2026年2月25日水曜日

学校でも上の空

とうとう先生から連絡が・・・

戻ってから最初の週末を、

重たい気持ちのまま過ごした。


でも、翌週からは気持ちを切り替えよう。


そんなふうに思っていた私は、

すぐに現実を思い知ることになった。


週の半ば。


仕事帰りに携帯を見ると、

不在着信が入っていた。


見覚えのある番号。


学校だった。


胸がざわついた。


私はすぐに折り返し、

担任の先生に取り次いでもらった。


待っている間も、


学校で何かあった?

体調が悪くなった?

トラブルでもあった?


悪い想像ばかりが浮かんでくる。


きっと大丈夫。

そう思おうとしても、

不安は消えなかった。


先生の話は、

私が想像していたような出来事ではなかった。


でも――


「学校での様子が、少し気になっていて」


その言葉を聞いた瞬間、

私は察した。


授業中、窓の外を見つめる子ども

週明けからの変化に、

先生は気づいていた。


それまでは、

友だちに誘われれば楽しそうに遊んでいたのに。


今は、ほとんど席を離れない。


トイレに立つ以外は、

ずっと座ったまま。


何かに集中しているわけでもない。


ただ、ぼんやりと。

窓の外を、見つめているのだという。


授業中も同じだった。


先生がそばに来て、

「大丈夫?」

と声をかけても、

小さく頷くだけ。


月曜日だけではなく、

火曜日も。

そして水曜日も。


様子が変わらなかったため、

心配になって連絡をくださったのだった。


ここで隠しても仕方がないと思い、

私は週末にあったことを、先生に話した。


話し終えたとき、


受話器の向こうで、

先生の声が少し震えていた。


「……そんなことがあったんですね」


「それは、つらかったですよね」


思わず、胸が熱くなった。


夫には恵まれなかったけれど、

私たちは、周りの人に恵まれている。


こうして気にかけてくれる人がいる。


そう思ったとき、

空っぽだった心に、

少しだけ温かさが戻ってきた。


先生は、


「学校でも、気をつけて見ていきますね」


と言ってくださった。


その言葉を聞いて、

私はようやく、

少しだけ安心することができた。

2026年2月24日火曜日

笑顔が消えた日

「楽しそうにして欲しい」という要望

子どもの意識は、

どこか遠くにいってしまっていた。


声をかけても、反応が薄い。

まるで、ここにいないみたいだった。


それを見て、義両親は不満そうな顔をした。


「(子ども)ちゃん、どうしちゃったの?」


責めるような言い方だった。


どうしたらいいのか、

私にも分からない。


ただ一つだけ思ったのは――


本当に子どものことを考えてくれるなら、

今は、そっとしておいてほしい。


それなのに、

何度も話しかけ、

返事をさせようとした。


そのたびに、

子どもの表情は固くなっていった。


それが気に入らないのか、

お義父さんの口調も強くなっていく。


完全に、悪循環だった。


やがて会話はなくなり、

テーブルの空気は冷えきっていった。


「こういう場所では、

 楽しいって思うもんだろ」


その言葉だけが、

場違いに響いた。


もう、限界だった。


私は立ち上がり、

「そろそろ失礼します」

と伝えた。


会計票を取ろうとすると、

「それはいいから!」

強い口調で止められた。


「ごちそうさまでした」


だけ言って、

私たちはその場を後にした。


笑顔が消えた

家に戻ってから、

子どもはほとんど笑わなくなった。


表情がない。


声をかけても、反応が薄い。


義両親も、パパもいないのに、

まるで、まだあの場にいるみたいだった。


私は動揺していた。


子どもを守るつもりだったのに。


もしかしたら――


一緒になって、追い詰めてしまったのかもしれない。


不安になって、

何度も声をかけた。


大丈夫?

どうしたの?

何か言って?


でも、途中で気づいた。


これじゃ、さっきと同じだ。


もう、どうしたらいいのか分からない。


義両親は、放っておいてくれない。

夫が何をしてくるかも分からない。


その中で、


どうやって、この子を守ればいいの?


