2026年7月29日水曜日

同じ場所へ、違う私で

電車に揺られながら

冬晴れの朝、

私たちは電車に乗って

義実家へと向かった。


凛とした空気が、

より一層、

緊張感を増していく。


子どもと二人、並んで座り、

窓の外を眺めていると、

色んなことが思い出された。


何度も通った、

この道のり。


良い思い出は、

ほとんどない。


次にここへ来る時は、

離婚届を出す時だ。


あるいは、

全てが綺麗さっぱり

片付いた後だ。


そう思っていたのに、

相変わらず、

籍は入ったまま。


傍から見れば、

何の変化もない

私たちだった。


それでも──


目に見えない部分では、

確かに変わりつつあった。


以前の私なら、

あれだけ言われたら、

押し切られていたと思う。


なし崩し的に義実家へ連れて行かれ、

そのまま同居し、

再びあの生活に戻っていただろう。


でも、

そうはならなかった。


この頃の私は、

自信がないながらも、

自分自身の変化を

少しずつ実感し始めていた。


小さなお饅頭

電車に揺られ、

小一時間ほどすると、

見慣れた街並みが見えてきた。


夫が生まれ育った町。


結婚した後も、

何かあるたびに、

そこへ戻ろうとした。


義実家は比較的立地が良く、

少し歩けばすぐに着く。


けれど、

約束の時間までは

少し余裕があった。


カフェへ送る前に、

スーパーに立ち寄り、

何かちょっとした手土産を

買うことにした。


ただ……。


よく考えてみると、

今の私が出せる金額で

買えるものはなかった。


結局、

購入したのは、

小さなお饅頭を4つ。


子どもだましだと、

笑われるだろうか。


でも、

これ以上出してしまったら、

お給料日まで、

どうやって乗り切ればいいのか。


そんなことを考えながら、

子どもをカフェへと送った。


ジュースを注文し、


「なるべく、すぐに戻るからね」


そう伝える。


そして私は、

ひとり、

義実家に向かった。

2026年7月28日火曜日

義実家へ向かう前夜

思い違いの制服

義両親によって

勝手に用意された制服。


夫は、

私が断るなどとは

考えてもいないようだった。


でも、もう決めていた。

何が何でも、

子どもと二人で生きていく。


何を言われても、

決して迷わない、と。


ただ、

制服が購入されたものだと知り、

さすがに申し訳ないと思った。


夫の話だけを聞いていれば、

義実家での同居は

決まっているように

思えたはずだ。


毎日、

その話を聞かされていた義両親も、

きっとそう信じていたのだろう。


最初は半信半疑でも、

何度も聞いているうちに、

信じてしまう。


そういう経験は、

私にもあった。


だから、

そのこと自体を

責める気にはなれなかった。


とはいえ、

このままにはしておけない。


制服はこのまま受け取り、

どこかで買い取ってもらおう。


少しでも、

差額を埋められればと思った。


とりあえずは、

最初の支払いとして、

わずかばかりのお金も用意した。


翌日の義実家訪問を控え、

私は久しぶりに

少し緊張していた。


「一緒に行くよ」

「制服代を払いに行く」


そう伝えると、

子どもは驚いたような顔で、

こう聞いた。


「お金、あるの?」


このことがなくても、

中学校入学の準備のため、

日々節約を続けていた。


その上、

着もしない制服代を

払いに行くなんて。


そう思ったのかもしれない。


私自身も、

本意ではなかった。


それでも、

その方が、

気持ちに区切りをつけられる。


そう思った。


ただ、

手渡しするのは今回だけ。


次回からは

振込にすることも

伝えた。


翌日は、

一人で行く予定だった。


ところが、

子どもから

思いもよらない言葉が返ってきた。


「一緒に行くよ」


いや、

行かない方がいい。


絶対に、

帰してもらえないから。


そう言っても、

子どもは納得しなかった。


「ママも

帰してもらえないかも」


その一言に、

胸が締めつけられた。


「終わったら、

すぐ電話するから」


そう言って説得したけれど、

子どもの不安は

最後まで消えなかった。


結局、

最寄り駅まで

一緒に行くことになった。


子どもは、

駅近くのカフェで待機。


「気をつけて待っていてね」


そう伝え、

翌日に備えて、

その日は早めに布団に入った。

2026年7月27日月曜日

守り続けたお金

残されたお金

義実家に向かう前に、

手持ちを確認した。


お給料日から

だいぶ日が経っていたため、

やはり、ほとんど残っていなかった。


正確に把握しようと、

テーブルの上に並べる。


1万円札は既になく、

5千円札が1枚。

あとは千円札が数枚と、

小銭だけだった。


この時点で、

1万円にも満たないお金で、

お給料日までの食費や雑費を

やりくりしようとしていた。


そんな中で、

突然の制服代。


どう考えても無理な話だった。


それでも、

『何とか用意しなければ』

そう考えてしまった。


「そっちが勝手に

用意した制服でしょ」


そう言えたなら、

どんなに楽だっただろう。


でも、

言えなかった。


夫を怒らせることは、

私たちにとって、

何より避けるべきことだった。


怒らせてしまったら、

もう終わり。


そんな思いで、

お金をもう一度

財布へしまった。


そして、

一時金として渡せるお金すら

残っていない現実に、

途方に暮れた。


震える手で下した決断

それから、

夜も眠れないほど考えた。


『誠意を見せる』とは、

どういうことなのか。


自分なりに考えた末、

月賦で返金するためにも、

少しでもお金を

用意しなければと思った。


当日は休日で、

ATM手数料がかかってしまう。


だから私は、

前日にATMへ行き、

お金を下ろすことにした。


これは、

子どもの将来のために、

少しずつ貯めてきた

大切なお金。


何かやりたいことができた時、

諦めなくて済むように。


必死で積み立ててきたものだった。


夫とのやり取りの中で、

奪われそうになったこともある。


それでも、

このお金だけは、

絶対に手放してはいけない。


そう思って、

何が何でも守ろうと、

抗い続けてきた。


離れてからも、

たとえ千円でもいい。


毎月少しずつ、

コツコツ貯め続けてきた。


そのお金を、

使うなんて。


これまでのことが思い出され、

ATMを操作する手が震えた。


でも、

お金はまた貯めればいい。


子どもと二人、

無事に過ごすことができれば、

それだけでいい。


私は、

苦しい思いを振り切るように、

そのお金を引き出した。

2026年7月25日土曜日

知らされた事実

突然の告白

お義母さんへの電話は、

すぐに夫の知るところとなった。


これも、

想定内だった。


一緒に住んでいるのだから、

伝わるのは時間の問題。


それが分かっていたからこそ、

なかなか伝える勇気が出なかった。


その日の夜、

早速夫から連絡が来た。


そして、

開口一番に言われた。


「あの制服、

本当は買ったものだったんだぞ」


確か、

ご近所さんから譲り受けたと

聞いていたはず。


あの話は、

嘘だったの?


