2026年3月28日土曜日

夜のターミナル駅で子どもと二人

夫の思惑

「まだ終わってないよ」

夫に待たれるのが怖くて、

咄嗟についた嘘だった。


そのあと、

しばらく沈黙が続いた。


電話の向こうで、

何かを考えている気配。


その時間が、

やけに長く感じた。


今思えば、信じられない話だが、

当時、夫や義両親はまだ

うちの鍵を持ったままだった。


だから、

私たちが不在でも、

鍵を使って入ることができた。


そんな事情もあって、

留守にしていれば安心かと言うと、

そうでもなくて。


その時も、

彼らは我が家に上がり込み、

しばらく寛いでいたらしい。


「やっぱり自分の家は落ち着くな」

などと言う夫。


内心、ゾッとした。


『家族』として

細くつながっているとしても、

もうすぐ、その糸は切れるのに。


それを、

否定されているみたい。


きっと今も、

家に上がり込んでいる。


そう思った私は、

もうしばらく外にいることにした。


子どもは少しだけ喜んだが、

電話の相手が誰なのかは分かっている。


怯えた表情を、見せた。


パパの存在を感じると、

子どもの顔色は一瞬で変わる。


恐ろしい記憶が、

痛みが、

私たちを捉えて離さなかった。


夕食を食べ、夜遅くに帰宅

仕方なく、

そのまま夕食も外で済ませた。


はっきり言って、

予算オーバーだ。


それでも、家には帰れず、

財布の中身を気にしながら、

できるだけ安い店を探した。


給料日のすぐあとだというのに、

残金は心もとなくて、

メニューを見ながら頭の中で計算する。


それが分かったのか、

「飲み物は水でいい」

と子どもが言う。


たった三百円ほどの飲み物さえ、

我慢させてしまうふがいなさに、

胸が苦しくなった。


我慢ばかりさせてしまう。


『一緒にいられれば幸せ』というのも、

私のエゴなのかもしれない。


申し訳なさを抱えたまま、

ふと子どもに視線を向けると、


次の瞬間、

満面の笑みを見せてくれた。


「オムライス、あるよ!」


何度、

この笑顔に救われただろう。


帰り道。

子どもの手をぎゅっと握りしめながら、

夜道を歩いた。


小さな手は、

とても温かかった。

2026年3月27日金曜日

帰れない理由

突然の訪問

その日の気分は、悪くなかった。


久しぶりに外に出て、

美味しいものを食べて。


ありふれた、小さな幸せ。

それを、ただ味わっていた。


壊したのは、

一本の電話だった。


ポケットの中で、携帯が震える。

気づいた瞬間、嫌な予感がした。


画面を見たら、やはり、夫だった。


出たくはない。


でも、出なければ

何をするか、分からない。


しぶしぶ、

応答ボタンを押した。


その瞬間。


「お前ら、今どこにいるの」


言葉に、詰まった。


お出かけ中だと伝えたら、

きっと嫌味を言われる。


それだけでは、終わらない。


余裕があると思われて、

当てにされるかもしれない。


頭の中で、

いくつも言い訳が浮かんでは消えた。


どれも、正解に思えなかった。


「外にいるよ」


それだけ、伝えた。


場所は言わない。


近くのスーパーかもしれないし、

ドラッグストアかもしれない。


曖昧なまま、

やり過ごそうとした。


終わらない追及

家にいないと分かったのなら、

それで終わるはずだった。


それなのに。


夫や義両親は、

待つつもりでいるらしい。


「あと、どれくらいかかるか」


と、何度も聞かれた。


少しずつ、

追い詰められていく。


これ以上は無理だと思って、


