2026年10月4日日曜日

一度断っても、諦めない夫

コントロールを止めない夫

「今日は数学やったか」


「学校の勉強よりも

先取りしなきゃダメだ」


「今やっているのは、

最底辺の子に合わせてる。

その中なら一番じゃなきゃ

意味が無いんだ」


夫は、日々

そんな言葉を投げかけた。


どれほどの

プレッシャーだっただろう。


テストのたびに

しつこく点数を聞かれる。


思わず嘘をつきたくなっても、

実際に見に来られたら

全てバレてしまう。


結局、諦めるような気持ちで

正直に報告した。


正直に言えば、

許されるというものでもない。


夫が満足しなければ、

これでもかというほどの

罵詈雑言を浴びせられる。


それが怖くても、

しつこく来る連絡を

無視できなかった。


最悪なことに、

夫はいつも、こう言い聞かせた。


「お前はばかだ。

ばかでも、やる気になれば

行きたい高校にも行けるんだ」


子どもがどこに行きたいかも

知らないくせに。


勝手に、

地元で優秀な子が通う高校を

第一志望だと決めつけた。


まだ1年生。

どこに行きたいのかも

分からない。


自分の意思でもないのに

その先のレールを敷かれ、

そこから外れないように

常に見張られていた。


ぎちぎちにコントロールされる生活は、

中学生になっても続いた。


塾に行かせろ

子どもの成績が

期待通りでなかったからか、

夫は突然言った。


「塾に行かせろ」


このブログにも書いたが、

小学生の頃、一方的に

「塾をやめろ」と言われた。


だけど、子どもは

「やめたくない」と言った。


私はその意思を尊重したい。

その気持ちに応えたいと思った。


それで、こっそり通うことにした。


でも、そのことを

夫は知らない。


中学生になり、

生活はがらりと変わった。

部活も始まり、忙しい毎日。


余裕がなくなり、

「また、余裕が出てきたら

どこかに通おうか」


そう話して、塾を休んだ後だった。


そんな経緯も知らず、

自分の指示通りにしたと

思い込んでいる夫は言う。


「今時、塾に通ってないなんて

おかしいだろ」


自分の言ったことに

責任を持たない。


子どもを傷つけたことにも

気付かない。


ただ、

思い通りに動かしたいだけ。


自分勝手な振る舞いに、

私は腹が立った。


言いなりになりたくない。

そんな気持ちもあった。


だから、一度目は

「今は時間的にも

余裕が無くて無理」と断った。


それで諦めるような人なら

良かったんだけど。


その後、1週間に一度のペースで

何度も言われることになった。

2026年10月3日土曜日

夫と闘うということ

自信が持てない

どんな結果が出ても、

子どもは自分を卑下する。


長年、

誤った価値観を

植え付けられてきたからだ。


悪い点の時には、

努力が足りない。

能力がない。

やる気がない。


罵詈雑言を浴びせられる。


良い点の時でも、

この程度は当たり前。

満足するな。

喜ぶなんて、

向上心が足りない。


結局は、

ただ貶めたいだけ。


人は、

言われ続けると、

それが正しいことだと

信じてしまうようだ。


私がいくら否定しても、

信じてくれなかった。


だって、

パパが〇〇って言ってたから。


そう言い、

夫の言うことを鵜呑みにする。


そんな経験の繰り返しで、

自分は物凄くダメな子なのだと、

思い込むようになった。


自信が持てないというのは、

とても悲しいことだ。


いくら褒めても、

子どもの心には届かないし、

喜ぶこともないのだから。


そんな子にも、

ようやく変化の兆しが表れて、

ホッとしていたのに。


夫のなじる声が聞こえた子どもは、

意気消沈した。


テストが怖い

「パパ、何て言ってた?」


本当は分かっているだろうに、

子どもは確かめるように言った。


あんな人の発言のせいで、

二度も傷つく必要は無いのに……。


大声で怒鳴り散らすものだから、

少し離れた場所でも

聞こえていたはずだ。


それなのに、

わざわざ聞いてきた。


「別に……。

そうなんだー、っていう感じ」


私も、

あえて嘘をつく。


子どもを傷つけたくなくて、

時々こういう嘘をついた。


そのたびに、

子どもは泣き笑いのような表情になり、

「本当のこと言ってよ」

と言う。


