2026年2月10日火曜日

タイミングの悪い義両親からの電話

懐かしい近所のスーパー

いつぶりだろう。

近所のスーパーに来たのは。


久々に足を踏み入れた途端、

苦い記憶がよみがえった。


以前は、

せっかく買い物に出かけても

ゆっくりなんてしていられなかった。


必要な物を慌ただしく探し、

手早く会計を済ませる。


分刻みに報告を求められる生活。


それがどれほど窮屈で、

どれほど息の詰まる日常だったか。

きっと、普通は想像もつかないだろう。


そんな日々を生き抜いて、

表面上は、ようやく自由を手に入れた。


その日、

子どもが珍しく言った。


「ネギトロ丼が食べたい」


普段なら、

親子丼や唐揚げを選ぶのに。


でもその日はなぜか、

ネギトロ丼にこだわった。


残り二つになっていたそれを、

迷わず両方、カゴに入れる。


もしかしたら――

お金のことを考えたのかもしれない。


他のお弁当はまだ二割引きなのに、

ネギトロ丼だけ半額だった。


お金の心配は、

この頃いつもそばにあって、

それを口に出すことも増えていた。


だから子どもなりに考えて、

一番安く手に入る

ネギトロ丼を選んだのだろうか。


もしそうだとしたら、

本当はさせなくていい苦労を

させてしまっている。


そう思うと、

胸の奥が重くなり、

やるせない気持ちになった。


義両親からの電話

私が仕事に行っている間、

子どもは留守番になる。


学校から帰ってきて、

一人で過ごす時間も長い。


だからせめて、

少しでも寂しさが紛れるようにと、

お菓子を少し多めにカゴに入れた。


それくらいで

何かが変わるわけじゃないかもしれない。


それでも、

少しでも楽しく過ごしてほしかった。


お菓子を選んでいる間、

子どもは珍しくテンションが高く、

売り場を行ったり来たりしていた。


真剣な顔で悩み、

いくつかを選び出す。


そろそろ会計を済ませようと、

私たちはレジへ向かった。


その時だった。


ポケットの中で、

携帯が震えた。


遅る遅る取り出し、

画面を確認する。


表示されていたのは、

お義父さんの名前。


一瞬で、

胃のあたりが重くなった。


「気づかなかったことにしようか」


反射的に、

そんな考えがよぎった。


でも、

後から何を言われるか分からない。


結局、

仕方なく通話ボタンを押した。

2026年2月9日月曜日

落ち着かない我が家

夫の気配がそこかしこに・・・

夫の気配が、

そこかしこに残っている。


かつて家族三人で暮らし、

そこには確かに日常があった。


嫌な思い出ばかりだけど、

必死に探せばほんの少しだけ、

楽しかった記憶もある。


本当に、

ほんのわずかな時間だったけれど。


再び足を踏み入れた我が家には、

そんな面影はどこにも残っていなかった。


代わりにあったのは、

夫やその友人たちが

楽しく過ごしていたであろう痕跡。


無造作に置かれた私物が、

まるで「まだここにいる」と

主張しているようだった。


それを見た途端、

子どもの表情が一気に曇った。


夫の私物を、

まるで触れてはいけない物のように

恐る恐る持ち上げ、

部屋の端へ追いやる。


多分、

目に入ること自体が

もう受け入れられないのだ。


その光景を見て、

私はすぐに声を掛けられなかった。


このままでは暮らせない。

いつも夫の気配を感じながらなんて、

耐えられるはずがない。


そう思って、

私たちは掃除をすることにした。


とはいえ、

勝手に捨てることはできない。

彼らの物は、

ひとつひとつビニール袋に入れていく。


夫の物に触れるたび、

心臓がギュッとなる。

無意識に息を止めている自分に気づく。


本人はいない。

それなのに、

私物に触れるだけで

こんなにも怖い。


片付けながら、

ふと、ある考えが浮かんだ。


もしかしたら夫は、

わざと自分の物を

置いていったのではないか。


触らせるために。

思い出させるために。

恐怖を残すために。


そう考えた瞬間、

背中がひんやりとした。


逃れられない夫の影

正直に言って、

非常に居心地が悪かった。


「これじゃあ、

なんだか気を抜けないね」


そんな話をしながら、

私たちは黙々と手を動かした。


とりあえず、

視界に入らないだけでも

だいぶ違う。


目に触れない場所へ

一生懸命しまい込んでいるうちに、

いつの間にか外は夕方になっていた。


二人ともクタクタで、

疲労だけが溜まり、

モヤモヤは消えない。


この部屋に戻るよう

指示したのは夫だ。


言う通りにしなければ、

出て行ってはくれなかった。

他に選択肢はなかった。


それなのに、

まるで嫌がらせを

受けているような気分になる。


日も暮れ、

薄暗くなった部屋で二人。

沈んだ気持ちのまま、

片付けに没頭した。


途中、

「これはどうしようか」

と小声で相談しながら、

それでも結局、

丁重にしまい込む。


離れてもなお、

私たちは恐怖に支配されていた。


気づけば、

いつもの夕飯の時間は

とっくに過ぎていた。


お腹が空いていることに気づき、

外へ買いに行くことにした。


本当は節約したい。

でも、作る気力が残っていなかった。


子どもは外食をしたがったけれど、

何とか宥めて、

近くのスーパーへ向かった。

2026年2月7日土曜日

久々の我が家へ

少しの緊張と期待

自分の家に戻るだけなのに、

少しだけ、緊張していた。


別居したばかりの頃は、

ただひたすら、

「夫と離れたい」

それだけを考えて生きていた。


でも、少し落ち着いてくると、

欲が出た。


「離婚できたら、いいな」


そう思い始めたら、

止まらなくなった。


あの日、電車の中で、

私はこれからの生活を想像していた。


子どもと二人。

どんなふうに暮らしていこうか。


できるだけ、

楽しいことを考えたくて、

明るい未来に、

思いを巡らせた。


子どもはというと、

電車に揺られながら、

うとうと、うとうと。


前の夜、

三人で遅くまで起きていたから、

暖かな空気に、

眠気を誘われたのかもしれない。


とても穏やかな日だった。


ゆったりと電車に揺られながら、

私たちは、

久々の我が家へ向かった。


ここは誰の家?

