2026年6月24日水曜日

静けさの反動

夏休みの後半戦

あの年の夏休み、

前半は、思いのほか穏やかに過ごすことができた。


予想外の夫の体調不良。

子どもの図書館通い。


条件としては、悪くなかった。


ただ、どこかで分かっていた気がする。

この静けさが、長くは続かないことを。


問題は後半だった。


案の定、反動はきた。


前半の分を取り戻すように、

後半に圧がかかり始める。


実に、夫らしい動きだった。


これはモラハラの中でもよくある形で、

相手がどこにいようと電話をかけてくる。

出るまで、何度でも。


せっかく外出していても、

着信に気づいた瞬間に気持ちは沈んだ。


夫からの電話は、

過去の記憶と直結している。


怒鳴り声やため息が、

そのまま蘇るような感覚だった。


少ない予算でやりくりした外出も、

どこか壊されていくように感じる。


腹立たしさというより、

じわじわと削られていく感じだった。


電話が鳴るたびに、意識が引き寄せられる。


見なければいい。

そう思っていても、表示を確認してしまう。


「やっぱり夫か」

その瞬間、胸の奥が少し重くなる。

無視をすれば済む話だった。


けれど、その後に待っている反応を知っていた。


結果として、無視ができない。


それが積み重なって、

数分おきに確認するようになっていった。


人混みの中では本来気にならないはずの通知音も、

妙に気に障るようになる。


けれど夫は、そういう状況を考慮しない。


いつの間にか、

携帯を何度も確認するのが癖のようになっていた。


通知が鳴っていなくても、

画面を開いてしまうことがあった。


遊園地のチケット

ある日、突然連絡が来た。


「遊園地のチケット、取ったから」


一瞬、意味が分からなかった。


事前の相談はない。

日時の確認もない。


そのまま、


「待ち合わせ、どこがいい?」


と続く。


すぐには返事ができない。

驚きより先に、現実味がなかった。


夫だけでなく、義両親も来るという話だった。

せっかくの夏休みだから一緒に過ごしたい。

そういう理由らしい。


その流れで、チケットはすでに取られていた。

費用は義両親が出したという。


「当日は、そのまま来ればいいから」


夫は当然のように話を進める。


まるで、

こちらが感謝する側であるかのような口ぶりだった。


断る余地はない。


一方的に話が決まり、

電話はそこで切れた。


しばらく、思考が止まる。


少しして、子どもに伝えた。


その瞬間、

子どもの表情が固まった。


喜ぶと思っていたわけではない。

それでも、その反応は予想以上だった。


子どもは何も言わない。


ただ、しばらく黙ったまま。

動こうともしない。


その姿を見て、

胸がざわついた。

2026年6月23日火曜日

静けさの裏で

静かな夏と不安

もっとも不安だったのは、

1か月もある夏休みだった。

その間ずっと、気を抜けない。

 

子どもはとても楽しみにしていて、

自分なりにいろいろな計画を立てていた。

 

いっぱい時間があるから、

図書館で本を借りてこよう。

プールにも行けるかな。

 

生き生きとした表情から、

どれほど楽しみにしているかが伝わってきた。

 

その傍らで、私は不安だった。

 

夫や義両親は、この機会を逃さないだろう。

もしかしたら、頻繁に押しかけてくるかもしれない。

 

そのことが怖くて、

できるだけ家にいない時間を増やそうと考えた。

 

図書館には飲食スペースがある。

お弁当と水筒を持参すれば、

一日過ごすこともできる。

 

『パパに知られない場所』は、

思いのほか快適だった。

 

実際、子どもも頻繁に通うようになった。

涼しくて宿題も進むし、

何より突撃される心配がない。

それが、精神的に大きかった。

 

帰りは駅前で合流して、

二人で一緒に帰った。

 

「アイス買っていこうか」

「やったー。何買おうかな」

 

そんな何気ない会話が、少し嬉しかった。

 

恐怖と隣り合わせだった日々では、

決して味わえなかった感情だった。


弱気の連絡

夏休み前半。

夫からの連絡はほとんどなかった。

あっても、短い事務的なものだけ。

 

時々、義両親からメッセージが来たが、

大抵は「子どもに会いたい」という内容だった。

 

心配していたほどの執着はないのかもしれない。

内心、少しほっとしていた。

 

ただ、それには理由があった。

暑さで体調を崩していたのだ。

外出もできない状態らしい。

 

