静かな夏と不安
もっとも不安だったのは、1か月もある夏休みだった。
その間ずっと、気を抜けない。
子どもはとても楽しみにしていて、
自分なりにいろいろな計画を立てていた。
いっぱい時間があるから、
図書館で本を借りてこよう。
プールにも行けるかな。
生き生きとした表情から、
どれほど楽しみにしているかが伝わってきた。
その傍らで、私は不安だった。
夫や義両親は、この機会を逃さないだろう。
もしかしたら、頻繁に押しかけてくるかもしれない。
そのことが怖くて、
できるだけ家にいない時間を増やそうと考えた。
図書館には飲食スペースがある。
お弁当と水筒を持参すれば、
一日過ごすこともできる。
『パパに知られない場所』は、
思いのほか快適だった。
実際、子どもも頻繁に通うようになった。
涼しくて宿題も進むし、
何より突撃される心配がない。
それが、精神的に大きかった。
帰りは駅前で合流して、
二人で一緒に帰った。
「アイス買っていこうか」
「やったー。何買おうかな」
そんな何気ない会話が、少し嬉しかった。
恐怖と隣り合わせだった日々では、
決して味わえなかった感情だった。
弱気の連絡
夏休み前半。
夫からの連絡はほとんどなかった。
あっても、短い事務的なものだけ。
時々、義両親からメッセージが来たが、
大抵は「子どもに会いたい」という内容だった。
心配していたほどの執着はないのかもしれない。
内心、少しほっとしていた。
ただ、それには理由があった。
暑さで体調を崩していたのだ。
外出もできない状態らしい。
ある日、弱々しい声で連絡が来た。
「調子が悪すぎて何もできない。
もう、駄目かもしれない」
逐一、大げさな人だと思った。
心配するふりをして、
「休んでいた方がいいよ」
とだけ伝えて、電話を切った。
そんな対応にも、
夫は大げさに感激していた。
「やっぱり家族だな」
そんなことを言う。
どこまでもおめでたい人だと思った。
夕方、子どもと合流して歩きながら、
「パパ、具合が悪いんだって」
と話題にした。
どちらからともなく、
「それなら良かった」
という言葉が出た。
それは事実だった。
夫のことを気にしなくていいなんて、
それだけで少し救われた気がする。
ただ、そのあとに残ったのは、
静かな罪悪感だった。
「良かった」と言ってしまった自分が、
ひどく冷たい人間に思えた。






