2026年9月11日金曜日

私を居ないことにする夫

突然の子どもへの誘い

夫は、

それ以上何も言わなかった。


その代わりに、

首を伸ばし、

部屋の奥にいる子どもに

猫なで声で話しかける。


「おはよう!

これからパパとお出かけしよう」


突然誘われた子どもは、

何も言えずに固まった。


それまで、

大人でも耐えるのが困難なほどの

虐待を受けてきた子ども。


急に優しくされても、

受け入れられるはずがなかった。


ここは私が何とかしなければ。

そう思い、


「急には困るってば」


と、やんわりと断った。


でも、

返事はなかった。


聞こえていないはずがないのに。

こちらを見ようともしない。


そして、

何事もなかったかのように、

もう一度子どもに声をかける。


「ほら、出かけるよ。

支度して」


先ほどよりも、

やや強い口調になっていた。


私を無視する夫

「今日は無理だよ」


はっきりと、

そう伝えた。


まさか、

そこまで言えば

これ以上は誘ってこない。


そう思った。


でも、

違った。


夫は無反応で、

子どもに誘いの言葉を掛け続ける。


私がいくら止めても、

何も聞こえないかのように

スルーされる。


まるで、

空気になったみたい。


どうしたら良いのか分からなくなり、

とにかく『止めなければ』と

声をかけ続ける。


それでも、

反応はなく――


そこでようやく分かった。


ああ。

この人は、

私を居ないことにしたいんだ。


存在を無視しているのだ。


空しさと同時に、

沸き上がる怒り。


今度は、

先ほどよりも強い口調で、


「今日は帰ってください」


と言った。

2026年9月10日木曜日

春休みの心配事

会社の人たちの優しさ

ようやく卒業式を終え、

子どもは春休みに突入した。


小学生としての

最後の春休みだ。


何となく、

心がそわそわする。


あんなに小さかった子が、

もう中学生になるなんて。


そんな感慨が半分。


そして、

もう半分は、

まったく別のことを考えていた。


春休みは、

子どもが一人で

お留守番することになる。


多分、

夫や義両親は

そのタイミングを狙って

来るだろう。


それが心配で、

いつもは取らない有給を取った。


ありがたいことに、

会社の人たちにも


「大丈夫だよ。

お子さんと過ごしてあげて」


と言ってもらい、

一安心。


結局、

5日ほど有給をいただき、

子どもと過ごすことができた。


私を貶めるトゲトゲの言葉

有給は、

続けてではなく

バラバラに取った。


2回目の休みの日。


朝ごはんを食べて、

片づけをしていた時、

ふいにインターホンが鳴った。


多分、

夫だ。


直感で分かってしまい、

心臓がバクバクと

音を立てる。


出たくない。


でも、

出ないわけにもいかない。


恐怖と脱力と、

一言では言い表せない

ごちゃまぜの感情に支配されながら、

洗っていたお皿を置いた。


気を付けないと、

お皿を落としてしまいそうになる。


それくらい、

ドアの外の気配が

重苦しかった。


あまり時間が経つと、

また怒られてしまう。


ハッと我に返り、

慌てて玄関に行く。


そして、

ドアを開ける。


やはり、

夫だった。


確認した瞬間、

暑くもないのに、

背中にひんやりとした汗が流れた。


夫は、

子どもが出てくると

思っていたのだと思う。


だけど、

私が出た。


そして、

開口一番に発せられた言葉が、

これだった。


「あれ?

