俺の母校に
中学校に入学したばかりの頃。もちろん、まだ
高校受験のことなど
考えてもいない。
それなのに夫は、
「俺の母校を受験しろ」
と繰り返した。
自分の母校に誇りを持つのは
良いことだと思う。
でも、それを
人に押し付けないで欲しい。
子どもには子どもの
意見があるのだから。
私はそのたびに
「まだ早い」
とけん制した。
穏やかに言ったくらいでは、
意にも介さず
しつこく押し付けてくる人だ。
この時も、
『またか』とうんざりするくらい
何度も何度も聞かされた。
子どもはいつも
「まだ、わかんない」
と曖昧な返事をする。
すると夫は、
拒まれたとも思わずに、
「そうだよな。まだ決められないよな」
などと言いながら、
母校の良いところを並べ立てた。
言われたことを
空で言えるほどに
聞かされ続けた私たち。
何度も何度も聞かされるうちに、
最初は何とも思っていなかった母校にまで、
嫌な感情を抱くようになった。
夫のせいで、
好きでも嫌いでもなかったものまで
嫌になっていく。
そんなことにも、
うんざりしていた。
結局、同居の話
「おじいちゃんも、おばあちゃんも、
〇〇高校に行ってくれたら嬉しいって」
そう言われて、ふと気づいた。
その高校へは、
我が家からでは遠すぎる。
通えないことはないだろうが、
毎日早朝に家を出て、
通学だけでも疲れてしまうだろう。
そもそも、受験できるの?
そんなことを考え始めたら、
色々と気になってしまい、
ある時、夫にその疑問をぶつけた。
そのことで、
すっかり忘れていた問題を
思い出した。
小学校卒業が見えてきた時も、
同居して欲しい夫と義両親、
そして私で揉めに揉めた。
何とか回避し、
家から近い中学校に入学して、
すっかり頭から抜け落ちていた。
だけど、その間も
彼らは諦めていなかったようだ。
「高校に入学するタイミングで」
確かに、そう言われていた。
でも私は、
それはあくまで希望であり、
『そうなったら良いな』
程度の話だと思っていた。
夫の発言で、
『あの計画がまだ続いていたんだ』
と気づき、ぞっとした。
もう終わった話だと思っていた。
なのに、
終わってなんかいなかった。
同居は困る、なんていう
ふんわりした話ではない。
万が一同居してしまったら、
私たちの人生は詰む。
子どもは将来、
自由に羽ばたける時が来る。
でも、それまでが地獄だ。
私は永遠に檻の中。
そうなる未来が分かっているのに、
受け入れることはできない。
そんな経緯もあり、
早い段階で、
どのあたりの高校にするかを
子どもとこっそり話し合った。
洗脳がだいぶ解けていたから、
夫の提案を鵜呑みにせず、
自分たちの頭で
考えることができたのだと思う。
考えて、悩んで、考えて。
危険を回避するための
道を探し続けた。






