2026年10月18日日曜日

子どもを守るために、必死だった

領収書まで疑う夫

塾に夏期講習を申し込んだ。


お財布の方は厳しかったけれど、

これで安心して過ごせる。


そう思って、

少しコースを増やした。


その分、通う時間も増える。


一人で家に居るよりは、

塾に行っていた方が

何万倍もマシだろうと思った。


やっとかき集めたお金で

支払いを済ませ、

領収書を夫に送信。


できるだけ

連絡を取り合いたくなくて、

あえて深夜に送った。


それなのに、

数秒後に返事が来た。


その内容が……。


「これを本物だと

証明できるのか?」


こんな物、

偽造なんてしない。


そこまで疑われるのかと驚きながら、

「本物です」

とだけ返した。


夫にしてみれば、

本当に通えるとは思っておらず、

想定外だったのかもしれない。


通えなければ、

義実家で過ごすことになっていた。


だから、私も必死だった。


安心したのも束の間

もうお金を払ったから、

後戻りはできない。


そういう状況を作りたくて、

私は焦っていた。


何かに追われるように、

期日よりも少しだけ早く

済ませた手続き。


隙を見せたら、きっと

夫はそこを突いてくるから。


そうならないために、

早く環境を整えたかった。


その計画が功を奏し、

夫は言った。


「塾なら仕方ないな」


この言葉を待っていた。


これでやっと、

休みの間の心配をせずに済む。


子どもにも早く報告しなければ。


そう思っていたら、

最後に余計な一言が。


「あいつはバカだから、

夏期講習くらい行かないと

受験がヤバイからな」


夫はいつも、

子どもを傷つける言葉を

平気で発する。


そのたびに、

心臓がギュッと痛む。


相手がどう感じるのかなんて、

どうでもいいのだろう。


夫の中では、

私たちは傷つけてもいい相手。


そんなの、

ずいぶん前から知っているのに、

いつまで経っても慣れない。


それからも、

貶めるような発言を繰り返したが、

私は適当に相槌を打ってやり過ごした。


心を抉るような言葉を、

わざわざ伝える必要はない。


子どもには、

前向きになれるような言葉を

かけてあげたいと思った。

2026年10月17日土曜日

離れても消えない恐怖

父親の顔色をうかがう子ども

中学生になった子どもは、

少しだけ逞しくなった。


好きなことを見つけて

楽しむ時間が増えたり、

お友だちとの交流も

小学生時代より活発になった。


ただ……。


「これでもう大丈夫」


とはならない。


虐待サバイバーの多くは、

その後の影響にも悩まされる。

日常生活に支障をきたす人もいる。


うちの子の場合、

離れても恐怖が消えなかった。


目の前に居ないのに、

パパの反応を気にする。


「これやったら、

パパに怒られるかな」


そんな言葉を発するたびに、


「もう、居ないよ」


と声をかけた。


影響は、

中学生になっても消えなかった。


パパに許してもらえるかどうか。


それが全て。

何をするにも、それが判断基準になっていて、

怒られそうなことは避けた。


私が強くならないから、

こんな風に子どもが怯えるんだ。


そう思って立ち向かった日。


あの日のことは、

今でも忘れることができない。


激しいやり取りを

目の当たりにした子どもは、

気づくとブルブルと震えていた。


夫に負けないように。


精一杯大きな声で応戦した私を

怯えるような目で見て、


「ママ、大きな声出さないで」


と言った。


電話口の声を聴くだけで

姿を見なくても、

声だけでも

恐怖を感じさせるのには十分だ。


時折、気まぐれに

夫が電話をかけてくる。


「子どもに代われ」と言われても

いつも断っているが、

どうしても諦めてくれない時には

2~3分だけ話す。


その短時間で、

驚くほど怯えていた。


電話を持つ手は震え、

かすれるような声で

パパの問いに答える。


夫はそれに気づかない。


大丈夫だよ。


そう言いたくて

子どもの背中に触れた時、

手の平を伝って

その恐怖が伝わってきた。


ドクン。

ドクン。


あまりにも大きな音を立てていて、

その鼓動が恐怖を物語っていた。


実は私も、

電話口に出る時には

いつも同じようになる。


だけど、

電話を切れば平穏な時間を

取り戻せるから。


それまでの辛抱だと思い、

じっと我慢する。


子どもにそんな我慢をさせるのは

本当に酷な話だ。


中学1年生の夏休みの直前、

子どもは耐えきれなくなり、


