2026年6月16日火曜日

82点のテスト

目の据わった夫

「ちょっと、こっちに来い!」


いきなり怒鳴られて振り向くと、

夫がこちらを凝視していた。


その目は血走り、

体全体から怒りがにじみ出ている。


怖い。

どうしよう。


身動きが取れないまま、

私は固まっていた。


そこに追い打ちをかける声。


「何してんだ!

 早くしろ!」


その声に押されるように、

おずおずと夫の前に座る。


そして、次の言葉を待った。


何に怒っているのか、分からない。

ただ困惑するばかりだった。


理由なんて、想像もできない。

けれど、黙っているわけにもいかない。

何か言われるのを待つしかなかった。


その様子を、

子どもは固唾をのんで見ていた。


目に涙が浮かんでいる。

それに気づかないふりをした。


私が反応すれば、

夫が気付く。


気付いたら、きっと言う。


「お前には関係ないだろ。何で泣いてるんだ」


怖くて、泣くことさえ許されない。


たった一枚のテスト

夫の前に座ると、

ドン、と音がして紙が置かれた。


その紙には、

子どもの名前が書かれている。


テストだった。

すぐに分かった。


私たちがいない間に、

部屋を探ったのだろう。


この人は、粗探しが得意だ。

そして必ず、それを使う。


返却されたテストは、

お菓子の箱に入れていたはずだった。

箱ごと開けたのだと分かる。


以前にも書いた通り、

子どもは教育虐待を受けていた。


夫の基準に届かなければ、

叩かれ、無視され、

蹴られることもあった。


食事を抜かれることも、

珍しくなかった。


お腹を空かせた子どもに、

小さなおにぎりを作ったことがある。


それすら、投げ捨てられた。


「あいつに飯を食わせる必要はない」


そう言って、

水だけ飲ませろと命じた。


後でこっそり食べさせようとしても、

子どもは拒んだ。


「パパに怒られるからいい」


恐怖に支配されていた。

どうにもできなかった。


あの頃は、

無視された方がまだましだと思ったほどだ。


そしてその日。

別居中の夫が差し出したのは、

子どもの社会のテストだった。


82点。


持ち帰った時、

私はたくさん褒めた。


がんばったね。

うん、がんばったよ。


そう言い合いながら喜んだ。


そのテストを、

夫は口汚く罵った。

2026年6月15日月曜日

張りつめた空気

怯える子ども

荷物を部屋の隅に置きながら、

私は必死になって考えた。


どうすれば、

この場をやり過ごせるだろう。


そんなことばかり考えていた。


子どもは明らかに怯えている。

表情は硬く、

少し青ざめていた。


私も同じ気持ちだった。

だけど、逃げることはできない。


何か方法はないか。

考えてみても、良い案は浮かばなかった。


というより、

夫に対して

『何もしてあげたくない』

それが本音だった。


どうして、

私たちを傷つけた人を

もてなさなければならないの?


連絡もせずに急に来て、

一体どういうつもり?