夫のことなんて気にしないで、

心穏やかに暮らしたいのに。


離婚もできていない状況では、

気にせざるを得なかった。


「テスト、怖いなー」

「次は期末か……」


そう呟いた子どもの表情が、

今でも忘れられない。


モンスターのような夫と

闘ったあの日々は、

本当に苦しかった。


苦しくて、

苦しくて、

必死でもがいた。


当時は大変だったけれど、

もがき続けたから

”今”があるのだと思っている。

2026年10月2日金曜日

続く圧力

心を抉る言葉

中間試験が終わり、

結果が出始めた頃に、

夫から連絡があった。


何と言うタイミング……。


まるで、

全てのスケジュールを

把握しているみたい。


驚きつつも、

平静を装いながら答えた。


「がんばったよ」


他は何も言わず、

結果にも触れなかった。


何か一つでも言えば、

綻びが出ると思った。


ただ、

こんな答えで

納得するような人ではない。


科目ごとの点数、

平均点を教えろと

要求された。


私はただ、

淡々と結果を告げる。


後から考えると、

嘘をつくこともできた。


でも、

バレた時のことを考えたら、

身がすくんだ。


そのままの事実を、

言うしかなかった。


その間、

黙って聞いていた夫から、

時折聞こえてくる

「チッ」という音。


舌打ちをしていたのだ。


その音を聞くだけで、

手が震え、

鼓動が早くなる。


「俺は怒っている」


そう知らせるための

合図だった。


現実逃避

ああ、

また夫が怒っている。


チクチクと責めるその声を、

ぼんやりと聞いていた。


目の前にいたら、

もっと必死に取り繕ったと思う。


でも、

電話だったから。


離れた場所からなじる夫の声が、

どこか他人事のように感じた。


これも一種の

現実逃避なのかもしれない。


「子どもに代われ」

と命令されて、

「今、手が離せません」

と即答。


実際、

テスト後のやり直しをしていて、

忙しかった。


勉強をしていると言うと、

大抵、夫はトーンダウンする。


ただ、

この時は

試験の結果に

納得がいかなかったようで、

吐き捨てるように

こんなことを言った。


「あいつは、人の何倍も

何十倍もやらなきゃ、駄目だ」


「それくらい、やって

初めて人並みになれるんだ」


一緒に暮らしていた頃、

散々言われた言葉だ。


そのたびに傷ついて、

自己肯定感も下がった。


極限まで下げられた、

自己肯定感。


それを取り戻すのが、

どれほど大変なことか。


夫は何も理解しておらず、

離れてもなお、

子どもを傷つけ続けた。

2026年10月1日木曜日

教育虐待が残したもの

中間試験2日目

1日目の出来は、

どうだったのか。


気になってはいたが、

聞くのを止めた。


そのかわりに、

心の中で応援した。


がんばれ。

がんばれ。


表立って応援することも

できない。


それもまた、

プレッシャーになりそうで、

気を使ってしまった。


子どもはたぶん、

必死だったのだろう。


結果が出たら、

きっとパパに聞かれるはず。


そんな恐怖に、

追いつめられているようにも見えた。


2日目の朝も、

浮かない表情で

朝ごはんを食べる。


「行ってきます」

の声も元気がない。


出かける時の様子が

あまりにも気になって、

こんな風に声をかけた。


「どんな結果でも良いんだよ。

がんばったんだから」


いつも通りの笑顔は

見られなかったけれど、

ほんの少しだけ、

頬が緩んだ。


そう。

それで良い。


子どもは幼児の頃から、

教育虐待を受けていた。


できないと何時間でも説教され、

ご飯も与えられなかった。


正座で足がしびれて、

立ち上がろうとした時に

よろけたら、


「俺への当てつけかよ!」


と怒鳴った。


そんなはずがないのに。


夫はいつも、

被害者のように振舞う。


そんな夫の求めるレベルは高すぎて、

どうせ納得などしてもらえない。


いや、

何をしても認めてくれないのだから、

納得させる必要なんて、

無いのだ。


子どもも私も、

不安定な気持ちのまま、

何とか2日間を乗り切った。


辛い記憶

2日目の試験が終わり、

子どもは少しだけ

元気を取り戻した。


といっても、

不安なことに

変わりはないが。


「悪かったら、どうしよう」