「パパのところに

行くしかないか」


と言った。


部活と塾と、

夏休みは忙しくしている。


そう伝えたのに、

夫は諦めず電話をかけてきた。


少しずつ、

子どもは追いつめられていった。

2026年10月16日金曜日

逃げるきっかけが欲しかった

周りの視線にさらされて

夫の執拗な虐めは、

大抵、家庭内で行われた。


一緒に出掛けることなんて

ほとんど無かったから。


外でそういう状況に

なりにくかったのだと思う。


気まぐれに、

一緒に外出したこともある。


体調が悪いとか、

気が乗らないとか、

普段は億劫そうにしているのに。


急に一緒に行きたがり、

子どもにも同行を強制する。


一緒に行ったら行ったで、

きっとまた嫌な思いを

させるくせに。


行きたくない。


子どもは頑なに

拒むこともあった。


でも、夫が納得しないので

最後は渋々了承した。


「うちで遊んでる」


そう伝えても、


「パパは(子ども)と一緒に出掛けたい」


と言って、聞き入れない。


結局、一緒に出掛けると、

案の定、いつも嫌な思いをさせられた。


直接的に攻撃を受けなかったのは、

夫の体調が悪くなった時だけ。


具合が悪い時には、

本人の意識が体調にフォーカスしている。


それで、私たちのことにまで

目がいかなかった。


体調の良い時には、

家の中と同様に粗探しをはじめ、

逐一文句をつける。


時には、

いきなり怒鳴り声を浴びせられて、

とても悲しい思いをした。


周りの視線に耐えきれなくなり、

目を伏せる私たち。


夫は頭に血が上ると

周りが見えなくなるのか、

いつも怒鳴り続けた。


辛い。


消えたい。


夫にどこかに行って欲しい。


そう思っても、

現実から逃げられるわけではない。


周りの好奇の目にさらされながら、

ただ耐え続けた。


自分たちだけじゃないと思いたくて

外で怒鳴られている人を

偶然見かけたことがある。


まるで、自分を見ているようで、

目が離せなくなった。


見られるのは嫌なはずだ。

そう分かっているのに、

どうしても目をそらせなかった。


なぜ、あんなにも

気になってしまったのか。


答えは明白だ。


「あんな目に遭っているのは

自分たちだけではない」


そう思いたかった。


私も相当歪んでいた自覚がある。


人が辛い思いをしているのに、

それを見てほっとするなんて。


だけど、

そう思わないと

やっていられなかった。


「他にも同じような境遇の人がいる。

だから、大丈夫」


そう自分に言い聞かせて、

少しでも楽になれる方へと

気持ちを向けようとした。


そんな私でも、

やっぱり子どもへの仕打ちだけは

見過ごすことができなかった。


いっそのこと、

夫が誰かと浮気をして

出て行ってくれないかな。


私たちに愛想を尽かして、

離婚してくれないかな。


そんなことを考えながら、

離れるタイミングを見計らった。


あの頃の生活は雁字搦めで、

少しの自由もなかった。


仕事から帰る時間まで管理され、

帰宅後も監視される日々。


自由なんて、一つもない。


逃げるきっかけが欲しい。


そんなことを考えるのは

間違っているのかな。


気持ちは揺れ動き、

定まらなくても、

自由を求める思いだけは消えなかった。

2026年10月15日木曜日

子どもが傷つくほど満足する夫

笑わなくなった子ども

元々の子どもの性格は、

楽観的で大らかだった。


少しのことは気にしない。


パパから虐げられても、

けろっとしていて、

直後に自分から

話しかけることもあった。


いや、傷ついていたとは思う。

無理もしていたはずだ。


でも、怒られた後でも、

テレビを見て笑い声をあげたり、

パパに対して

「〇〇やって!」

と要求したりした。


それを見ながら、

私は一人、はらはらしていた。


また怒られるのではないか。

今度はもっと

酷い仕打ちを受けるのではないか。


そんな不安を抱えながらも、

見守るしかなかった。


それが段々と、

黙り込むようになった。


一つ注意されたら、

もう言葉を発しない。


ただひたすら、

怯えた表情で父親を見つめる。


その姿に胸が締め付けられ、

夫には何度も直談判した。


厳しすぎて、

子どもが委縮している。


その言動を何とかして欲しい。


そう伝えるたびに、


「お前は甘すぎるんだ!」


と一喝され、


「責任も取れない奴が口出しするな!」


と怒鳴られた。


なぜ、そんなにも

イライラしているの?


子どものことが

大事ではないの?