膝を抱えて、

小さくなっている子ども。


その姿を見ていたら、

涙が止まらなくなった。


私はそっと近づき、

覆いかぶさるように抱きしめた。


声には出さなかったけれど、


心の中で、何度も思っていた。


ごめんね。

守れるママになるから。


もう少しだけ、待っててね。

2026年2月23日月曜日

義両親との苦しい時間

味のしないご飯

本来なら、

ご馳走のはずの食事だった。


それなのに――


まるで、砂を噛んでいるようだった。


何を食べても、味がしない。


それくらい、

義両親と囲むファミレスの食事は、

重苦しいものだった。


今すぐ逃げ出したい。


そんな衝動に駆られても、

さっきの子どもを巡るやり取りで、

もう気力は残っていなかった。


ただ、


「早く終わってほしい」


それだけを考えていた。


子どもも、箸が進まない。


時間が経っても、

皿の中身はほとんど減らなかった。


その様子に、

お義父さんの機嫌がまた悪くなる。


言えば言うほど、

逆効果だと分かるはずなのに。


ただでさえ沈んでいる子どもに、

さらに言葉を重ねていく。


結局、子どもは

浮かない表情のまま、なんとか食べ終えた。


美味しそうな様子は、まったくなかった。


ただ、無理に口へ運んでいる――

そんな姿だった。


それを見て、

お義父さんは何度もため息をついた。


私はうんざりしながら、

必死に話題を探し、

その場をやり過ごした。


本題は、やはり夫のこと

食事が終わっても、

解散という流れにはならなかった。


席を立とうとしたとき、

改まった口調で聞かれた。


「これから、どうする?」


私の中では、答えは決まっている。


離婚。

それ以外の選択肢は、もうなかった。

その意思は、すでに伝えている。


それなのに、

「このままじゃ、駄目だと思うんだよ」

同じ言葉を、何度も繰り返された。


そう言われても、

問題はあちら側にある。


もし動かすべきだと言うのなら、

義両親から夫に

「離婚届にサインしなさい」

そう伝えてほしかった。


私は静かに言った。


「中途半端な状態は良くないと思っています。

 できるだけ早く、離婚の手続きを進めたいです」


でも、この答えは、

彼らの望むものではなかったらしい。


その後は、


「自分たちも年を取る」

「(夫)の将来が心配だ」


そんな言葉が続いた。


情に訴え、

少しでも考えを変えさせようとする。


その圧は、想像以上だった。


正直、怖かった。


でも――

それよりも、気になることがあった。


隣にいる子どもが、

虚ろな表情をしていた。


まるで、

この場にいないかのように。


話も、まったく耳に入っていない様子だった。


その姿を見たとき、

胸の奥が、ざわついた。

2026年2月21日土曜日

義両親に引きずられるようにファミレスへ・・・

「お昼を食べに行こう」にも反応しない子ども

重苦しい空気の中、

義両親は妙に明るいテンションで話し続けていた。


私がこの場をどうにかしなければ。


なぜか、そんな責任を一人で背負っていた。


けれど、

どれだけ言葉を選んでも、

空気は少しも軽くならない。


むしろ、重く沈んでいくばかりだった。


このままでは、心がもたない。


そう感じ始めた頃、


「外に昼飯、食べに行くか」


と、お義父さんが言った。


普段なら、遠慮したいところだ。


でもその時は、


「そうですね。行きましょう」


と、ほとんど反射的に答えていた。


狭い部屋から出られる。


その一心だった。


ほっとしたのは、

きっと子どもも同じだと思っていた。


けれど――


「ご飯に行こう」


という言葉に、

子どもはまったく反応しなかった。


部屋の隅で、

ただ固まったまま。


その様子に、義両親の表情が変わる。


“心外だ”と言いたげな、不機嫌な顔。


空気がまた、ひりついた。


子どもの気持ち

私は慌てて子どものそばにしゃがみ込み、

顔を近づけて小声で聞いた。


「ご飯、行きたくないの?」


子どもは、

小さくコクリと頷いた。


それでも義両親は、

すっかり出かける気になっている。


何か買ってきて家で食べる、

そんな選択肢も頭をよぎった。


でも、それではきっと納得しない。


これまでのこともある。


せめて今だけは、

子どもの気持ちを守りたかった。


「どうする?