部屋に着き、

久しぶりに、

鍵を使ってドアを開けた。


夫と暮らしていた頃、

鍵を使うことは、

ほとんどなかった。


使うとしたら、

夫がたまたま外出していた時か、

——締め出された時。


鍵を使って、

そっと入ろうとしたら、

ドアを開けた瞬間、

目の前に、

仁王立ちした夫がいた。


玄関に上がることも許されず、

怒鳴られ、

なじられて、

数十分、

立たされたこともあった。


その記憶が一気によみがえり、

心臓がぎゅっと縮んだ。


でも。


もう、その夫はいない。


義実家に戻り、

この部屋には、

子どもと私だけのはずだ。


ドアを開け、

夫の姿がないことを確認し、

ほっと息をついた、

その瞬間。


私は、

言葉を失った。


家のあちこちに、

夫の私物が散乱し、

友人たちの物まで、

残されていた。


そこには、

はっきりと。


夫の気配が、

残っていた。

2026年2月6日金曜日

お世話になった先輩との別れ

引越し前日

いよいよ、

翌日が引っ越しの日。


私たちは朝から、

ご馳走やお菓子を用意して、

映画を見ながら、

ゆっくりと過ごした。


嬉しい。

でも、名残惜しい。


胸の奥に、

少しだけ引っかかるものがある。


夫に出て行ってほしくて、

必死で闘ってきたのだから。


そんな気持ちを抱くなんて、

罰が当たりそうだ。


それでも。


先輩と離れることが、

どうしようもなく寂しかった。


子どもも、

同じだったと思う。


いつの間にか、

先輩のことを

「(名前)ちゃん」と

名前で呼ぶようになっていた。


私がそう呼んでいたからだろうか。


とても懐いていて、

二人だけで出かけることもあった。


知らない人が見たら、

親戚だと思ったかもしれない。


それくらい、

自然な距離だった。


それが、

また二人きりになる。


不安がなかったわけじゃない。


夫との対決は、

まだ終わっていない。

執着も、消えてはいない。


それでも。


長い長い暗闇を抜けて、

ようやく、

光が差し込んできた。


そんな気がしていた。


子どもの涙

昼間は、

できるだけ明るく過ごした。


けれど夜になると、

少しずつ、

みんな口数が減っていった。


翌日のことを、

考えずにはいられなかった。


明日の今頃。

もう、この家にはいない。


そう思ったら、

無性に泣きたくなった。


でも、

子どもも必死にこらえている。


私が泣くわけにはいかない。

そう思って、

何とか気持ちを持ち上げた。


夜も更け、

そろそろ寝る時間。


けれど、

どうしても

「おやすみ」が言えなかった。


子どもは、

「ずっと起きてる」

と言い張った。


すると先輩が、

優しい声で言った。


「明日は荷物を持って移動するから、

 そろそろ休もう」


子どもは、

泣きそうな顔で、

何度も頷いた。


でも、

次の瞬間。


目に溜まった涙が、

ぽろぽろとこぼれ落ちた。


袖で拭いても、

拭いても、

止まらない。


それを見たら、

私も、

もう耐えられなかった。


泣きながら、

「ありがとう」

そう言う子どもを、

先輩は、

ぎゅっと抱きしめた。


私も、

二人を包むように、

抱きついた。


三人で、

泣いて、

泣いて、

泣いた。


最後に、

先輩が、

ぽつりと呟いた。


「何かあったら、

 すぐに戻ってきなよ」

2026年2月5日木曜日

「早く戻れ!」と夫から連日の連絡

ゆっくりと、引っ越し準備

私たちは、

ゆっくり、ゆっくり、準備をした。


一つ一つの思い出を、

確かめるように。


それは、

ただの引っ越し作業ではなく、

新しい一歩を踏み出すために

必要な時間だったのだと思う。


