2026年2月21日土曜日

義両親に引きずられるようにファミレスへ・・・

「お昼を食べに行こう」にも反応しない子ども

重苦しい空気の中、

義両親は妙に明るいテンションで話し続けていた。


私がこの場をどうにかしなければ。


なぜか、そんな責任を一人で背負っていた。


けれど、

どれだけ言葉を選んでも、

空気は少しも軽くならない。


むしろ、重く沈んでいくばかりだった。


このままでは、心がもたない。


そう感じ始めた頃、


「外に昼飯、食べに行くか」


と、お義父さんが言った。


普段なら、遠慮したいところだ。


でもその時は、


「そうですね。行きましょう」


と、ほとんど反射的に答えていた。


狭い部屋から出られる。


その一心だった。


ほっとしたのは、

きっと子どもも同じだと思っていた。


けれど――


「ご飯に行こう」


という言葉に、

子どもはまったく反応しなかった。


部屋の隅で、

ただ固まったまま。


その様子に、義両親の表情が変わる。


“心外だ”と言いたげな、不機嫌な顔。


空気がまた、ひりついた。


子どもの気持ち

私は慌てて子どものそばにしゃがみ込み、

顔を近づけて小声で聞いた。


「ご飯、行きたくないの?」


子どもは、

小さくコクリと頷いた。


それでも義両親は、

すっかり出かける気になっている。


何か買ってきて家で食べる、

そんな選択肢も頭をよぎった。


でも、それではきっと納得しない。


これまでのこともある。


せめて今だけは、

子どもの気持ちを守りたかった。


「どうする?

 やめておこうか」


そう言いかけた、その時。


背後から、怒鳴るような声がした。


「ほらっ、行くぞ!」


体がビクッと跳ねた。


大声は、本当にだめだ。

夫の怒鳴り声を思い出してしまう。


子どもは、

軽く震えていた。


壁に身体を押しつけるようにして、

小さくなっている。


それなのに――


お義父さんは、

その手首を強くつかんだ。


そして、

無理やり、引っ張った。


咄嗟に止めようとして、

私も子どもの腕をつかんだ。


狭い部屋の中で、

子どもの手首を引き合う形に・・・。


その細い手首が、

みるみる赤くなっていく。


それを見て、

お義父さんはようやく手を離した。


けれど、空気はもう壊れていた。


私たちはそのまま、

ほとんど引きずられるように

ファミレスへ向かった。


それは決して、家族団らんなどではない。


ただ、

逃げ場のない時間の始まりだった。

2026年2月20日金曜日

義両親からの見えない圧力

息苦しい空間、疑心暗鬼な私

思い切ってドアを開けた、

その瞬間。


二人の、満足げな笑顔が目に入った。


直前に聞こえた“ガチャガチャ”という音で、

出てくると確信していたのだろう。


その笑顔を見た瞬間、

胸の奥がざわついた。


歓迎しなければならないのに、

どうしてこんなに苦しいのだろう。


ぎこちない表情のまま、

私は二人を家の中へ通した。


一目で室内を見渡せてしまうほどの、

狭い家。


お客さんが来れば、

まず座る場所を考えなければならないような、

窮屈な空間。


そこへ大人が二人増えた途端、

空気が一気に重くなった。


息苦しい。


夫の伝言を預かってきたのだろうか。


そんな疑念が頭をよぎり、

私の表情はさらにこわばった。


圧力を強める二人

最初、義両親は世間話ばかりしていた。


近所の〇〇さんの話。

親戚の〇〇さんの話。


どれも、今ここで聞く必要のない話題を、

妙に明るいテンションで。


こういうときほど、

“本題”は別にある。


場を和ませてから切り出す。


それが、いつものやり方だった。


そう分かっているからこそ、

言葉はほとんど頭に入ってこない。


ただ、

いつ爆弾が投げられるのかと、

身構えるばかりだった。


その間、子どもは部屋の隅で

壁に背中をぴたりとつけて、

本を読んでいた。


まるで、

「私はここにいません」

とでも言うかのように。


気配を消そうとする子ども。


それでも、

二人は放っておかなかった。


何度も話題を振る。


けれど、子どもは

小さく頷くだけ。


声は出さない。


その様子が気に入らなかったのか。

次第に、お義父さんの口調が強くなっていった。


「ほらっ、(子ども)ちゃん!

