2026年2月7日土曜日

久々の我が家へ

少しの緊張と期待

自分の家に戻るだけなのに、

少しだけ、緊張していた。


別居したばかりの頃は、

ただひたすら、

「夫と離れたい」

それだけを考えて生きていた。


でも、少し落ち着いてくると、

欲が出た。


「離婚できたら、いいな」


そう思い始めたら、

止まらなくなった。


あの日、電車の中で、

私はこれからの生活を想像していた。


子どもと二人。

どんなふうに暮らしていこうか。


できるだけ、

楽しいことを考えたくて、

明るい未来に、

思いを巡らせた。


子どもはというと、

電車に揺られながら、

うとうと、うとうと。


前の夜、

三人で遅くまで起きていたから、

暖かな空気に、

眠気を誘われたのかもしれない。


とても穏やかな日だった。


ゆったりと電車に揺られながら、

私たちは、

久々の我が家へ向かった。


ここは誰の家?

部屋に着き、

久しぶりに、

鍵を使ってドアを開けた。


夫と暮らしていた頃、

鍵を使うことは、

ほとんどなかった。


使うとしたら、

夫がたまたま外出していた時か、

——締め出された時。


鍵を使って、

そっと入ろうとしたら、

ドアを開けた瞬間、

目の前に、

仁王立ちした夫がいた。


玄関に上がることも許されず、

怒鳴られ、

なじられて、

数十分、

立たされたこともあった。


その記憶が一気によみがえり、

心臓がぎゅっと縮んだ。


でも。


もう、その夫はいない。


義実家に戻り、

この部屋には、

子どもと私だけのはずだ。


ドアを開け、

夫の姿がないことを確認し、

ほっと息をついた、

その瞬間。


私は、

言葉を失った。


家のあちこちに、

夫の私物が散乱し、

友人たちの物まで、

残されていた。


そこには、

はっきりと。


夫の気配が、

残っていた。

2026年2月6日金曜日

お世話になった先輩との別れ

引越し前日

いよいよ、

翌日が引っ越しの日。


私たちは朝から、

ご馳走やお菓子を用意して、

映画を見ながら、

ゆっくりと過ごした。


嬉しい。

でも、名残惜しい。


胸の奥に、

少しだけ引っかかるものがある。


夫に出て行ってほしくて、

必死で闘ってきたのだから。


そんな気持ちを抱くなんて、

罰が当たりそうだ。


それでも。


先輩と離れることが、

どうしようもなく寂しかった。


子どもも、

同じだったと思う。


いつの間にか、

先輩のことを

「(名前)ちゃん」と

名前で呼ぶようになっていた。


私がそう呼んでいたからだろうか。


とても懐いていて、

二人だけで出かけることもあった。


知らない人が見たら、

親戚だと思ったかもしれない。


それくらい、

自然な距離だった。


それが、

また二人きりになる。


不安がなかったわけじゃない。


夫との対決は、

まだ終わっていない。

執着も、消えてはいない。


それでも。


長い長い暗闇を抜けて、

ようやく、

光が差し込んできた。


そんな気がしていた。


子どもの涙

昼間は、

できるだけ明るく過ごした。


けれど夜になると、

少しずつ、

みんな口数が減っていった。


翌日のことを、

考えずにはいられなかった。


明日の今頃。

もう、この家にはいない。


そう思ったら、

無性に泣きたくなった。


でも、

子どもも必死にこらえている。


私が泣くわけにはいかない。

そう思って、

何とか気持ちを持ち上げた。


夜も更け、

そろそろ寝る時間。


けれど、

どうしても

「おやすみ」が言えなかった。


子どもは、

「ずっと起きてる」

と言い張った。


すると先輩が、

優しい声で言った。


「明日は荷物を持って移動するから、

 そろそろ休もう」


子どもは、

泣きそうな顔で、

何度も頷いた。


でも、

次の瞬間。


目に溜まった涙が、

ぽろぽろとこぼれ落ちた。


袖で拭いても、

拭いても、

止まらない。


それを見たら、

私も、

もう耐えられなかった。


泣きながら、

「ありがとう」

そう言う子どもを、

先輩は、

ぎゅっと抱きしめた。


私も、

二人を包むように、

抱きついた。


三人で、

泣いて、

泣いて、

泣いた。


最後に、

先輩が、

ぽつりと呟いた。


「何かあったら、

 すぐに戻ってきなよ」

2026年2月5日木曜日

「早く戻れ!」と夫から連日の連絡