いろいろなことがありすぎた。


決して、

打たれ強いわけではない私には、

試練の連続だった。


バッグに荷物を詰めていると、

子どもが、

少し神妙な顔で聞いてきた。


「もう二度と、

 ここには戻らないの?」


きっと、

子どもの中では、

ここが『家』になっていたのだと思う。


急にお世話になることになって、

先輩には本当に迷惑をかけた。


それでも、

私たちにとっては、

救いの時間だった。


あたたかくて、

安心できて。


たくさんの、

大切な思い出をもらった。


それは、

かけがえのない財産で、

弱虫な私を、

ほんの少しだけ強くしてくれた。


当時の私は、

自分なんて最低だと、

誰かと一緒に過ごす資格なんてないと、

本気で思っていた。


そんな思い込みを、

静かに否定してくれたのも、

先輩だった。


居心地が良くて、

本当は、

ずっとここに居たいくらいだった。


けれど。


一歩、

踏み出す時が来たのだ。


子どもには、

「家に戻らなければならないこと」を

きちんと伝えた。


二人で、

ちゃんと暮らしていく。


そう決めて、

私たちは、

少しずつ準備を進めていった。


急かす夫

私たちは、

自分たちのペースで

準備をしていた。


けれど、

夫は待ってはくれなかった。


連絡は、

日に日に激しくなり、


「一体いつまでかかるんだ!」


そう声を荒げ、

ついには、


「約束を反故にするなら、

 これまでの話もナシだ!」


と、脅してきた。


こういう時、

夫は決して寄り添わない。


こちらの事情も、

生活も、

すべて無視して、

自分の要求だけを押し付けてくる。


たった数日。

それすら待ってもらえない。


その事実に、

嫌悪感が、

じわじわと増していった。


平日は、

仕事や学校がある。


作業なんて、

できるはずがない。


次の土曜日まで待ってほしい。

それだけの、

ごく普通のお願いさえ、

夫にとっては

「大きな譲歩」らしかった。


ウンザリしながらも、

それ以上怒らせたら何が起きるか分からない、

その恐怖があって、

私は何とか、なだめ続けた。


そして、

次の休みを待った。


金曜日。


先輩との、

涙涙のお別れ会が、

開かれた。

2026年2月4日水曜日

明日への一歩

少しの達成感

先輩の家に戻った途端、

全身が、ぶるぶると震え始めた。


体の芯まで、鉛になったような疲労感。


きっと、

夫と向き合い続けたことで、

心も体も限界だったのだと思う。


自覚はあった。

でも、そんなことに構っている余裕はなかった。


これは、

私たちの明日を左右することだ。


本来なら、

一歩たりとも引いてはいけない。

一つも譲ってはいけない。


けれど、

あの状況で、

こちらの要望をすべて通すことは不可能だった。


持ち帰った紙を、

まじまじと見つめて、

私は大きく息を吐いた。


家を出たとは言っても、

夫は自由に出入りするつもりなのだ。


義実家は近い。

その気になれば、

すぐに来られてしまう。


離婚の話し合いも、

きっと、

思い通りに進めるための布石なのだろう。


——してやられた。


そんな気持ちが、

確かにあった。


それでも。


あの部屋に、

もう夫はいない。


そう思った瞬間、

じわじわと、

嬉しさが込み上げてきた。


飛び上がりたいほどだった。

でも、必死で抑えた。


まだ、だめだ。

まだ、子どもに知られてはいけない。


すべてが整う、その時まで。


これまで何度も、

ぬか喜びをしてきた。

だから、私はとても慎重だった。


「もう大丈夫」


そう断言できる時が来るまでは。


翌日、夫は義実家へ

引っ越し作業の翌日、

