの?
頭の中で同じ問いが
何度も繰り返された。
何が何だか分からなくなり、
ただ震える手で
留守電を消去した。
あの頃の私は、
『夫を見捨てることなど到底許されない』
と思い込んでいた。
そんな大罪を背負って、
これからも生きていく。
そう考えるだけで怖かった。
その恐怖に、
なかなか打ち勝てなかった。
だから電話が鳴るたびに、
心臓が縮み上がる。
金曜日が来るのが、
怖かった。