夫の考えていることが、

まったく分からなかった。


傷つく姿を喜ぶ夫

これは、

子どもに対してだけのことではない。


私に対しても同じだった。


ショックを受けて悲しそうにしていると、

なぜか嬉しそうにする。


そんな様子に気づいてしまったら、

余計に気になって

目が行くようになった。


日々観察し、改めて思った。


この違和感は、

決して思い込みなどではない。


子どもがあれほどまでに虐められたのは、

跳ね返す力があったからだと思った。


へこたれず、

笑顔を見せることの多い性格が、

夫は気に食わなかった。


ただ、それだけ。


そんな理由で、

あれほどの期間を虐め抜かれたなんて、

納得できるはずがない。


この理由に思い当たった時、

私は強い憤りを感じた。


もしかしたら、夫の中では

他の理由もあるのかもしれない。


でも、そんなこと

どうだっていい。


虐げられたという事実が

消えることはない。


許せる日も

やってこない気がする。

2026年10月14日水曜日

領収書を見せるまで信じない夫

夏休みの予定まで疑われて

子どもの夏休みの予定を

夫に報告した。


部活にしっかりと行き、

夏期講習にも通う。


そう伝えた。


後手後手に回れば、

逃げられなくなる。


そう思い、急いだ。


聞いた瞬間の反応は

想像通り。


やはり、激怒していた。


怒ることは分かっていた。

だから、伝える時には

身構えていたのだが……。


なんと夫は、

『私が嘘を言っている』

と疑ってかかった。


部活に行く、というのは信じたみたい。

でも、夏期講習は嘘だろう、と。


なぜ疑われるのか分からない。


それでも、納得してもらうために、

詳細な内容まで伝える羽目になった。


正直言って、面倒くさい。


その間も圧をかけてくるので、

恐怖に怯えながらの説明になる。


それでも、これさえ乗り切れば

無事に夏休みを過ごせる。


そう信じて、耐えた。


それなのに、

まったく信じてくれない。


この人は、

子どもががんばること自体を

否定したいのだろうか。


それとも、

子どもが努力するはずがないと

決めつけているのだろうか。


小学生の頃に離れてから数年間。

夫は、その間のことを

ほとんど知らない。


下がり切った自己肯定感を

何とか浮上させて、

少しだけ自分を認められるようになった。


そんな変化も知らず、

虐げられ続けた頃の印象のまま

子どもを見ているのだろう。


証拠を見せても、労わることはない

結局、納得させるために

領収書を見せることになった。


「俺たちはまだ家族だ」


そう言う割に、

まったく信用していない。


それどころか、

こちらの言うことを全て疑い、

勝手に激怒する。


そんな悲しいやり取りにも、

少しだけ慣れてしまった。


ただ、

慣れるのと恐怖を感じなくなるのとは

また別問題だ。


詰め寄られるたびに怖いし、

逃げ出したくなる。


この時は、『領収書』の一言で

少しだけトーンダウンしたので、

ほっとした。


確固たる証拠を出されたら、

さすがに納得せざるを得ない。


そう考えての行動は、

見事的中した。


「支払期限はいつだ」


と聞くので、


「間もなくなんだけど、

まだお金を用意できていない」


と答えると、

少し馬鹿にしたような口調で言った。


「そういう金は早めに払えよ。

常識だろ」


ぎりぎりのやり繰りをしていることを、

夫も、もちろん知っている。


それなのに、

優しい言葉の一つもかけず、

いつも私の粗探しをする。


払って欲しいわけではなかった。


ただ、少しくらい

労わる言葉があってもいいのではないか。


そんな期待さえ、

持ってはいけないのだろうか。


そういうところにも、