 おじいちゃんが話してるだろ!」


お義母さんも、最初はなだめていたが、


「(子ども)ちゃん、おじいちゃんが話してるわよ」


と、いつの間にか加勢していた。


空気が、さらに張りつめる。


部屋の狭さが、

逃げ場のなさを際立たせていた。

2026年2月19日木曜日

押しの強い義両親

玄関前で待ち続ける二人

ドアスコープから義両親の姿を確認した瞬間、

私はすっかり冷静さを失った。


「なんで、お義父さんたちが来てるの?」


起きたばかりで、まだ頭も回らない。

それでも、スコープの向こうに立つ二人の姿は、

はっきりと見えていた。


ただ、ひたすらうろたえた。


「どうしよう……」


狭い室内を落ち着きなく歩き回った。


その間も、

何度も、何度も鳴るインターホン。


こんなに鳴らされたら、

ご近所さんに迷惑がかかる。


今日は休日だ。

ゆっくり過ごしている人も多いはず。


かといって、

明るく「こんにちは」と出迎える勇気もない。


結局、何もできずに

ただウロウロするだけだった。


そのうち帰ってくれればいい。


そう願ったけれど――


二人は、なかなか帰らなかった。


時計を見ると、

もう10分以上経っている。


その頃には、

ぐっすり眠っていた子どもも

異変に気づいて起きてきた。


眠い目をこすりながら、


「ママ、どうしたの?」


と聞いてくる。


私は口元に指を立て、

必死に“静かに”と合図をした。


まだ、ギリギリ居留守は使える。


応答がなければ、

留守だと思って帰るかもしれない。


私たちは息を殺し、

じっと、二人が去るのを待った。


近所迷惑

待てど暮らせど、

帰る気配はない。


それどころか――


玄関の前で、

大きな声で話し始めた。


独り言のようでいて、

明らかにこちらに聞かせる声量。


「……あれー? 居ないのかな?」


「居るはずなんだけどな」


「おかしいなぁ」


まるで、

“居留守を使われている”と

周囲に知らせるかのように。


確かに、居留守ではある。


でも、それを

こんな形で揺さぶられるとは思わなかった。


胸がざわついた。


これ以上続けば、

本当に近所迷惑になる。


追い詰められるように、

私は決断した。


ドアを、開けるしかない。


その直前、

子どもとヒソヒソ声で相談した。


「今、起きたことにしよう」


小さくうなずき合い、

私はゆっくりとドアノブに手をかけた。

2026年2月18日水曜日

孤独な闘い

夫が来るかもしれない、という恐怖

家に戻ってから最初の週末だった。


朝、少し早く起きて、

子どもと二人で近所に散歩に出かけた。


家にいると、

どうしても色んなことを考えてしまう。


それが明るい想像ならいいのだけれど、

浮かぶのは、恐怖から生まれる悪い想像ばかりだった。


少し、疲れてしまった。


だから、外に出ようと思った。


「朝のお散歩に行こうよ」


そう誘うと、子どもは二つ返事でついてきた。

きっと、同じ気持ちだったのだと思う。


歩いて、歩いて。

ただ、ひたすら歩いた。


いつもは行かないような場所まで足を伸ばすと、

少しずつ心が軽くなっていった。


家から離れれば離れるほど、

心が軽くなるなんて。


考えてみれば、おかしな話だ。


でも、あの空間にいれば、

どうしても前のことを思い出してしまう。


しかも、夫やその友人の私物まで、

ご丁寧に残されたままだ。


意識しないように、なんて

無理な話だろう。


夫の気配を感じるたびに、


「もしかしたら、戻ってくるかもしれない」


そんな恐怖が、胸を締めつける。


恐怖と闘いながらの生活。


心は、すっかり不安定になっていた。


どうでもいいことで涙があふれたり、

急に何もできなくなったりした。


日曜日の訪問者

土曜日、少し夜更かしをした。


子どもと話していたら、

つい遅くなってしまったのだ。


だから日曜日は、

少しお寝坊して、昼近くまで布団の中にいた。


「そろそろ起きなくちゃ」


まだ半分、夢の中。


体を動かそうとした、その瞬間――


インターホンが鳴った。