 やめておこうか」


そう言いかけた、その時。


背後から、怒鳴るような声がした。


「ほらっ、行くぞ!」


体がビクッと跳ねた。


大声は、本当にだめだ。

夫の怒鳴り声を思い出してしまう。


子どもは、

軽く震えていた。


壁に身体を押しつけるようにして、

小さくなっている。


それなのに――


お義父さんは、

その手首を強くつかんだ。


そして、

無理やり、引っ張った。


咄嗟に止めようとして、

私も子どもの腕をつかんだ。


狭い部屋の中で、

子どもの手首を引き合う形に・・・。


その細い手首が、

みるみる赤くなっていく。


それを見て、

お義父さんはようやく手を離した。


けれど、空気はもう壊れていた。


私たちはそのまま、

ほとんど引きずられるように

ファミレスへ向かった。


それは決して、家族団らんなどではない。


ただ、

逃げ場のない時間の始まりだった。

2026年2月20日金曜日

義両親からの見えない圧力

息苦しい空間、疑心暗鬼な私

思い切ってドアを開けた、

その瞬間。


二人の、満足げな笑顔が目に入った。


直前に聞こえた“ガチャガチャ”という音で、

出てくると確信していたのだろう。


その笑顔を見た瞬間、

胸の奥がざわついた。


歓迎しなければならないのに、

どうしてこんなに苦しいのだろう。


ぎこちない表情のまま、

私は二人を家の中へ通した。


一目で室内を見渡せてしまうほどの、

狭い家。


お客さんが来れば、

まず座る場所を考えなければならないような、

窮屈な空間。


そこへ大人が二人増えた途端、

空気が一気に重くなった。


息苦しい。


夫の伝言を預かってきたのだろうか。


そんな疑念が頭をよぎり、

私の表情はさらにこわばった。


圧力を強める二人

最初、義両親は世間話ばかりしていた。


近所の〇〇さんの話。

親戚の〇〇さんの話。


どれも、今ここで聞く必要のない話題を、

妙に明るいテンションで。


こういうときほど、

“本題”は別にある。


場を和ませてから切り出す。


それが、いつものやり方だった。


そう分かっているからこそ、

言葉はほとんど頭に入ってこない。


ただ、

いつ爆弾が投げられるのかと、

身構えるばかりだった。


その間、子どもは部屋の隅で

壁に背中をぴたりとつけて、

本を読んでいた。


まるで、

「私はここにいません」

とでも言うかのように。


気配を消そうとする子ども。


それでも、

二人は放っておかなかった。


何度も話題を振る。


けれど、子どもは

小さく頷くだけ。


声は出さない。


その様子が気に入らなかったのか。

次第に、お義父さんの口調が強くなっていった。


「ほらっ、(子ども)ちゃん!