ある日、弱々しい声で連絡が来た。

 

「調子が悪すぎて何もできない。

 もう、駄目かもしれない」

 

逐一、大げさな人だと思った。

 

心配するふりをして、

「休んでいた方がいいよ」

とだけ伝えて、電話を切った。

 

そんな対応にも、

夫は大げさに感激していた。

 

「やっぱり家族だな」

 

そんなことを言う。

 

どこまでもおめでたい人だと思った。

 

夕方、子どもと合流して歩きながら、

「パパ、具合が悪いんだって」

と話題にした。

 

どちらからともなく、

「それなら良かった」

という言葉が出た。

 

それは事実だった。

 

夫のことを気にしなくていいなんて、

それだけで少し救われた気がする。

 

ただ、そのあとに残ったのは、

静かな罪悪感だった。

 

「良かった」と言ってしまった自分が、

ひどく冷たい人間に思えた。

2026年6月22日月曜日

終わったはずなのに

あきらめない夫

子どものテストを破り捨てた夫は、

反省などしなかった。


「言っても分からないんだから、

 やられて当然」

言葉の端々から、

そんな考えが透けて見えた。

 

何も謝って欲しいわけではない。

どうせ、

自分に非があると認めないんだから。

 

それよりも、

今後一切かかわりたくなかった。

どこか遠くで、

近況も知らずに生きたかった。

 

でも、

状況がそれを許さない。

 

義両親はこまめに連絡してくるし、

夫の友人たちも

要らぬ世話を焼いてくる。

 

そんな状況に後押しされたのか、

夫は反省もせず、

私を責め立てるような連絡を

連日のように寄越した。

 

「このままでは駄目だ。

 だから、塾に行かせろと言ったんだ」

「もう、お前には任せておけない」

 

実は、夫には

塾に通っていることを

ひた隠しにしていた。

 

塾に通う条件として、

「中学受験をすること」

を義務付けられていたからだ。

 

通わない場合には、

義実家で皆で暮らし、

夫の通った中学へ進学する。

 

そんな選択肢を突き付けられ、

私は何とかかわしてきた。


消えない支配欲

正直なところ、

『この人はどこかおかしいんじゃないか』

と思った。

 

離れていても、

全てをコントロールしたがる。

 

こちらの意思などお構いなしに、

自分の考えを押し付けてくる。

 

それって、

どう考えても異常だった。

 

今回も何とかかわそう。

少し経って、

ほとぼりが冷めれば、

また元に戻るだろう。

 

そう信じて、

祈るような気持ちで

日々をやり過ごしていた。

 

けれど、

事態は最悪の方向へ向かっていった。

 

以前、散々揉めて、

やっとの思いで納得させた塾の話。

それを蒸し返してきたのだ。

 

「もう、お前の話は聞かない。

 全部、(子ども)のためだ」

 

まるで決定事項を告げるような口ぶりだった。

 

子どもはやけに冷静で、

「そのうち、諦めるでしょう」

と言っていたけれど……。

 

私は、

言いようのない不穏な空気を感じていた。

 

寝ても覚めても、

そのことばかり考えた。

 

いっそのこと、

どこか遠くに逃げてしまおうか。

 

