夏休みの予定まで疑われて
子どもの夏休みの予定を夫に報告した。
部活にしっかりと行き、
夏期講習にも通う。
そう伝えた。
後手後手に回れば、
逃げられなくなる。
そう思い、急いだ。
聞いた瞬間の反応は
想像通り。
やはり、激怒していた。
怒ることは分かっていた。
だから、伝える時には
身構えていたのだが……。
なんと夫は、
『私が嘘を言っている』
と疑ってかかった。
部活に行く、というのは信じたみたい。
でも、夏期講習は嘘だろう、と。
なぜ疑われるのか分からない。
それでも、納得してもらうために、
詳細な内容まで伝える羽目になった。
正直言って、面倒くさい。
その間も圧をかけてくるので、
恐怖に怯えながらの説明になる。
それでも、これさえ乗り切れば
無事に夏休みを過ごせる。
そう信じて、耐えた。
それなのに、
まったく信じてくれない。
この人は、
子どもががんばること自体を
否定したいのだろうか。
それとも、
子どもが努力するはずがないと
決めつけているのだろうか。
小学生の頃に離れてから数年間。
夫は、その間のことを
ほとんど知らない。
下がり切った自己肯定感を
何とか浮上させて、
少しだけ自分を認められるようになった。
そんな変化も知らず、
虐げられ続けた頃の印象のまま
子どもを見ているのだろう。
証拠を見せても、労わることはない
結局、納得させるために
領収書を見せることになった。
「俺たちはまだ家族だ」
そう言う割に、
まったく信用していない。
それどころか、
こちらの言うことを全て疑い、
勝手に激怒する。
そんな悲しいやり取りにも、
少しだけ慣れてしまった。
ただ、
慣れるのと恐怖を感じなくなるのとは
また別問題だ。
詰め寄られるたびに怖いし、
逃げ出したくなる。
この時は、『領収書』の一言で
少しだけトーンダウンしたので、
ほっとした。
確固たる証拠を出されたら、
さすがに納得せざるを得ない。
そう考えての行動は、
見事的中した。
「支払期限はいつだ」
と聞くので、
「間もなくなんだけど、
まだお金を用意できていない」
と答えると、
少し馬鹿にしたような口調で言った。
「そういう金は早めに払えよ。
常識だろ」
ぎりぎりのやり繰りをしていることを、
夫も、もちろん知っている。
それなのに、
優しい言葉の一つもかけず、
いつも私の粗探しをする。
払って欲しいわけではなかった。
ただ、少しくらい
労わる言葉があってもいいのではないか。
そんな期待さえ、
持ってはいけないのだろうか。
そういうところにも、
私は失望した。
そして、
失望するたびに、
心の距離を感じた。