ビクッとして、息を止めた。


外の様子をうかがう私。

その横で、子どもはまだぐっすり眠っていた。


何かの勧誘かもしれない。

まだパジャマだし、

居留守を使おうか。


そう考えていたら、

再び、インターホンが鳴った。


警戒しながら、

足音を立てないようにドアに近づいた。


そっと、ドアスコープをのぞき込む。


そこに映っていたのは――


義両親だった。

2026年2月17日火曜日

寝る前のパパとの電話が日課になった子ども

きしむ日常

あの頃のことを思い出すと、

「もっと上手くやれなかったのだろうか」

と、今でも自問自答することがある。


ゆっくりと。

けれど確実に。


私たちは追いつめられていった。


それはきっと、

夫の思惑通りだったのだろう。


もともと、離婚するつもりなどなかった夫。


その場を収めるために。

私たちを納得させるために。


一時的に家を出て、

義実家に戻っただけだった。


距離ができたからといって、

執着が薄れることはなかった。


気づけばまた夫のペースに巻き込まれ、


あれほど嫌だった電話は、

毎晩“寝る前の習慣”になっていった。


子どもは、本当に嫌々だった。


そろそろ電話が来る——


そんな時刻になると、

ダンゴムシのように体を丸める。


頭を抱え、

まるで現実を遮断しようとしているかのように。


その気持ちは、痛いほど分かった。


だから私は、なだめながら、

できるだけ楽しいことを考えよう、

と促した。


でも——


そんなの、虚しいだけだった。


目の前に、

これ以上ないほど嫌な時間が待っているのに。


その状況で前向きになれる人なんて、

ほとんどいないだろう。


それなのに私は、

無理に明るく振る舞った。


パパとの電話なんて、

大したことじゃないと。


まるで「当たり前」のことのように。


それが、間違いだった。


子どもは、


「当たり前のことができない自分」


を責めるようになり、


少しずつ、

無口になっていった。


夫の声に拒絶反応を示す子ども

あれほど嫌っている父親と、

毎日話さなければならない。


そんな現実に、

無理やり向き合わせてしまった。


それは私の判断ミスだった。


謝れば済む、

そんな簡単なことではない。


今でも思い出すたび、


「どうすればよかったのだろう」


と考え込んでしまう。


連日の電話に疲弊していった子どもは、

その時間が近づくにつれて口数が減った。


あれほど日常に溢れていた笑い声が、

いつの間にか消えていった。


時計を何度も確認し、

そのたびに小さくため息をつく。


もうすぐ、かかってくる。


今日は、どれくらいで終わるだろう。


その“約束事”は、

次第に私たちの生活を縛っていった。


何をしていても、

電話の時間を意識する毎日。


そんな状態で、

心から楽しめるはずがない。


せめて休日くらいは——


そう願っても、

出先で着信が鳴ることもあった。


無視したい。


でも、できない。


その葛藤は、

きっと子どもにも伝わっていたのだろう。


不安そうに、

何度も私の顔をうかがっていた。

2026年2月16日月曜日

夢にまで見た新生活がスタート

気持ちも新たに——

自宅に戻り、

私たちは新生活をスタートさせた。


夫のいない家。


もう自宅で怒鳴られることもない。


それが、

ただただ嬉しかった。


けれど同時に、不安もあった。


夫がこのまま疎遠になるとは、

どうしても思えなかったからだ。


案の定、

それからも私たちは関わり続けることになるのだけれど……。


あの頃の私たちは、


「これからの生活が楽しみ!」


そう言い聞かせるようにして、

必死でその事実から目を背けていた。


そして——


そんな願いも虚しく、

夫の介入は少しずつ、

けれど確実に激しくなっていった。


私がもっとも心配していたのは、

子どもが帰宅した後のこと。


夫が仕事をしていれば、

その時間にわざわざ来ることはないだろう。


けれど、無職の期間は違う。


いつだって来られてしまう。