そんな現実逃避にふける毎日だった。

2026年6月20日土曜日

それじゃないのがいい

傷を残したくなくて

夫に破かれたノートは、

見るも無残な姿だった。


きっと子どもは、

手に取るたびに思い出すだろう。


あの出来事を。


十分に傷ついているのに、

そのたびに

また傷ついてしまうかもしれない。


そう思ったら、

多少無事な方のノートも

使い続けることはできなかった。


一生懸命書いた文字が、

涙で滲む。


「新しいの買おうね」


そう言うと、

子どもはコクリと頷いた。


気づけば、

すっかり夜になっていた。


本当なら、

美味しいご飯を食べて

気持ちを切り替えたい。


でも聞けば、

そのノートを

「明日使う」と言う。


明日のために、

新しいノートが必要になった。


まっさらなノートが。


私は急いで夕飯の準備をして、

出かける支度をした。


子どもにも

「すぐ出られるようにしてね」

と声をかける。


玄関の外へ出ると、

辺りはすっかり暗くなっていた。


夫が去り、

ようやく安全な場所に戻れたはずだった。


それなのに。


気持ちはまるで、

綱渡りをしているようだった。


ありがとうが切なくて

お店に行くと、

使っていたのと同じノートが売られていた。


何も考えずに、

それを手に取る。


会計を済ませようと

レジへ向かいかけた時だった。


「それじゃないのがいい」


子どもが言った。


「せっかくだから、

 全然違うのにしよう」


そう言いながら、

笑顔でノートを選ぶ。


何もなければ、

『楽しそうね』

と思ったかもしれない。


だけど。


あんなことがあったばかりだ。


私は不安になって、

子どもの様子を見てしまう。


その笑顔は、

どこかひきつって見えた。


きっと、

気のせいではない。


結局、

前とは違うノートを購入し、

お店をあとにした。


家に着くとすぐに、

子どもは丁寧に名前を書いていた。


「ありがとう。

 大切にするね」


その言葉が、

胸に刺さった。


『また守れなかった』


そんな思いばかりが、

少しずつ積み重なっていく。

2026年6月19日金曜日

彼女に救われた日

破壊された二冊目

夫は子どものノートを

真っ二つにした。


そこに、

正当な理由なんてない。


でも、

私はあまりにも弱くて、

止めることができなかった。


呆然としていると、

夫がまた不穏な動きを見せた。


横に置かれていたノートを持ち上げる。


真ん中をつかみ、

今にも引き裂こうとしていた。


止めなくちゃ。


今度は勇気を振り絞って、

その手をつかんだ。


「止めてよ!」


叫ぶように言うと、

夫はせせら笑った。


「お前って、

 口ばっかだな」


「ちゃんとノートを取ってないこと、

 気づいてなかったんだろ?」


「そんなお前に、

 何も言う資格は無い」


一見すると正論のような

屁理屈を並べながら、

再びノートを破ろうとする。


それを必死で止める私。


しばらく押し問答が続いた時、

ふいに電話が鳴った。


彼女に救われた

電話の相手は、

以前匂わせのあった例の彼女だった。


まだ続いていたんだ・・・。


驚いた。


でも同時に、

安堵している自分もいた。


全身の力が抜け、

その場にへたり込む。


子どもも、

同じように座り込んでいた。


見ると、

夫はすっかり元の表情に戻っていた。


据わった目は消え、

声もいくぶん柔らかくなっている。


こんなにも一瞬で

変われるものなのか。


あれは演技だったのではないか。


そう思うほど、

別人のようだった。


彼女から呼び出されたらしく、

夫はそそくさと帰り支度を始める。


帰って欲しくて、

何度も促したのに帰らなかった。


それなのに。


彼女の一声で、

夫は動いた。


とにかく、

この時は本当に助かった。


でも・・・。


目の前には、

真っ二つにされたノートがある。


「明日、どうしよう」


途方に暮れた。


1冊は真っ二つ。


もう1冊にも、

大きな切れ目が入っている。


2冊目は使えるかもしれない。


それでも、

手に取るたびに

嫌な記憶が蘇るだろう。


中を開くと、

一生懸命に書いた文字が並んでいた。


そのページだけは、

破られていなかった。


だから余計に悲しかった。

2026年6月18日木曜日

真っ二つのノート

帰って欲しい

82点のテストは、

粉々に破られた。

そして、

その切れ端がテーブルの上に落ち、

紙吹雪のように舞っていた。


夫は、

いつもの“あの表情”だった。


お前たちに罰を与えてやっている。


そんな顔だった。


その異様な光景を見た瞬間、

もう何も言えなくなった。


『子どもが頑張った』

という事実は消えない。


私が覚えていればいい。


そんな言い訳のような言葉が、

頭に浮かんでは消えていく。


気づくと、

子どもは硬い表情のまま、

テーブルの上を見つめていた。


私は咄嗟に嘘をついた。


「買い忘れた物があるから、

 これから行ってこなくちゃ」