私は失望した。


そして、

失望するたびに、

心の距離を感じた。

2026年10月13日火曜日

子どもを守るための夏休み計画

部活で守りたかったもの

忙しく過ごすこと。


それが、

唯一の解決策のように思えた。


子どもと過ごしたいと言う夫の要求を、

強く突っぱねることができない。


そんなことをしたら、

もっと圧が強まり、

日常生活にも支障をきたす。


いつも、

そんな不安を抱えていた。


弱気のように思えるかもしれない。


でも、私にとっては

身を守るための術だった。


ただ拒めばいい、という話ではない。

夫の圧が強まれば、

その影響を受けるのは私たちの日常だ。


でも、夏休みの件は

穏便に済ませるだけでは

子どもを守り切れない。


そう判断して、

私なりに計画を練った。


まずは、部活。


運動部以外は認めない夫に抗い、

子どもは自分のやりたいことを選んだ。


それ自体が、

我が家では本当にすごいことだった。


抗うというのは、

自分の身を危険にさらす行為でもある。


それでも、子どもは諦めなかった。

諦めずに戦った。


そうしてやっと手に入れた部活の時間。

夏休みにも、休まず通わせたかった。


理由はいくつかある。


1年生用の大会のようなものがあり、

子どももそれに向けてがんばっていた。


良い結果が出なくても、

「頑張ったよ」

と言える状況を作ってあげたい。


また、

慣れない部活に早くなじませたい。

仲の良い友達を作って欲しい。


そんな願いもあった。


過去のブログにも書いたが、

一緒に暮らしている頃、

ことごとく友人関係を邪魔されてきた。


遊ぶ約束をしてきても、


「パパが体調悪いのに、

遊びに行くの?」


そう言って、止めようとする。


玄関口に来たお友達に、

直接何か言うこともあった。


子どもだって、

大の大人に面と向かって嫌味を言われたら

怖かったのではないだろうか。


そんなことが重なり、

段々と誰とも遊ばなくなった。


夫と離れた後、

少しずつ昔の友人たちとの交流が復活し、

本来の明るさを取り戻していった子ども。


その姿を見てきたからこそ、

もっともっと自由にして欲しかった。


もう、夫の顔色をうかがうことなく、

自分の好きなことを楽しんで欲しい。


それが私の願いだった。


部活だけでは、

空き時間が出来てしまう。


だから、塾の夏期講習にも

通わせようと決めた。


夏期講習代の捻出

塾の夏期講習というのは、

とても高い。


通常の何倍もするから、

費用の捻出が問題だった。


教えてもらう時間も長いから

仕方がないのだけれど。


それにしたって、

急に払える額ではない。


夏期講習を決めたのが

夏休みの1か月半前くらいで、

時間がなかった、というのもある。


とにかく焦った。


色んな所からお金をかき集め、

急遽、超節約生活に突入した。


ここだけの話。


この頃の私は、お昼抜きだった。


昼休憩の時間になると、

外に出た。


社内にいて食べないと、

何となく周りの目が気になってしまって。


だから、外に出て散歩をした。


職場は割と良い立地にあり、

散歩もしやすかった。


外の風にあたり、

清々しい気持ちで歩いていると、

ストレス発散にもなった。


そんな風に切り詰めて、

ぎりぎりまで用意した。


それでも、まだ足りない。


仕方なく、

将来のための貯金から

少し借りることにした。

2026年10月12日月曜日

夏休みが来るのが怖い

高校は俺の行かせたい所に

子どもは、進学した中学で

それなりに楽しく過ごしていた。


勉強も部活も、

本人なりに努力して

前に進もうとしている。


そんな風に見えた。


私は応援することしかできない。


疲れていそうな時には

甘いものを用意したり、