「実は、〇〇駅の方にいる」


そう伝えた。


すぐには帰れない距離。


どんなに急いでも、

三十分はかかる。


その言葉で、

諦めてくれればよかった。


けれど。

やはり、怒った。


遊び回っているかのように言われ、

違う、と否定すると


「じゃあ何しに行ったんだよ」


と問い詰められる。


逃げ場が、ない。


「(子ども)に、必要なものがあって」


そう答えると、


「終わったなら、さっさと帰ってこい」


命令だった。


その言い方で、分かってしまった。

帰った後に、何が待っているのか。


思わず体がこわばり、


「まだ終わってないよ」


とっさに、嘘をついた。


本当は、

もう買うものなんてない。

予算も、ない。


それでも。


そう言わなければ、

ずっと待たれる気がした。


思わず、ついた嘘だった。

2026年3月26日木曜日

久々のお出かけで現実逃避

朝からお出かけ

離婚に向けて、

ようやく動き始めた。


それは喜ばしいことのはずなのに。


会ったこともない親戚が、

話し合いに参加するという。


それを聞いた途端、


また何か企んでいるのではないかと、

疑心暗鬼になった。


気持ちが、沈む。


私の手札は多くない。


できることも、限られている。


想定外のことに、

どこまで対応できるのか。


考えれば考えるほど、不安になる。


家にいると、

過去の記憶まで引っ張り出されて、


息苦しくなる。


それは子どもも同じで、

いつもより口数が少なかった。


このまま一日を過ごしたくない。


そう思って、

子どもを誘った。


外に出よう、と。


少し遅い朝ごはんを食べて、

洗濯を済ませてから、


「お出かけしようか」


と声をかけた。


子どもの顔が、

ぱっと明るくなった。


――ああ。


この笑顔が、見たかった。


「何か買ったら入れるんだ」


そう言いながら、

小さなリュックを準備する後ろ姿。


その様子を見て、


ふと、思う。


こんな状況でも、

幸せだと感じていいのだと。


その気持ちが、

少しだけ自分を支えてくれた。


久々の外食

家に戻ってからしばらくは、

気持ちが高ぶっていたのか、


少しだけ贅沢をしていた。


と言っても、


外食の回数が増えた、

それくらいのことだけど。


それも落ち着いて、

しばらく外食はしていなかった。


だから、

嬉しかったのだと思う。


はしゃぐ子どもを見て、

自分の気持ちも軽くなる。


節約ばかりの日々の中で、


外食は、

ちょっとした特別になる。


息を抜ける時間。


日常から、少しだけ離れられる時間。


少し歩き回って店を探し、


「パスタがいい」


その一言で、

店を決めた。


前から気になっていた店だった。


好みは、意外と似ている。


二人とも、

トマト系を選んだ。


ランチは、二千円弱。


そのあと、

駅の周りを少し歩いた。


天気がよくて、

日差しがやわらかい。


少し贅沢をしてしまった、という気持ちと。


せっかくなら楽しみたい、という気持ちと。


どちらも、あった。


不安定な状況で、

お金を使うことへの抵抗もある。


それでも。


久しぶりの外出は、

思っていた以上に心地よかった。


気づけば、

時間を忘れていた。


歩き続けて、

喉が渇いた子ども。


スーパーでジュースを買い、

自分にはミルクコーヒー。


そのまま、

夕方まで歩いた。


途中で寄った雑貨屋に、

気になるものがあったけれど。


手は出さなかった。


我慢。


今は、まだ。


夕方。


「そろそろ帰ろうか」