憤りの気持ちが強かった。


それでも、

追い返すことはできない。


私は仕方なく、

声を掛けた。


「これから夕飯作るんだけど、

一緒にどうかな」


本当は、

今すぐ帰って欲しかった。


だけど、

そんな気配はない。


私から声を掛けるしかなかった。


ちょっと違和感のある空気

部屋に入った瞬間から分かっていた。


夫は明らかに不機嫌で、

何かに怒っていた。


ずっと腕組みをして、

こちらの問いかけにも返事をしない。


その様子を見て、

緊張感がさらに増した。


野菜を刻む手が震える。


子どもは部屋の隅で、

ランドセルを開けていた。


次の日の準備をしている。


いつもなら、

言われるまでやらない。


だけど、

この空気の中では、

何かしていないと落ち着かなかったのだと思う。


その姿を目の端で見ながら、

私は夕食の準備を続けた。


夫は意外と好き嫌いが多い。


メニューを見て、

へそを曲げたらどうしよう。


勝手に押しかけて来た夫に、

そこまで気を遣う必要なんてない。


それなのに、

私は機嫌を損ねないよう

必死になっていた。


しばらく無言の時間が続いた。


食材を煮込み始めた時だった。


夫が私に向かって言った。


「ちょっと、こっちに来い!」


その瞬間、

空気が変わった。


緊張感が一段階上がる。


頭が真っ白になった。

2026年6月13日土曜日

誰も居ないはずなのに

誰も居ないはずの家に灯り

あの日は、いつも通り

塾に子どもを迎えに行った。


あとは家に帰るだけ。


本当に、いつもと同じ流れだった。


だが、

家に着いたその瞬間、

私はすぐ異変に気づいた。


部屋に灯りがついていたのだ。


遠くから見ても分かる。

誰かいる。


これが、

義両親ならまだ良い。


問題は、

夫だった場合だ。


だが、

ドアを開けるまでは分からない。


試しに義両親へ

電話をかけてみようか。


そんな考えも浮かんだ。


けれど、

傍に夫がいたら、

「何の用事だ」と

根掘り葉掘り聞かれるだろう。


義両親のうち、

どちらかだけが部屋に居る可能性もある。


そう思うと、

迂闊に電話もできなかった。


私はしばらく、

遠くから部屋を見つめていた。


どうしたら良いのか。


答えは出ない。


その時だった。


子どもが、

「お腹空いたね」

とぽつりと言った。


その一言で、

私は現実に引き戻された。


そうだ。


食材を持っていた。


このままでは、

食材がダメになってしまう。


本来なら、

食材を諦める選択もあったのかもしれない。


だけど、

それもできなかった。


財布の中には

千円ちょっとしかない。


外でご飯を食べる余裕なんて、

なかった。


それどころか、

食材をダメにしてしまったら、

今晩食べるものにも

困ってしまう。


私たちは、

決断するしかなかった。


やはり夫だった

思い切って、

家に入ることに決めた。


怒らせなければ大丈夫。


そう自分に言い聞かせる。


だが、

やはり恐怖で身がすくむ。


子どもも、

何も言わなくても事態を察していた。


「パパ来てるのかな」


「おじいちゃんか、

おばあちゃんなら良いね」


と言った。


開錠し、

恐る恐るドアを開けた私たち。


その瞬間、

リビングで座っている夫の姿が見えた。


ああ、

やっぱり・・・。


夫かもしれない。


そんな予感はしていたのだ。


本当は、

飛び上がるほど驚いていた。


それでも、

それを見せる訳にはいかない。


私は平静を装い、

声を掛けた。


「来てたんだ~?」


まるで、

何とも思っていませんよと

アピールするみたいに。


万が一、

「何で来てるの?」


などと言おうものなら、

猛烈な怒りをぶつけられる。


それが分かっていたから。


私は笑顔を作った。


本心とは、

正反対のままで。

2026年6月12日金曜日

終わらない警戒

夫の気配

離れて暮らしていても、

本当の意味での自由には、
まだ程遠かった。


いつもどこかで、

夫の気配を感じていた。


義両親がやって来て、

「十分に気を付けるように」

と忠告してくれたけど。


実際にできることは限られている。


夫がその気になれば、

何だってできる。


そんな思いが、

頭から離れなかった。


私たちは、

万が一に備えて

いくつかのルールを決めた。


子どもが家に着いたら、

まず遠くから様子を見る。


夫が近くにいないか、

確認してから近付く。


鍵を持っている以上、

部屋の中に潜んでいないとも限らない。


だから、

鍵を開けた後も

すぐに靴を脱がないよう伝えた。


こんな言い方は良くないのかもしれない。


だけど夫は、

いつも禍々しい空気をまとっていた。


その異様な雰囲気は、

少し離れた場所からでも感じられた。


子どもも夫の気配には敏感だった。


「隠れていても分かるよ」


そう言って、

妙に自信満々だった。


家に入った後は、

夫が訪ねて来ても出ない。


絶対に応答しない。


それを徹底するだけでも、

少しは不安が和らいだ。


チェーンを掛けていれば、

すぐには入れないはずだから。


ただ、

私たちはその先も考えてしまう。


チェーンを壊されたらどうしよう。


そうなれば、

逃げ場はない。


ある程度の時間は稼げても、

どこにも逃げられない造りだった。


子どもは言った。


「ベランダに出て叫ぶよ」