気分転換に外に連れ出したりもした。


そうやって、

私たちなりのペースで

奮闘していたのだが。


そんな現状を

快く思わない人物がいた。


夫だ。


夫の前で、不満なんて漏らしたことはない。


困っていると相談したこともなく、

何か問題があると伝えたこともない。


それなのに、

夫はいったい何が気に入らないのか。


今になって考えても分からない。


だが、とにかく夫は

文句を言い続けていた。


「だから公立は嫌だったんだ」


そう言って、さらに、


「高校は俺の行かせたい所にするから、

お前は口を出すな」


と釘を刺された。


……何なの?


何をそんなにいきり立っているのか、

全く理解できない。


子どもは自分なりに頑張っている。


それなのに、

どうして夫の思い通りでなければ

いけないのだろう。


この時、私が心配していたのは

子どもの進路だった。


夫が進路を勝手に決め、

子どもの希望を無視してしまうのではないか。


そんなことにならないように、

できるだけ子どもから遠ざけたい。


ただ、それだけを願っていた。


義実家に行くのは決定事項

あっという間に夏休みが近づき、

夫はある画策を始めた。


突然訪問してきては、子どもに


「夏休みの間、

おじいちゃん家に行こう」


と誘う。


義実家に連れて行こうとすること自体、

困惑した。


それだけではない。


塾から帰ってくる時間を狙うため、

かなり遅い訪問になることもあった。


そんな時間に突然来られるのも、

本当に困る。


でも、面と向かってしまうと

笑顔まで浮かべて対応してしまう。


引きつった笑顔だったとは思うが。


嫌なのに、嫌だと言えない。


弱い私は、

夫を強く拒むことができなかった。


夫は、そんな私の態度を

都合よく解釈したのだろう。


「ママもその間、楽になるし」


まるで私も賛成しているかのように

話を進める。


違う。


私は賛成なんてしていない。


でも、はっきり拒むこともできない。


そんな自分が情けなかった。


それでも、

子どものことだけは守らなければならない。


それだけは、譲れない。


必死に頭をフル回転させて、

『義実家に行けない理由』

を探した。


夏休みには、

部活があるから。


まずは、その理由を挙げてみた。


すると夫は、


「1年なんて、まだ戦力外だろ」


と、あっさり切り捨てた。


「休んでたら、

行きづらくなるんじゃない?」


そう伝えてみても、


「そんなの、おかしいだろ。

もし何か言ってきたら、

俺が学校と上級生に言ってやる!」


と息巻いた。


……本当にやめてほしい。


そんなことをされたら、

余計にこじれるではないか。


子どものために考えているのに、

夫はいつだって自分の考えを押し通そうとする。


こちらが何を言っても、

聞く耳を持たない。


夫の中では、

子どもが夏休みに義実家へ行くことは

もう決定事項のようだった。


いつだって、そうだ。


私たちが拒んだところで、

夫の考えが変わることはない。


夫や義両親の意見を優先し、

全てを思い通りにしようとする。


私たちの気持ちなんて、

最初から考えていないのだろう。


夏休みへのカウントダウンが始まった。


他の子たちは

夏休みを楽しみにしている。


なのに、うちの子だけは違った。


「パパ、どっかに行ってくれないかな」


ぽつりと、そう言った。

子どもを守るために、必死だった

領収書まで疑う夫 塾に夏期講習を申し込んだ。 お財布の方は厳しかったけれど、 これで安心して過ごせる。 そう思って、 少しコースを増やした。 その分、通う時間も増える。 一人で家に居るよりは、 塾に行っていた方が 何万倍もマシだろうと思った。 やっとかき集めたお金で 支払いを済ま...