お前、仕事クビになったの?」


本当に、

バカにしてる。


そう怒れたら、

どんなに良かったか。


でも私は、


「そんなわけ、ないでしょ」


と曖昧に笑って、

やり過ごした。


夫は、

さらに言う。


「お前のことを使う会社って

何考えてるんだろうな」


私のような能無しを

雇うなんて。


そういう意味らしい。


そんなことを言われても、

怒ることすらできない。


否定もできず、

ただ、

こう言った。


「ありがたいと思ってるよ」


夫は、

面白くなさそうに

鼻で笑った。

2026年9月8日火曜日

嘘をついてでも、離れたかった

息苦しい時間を終えるための嘘

校門に近い場所で写真を撮った。


子どもと夫を

義両親が挟むような形で。


2枚ほど撮ったところで

お義母さんが言う。


「そろそろ帰りましょうか」


どちらの意味なのか

分からない。


夫と義両親が帰る。


私たちも一緒に帰る。


そのどちらなのかによって、

私たちの状況は大きく変わる。


もちろん、

一緒に帰りたくなどなかった。


だから、

もう一つの意味の方には

気づかないふりをして、


「そうですか。

今日はありがとうございました」


とお礼を伝えた。


すると、案の定、

お昼ご飯の誘いが……。


何とかしなければ。


『行きたくない』と心が叫ぶ。


子どもは、聞いた瞬間に

後ずさりした。


「まだ、これから

先生やお友だちとも

写真を撮るから」


咄嗟についた嘘だった。


そんな約束はない。


いや、子どもはもしかしたら

していたかもしれないが。


私には何の予定も無かった。


それでも、

嘘をつくしかなかった。


彼らと一緒に居る時間を、

1分でも1秒でも早く

終えるために。


やっと、笑顔が戻った

ちょうどそこへ、

子どもの友達がやってきた。


お母さんと一緒に。


「あっちで一緒に

写真を撮ろうよ」


そう言いながら手を引き、

校舎の方に行こうと促す。


子どもの表情が一気にやわらぎ、

かすかに笑顔を見せた。


私は、

このタイミングを逃してはいけないと、


「記念になるし、良いね!」


と賛同し、

その場から立ち去る間際に

もう一度お礼を言った。


「今日は本当に

ありがとうございました」


この言葉の裏には、


『もう帰って』


という意味が隠されている。


そのまま移動して、

子どもはみんなと写真撮影。


途中で保護者も入り、

先生もやってきた。


色んな事があったけど、

本当にお世話になりました。


パパ以外のことでは、

本当に楽しかったね。


写真を見ていたら

色んな思いがこみ上げてきて、

思わず涙があふれた。

2026年9月7日月曜日

私たちだけが、別世界にいた

受け入れられない

お義父さんから携帯を受け取り、

カメラモードにして声をかける。


「撮りますよ~」


懸命に明るく振舞ったが、

実のところ、

心は沈んでいた。


素晴らしい式だった。

感動に浸ったまま、

終えられると思っていたのに。


夫や義両親の登場により、

それも叶わなくなった。


私たちの大事な場所に

いつも土足で踏み込む夫。


それを、正当な権利だと

主張するお義父さん。


全方位に気を使い、

丸く収めようとする

お義母さん。


彼らが、

何事もなかったかのように

大事な行事に参加することが

信じられなかった。


子どもは

すっかり意気消沈。


式の時に見た、

あの輝くような笑顔も

この場では見られない。


それどころか、

顔色が悪くなって

今にも泣き出しそうだった。


早く終えなければ。


そんな気持ちもあり、

自分から率先して

カメラマン役を買って出た。


まるで遠い世界のように

周りにもたくさんの人が居て、

写真を撮ったり、

おしゃべりをしたり。


楽しそうな姿を目の当たりにし、

どこか遠い世界を

見ているようだった。


心が停止する。


自分たちの状況と比べると、

恐ろしく現実味が無かった。


まるで、遠い世界の人たちみたい。


そう思ったけれど、

違う。


私たちだけが

別世界に居るのだ。


撮った写真を確認したら、

子どもの顔は

どれも引きつっていた。


笑顔を作ろうとしても、

上手く笑えていない。


それが余計に

痛々しかった。


何枚も何枚も撮り、

そのたびに確認してもらう。


10枚ほど撮っただろうか。

流石に満足してくれるかな?

と思ったが……。


「今度はあっちの方で撮ろう」


と連れて行かれた。


どんどん校門に近くなる。


もしかして、

このまま一緒に

帰ることになるの?


段々と不安になり、

足が重くなった。

2026年9月5日土曜日

まさか、来るなんて

「パパが嫌い」

子どもは、

いつもこっそり言った。


「パパのこと、嫌い」


仕方のないことだ。


あれほどまでに虐め抜かれれば、

家族としての情も失う。


そんな「パパ」が、

卒業式に来た。


見つけた瞬間、

心臓がバクンと鳴った。


3人が居たのは、

開放された出入口の外側。


式が終わり、

荷物を持って振り返った時に

見つけてしまった。


思わず身をかがめ、

隠れる私。


見つかったら、

何を言われるか分からない。


みんながぞろぞろと

退場していく中、

しばらく迷った。


行こうか。

もう少し待とうか。


そうこうしているうちに、

だいぶ人もはけて、

ほとんど居なくなった。


こうもまばらでは、

余計に目立ってしまう。


意を決して

出入口に向かうと、

お義母さんが真っ先に気づき、

声をかけてきた。


「いたいた!

こっち、こっち」


夫を見た瞬間、

何とも言えない思いが

こみ上げた。


隠すのが難しいくらいの

拒絶感。


言葉を交わすことさえ

ためらうほどの、

受け入れられない気持ち。


そんな思いが

見透かされそうで

怖かった。


罪悪感をあおる言葉たち

「ろくに会えないんだから

写真くらい撮っておかないと」


繰り返し言われるたびに、

心がざらり。


でも、

気づかないふりをした。


子どもは、一度教室に戻り、

その後に荷物を持って出てくる。


待っている間、

気が気ではなかった。


彼らを見たら、

きっと怯え、

声も発さなくなる。


そんな姿しか想像できなくて、

心の底から

『今すぐ帰って欲しい』

と願った。


だけど、

そんな願いが叶うはずもなく……。


子どもは、

案の定の反応を見せた。


会話を拒絶するような態度に

不満を漏らすお義父さん。


夫も怒りの表情を浮かべ、

お義母さんは饒舌になった。


こういう時、

居た堪れなくなると

お義母さんの口数が増える。


それに呼応するかのように、

夫たちの不機嫌が加速する。


もう、

うんざりだった。


「せっかく来たのに、

何にも話さない人になっちゃったね」


嫌味っぽいこの言葉は、

私への当てつけだ。


無理やり引き離された

とでも言いたいのだろう。


相変わらずの思考に呆れつつも、

早くこの場を収めたくて、


「撮りますよ」


と携帯を受け取った。

2026年9月4日金曜日

「今はまだ幸せだ」と思った卒業式

卒業証書授与のその時

最初から、

涙をこらえるのに必死だった。


しゃんとしていなければ。


そう思っても、

色んなことが

思い出される。


まだ子どもが乳児の頃。

夫のターゲットが

100%私であることに

安心した。


辛くても、

自分が我慢すれば

”普通の家族”