その言葉を聞いても、

安心はできなかった。


もし本当に、

子どもがベランダで助けを求めたら。


誰か助けてくれるのだろうか。


人通りは多い。


だけど、

危険を冒してまで

手を差し伸べてくれるだろうか。


そんな不安が、

消えることはなかった。


思わぬ救世主

放課後、

友達と遊んだ日は

駅まで来ることが多かった。


早い時間に解散した日は、

そのまま家へ帰ることもある。


高学年になると、

習い事や塾で忙しい子も増える。


以前のようには遊べなくなり、

一人で過ごす時間も長くなっていった。


塾の日は安心だった。


問題は、

それ以外の日だ。


安全のためなら、

背に腹は代えられない。


「塾の日を増やそうか」


私はそう提案した。


すると子どもは、

家計のことを気にしているのか、


「大丈夫だよ。

今まで通りで」


と気丈に答えた。


だけど、

私の不安は消えなかった。


仕事をしていても、

ずっと気になっていた。


そんな時だった。


子どもが何気ない雑談の中で、

「ちょっと困ってるんだよね」

と話したらしい。


すると塾長が、


「毎日来ていいよ」


そう言ってくれた。


さらに、


「自習してれば?」


「毎日勉強してたら、

成績も伸びるかもね」


そんな前向きな言葉まで

掛けてくれたという。


ありがたい申し出だった。


子どもは喜んで塾へ通い始め、

少しずつ精神的にも落ち着いていった。


この話を聞いた私は、

すぐにお礼の電話を掛けた。


すると塾長は、

笑いながらこう言った。


「自習室なんて、

誰も使ってくれないんですよ」


「やる気がみなぎっているみたいで、

こちらも嬉しいです」


子どもは本当に楽しそうだった。


そして、

塾長や先生たちの優しさに触れるたび、

父親への不信感や拒絶感は

ますます大きくなっていった。

2026年6月11日木曜日

訪問の理由

消えなかった戸惑い

玄関で頭を下げるお義父さん。

その横ではお義母さんが、

言葉を探すように立っていた。


そして、

二人は深く頭を下げた。


突然のことに驚き、

私は何度も

「頭を上げてください」

と言った。


その時、

ふと思った。


これは一体、

どういう風の吹き回しなのだろう。


これまでにも、

謝罪されたことはあった。


だけど、

あれは夫を擁護するためのものだった。

少なくとも、

私にはそう見えていた。


今回も同じなのかな。


そんな考えが

頭をよぎる。


疑うべきではないのかもしれない。

それでも、

すぐには信じられなかった。


二人は部屋にも入らず、

玄関先で

「本当に申し訳ないことをした」

と繰り返した。


まずは話を聞かなければ、

何も分からない。


気は進まなかったけれど、

部屋へ招き入れた。


腰を据えて話すことにし、

子どもには隣の部屋へ行ってもらった。


「一緒に聞きたい」

と言われたけれど、

小学生には聞かせられない話もある。


もしかしたら、

過去のつらかった出来事を

思い出してしまうかもしれない。


重い話になることだけは

分かっていた。


だから、

子どもには

「隣にいてね」

と伝え、

大人三人で話をすることにした。


知らされた現実

二人は、

とても疲れていた。


目の下にはクマがあり、

表情にも覇気がない。


その頃、

夫からの連絡は減っていた。


といっても、

三週間ほどだけれど。


それでも私は、

少し落ち着いたのだと思っていた。


これまでを思えば、

穏やかな時間だった。


それなのに、

なぜ今なのだろう。


そう思いながら、

話の続きを待った。


けれど、

理由はすぐに分かった。


夫が、

何かを起こそうとしていた。


私を相手に

裁判を起こす。


そんな話までして、

息巻いていたらしい。


義両親は不安になった。


息子が何をするか分からない。

嫁や孫に何かあったら――。


そう考えたのだという。


相変わらずだと思ったのは、

私による虐待を

でっち上げようとしていたことだ。


私が折れないから。


元に戻るのは難しい。

円満離婚も望めない。


そこまでは、

理解したのだろう。


そして夫は、

親権を取って、

子どもと義両親と四人で暮らす。


そんな話も、口にしていた。


義両親は、

そのことを知らせに来てくれた。


何かあってからでは遅い。

そう思ったのだろう。


私は話を聞きながら、

夫の姿を思い浮かべていた。


思い通りにならないことに、

怒っている。


ただ、

それだけはよく分かった。


だけど、

ここで怯むわけにはいかない。


せっかく、

ここまで来たのだから。


もう少しで、

自由に手が届く。


「私たちもできる限り止めるけれど」


そう前置きした上で、

二人は


「くれぐれも気を付けてほしい」


と言った。


けれど、

できることは限られている。


せめて、

子どもだけは守りたい。


でも、

親でさえ止められないのに、

私に何ができるのだろう。


その日から、

警戒する毎日が始まった。


目を覚ましている間は、

ずっと気を張っていた。

2026年6月10日水曜日

不安と回復のあいだで

不安の中にいた頃

家を出たばかりの頃、

私はとても不安だった。


夫と上手くいかなかったような

不出来な人間だもの。

育児だって、きっと上手くいかない。


そんなふうに思い込んでいた。