ゆっくりと、引っ越し準備

私たちは、

ゆっくり、ゆっくり、準備をした。


一つ一つの思い出を、

確かめるように。


それは、

ただの引っ越し作業ではなく、

新しい一歩を踏み出すために

必要な時間だったのだと思う。


いろいろなことがありすぎた。


決して、

打たれ強いわけではない私には、

試練の連続だった。


バッグに荷物を詰めていると、

子どもが、

少し神妙な顔で聞いてきた。


「もう二度と、

 ここには戻らないの?」


きっと、

子どもの中では、

ここが『家』になっていたのだと思う。


急にお世話になることになって、

先輩には本当に迷惑をかけた。


それでも、

私たちにとっては、

救いの時間だった。


あたたかくて、

安心できて。


たくさんの、

大切な思い出をもらった。


それは、

かけがえのない財産で、

弱虫な私を、

ほんの少しだけ強くしてくれた。


当時の私は、

自分なんて最低だと、

誰かと一緒に過ごす資格なんてないと、

本気で思っていた。


そんな思い込みを、

静かに否定してくれたのも、

先輩だった。


居心地が良くて、

本当は、

ずっとここに居たいくらいだった。


けれど。


一歩、

踏み出す時が来たのだ。


子どもには、

「家に戻らなければならないこと」を

きちんと伝えた。


二人で、

ちゃんと暮らしていく。


そう決めて、

私たちは、

少しずつ準備を進めていった。


急かす夫

私たちは、

自分たちのペースで

準備をしていた。


けれど、

夫は待ってはくれなかった。


連絡は、

日に日に激しくなり、


「一体いつまでかかるんだ!」


そう声を荒げ、

ついには、


「約束を反故にするなら、

 これまでの話もナシだ!」


と、脅してきた。


こういう時、

夫は決して寄り添わない。


こちらの事情も、

生活も、

すべて無視して、

自分の要求だけを押し付けてくる。


たった数日。

それすら待ってもらえない。


その事実に、

嫌悪感が、

じわじわと増していった。


平日は、

仕事や学校がある。


作業なんて、

できるはずがない。


次の土曜日まで待ってほしい。

それだけの、

ごく普通のお願いさえ、

夫にとっては

「大きな譲歩」らしかった。


ウンザリしながらも、

それ以上怒らせたら何が起きるか分からない、

その恐怖があって、

私は何とか、なだめ続けた。


そして、

次の休みを待った。


金曜日。


先輩との、

涙涙のお別れ会が、

開かれた。

2026年2月4日水曜日

明日への一歩

少しの達成感

先輩の家に戻った途端、

全身が、ぶるぶると震え始めた。


体の芯まで、鉛になったような疲労感。


きっと、

夫と向き合い続けたことで、

心も体も限界だったのだと思う。


自覚はあった。

でも、そんなことに構っている余裕はなかった。


これは、

私たちの明日を左右することだ。


本来なら、

一歩たりとも引いてはいけない。

一つも譲ってはいけない。


けれど、

あの状況で、

こちらの要望をすべて通すことは不可能だった。


持ち帰った紙を、

まじまじと見つめて、

私は大きく息を吐いた。


家を出たとは言っても、

夫は自由に出入りするつもりなのだ。


義実家は近い。

その気になれば、

すぐに来られてしまう。


離婚の話し合いも、

きっと、

思い通りに進めるための布石なのだろう。


——してやられた。


そんな気持ちが、

確かにあった。


それでも。


あの部屋に、

もう夫はいない。


そう思った瞬間、

じわじわと、

嬉しさが込み上げてきた。


飛び上がりたいほどだった。

でも、必死で抑えた。


まだ、だめだ。

まだ、子どもに知られてはいけない。


すべてが整う、その時まで。


これまで何度も、

ぬか喜びをしてきた。

だから、私はとても慎重だった。


「もう大丈夫」


そう断言できる時が来るまでは。


翌日、夫は義実家へ

引っ越し作業の翌日、

夫は義実家に戻ったらしい。


私物はだいぶ残したくせに、

家電などの大きな物は、

しっかり持って行っていた。


きっと、

これも嫌がらせなのだろう。


義実家に戻ったことを確認してから、

とうとう、

子どもに伝える時が来た。


あの一方的な条件の中には、

私たちが家に戻らなければならない、

という項目があった。


だから、