夫は義実家に戻ったらしい。


私物はだいぶ残したくせに、

家電などの大きな物は、

しっかり持って行っていた。


きっと、

これも嫌がらせなのだろう。


義実家に戻ったことを確認してから、

とうとう、

子どもに伝える時が来た。


あの一方的な条件の中には、

私たちが家に戻らなければならない、

という項目があった。


だから、

先輩の家に居続けることはできなかった。


「パパね、

 お部屋を出て行ったんだよ。

 だから、戻って二人で暮らそう」


そう伝えたけれど、

子どもは、すぐには信じなかった。


「パパはうそをつくから。

 本当は、まだ居るかもしれない」


その言葉を聞いて、

胸が、きゅっと縮んだ。


万が一、鉢合わせしてしまったら。

大人の私でさえ、

声も出なくなる。


子どもなら、なおさらだ。


それでも、

約束を破れば、

何が起こるか分からない。


私たちは、

あの部屋に戻らなければならなかった。


一週間。


私は説得を続け、

同時に、

子どもの恐怖が和らぐのを待った。


そしてようやく、

子どもは、

小さく頷いてくれた。

2026年2月3日火曜日

震える手でサインさせられた書類

新たな提案

私も、粘った。

最後まで、首を縦に振ることはなかった。


当たり前だ。

あんな要求、受け入れられるはずがない。


貝のように口を閉ざしたまま、

逃げることもできず、

ただ、その場をやり過ごしていた。


ふと窓の外を見ると、

空は、もう暗くなり始めていた。


帰りたい。

でも、帰してもらえない。


まだ説得は続きそうだと感じ、

胸の奥が、少しだけ沈んだ。


しばらくして、

友人Sと友人Yが口を開いた。


「俺、そろそろ帰ろうかな」


その言葉に、

私は思わず反応した。


もしかしたら、

解放されるかもしれない。


そんな淡い期待を抱いて、

彼らの様子を見守った。


一方で、

別の友人と、いつものNは、

最後まで残りそうな気配だった。


「この人たちも、帰ってくれたらいいのに」


そう思った、その時。


例の彼女が、

夫に、さっと目配せをした。


何かを伝えようとしていることは、

誰の目にも明らかだった。


そして、その直後。

夫は、もう一枚の紙を差し出してきた。


条件が一つ削られた提案

そこに書かれていたのは、

新たな条件だった。


私が、

どうしても受け入れられなかった

「子どもと会わせる」という項目が、

削られていた。


それを見て、

胸の奥で、ほっと息をついた。


夫は、

勝ち誇ったように言った。


「お前の考えてることは分かるよ」


その言葉に、

なぜか周囲の人たちは笑った。


どう考えても、

笑う場面ではなかった。


内心、憤りながらも、

私は必死で考えていた。


これ以上の譲歩は、

引き出せない。


ここが、限界だ。


そう感じた私は、

短く、「分かった」と答えた。


それから、

震える手でサインをした。


一通を受け取り、

バッグにしまう。


たったそれだけのことなのに、

手が震えて、

思うように動かない。


自分でも可笑しくなるほど、

時間がかかった。


ようやく解放された頃には、

外は、すっかり夜だった。


建物が見えなくなる場所まで歩き、

立ち止まって、

大きく伸びをした。


その時、

やっと、

「生きている」

という実感が戻ってきた。

タイミングの悪い義両親からの電話

懐かしい近所のスーパー いつぶりだろう。 近所のスーパーに来たのは。 久々に足を踏み入れた途端、 苦い記憶がよみがえった。 以前は、 せっかく買い物に出かけても ゆっくりなんてしていられなかった。 必要な物を慌ただしく探し、 手早く会計を済ませる。 分刻みに報告を求められる生活。...