もしもの日のために
知らない間に、部屋の解約をされそうになった。
この一件は、
私にとって大きな衝撃だった。
ただでさえ不安定な毎日。
普通に暮らすだけでも
精一杯だったのに、
さらに気を抜けなくなった。
夫が居座っていた頃のことを思い出す。
私が部屋を解約しようとした時、
夫は激しく抵抗した。
結局、
解約はできなかった。
その後、
夫がようやく出て行き、
私たちが部屋へ戻った。
それなのに今度は、
私たちに黙って
解約の話を進めていた。
自分は住んでいないのに。
偶然、
管理会社から電話が来なければ、
私は何も知らなかった。
私に知られないように、
退去の話だけが進んでいた。
その先にあるものも、
想像はついた。
義実家での同居だ。
退去日の直前に知らされても、
私たちには為すすべがない。
行く場所も、
すぐには見つからない。
気付いた時には、
もう後戻りできない。
全てが決まった後で、
私は知らされる。
"決定事項"として。
そう考えるだけで、
恐ろしくなった。
この件以来、
私は常に警戒するようになった。
夫がまた何かしてくるのではないか。
そんなことばかり考えていた。
疑い続ける生活は、
想像以上に疲れる。
それでも、
何も準備しないわけにはいかなかった。
もしもの時に備えて、
すぐ持ち出せる荷物をまとめた。
本当は全部大切だ。
けれど、
そんなことを言っていられる状況ではない。
最低限必要なものだけを選び、
一つにまとめた。
不動産屋にも足を運んだ。
急に部屋を探すことになった場合、
すぐ入居できる物件があるのか。
そんな相談までしていた。
不測の事態を前提に
動かなければならない生活。
それが、
あの頃の日常だった。
子どもの願い
荷物を整理していると、
子どもが不思議そうに聞いてきた。
「引っ越すの?」
眉はハの字になり、
声にも不安がにじんでいた。
その表情を見た瞬間、
胸が苦しくなった。
本当のことは言えなかった。
「引っ越さないよ」
「何でもないんだよ」
そう言いながら、
私は嘘をついた。
大人だって、
こんな生活は苦しい。
先の見えない不安の中で暮らせば、
心は少しずつ削られていく。
それを、
小学生の子どもにまで背負わせてしまった。
子どもにまで、
こんな顔をさせてしまった。
しばらくすると、
子どもはそれ以上何も聞かず、
自分の荷物を整理し始めた。
言葉にはしなくても、
何かを感じ取っていたのかもしれない。
空気で伝わるものはある。
数分後、
子どもが突然こちらを振り返った。
そして、
笑顔で言った。
「次のお部屋は
お日様がいっぱい入る所がいい」
明るい口調だった。
だからこそ、
胸が締め付けられた。
ごめん。
ごめんね。
夫から逃げ回る生活は、
思っていたよりずっと長く続いていた。
心は疲れ切り、
上手く笑えなくなっていた。
いったい、
いつまで逃げればいいのだろう。
いつになったら、
安心して暮らせるのだろう。
荷物を整理しながら、
私は子どもの言葉を思い出していた。
「お日様がいっぱい入る所がいい」
その願いさえ、
あの頃の私には遠く感じられた。