 おじいちゃんが話してるだろ!」


お義母さんも、最初はなだめていたが、


「(子ども)ちゃん、おじいちゃんが話してるわよ」


と、いつの間にか加勢していた。


空気が、さらに張りつめる。


部屋の狭さが、

逃げ場のなさを際立たせていた。

2026年2月19日木曜日

押しの強い義両親

玄関前で待ち続ける二人

ドアスコープから義両親の姿を確認した瞬間、

私はすっかり冷静さを失った。


「なんで、お義父さんたちが来てるの?」


起きたばかりで、まだ頭も回らない。

それでも、スコープの向こうに立つ二人の姿は、

はっきりと見えていた。


ただ、ひたすらうろたえた。


「どうしよう……」


狭い室内を落ち着きなく歩き回った。


その間も、

何度も、何度も鳴るインターホン。


こんなに鳴らされたら、

ご近所さんに迷惑がかかる。


今日は休日だ。

ゆっくり過ごしている人も多いはず。


かといって、

明るく「こんにちは」と出迎える勇気もない。


結局、何もできずに

ただウロウロするだけだった。


そのうち帰ってくれればいい。


そう願ったけれど――


二人は、なかなか帰らなかった。


時計を見ると、

もう10分以上経っている。


その頃には、

ぐっすり眠っていた子どもも

異変に気づいて起きてきた。


眠い目をこすりながら、


「ママ、どうしたの?」


と聞いてくる。


私は口元に指を立て、

必死に“静かに”と合図をした。


まだ、ギリギリ居留守は使える。


応答がなければ、

留守だと思って帰るかもしれない。


私たちは息を殺し、

じっと、二人が去るのを待った。


近所迷惑

待てど暮らせど、

帰る気配はない。


それどころか――


玄関の前で、

大きな声で話し始めた。


独り言のようでいて、

明らかにこちらに聞かせる声量。


「……あれー? 居ないのかな?」


「居るはずなんだけどな」


「おかしいなぁ」


まるで、

“居留守を使われている”と

周囲に知らせるかのように。


確かに、居留守ではある。


でも、それを

こんな形で揺さぶられるとは思わなかった。


胸がざわついた。


これ以上続けば、

本当に近所迷惑になる。


追い詰められるように、

私は決断した。


ドアを、開けるしかない。


その直前、

子どもとヒソヒソ声で相談した。


「今、起きたことにしよう」


小さくうなずき合い、

私はゆっくりとドアノブに手をかけた。

2026年2月18日水曜日

孤独な闘い

夫が来るかもしれない、という恐怖

家に戻ってから最初の週末だった。


朝、少し早く起きて、

子どもと二人で近所に散歩に出かけた。


家にいると、

どうしても色んなことを考えてしまう。


それが明るい想像ならいいのだけれど、

浮かぶのは、恐怖から生まれる悪い想像ばかりだった。


少し、疲れてしまった。


だから、外に出ようと思った。


「朝のお散歩に行こうよ」


そう誘うと、子どもは二つ返事でついてきた。

きっと、同じ気持ちだったのだと思う。


歩いて、歩いて。

ただ、ひたすら歩いた。


いつもは行かないような場所まで足を伸ばすと、

少しずつ心が軽くなっていった。


家から離れれば離れるほど、

心が軽くなるなんて。


考えてみれば、おかしな話だ。


でも、あの空間にいれば、

どうしても前のことを思い出してしまう。


しかも、夫やその友人の私物まで、

ご丁寧に残されたままだ。


意識しないように、なんて

無理な話だろう。


夫の気配を感じるたびに、


「もしかしたら、戻ってくるかもしれない」


そんな恐怖が、胸を締めつける。


恐怖と闘いながらの生活。


心は、すっかり不安定になっていた。


どうでもいいことで涙があふれたり、

急に何もできなくなったりした。


日曜日の訪問者

土曜日、少し夜更かしをした。


子どもと話していたら、

つい遅くなってしまったのだ。


だから日曜日は、

少しお寝坊して、昼近くまで布団の中にいた。


「そろそろ起きなくちゃ」


まだ半分、夢の中。


体を動かそうとした、その瞬間――


インターホンが鳴った。


ビクッとして、息を止めた。


外の様子をうかがう私。

その横で、子どもはまだぐっすり眠っていた。


何かの勧誘かもしれない。

まだパジャマだし、

居留守を使おうか。


そう考えていたら、

再び、インターホンが鳴った。


警戒しながら、

足音を立てないようにドアに近づいた。


そっと、ドアスコープをのぞき込む。


そこに映っていたのは――


義両親だった。

学校でも上の空

とうとう先生から連絡が・・・ 戻ってから最初の週末を、 重たい気持ちのまま過ごした。 でも、翌週からは気持ちを切り替えよう。 そんなふうに思っていた私は、 すぐに現実を思い知ることになった。 週の半ば。 仕事帰りに携帯を見ると、 不在着信が入っていた。 見覚えのある番号。 学校だ...