先輩の家に居続けることはできなかった。


「パパね、

 お部屋を出て行ったんだよ。

 だから、戻って二人で暮らそう」


そう伝えたけれど、

子どもは、すぐには信じなかった。


「パパはうそをつくから。

 本当は、まだ居るかもしれない」


その言葉を聞いて、

胸が、きゅっと縮んだ。


万が一、鉢合わせしてしまったら。

大人の私でさえ、

声も出なくなる。


子どもなら、なおさらだ。


それでも、

約束を破れば、

何が起こるか分からない。


私たちは、

あの部屋に戻らなければならなかった。


一週間。


私は説得を続け、

同時に、

子どもの恐怖が和らぐのを待った。


そしてようやく、

子どもは、

小さく頷いてくれた。

2026年2月3日火曜日

震える手でサインさせられた書類

新たな提案

私も、粘った。

最後まで、首を縦に振ることはなかった。


当たり前だ。

あんな要求、受け入れられるはずがない。


貝のように口を閉ざしたまま、

逃げることもできず、

ただ、その場をやり過ごしていた。


ふと窓の外を見ると、

空は、もう暗くなり始めていた。


帰りたい。

でも、帰してもらえない。


まだ説得は続きそうだと感じ、

胸の奥が、少しだけ沈んだ。


しばらくして、

友人Sと友人Yが口を開いた。


「俺、そろそろ帰ろうかな」


その言葉に、

私は思わず反応した。


もしかしたら、

解放されるかもしれない。


そんな淡い期待を抱いて、

彼らの様子を見守った。


一方で、

別の友人と、いつものNは、

最後まで残りそうな気配だった。


「この人たちも、帰ってくれたらいいのに」


そう思った、その時。


例の彼女が、

夫に、さっと目配せをした。


何かを伝えようとしていることは、

誰の目にも明らかだった。


そして、その直後。

夫は、もう一枚の紙を差し出してきた。


条件が一つ削られた提案

そこに書かれていたのは、

新たな条件だった。


私が、

どうしても受け入れられなかった

「子どもと会わせる」という項目が、

削られていた。


それを見て、

胸の奥で、ほっと息をついた。


夫は、

勝ち誇ったように言った。


「お前の考えてることは分かるよ」


その言葉に、

なぜか周囲の人たちは笑った。


どう考えても、

笑う場面ではなかった。


内心、憤りながらも、

私は必死で考えていた。


これ以上の譲歩は、

引き出せない。


ここが、限界だ。


そう感じた私は、

短く、「分かった」と答えた。


それから、

震える手でサインをした。


一通を受け取り、

バッグにしまう。


たったそれだけのことなのに、

手が震えて、

思うように動かない。


自分でも可笑しくなるほど、

時間がかかった。


ようやく解放された頃には、

外は、すっかり夜だった。


建物が見えなくなる場所まで歩き、

立ち止まって、

大きく伸びをした。


その時、

やっと、

「生きている」

という実感が戻ってきた。

2026年2月2日月曜日

一方的な要求 ― サインを拒んだ私

一筋縄ではいかない交渉

呼び出された時点で、

簡単にはいかないだろうことは、分かっていた。


それでも、

断るという選択肢はなかった。


どうせ拒んだところで、

最後は夫の思い通りになる。


そう学んできた。


だから、

引っ越しの手伝いも、

この場に来ることも、

仕方なく受け入れた。


でも——


これは、話が違う。


引っ越しを手伝うことと、

こんな取り決めをのむことは、

全く別だ。


私は、

その紙にサインしなかった。


周囲から見れば、

多勢に無勢。


防戦一方だったと思う。


実際、

言葉の圧は強く、

逃げ場はなかった。


それでも。


守るべきものがあった。


威圧されても、

責め立てられても、

「分かりました」とは言わなかった。


頑なな私を見て、

最初は嘲るような笑いが浮かんだ。


そんな中で、

諭すように口を開いたのが、

例の彼女だった。


正論という暴力

彼女は、

子どもをなだめるような声で言った。


「なんでも、自分の思い通りにはならないの」


なぜ、

そんなことを言われなければならないのか。


理解できなかった。


「普通に考えたらね……」


穏やかな口調で、

でも、逃げ道を塞ぐ言葉が続く。


「体調を崩して、

 思うように生活できない人を、

 見捨てて出ていくなんて、

 絶対にできないよ」