を続けられる。


そう思ったのは

間違いだった。


段々と言葉を覚え、

自分の意思を持ち、

様々なことを要求するようになる子ども。


日々の成長が

どれほど嬉しかったことか。


でも、

その変化が

状況を一変させた。


夫のターゲットが

少しずつ変わっていく。


自我の芽生えた子どもを

持て余したのかもしれない。


まだ幼児の子どもに向かって

信じられないような暴言を吐き、

時には叩く。


最初は手をパチン。

おしりをペチッと。


そんな程度だった。


理由もそれなりにあり、

その時は

理不尽だとは思わなかった。


それが、

気づいたら

虐待になっていた。


夫の機嫌に

振り回される日々。


おかしいと思っても、

恐怖心から動けない。


次第に、

『私が悪いからこうなった』

と考えるようになった。


辛い日々が蘇るたびに、

思う。


『今はまだ幸せだ』と。


卒業証書授与式を

そんな気持ちで見守った。


子どもは、

落ち着いた様子で

とても立派だった。


その表情は

どこか大人びて見え、

何だか眩しかった。


感動で終わるはずが……

式の間中、ずっと

感動しっぱなしだった。


あんなに小さかった子が、

こんなにも大きくなった。


たいへんなことも多かったけれど、

一つずつ乗り越えてきた。


子どもは、

小さな同志でもあり

一番に守るべき存在。


そんな大切な我が子が

堂々と式に臨む姿は

とても誇らしかった。


もうすぐ終わる。


泣きすぎて

ハンカチは、すっかり濡れていた。


それを

バッグにしまおうとした。


その時――


目の端に

見覚えのある人物を捉えた。


夫だ。


しかも、

義両親まで居る。


来るとは分かっていた。

それでも、

とても落胆した。


こんな晴れの日であっても、

彼らには関係ない。


何かが起きそうな、

そんな予感がした。

2026年9月3日木曜日

卒業式で、やっぱり泣いた

厳かな雰囲気の中……

早めに家を出て、

周りを警戒しながら歩いた。


おめでたい日だから、

夫のことなんて

考えたくない。


でも、

警戒しないわけにもいかなくて、

本当に腹立たしかった。


私がもっと

上手くやれば良かった?

そうすれば

子どもも傷つけずに済んだ?


今さら考えても仕方のないことが

頭の中でループする。


悶々と考えすぎて

息苦しくなってきたところで、

小学校の門が見えた。


よし。

気持ちを切り替えよう。


そう思いながら、

門を通り過ぎた。


中には

既にたくさんの保護者が集まり、

会場内へと向かっている。


みんな笑顔で、

私も少しだけ

晴れ晴れしい気持ちになった。


会場には

椅子が並んでいる。

どこに座るのも自由だ。


前の方が見やすいのだろうが、

これも性格なのか、

最後列から一つ前を選んだ。


ひんやりとした椅子。

独特のピンとした空気感。


もうすぐ

卒業式が始まる。


涙、涙の卒業式

涙もろいという

自覚はある。


子どものころなんて、

よく「泣き虫」と

からかわれたものだ。


そんな性格も相まって、

卒業式という独特の空気は

涙を誘うのに十分だった。


始まる前に

うっすらと流れてくる

音楽を聴くだけでも

じわっと涙が浮かぶ。


これから始まる式のことを

想像してしまう。


始まるまでの十数分、

ハンカチを握りしめたまま

会場を見つめた。


そしてとうとう、

卒業式が始まった。


入場してくる子どもも

いつもよりもだいぶ

緊張しているように見えた。


歩き方がぎこちない子もいた。


それをほほえましく思いながら、

我が子が来るのを待つ。


もうすぐ、

もうすぐ来る。


チラチラと出入り口を

眺めていたら、

とうとうやってきた。


緊張していたと思うのだが、

柔らかい笑顔を浮かべながら

目の前を通り過ぎていく。


途中、

遠目で私を見つけた子どもは

小さく手を振った。


私も笑顔で

手を振り返す。


何だか子どもが眩しくて、

一気に涙がぶわっとあふれ出した。

私を居ないことにする夫

突然の子どもへの誘い 夫は、 それ以上何も言わなかった。 その代わりに、 首を伸ばし、 部屋の奥にいる子どもに 猫なで声で話しかける。 「おはよう! これからパパとお出かけしよう」 突然誘われた子どもは、 何も言えずに固まった。 それまで、 大人でも耐えるのが困難なほどの 虐待を...