知らないふりを続けて
あの日のことは、私とお義母さんだけの秘密。
決して、
夫に知られてはいけない。
そう決めた日から、
私はずっと
『何も知らない』という顔をして
やり過ごした。
そのうち、
夫の攻撃も収まるはず。
そんな、
願いにも似た思いを抱きながら、
夫からの連絡をかわしていた。
もっとも、
LINEだけなら
まだ実害は少なかった。
もちろん、
精神的なダメージはある。
子どもも
気にしてしまう。
それでも、
通知をオフにしてしまえば、
一時的な平穏は保てた。
問題は――
夫が、
直接やって来ることだった。
怒りに任せて我が家を訪れ、
その勢いのまま、
「どうするつもりだ!」
と責め立てる。
「ご近所の方に
迷惑になるから」
そう伝えても、
聞く耳を持たない。
「ここは俺の家だ!」
そう豪語したかと思えば、
「家族の問題なんだ!
知らねー奴に何を言われても
痛くもかゆくもない!」
そう叫ぶ。
反論すれば、
余計に酷くなる。
だから私は、
夫を肯定するような言葉をかけながら、
何とか怒りを鎮めようとした。
とにかく、
静かにしてほしい。
それだけだった。
逃げるように外へ
夫の突撃訪問が増えるにつれ、
私たちの生活は
また不安定になっていった。
いつ来るか分からない。
それが、
たまらなく怖かった。
休日になると、
家にいても
落ち着かない。
居ても立ってもいられず、
外に出るようになった。
本当は、
そんなことをしている場合ではない。
でも、
家にいることそのものが
苦痛だった。
だから、
出かけるしかなかった。
休日の早朝。
まだ子どもが眠っている時間に、
私はスマホを手に取った。
検索するのは、
決まって同じようなこと。
○○駅。
ランチ。
安い。
できれば、
ワンコインで済ませたい。
「さすがに、
ワンコインはないか……」
そんなことを思いながら、
検索結果を開いていく。
すると、
その近辺で
安く食べられるお店が
いくつも出てくる。
もちろん、
ワンコインで食べられるお店は
ほとんどない。
牛丼やうどんなど、
そういうお店なら
何とかなる。
でも、
毎回そんなところばかりでは
飽きてしまう。
せっかく外へ出るのだから、
できるだけ
いろいろなお店に行きたい。
そんなことを考えながら、
早朝から何度も検索した。
どこへ行こうか。
何を食べようか。
そんな、
ほんの小さなことを
考えている時間だけは、
少しだけ気持ちが楽になった。
そして、
隣を見る。
まだスヤスヤと眠っている子ども。
その寝顔は、
とても幸せそうだった。
この幸せを、
絶対に壊してはいけない。
そう思った。
夫が何を言おうと、
何をしてこようと。
私が、
この子の日常を
守らなければならない。
そんな思いで、
私は毎日を過ごしていた。