こんな風に言われたら、

普通の人なら帰るだろう。


でも夫は、

まったく動こうとしなかった。


どっかりと座ったまま、

子どもに言う。


「じゃあ、パパと待ってよう」


子どもは、

思わぬ言葉に後ずさりした。


それだけは避けなければ。


私も必死だった。


「一緒に行ってくる。

 買ってあげたい物もあるから」


もう帰ってよ。


この部屋から出て行って。


そんな思いが込み上げる。


必死に理由を並べ、

二人で出掛けることを伝えても、

夫に帰る気配はなかった。


面と向かって

『帰って』

とも言えない。


だから少し離れた場所から、

子どもに声を掛けた。


子どもも遠慮がちに言う。


「ママと一緒に行こうかな」


自分が選ばれなかった。


その事実が、

夫を傷つけたのかもしれない。


やんわりとした拒絶の言葉を聞いた瞬間、

夫は無言で立ち上がった。


夫の暴挙

立ち上がった夫が向かった先は、

子どものランドセルだった。


おもむろに開け、

中からノートを取り出す。


2冊。

いや、

3冊だったかもしれない。


それをテーブルの上へ、

バンッと置いた。


その音に、

体がビクンと跳ねた。


夫が怒っている時は、

怒鳴り声だけでも怖い。


それなのに、

さらに大きな物音を立てる。


何が飛んでくるか分からない。


物を壊されるかもしれない。


それが恐怖だった。


その時、

私たちの目の前で

信じられないことが起きた。


夫は、

子どものノートを1冊手に取ると、

真ん中あたりから破り始めた。


気づけば、

ノートは真っ二つになっていた。


しかも、

破いた後は決まって同じ言葉だ。


「お前はきちんと

 先生の話を聞いてるのかよ!」


「何で、

 これしか書かれてねーんだよ!」


「そんなノート、

 要らねーよな!」


そんなわけない。


ノートが要らないなんて、

あるはずがない。


『俺がルール』の夫は、


「大した内容の書かれていないノートなんて、

 持っている意味はない」


そう言い放った。


子どもは、

嗚咽を漏らしながら泣いていた。


それに対して夫は、


「うるせー!!!」


と言い放った。

2026年6月17日水曜日

82点への怒り

82点の答案

別居中の夫が、

勝手に家へ入り込み、

テストを探し出していた。


まさか、

そんなことをするなんて。


驚いて、

声も出なかった。


テーブルの上には、

子どものテスト。


大きく82点と書かれている。


子どもにとっては、

十分がんばった結果だった。


持ち帰った時、

私はたくさん褒めた。


それなのに夫は、

顔を真っ赤にして怒った。


「お前はバカだ」


「人間のクズだ」


「恥ずかしく思わないなんて

 頭がおかしい」


次々と吐き出される暴言。


私も子どもも、

ただ黙っていた。


何をそこまで怒っているのか、

分からない。


理解できなかった。


途中、

夫は子どもに向かって叫んだ。


「目の前に座れ」


その言葉だけは、

とっさに止めた。


近付かせたくなかった。


何をされるか、

分からなかったからだ。


子どもを背中に隠し、

夫との間に立つ。


そして言った。


「がんばったんだよ。

 褒めてあげてほしい」


その瞬間だった。


夫の目が据わった。


「あぁ?!」


低い声で凄みながら、

こちらを睨みつける。


手のひらに汗が滲む。


足が震えた。


耐えきれなくなって、

私は子どもを抱きしめた。


びりびりに破られたもの

子どもを抱きしめている間も、

夫は怒鳴り続けていた。


罵声は途切れない。


家中に響く声だった。


心臓まで震えるようで、

顔を上げることができない。


ただ、

その声を聞き続けた。


どれくらい経っただろう。


しばらくして、

怒鳴り声が少しだけ弱まった。


その時になって、

ようやく口を開くことができた。


恐る恐る顔を上げる。


夫はまだ怒っていた。


そして、

テーブルの上のテストは、

ぐしゃぐしゃに丸められていた。


胸が痛んだ。


子どもの努力まで、

踏みにじられた気がして。


こんな言葉を、

子どもに聞かせたくなかった。


けれど夫は、

聞かせるために怒鳴っていた。


終わらせたい。


その一心だった。


私は子どもを部屋の隅に座らせ、

夫の前に座った。


「もう、

 そういうの止めて欲しい」


やっと絞り出した言葉だった。


だが次の瞬間、

夫は信じられない行動に出る。


目の前で、

答案用紙を破り始めた。


びりっ。


びりっ。


何度も音が響く。


子どもは、

声を殺して泣いていた。

それでも夫の手は止まらなかった。

静けさの反動

夏休みの後半戦 あの年の夏休み、 前半は、思いのほか穏やかに過ごすことができた。 予想外の夫の体調不良。 子どもの図書館通い。 条件としては、悪くなかった。 ただ、どこかで分かっていた気がする。 この静けさが、長くは続かないことを。 問題は後半だった。 案の定、反動はきた。 前半...