と口に出せるようになったのは、

良い兆候だった。


子どもには、

辛い記憶がある。


成績が悪ければ、

その先にあるパパからの叱責を

どうしても想像してしまう。


怒られるのが怖い。

なじられるのが怖い。

叩かれるのが怖い。


そんな恐怖が、

頭にこびりついて離れない。


それから数日間は、

常に不安を抱えていた。


お互いに気にしているのは

分かっている。


でも、

あえて

口にはしない。


何とも重苦しい時間だ。


結果が出た次の週、

待ち構えていたかのように

連絡をしてきた夫。


教えていないのに、

試験のスケジュールを

知っていたみたい。


そんな嗅覚にも、

ぞっとした。

2026年9月30日水曜日

試練の中間試験

自由の代償

「あんな結果になったのは、

お前らの選択が

誤っていたからだ」


「俺の言う通りにすれば、

こんなことにはならなかった」


夫が事あるごとに、

私たちに投げかけた言葉だ。


夫が運動部に固執したのは、

受験を考えてのことだった。


言いたいことは、

分かる。


そういう考えの人も、

実際にいると思う。


でも、

私たちは二人で決めた。


これからは、

やりたいことをやろう。


そう決めたことで、

私たちに求められるハードルは、

一段上がった。


自由にやるのなら、

それなりの結果を残す。


それが当然だと

言わんばかりに、

こんなことを言われた。


「さぞかし良い結果が

出るんだろうな」


ハッキリ言って、

物凄いプレッシャーだった。


初めての中間試験。


ただでさえ、

緊張しているのに……。


試験当日、

子どもは、

不安そうな表情で

登校していった。


夫と同じになりたくない

帰宅後、

聞かずにはいられなくて、

「どうだった?」

と声を掛けた。


まだ、

明日もある。


しつこく聞いてはいけない。


そう思っても、

気になって、

気になって、

仕方がない。


子どもには、

『気にしないように』

と言っているくせに、

実は私が、

一番気にしていた。


ソワソワする私に対して、

子どもは少し冷めた口調で、

「さー、どうだろう」

と言った。


何だか、

諦めているようにも感じた。


浮かない表情にも見える。


『もしかして、

上手くいかなかったのかな?』


そう思うと、

ますます不安になった。


追い打ちをかけるように、

質問を重ねそうになって、


ハッとした。


これでは、

夫と同じだ。


根掘り葉掘り聞いたところで、

もう結果は変わらない。


それなら、

明日の試験に

集中した方がいい。


そう思い、

その日はもう、

試験のことには触れなかった。


温かいご飯を一緒に食べて、

お風呂から出た子どもは、

軽く復習をした。


そして、

いつもより少し早めに、

眠りについた。

2026年9月29日火曜日

葛藤しながらも前へ

見えない誘導

一度は、

納得したように思えた。


実際、夫も、

「本人がやりたい事を

やらせるべきだよな」

と言った。


それなのに、

週末に押しかけてきては、

文句を言うようになった。


直接的に、

何か言うわけではない。


ただ、

言葉の端々に、

棘がある。


心配するフリをして、

結局は、

貶めている。


いつものやつだ。


内心、

ウンザリしながらも、

表面上は調子を合わせた。


そうしないと、

いつ爆発するか分からないから。


何とかやり過ごそうと、

上手く交わしながら、

嵐が過ぎるのを待つ。


ずっと、

そうやって過ごしてきた。


ただ、

この頃の夫は、

自分の影響力が弱まることを、

とても恐れていた。


そのせいか、

とてもしつこかった。


夫の攻撃は、

なかなか収まらない。


「お前は(子ども)の将来に

責任持てるの?」


「間違った選択で

苦しむのは(子ども)だよ?」


私には、

そう言う。


そして、

子どもには、


「何が本当に正しいのか、

自分で考えろ」


と迫る。


一見すると、

子どもに

自分で考えさせているように見える。


でも、

実際には違う。


自分の意見に従うよう、

誘導しているだけなのだ。


それは、

子どもにも、

分かっていたのだと思う。


それでも、

怖かった。


それでも、

迷ってしまった。


それほどまでに、