混乱していると、

夫は続けた。


「お前らに気を使わせないように

言ったんだろーが!!!」


凄まじい怒りに、

私は思考が止まった。


まさか、

新品だったなんて。


確かに綺麗だとは思った。


でも、

制服は高い。


サイズも分からないのに、

買うなんて

考えもしなかった。


とにかく、

その場を収めようとした。


でも、

こちらの声は届かない。


しばらく怒鳴り続け、

ようやく静かになったと思ったら、


「よく考えておけ」


そう言って、

電話は切れた。


出した答え

この事実を知らされて、

真っ先に考えたのは、


『制服代を

お支払いするべきか』


ということだった。


勝手に用意したものだし、

本来なら、

その義理はない。


だけど、

このままでは

夫が黙っていないだろう。


ただ、

我が家の家計も

かなり逼迫していた。


ギリギリで用意した、

制服や入学準備に必要な費用。


それだけで精一杯。


今すぐに

どうこうできる金額ではなかった。


そこで考えた。


月賦にしてもらうか。


あるいは、

その制服を売って、

差額を用意するか。


現実的なのは、

そのどちらかだろう。


夫から

早く決断するよう迫られた私は、


その週末、

義実家へ向かうことになった。

2026年7月24日金曜日

告げなければならないこと

決めたことを伝えるために

中学入学の準備が、

ようやく整った。


本来なら、

それだけで終わるはずだった。


でも、

私たちにはまだ、

やらなければならないことがあった。


それは、

制服をお返しすること。


義実家での同居を前提に、

その近くの中学校の制服を、

夫が勝手に持ってきた。


これが、

元々進学予定だった学校の制服なら、

どんなに良かっただろう。


差し出された時は驚いて、

突き返したくなった。


でも、

それはできず、

渋々受け取ってしまった。


入学の準備は整った。


義実家で同居することもない。


ここまで来たら、

もう後戻りはできない。


自分の中で

早く区切りをつけたくて、

制服は早めに

お返しすることに決めた。


一体、

何て言われるだろう。


考えただけで、

気が重くなった。


それでも、

このままにはしておけない。


何より夫がまた、

『人の誠意をふみにじった』

と騒ぎ立てるだろう。


非常に気の重いことではあったが、

私はお義母さんに

連絡を入れた。


返ってきた言葉

「こちらの中学の準備が

だいたい終わりました」


そう告げると、

お義母さんは

しばらく黙ったまま、

何も話さなかった。


その沈黙が、

怖かった。


ひどく傷つけてしまった気がして、

居た堪れなくなった。


でも、

いつかは伝えなければならないこと。


逃げ続けるわけには

いかなかった。


伝える前は、

とても不安だった。


だけど、

実際に伝えることができて、

気持ちは少しだけ軽くなった。


その後味は、

決して良くなかったけれど。


「毎日ね、

そのことばかり考えてたの」


その言葉から、

お義母さんの気持ちが、

ひしひしと伝わってきた。


私たちには、

何もできない。


ただ、

謝ることしか。


結局、

謝って、

謝って、


最後まで、

謝り続けた。


「また、かけます」


そう言って、

電話を切った。

2026年7月23日木曜日

終わらない節約と、見えた本性

節約の先にあったもの

年が明けても、

コツコツと節約生活を続けた。


ネット広告を見て、

特売品を探す。


お肉は大容量の方が割安なので、

大パックを購入する。


野菜の日を狙って、

1週間分をまとめて買う。


それらを小分けにして冷凍し、

頭の中で計算しながら

献立を決めた。


「あの食材がまだあったな」

「じゃあ今日は、あれを作ろう」


そんなことばかり考えていたら、

今ある材料だけで献立を考えるのが、

以前より得意になっていた。


朝ごはんを抜くのをやめたのは、

思ったほど節約にならなかったから。


何より、

体に良くない。


それに、

子どもが気にするようになった。


「ママ、

何で朝ごはん食べないの?」


そう聞かれると、

うまく答えられない。


節約しているなんて言ったら、

不安にさせてしまうから。


迷った末に、

