自覚のない夫
塾に通っていたが、子どもの成績が
思うように伸びなかった。
夫は勝手に
焦っていたようだ。
ずいぶん勝手だな、
と思った。
全部と言わないまでも、
その要因の一部は夫にあった。
本人に、その自覚は無いのだろうか。
教育虐待を受けていたうちの子は、
自分に自信が持てない。
日々肯定して、
やる気を出すような声がけをして、
時には励ました。
一歩ずつ、
一歩ずつ、
前に進もうと藻掻いた。
でも、回復には時間がかかり、
一朝一夕に何とかなるものではない。
焦っても仕方がないから、
ゆっくり行こう。
二人の間では、
そんな空気感だった。
それなのに、
夫は勝手に焦って
「塾が合ってないんじゃないか?」
と言い始めた。
「あなたのせいだよ」
と言いたいのをこらえ、
「長い目で見ようよ。
これからだよ」
と答えたのだが、
どうにも納得できない様子だった。
再び、教育虐待の危機
夫のやったことは罪深い。
普通なら、
すくすくと育っていくはずだった
子どもの自己肯定感。
捻じ曲げられ、
へし折られ、
「自分なんて」
と思うほど、痛めつけられた。
だけど、夫には自覚がないから、
「俺が家庭教師をしてやろうか」
と言い出した。
それは絶対に困る。
また同じことが起こる未来しか
想像できない。
絶対に阻止しなければと思い、
「もう中学生だから、
プロに任せた方が良いよ」
と言ったのだが、
「理系なら俺が教えられる」
と言い張った。
「虐待の自覚がない」と書いたが、
正確には、少し違うかもしれない。
家を出た後、散々
「あれは虐待だった」
と訴えたのだが、
決して認めなかった。
「あんなのが虐待だなんて、
みんなに笑われるぞ」
「お前が甘すぎるんだ」
私の認識がおかしいと言われ続け、
もう、何が何だか分からなくなった。
考え方が根本的に違うのだ。
夫の中では、
あれは本当に虐待ではなく、
普通のしつけだった。
暴言や暴力も、
その一環で行われたこと。
虐めたわけではない。
そういう考えなので、
認めるはずがなかった。
妙な自信を持っている夫は、
「自分が教えれば成績が上がる」
と思っていたようだ。
夫から怒鳴られ、叩かれ、
怯えていた子ども。
その姿を思い出した瞬間、
猛烈な怒りがわいた。
思わず、
「虐待だったと未だに認められないのに、
任せられない」
と言ってしまった。