そう声をかけた瞬間、


ポケットの中で、

携帯が震えた。


嫌な予感がした。

2026年3月25日水曜日

小さな反撃

妻と子に慕われているという幻想

あれほど長く争ってきたのに。


どうすれば、

そんな勘違いにたどり着くのか。


夫は、

「妻と子に慕われている」と

思い込んでいた。


後になって、それが分かった。


考えても分からない。

その思考回路が理解できない。


「大嫌いだ」と言わなくても、

私たちの態度がすべてを示しているはずなのに。


話の通じない相手とのやり取りでは、

こういうことが何度も起きた。


このままでは、埒が明かない。


焦った私は、

次の一手を打つことにした。


といっても、

本当に小さな反撃。


子どもの写真を送るのを、やめた。


これは義両親からの要望だった。

成長した姿を見たい、と。


だから、

時々撮っては送っていた。


こういうところが、

自分でも嫌になる。


別居中なのに。

求められるまま、応じてしまう。


案の定、

すぐに夫から苦情が来た。


こういう時だけ、反応が早い。


またしても、

被害者のような言い方をする。


人には強く当たるのに、

少しでも返されると傷ついた素振りを見せる。


その姿を見て、

また思ってしまう。


――可哀そう。


そんな自分に、

心底うんざりした。


2通目の離婚届

写真を送らないだけで、

被害者のように振る舞う。


おかしいと分かっているのに、

それでも揺れる。


でも、このままでは何も変わらない。


その思いを押し殺して、

二通目の離婚届を送った。


こんなふうに続けて動くのは、珍しい。


だからこそ、

向こうも驚いたはずだ。


引き下がらない。


それが、ようやく伝わったのかもしれない。


義実家から、

話し合いの提案が来た。


「あなたの気持ちは分かった」


そう言われたとき、

少しだけ救われた気がした。


やっと、

理解してくれる人が現れたのだと。


けれど、その話し合いには、

条件があった。


なぜか、

義実家側の親戚を同席させたいと言う。


会ったこともない人。


どうして、

離婚の話し合いに関わるのか。


意味が分からない。


それでも、

ここで断れば流れてしまう気がして、


しぶしぶ、了承した。

2026年3月24日火曜日

返ってこない

夫の覚悟を待つ日々

毎日ポストを確認しては、

「まだ来ない」とため息をつく。


義両親から連絡があって以来、

夫からは何の音沙汰もない。


私は、それを都合よく解釈した。


きっと、面倒になったのだと。


放っておいても、

離婚届は返ってくる。


あるいは、

「取りに来い」と言われるかもしれない。


そんな想像をしては、

役所に出す日を思い描いた。


もうすぐ終わると、

信じたかった。


だけど、

待っても待っても、何も来ない。


時間だけが過ぎていく。


あまりにも遅くて、

ふと不安になる。


――ちゃんと送ったよね。


でも、義両親から連絡があった。

届いているのは確かだ。


だとしたら、

ただ無視されているだけ?


送ったあと、

次の一手を考えていなかった私は、

あっけなく行き詰まった。


こういうところで、詰めが甘い。


結局、

また夫のペースに乗せられている。


知人からは、

「弁護士を入れたら」と言われた。


でも、それは無理だと分かっていた。


仕事も、生活も、

簡単には手放せない。


どこか遠くへ逃げることもできない。


穏便に終わらせること。


それが、

絶対条件だった。


彼女はどうなった?