長い間、

夫の言葉に

縛られていた。


それでも前へ

とうとう、

私たちは根負けした。


仮入部中は、

いろいろな部活を

見学できる。


一度は、

決意を固めたはずだった。


それなのに、

夫が入ってほしそうにしていた部活へ、

仮入部してしまった。


初めて顔を出した日、

子どもに、

「どうだった?」

と聞いた。


「つまらなかった」


「ノリが合わない」


返ってきたのは、

そんなネガティブな言葉ばかり。


実際に行ってみて、

やっぱり自分には合わない。


そう、

再認識したようだった。


その日のうちに、

二人でじっくり話した。


そして、

やりたかったことを、

諦めないように伝えた。


子どもは、

渋った。


でも、

それは、

夫が怖いからだ。


本当は、

別のことをやりたい。


なのに、

恐怖心から、

夫の意向を

くみ取ってしまう。


このままでは、

今までと何も変わらない。


そう思った。


だから、

私は伝えた。


「ママが説得するから。

もう迷わなくて大丈夫だよ」


部活を決めるだけなのに。


どうして、

こんなにも葛藤しなければ

ならないのだろう。


普通なら、

自分がやりたいことを選ぶだけ。


それなのに、

私たちにとっては、

それさえも、

簡単なことではなかった。


この異様なやり取りこそ、

私たちの歪な関係を、

よく表していたのだと思う。

2026年9月28日月曜日

消えない呪縛

自分で選べない

中学生ともなると、

少しずつ、

自分の意見というものを

明確に持つようになる。


あのまま夫と一緒にいたら、

そうはならなかったのだろう。


でも、

幸いなことに別居が実現し、

子どもの意識にも、

少しずつ変化が芽生えた。


ただ、

夫がそれを受け入れない。


父親である自分の言うことが、

絶対なのだと。


嫌がる子どもに、

自分の考えを押し付けた。


中学校に入り、

最初に問題になったのが、

部活だった。


バカの一つ覚えのように、

「運動部にしろ」

と言い続ける。


それ以外の選択肢は、

認めない。


まるで、

運動部に入らなければ、

子どもの未来はない。


そう言いたげだった。


夫曰く、

内申点に響くらしい。


「受験が不利になっても良いのか?」

と脅しをかけ、

ネガティブな言葉を

次々と浴びせる。


「元々出来が良くないんだから、

内申点くらい上げろよ」


これまでも、

そうやって傷つけてきた。


頭ごなしに否定し、

褒めることは、

ほとんどない。


ごくたまに、

「お~、すごいじゃん」

と気まぐれに言うことはあった。


でも、

それさえも、

最後は自分の手柄にする。


俺の言う通りにしたから、

上手くいった。


結局、

『自分のお陰』

というところに帰着させる。


そんなことの繰り返しで、

子どもの自己肯定感は、

少しずつ、

削られていった。


小さな一歩

何度も言われているうちに、

子どもの決心が

揺らぎ始めた。


「パパの言うことも、

一理あるよね」


そう言う子ども。


まるで、

自分自身を納得させようと

しているみたいだった。


それを聞くたびに、

胸の奥に、

黒いものが渦巻く。


あんな父親がいるから、

やりたいことができない。


言いたいことも、

言えない。


けれど、

従うことが絶対なのだと、

長年刷り込まれてきた私たちにとって、

抗うことは、

とても大変なことだった。


『このままではいけない』


滲み出る危機感。


子どもには、

「やりたいことを、やりなよ」

と伝えた。


でも、

気持ちだけでは、

どうにもならない。


夫の問題を、

どうにかしなければ。


そう思い、

私は、

夫に直談判した。


子どもが、

やりたいことを選べるように。


後から、

責められないように。


連日、

根気よく交渉した。


そして、

ようやくお許しが出たのは、

仮入部の時期が

終わる直前だった。

一度断っても、諦めない夫

コントロールを止めない夫 「今日は数学やったか」 「学校の勉強よりも 先取りしなきゃダメだ」 「今やっているのは、 最底辺の子に合わせてる。 その中なら一番じゃなきゃ 意味が無いんだ」 夫は、日々 そんな言葉を投げかけた。 どれほどの プレッシャーだっただろう。 テストのたびに ...