「今月ピンチでさ」

なんて答えたけれど。


ずっと食べないでいたら、

それはそれで不自然だ。


一体、

いつまでピンチなのさって。


色々考えた結果、


『ちゃんと食べて、

しっかり節約しよう』


そう決めた。


夫が見せた本性

必死の節約の甲斐もあって、

中学入学の準備に

ようやく目途がついた。


本当にギリギリで、

綱渡りのような毎日だったから、

心の底からほっとした。


そんな時、

夫から連絡が来た。


「PCのスペックが足りなくてさ。

新しいの買ったよ」


……。

絶句した。


中学入学の準備が

ギリギリだったことは、

夫も知っていたはず。


それなのに、

そんな話を

平然としてくる。


『家族』と言いながら、

助けようという気持ちは

少しも感じられなかった。


それどころか、


「中学の準備はどう?

もし無理そうなら、

もうこっちの学校で良いじゃん」


そう言い放った。


あぁ、

やっぱりこの人は変わらない。


もし夫の望み通り、

義実家で同居していたら。


助けてくれるどころか、

もっと苦しめられていたと思う。


監視され、

精神的にも縛られ、

息苦しい毎日に

戻っていたはずだ。


あの地獄のような日々から抜け出し、

ようやく手に入れた今の生活。


必死に抗ったのは、

二度と戻りたくなかったから。


それでも、

どれだけ強い思いがあっても、

気持ちだけでは

どうにもならないこともある。


だから私は、

最悪の事態も想定しながら、


そうならないように。


回避する方法を、

探し続けていた。

2026年7月22日水曜日

揺れる心、変わらない決意

罪悪感との戦い

お義母さんに泣かれてしまったあと、

なるべく考えないようにしながら

過ごした。


そうしないと、

間違った選択を

してしまいそうで。


罪悪感というのは、

人の判断を狂わせる。


夫とのやり取りの中で、

嫌というほど

経験してきた。


だから、

『今は考えるべきではない』

と本能的に判断した。


そうは言っても、

夫からの連絡はくる。


「(お義母さんが)あれからずっと元気がない」


「食べる量も減っている」


非難めいた言葉が届くたびに、

のどの奥まで出かかった


『元はと言えば

あなたのせいでしょう』


という言葉を

のみこんだ。


この時、

お義父さんは

やたらと静かだった。


気配を消しているのではないか、

と思ったほどだ。


この状況は

年末頃になっても続き、


夫は子どもに

プレゼントを贈って

気持ちを動かそうとしていた。


必死さは伝わった。


それぞれの思いも

分かっていた。


お義母さんは、

ただ一緒に暮らしたかっただけ。


純粋に、

そう願っていたのだと

思う。


問題は夫だ。


その気持ちを利用して、

自分の思い通りに

事を運ぼうとしている。


それが見え見えで、

とても嫌な気持ちになった。


事態は何も

動いていないけれど、


心情的には

バタバタと慌ただしい。


気の抜けない日を

過ごすうちに、


気づけば

年が変わろうとしていた。


制服代のために

年が明けたら、

こちらの中学の制服を

作ることになっていた。


お金を

用意しなければ。


いつも家計は

不安だったけれど、


この頃は特に

ひどかった。


お金を捻出するために、

少しでも安いものを買う。


私は朝ごはんを抜いて、

お昼まで耐えた。


お腹が空きすぎて、

豪快な音が

鳴ってしまったこともある。


恥ずかしかったけれど、

みんな笑い流してくれた。


「今日、

朝ごはん食べられなかったの?」


なんて聞かれ、

笑ってごまかす私。


「毎日食べていない」


なんて、

言えなかった。


制服以外にも、

用意しなければならない物がある。


全部購入すると、

かなりの金額になる。


そんな状態だったけど、

子どもを

不安にはさせたくなかった。


これはもう、

私の意地だった。

同じ場所へ、違う私で

電車に揺られながら 冬晴れの朝、 私たちは電車に乗って 義実家へと向かった。 凛とした空気が、 より一層、 緊張感を増していく。 子どもと二人、並んで座り、 窓の外を眺めていると、 色んなことが思い出された。 何度も通った、 この道のり。 良い思い出は、 ほとんどない。 次にここ...