ふと、思い出す。


あの匂わせの彼女。


はっきり聞いたわけじゃない。


でも、

あの人を支えていたのは、

きっと彼女だった。


内心では、期待していた。


「彼女と結婚したいから、離婚してくれ」


そう言ってくれれば、

どれだけ楽だったか。


でも、

この状況で聞けるはずもない。


周りはみんな、夫の味方だ。


少しでも探れば、

すぐに伝わってしまう。


結局、何もできないまま、

ただ願うしかなかった。


――うまくいきますように。


皮肉な願いだった。


気づけば、

一か月が経とうとしていた。


その間、

電話もLINEも一切ない。


ここまでくると、

はっきり分かる。


ああ、これは――

意図的に無視されているのだと。

2026年3月23日月曜日

離婚届けを義実家に郵送

署名済みの離婚届

早く離婚したい。


家を出てからずっと、

そればかり考えていた。


その思いが強くなったのは、

家に戻って一年が過ぎた頃。


ふと、将来が怖くなった。


せっかく離れたのに、

夫の干渉は止まらない。


子どもへの執着も、

薄れるどころか、

日ごとに強くなっていった。


待っているだけでは、ダメだ。


決心した私は、

なじられることを覚悟の上で、

離婚届を義実家へ送った。


あの人が、

素直に署名するとは思えない。


それでも、

別々の未来へ進む意思だけは、

はっきりと示したかった。


義実家に送れば、

義両親の目に触れる。


そんな打算があったのも、事実だ。


夫だけなら、

無視されて終わるかもしれない。


でも、義両親が見れば、

きっと動く。


ズルいと思いながら、

巻き込もうとしていた。


それくらいしないと、

あの人は動かない。


以前のこともあって、

離婚届は複数用意していた。


破られても、捨てられてもいいように。


予備を持つことは、

もう前提になっていた。


こうして、

ようやく踏み出した一歩。


賽は、投げられた。


慌てふためく義両親

しばらくして、

義両親から連絡があった。


平日の昼間に。


その時間は仕事だと、

何度も伝えているのに。


都合のいいタイミングでかけてくる癖は、

変わらないらしい。


しかも話は遠回しで、

なかなか要領を得ない。


時間ばかりが過ぎて、

途中で切り上げた。


言いたいことは分かっている。


「離婚なんて言わないで」

「見捨てないであげて」


親だから、

夫をかばいたい気持ちは分かる。


でも、私も親だ。


子どもを守るために、

動かなければならない。


そしてその子は、

義両親の孫でもある。


守ろうとは、思わないのだろうか。


そんな思いを飲み込んで、

「早くけじめをつけたい」と伝えた。


すると、

「急に言われても」と返ってくる。


急ではないこと。

これまで伝えてきたこと。


そして、

期限を設けたいことだけを伝えて、

電話を切った。


それにしても、

あの人は何をしているのだろう。


動きが見えない時が、

いちばん不気味だ。

2026年3月21日土曜日

家に戻ってから一年が経過

恐怖と隣り合わせで、生き延びた日常

家に戻ってからの一年は、

あっという間だった。


相変わらず夫の執着は止まず、

干渉もなくならない。


義両親も、

本当の意味で味方にはなってくれなかった。


最後に選ぶのは、やっぱり息子。


それがどれだけ理不尽でも、

叶えるために動く。


常に3対1の状況。


子どもを巻き込むわけにもいかず、

ひたすら波風を立てないように

気を遣い続けた。


そんな生活のまま、

気付けば一年。


「生き延びることができた」


それが、正直な感想だった。


夫は天邪鬼で、

一緒にいた頃は一切やらなかったイベントも、

積極的にやろうとした。


微塵も楽しくないイベント。


「早く終わりますように」と

願うだけの時間。


本当に無意味なのに、

夫にとっては

“家族”としての大切な時間らしかった。


一年が過ぎる頃、

夫から唐突に言われた。


「もう気は済んだか?」


戸惑って、

「……それってどういう――」

と言いかけたところで、

夫が畳みかける。


「家族は一緒にいなくちゃダメだ」


元に戻ろうとしている。

また、私たちの気持ちを無視して、

勝手に決めようとしている。


一体あと何度、

こんなやり取りを繰り返せば、

分かってくれるのだろうか。


用意していた離婚届

実は、こっそり離婚届を用意していた。


一緒にいた頃も、

何度か取りに行っては、

隠し持っていたことがある。


でも、そのたびに見つかって、

没収された。


夫のいない家に戻って、

私はすぐに離婚届を取りに行った。


それはいつしか、

お守りのような存在になっていた。


持っているだけでいい。


いつ出せるかなんて分からない。

それでも、未来がそこにある気がして、

少しだけ心が落ち着いた。


再同居の話を持ち掛けられたとき、

意を決して言った。


「離婚しましょう」


離婚届が手元にあることも、

伝えた。


緊張と恐怖で声は震え、

携帯を持つ手には汗がにじむ。


これ以上話せば、

余計なことを言ってしまいそうで、

その後は黙り込んだ。


電話口の夫も、何も言わない。


しばらく続く沈黙が、

余計に怖かった。


2、3分後。

やっと口を開いた夫の言葉は――


「お前は、俺からすべてを奪うんだな」


その言葉で、

夫にとっては

子どもと私が“すべて”なのだと知った。


モラハラを繰り返してきた人が、

その相手を「大事」だと言う。


洗脳が解けきっていなかった私は、

その言葉に戸惑い、

強い罪悪感に押しつぶされそうになった。

夜のターミナル駅で子どもと二人

夫の思惑 「まだ終わってないよ」 夫に待たれるのが怖くて、 咄嗟についた嘘だった。 そのあと、 しばらく沈黙が続いた。 電話の向こうで、 何かを考えている気配。 その時間が、 やけに長く感じた。 今思えば、信じられない話だが、 当時、夫や義両親はまだ うちの鍵を持ったままだった。...