結婚生活で思い出すのは、

怒られた時のことばかり。


私が至らないせいで夫を怒らせ、

夫婦関係もおかしくなった。


そう思っていたのに、

最終的には、

夫から逃げる形になった。


そんな私に育てられたら、

子どもはどうなってしまうんだろう。


当初は思い悩み、

夜な夜な将来を憂いた。


だけど、

それを打ち明けられる相手もいない。


お世話になった先輩にさえ、

本心はうまく話せなかった。


夫の意向で、

周囲とは距離ができていた。


連絡先も消した。

番号ももう覚えていない。


家事を終え、

少しだけ自由な時間ができても、

テレビの内容は頭に入ってこなかった。


そして夜、

電気を消して横になると、

ふと、思う。


二人ぼっちだなぁ。


カーテンの向こうには

家々の灯りがあった。


それでも、

その光が遠く感じられた。


家にいた頃よりも

温かな環境のはずなのに、

心は沈んでいた。


少しずつ戻ってきた日常

いつ頃からだっただろうか。


気づけば私は、

子どもの話を聞いたり、

お笑い番組を見て

笑うようになっていた。


安心できる場所があるというのは、

それだけで大きいことだ。


「ごめんなさい」と

無意識に口にすることも減り、

「ありがとう」と言う回数の方が増えていった。


そんな時間を過ごしたあと、

再び家に戻った。


今度は本当に二人きり。


でも、

あの時間があったから、

私は少しずつ立て直せていた。


夫の要求にも流されない。

情にも引きずられない。

義両親の話を出されても、

嫌なことは「No」と言えるようになっていた。


当たり前のことなのに、

以前の私にはそれができなかった。


少しだけ強くなった私と、

成長した子ども。


その変化は、

周囲にも伝わっていたのかもしれない。


ある日、

義両親が突然訪ねてきた。


休日の午後だった。


玄関を開けると、

お義父さんが頭を下げていた。


深くではないが、

明らかに何かを伝えようとする姿勢だった。


お義母さんも横で

言葉を探すように立っていた。


私は少し驚いたが、

すぐに玄関先で話を聞いた。

2026年6月9日火曜日

5千円のためじゃない

私なりのケジメ

うちの会社では、

配偶者が扶養内の場合に

扶養手当が支給される。


額にすると5千円。

決して小さい額ではない。


そのお金があれば、

毎月のやりくりも少しは楽になる。


だけど、

家を出た時点で

私は会社に伝えた。


「一緒に暮らしていないので、

 支給から外してください」


これは、

私なりのケジメだった。


こんなことからでも、

「夫と離れた」という実感が欲しかった。

そんな気持ちもあった。


だけど、

会社の担当者や上司は言った。


「扶養には入っている状態だから」


確かに、

夫の生活費は私が負担していた。


他に必要な物があれば、

その費用を求められることもあった。


夫が自分で出していたのは、

趣味のアーティスト関連の出費や、

人との付き合いくらいだったと思う。


家賃も光熱費も払い続け、

生活は厳しかった。


それでも、

形式上は扶養の状態が続いていた。


その後、

夫はほどなくして働き始めた。


離れて一人になった途端、

働けるなんて。


本当はもう元気だったんじゃないの?


そう思っていた頃、

夫から言われたのが――


「お前のせいで治らなかった」


その言葉を聞いた瞬間、

どっと疲れが押し寄せた。


この人はいつもそうだった。


悪いことがあれば私のせい。

良いことがあれば自分のおかげ。


そんな考え方に、

私は何度も振り回されてきた。


後悔していると思いたい

夫から電話が来た時、

嫌々ながらも応じた。


話の流れで、

扶養の話になった。


私は

「扶養から外す手続きをしている」

と伝えた。


すると夫は、

毎月の扶養手当の額を確認した。


「5千円だったよな?」


そうだと答えると、

夫は言った。


「だから、別居なんてしなければ良かったんだよ」


冗談じゃない。


5千円のために、

全てを我慢して生きる生活なんて

私たちは望んでいない。


夫には、

私たちが何を失ってきたのか

伝わっていなかった。


たとえこれから先ずっと

5千円少なくなったとしても、


あの抑圧された生活から

解放されるのなら、

安いものだと思っていた。


私は、

「会社の規定だから仕方ないよね」

とだけ答えた。


そして、

何か言いたそうにしていた夫の言葉を遮り、

別の話題へ変えた。


本当は夫は、

「後悔してるんだろ?」

と言いたかったのだと思う。


私の選択は間違いだった。

そう証明したかったのだろう。


逆に私は、

夫に後悔して欲しかった。


自分がしてきたことを振り返り、

傷付けた相手がいたことを

理解して欲しかった。


そのことは何度も伝えた。


だけど、

少なくとも夫は

自分の行動を顧みることがなかった。


一度も本気で後悔しているようには

見えなかった。


むしろ夫は、

「間違ったことをした私が、

 いつか後悔する」

と本気で信じているようだった。

82点のテスト

目の据わった夫 「ちょっと、こっちに来い!」 いきなり怒鳴られて振り向くと、 夫がこちらを凝視していた。 その目は血走り、 体全体から怒りがにじみ出ている。 怖い。 どうしよう。 身動きが取れないまま、 私は固まっていた。 そこに追い打ちをかける声。 「何してんだ!  早くしろ!...