その言葉を投げたあと、

彼女は私の返事を待っていた。


私は、何も言えなかった。


罪悪感が、

喉の奥に引っかかっていた。


言葉を探していると、

別の誰かが言った。


「都合が悪い時は、ダンマリだよね」


そこから先は、

荒い言葉が続いた。


誰が何を言ったのか、

もう覚えていない。


ただ、

耳の奥がじんと痛くなり、

心が遠くなる感覚だけが残った。


私は、

ひたすら心を空っぽにして耐えた。


折れそうになるたび、

子どもの顔を思い浮かべた。


負ける、ということは、

夫の要求をのむ、ということ。


それだけは、

絶対にしてはいけない。


子どもを守るためなら、

あと数時間でも耐えられる。


そう、

自分に言い聞かせていた。


彼女の言葉は、

もう、私を傷つけなかった。


私たちの未来に比べれば、

取るに足らないものだと、

必死で思い込もうとしていた。

2026年1月31日土曜日

夫が求める条件

非常識だと言われても・・・

夫の私物が部屋に残されたまま、

引っ越し作業は終わろうとしていた。


えっ?

持っていかないの?


思わず、口をついて出た。


「置いていくものは、要らない物なの?」


たった、それだけの確認だった。

責めるつもりも、追い詰めるつもりもなかった。


それなのに。


彼らは一斉に、私を責め始めた。


そんなことを聞くこと自体が、

非常識なのだと言う。


そもそも勝手に家を出た癖に、

善意で部屋を明け渡す夫に対して、

優しさが足りないのだそうだ。


次々に投げられる言葉に、

胸の奥が、じわりと重くなった。


でも、

そう言われても、私は嫌だった。


夫の私物が、この部屋に残されることが、

吐き気を催すほど、嫌だった。


居なくなったあとも、

まだ見張られているみたいで。


「ずっと見ているぞ」


そう言われている気がして、

背中が、ぞわりとした。


だから、怖かったけれど、お願いした。


「部屋も広くないから、

 必要な物なのであれば、

 一緒に持っていって欲しい」


声が震えないように、

必死で抑えながら。


それが、

そんなにも非常識なことだとは、

思いもしなかった。


その一言で、

場の空気は一気に険悪になった。


夫は、さらに弱々しく振る舞い、

周囲は口々に言った。


「(夫)の気持ちを汲んであげて」


つまり、

夫は出て行くけれど、

荷物は残したまま。


義実家に一時的に戻るだけ、

そんな体で過ごすということらしい。


残された荷物を見ながら、

私は黙り込んだ。


こんな状態で、

本当に離婚できるのだろうか。


答えは出ないまま、

時間だけが過ぎていった。


一方的な取り決め

あと数分。


心の中でそう呟いた、その時。

一枚の紙を差し出された。


「俺は今日、この部屋を出る。

 十分に譲歩したよ。

 お前も少しは誠意を見せろよ」


そう言われ、

後ずさる私の手に、

無理やり紙を握らせた。


逃げ場は、なかった。


長々と文字が並んでいて、

一瞬では内容が頭に入らない。


「サインしろ」


そう言われたけれど、

まずは確認しなければと思い、

その場に座り込んだ。


書いてあったのは、


・夫は自由に家を行き来しても良い

・要望があれば子どもに会わせる

・離婚は十分に協議し、双方が納得した上で決める

・私と子どもは家に戻る


ざっと読んだだけでも、

違和感しかなかった。


読み終えた瞬間、

心の中で叫んだ。


サインしたくない。


夫が自由に出入りするなんて、

とても安心できない。


子どもに会わせることも、

今は絶対に無理だと思った。


離婚だって、

先延ばしにされて、

なぁなぁになってしまう気がした。


不安が、

喉の奥までせり上がってきた。


それでも、

私の周りには人が集まり、

逃げたくても立ち上がることもできない。


「早く」


「サインするだけだろ」


促されるまま、

ペンを握ったまま、

手が動かなくなった。


この紙に、

効力はあるのだろうか。


もし、あるのなら。


私は、

絶対にサインしたくなかった。

久々の我が家へ

少しの緊張と期待 自分の家に戻るだけなのに、 少しだけ、緊張していた。 別居したばかりの頃は、 ただひたすら、 「夫と離れたい」 それだけを考えて生きていた。 でも、少し落ち着いてくると、 欲が出た。 「離婚できたら、いいな」 そう思い始めたら、 止まらなくなった。 あの日、電車...