毎日だって、可能だった。


それが怖くて、

私は子どもに『学童』を提案した。


放課後は友達と遊びたかった子ども。


その気持ちはよく分かる。

でも——危ないかもしれない。


そんな思いが、私の中で渦を巻いていた。


結局、

しばらくは様子を見ることになった。


断ち切れない鎖

私も子どもも、朝が弱い。


なかなか起きられない。


毎朝目覚ましはかけていたけれど、

一つでは足りなかった。


二つに増やし、

夜は早く寝るようにした。


それでも、

ギリギリになってしまうことがある。


ハッと目が覚めたら、

家を出る10分前——


そんな日もあった。


大騒ぎで支度をして、

バタバタと二人で家を飛び出す。


そんな毎日。


思い出すと、

とにかく慌ただしかった記憶が強い。


でも同時に、

楽しかった。


よく笑っていた。


ちょっとしたことで笑いが止まらなくなるくらい、

たくさん笑った。


夫がいないだけで、

こんなにも楽なんだ。


怒鳴られないだけで、

こんなにも安心して暮らせるんだ。


そんな日常に、

どこか戸惑いすら感じていた。


けれど——


心の片隅には、

いつも夫の存在が引っかかっていた。


抜けない棘のように。


罪悪感に入り込むように、

毎日鳴る電話。


やがて私は、

子どもを遠ざけることさえ難しくなっていった。


嫌々電話に出て、

恐怖の対象である「パパ」と話す子ども。


自由になったはずなのに。


私たちの心は、

少しずつ追い詰められていった。

2026年2月14日土曜日

夫からの驚きの提案

「毎日声が聴きたい」

重い気持ちで、

電話をかけた。


話し始めた瞬間から、

どうやって切り上げようか、

そればかりを考えていた。


それほどまでに、

夫との電話が嫌だった。


ずっと避けてきたのは、

怒鳴られたり、

なじられたりするのが

怖かったから。


それに、

夫のペースに乗せられて、

いつの間にか

勝手に話を進められてしまう。


それも、

強く警戒していた。


その日、

夫は開口一番、

こう言った。


「これからは、

 毎日、声が聴きたい」


その言葉を聞いた瞬間、

頭の中が真っ白になった。


――毎日?


それは、

毎日電話をする、

ということだろうか。


慌てて、


「それは、ちょっと難しい」


と、できるだけ柔らかく伝えた。


すると、

すぐに強い口調で返ってきた。


「こっちは譲歩してるんだ。

 それくらい、いいだろ?」


胸の奥が、

ぎゅっと縮む。


毎日、

こんな時間が待っている。


そう考えただけで、

とても耐えられないと思った。


子どもだって、

きっと同じだ。


毎日の電話が当たり前になったら、

いつか必ず、

話さなければならない日が来る。


その光景を想像して、

背筋がぞっとした。


言葉が、

出てこなくなった。


この人は、

私たちを

解放するつもりなどない。


離れてもなお、

縛り続けるつもりなのだ。


そう感じ取ってしまい、

叫び出したい衝動に駆られた。


何とか答えを保留に・・・

毎日の電話だけは、

絶対に嫌だった。


そう思っても、

はっきりと拒否することができない。


けれど、

言いなりになるわけにもいかず、

私は必死に言い訳を並べた。


最終的に、

結論は先延ばしになり、

ひとまず

保留という形に落ち着いた。


「時々、電話しろ」


くらいは言われるだろうと

思っていた。


まさか、

「毎日、電話しろ」

と言われるとは

想像もしていなかった。


だから、

想定外の提案に

完全に動揺してしまったが、


それでも、

その場で承諾せずに済んだことに、

心の底から安堵した。


私は、

忘れていた。


夫が、

決して諦めない人間だということを。


翌日から、

夫は執拗に

電話をかけてくるようになった。


着信履歴は、

夫の名前で

埋め尽くされていく。


数分おきに鳴る電話。

ひどい時には、

数十秒後に、また。


私は、

少しずつ、

追い詰められていった。

義両親に引きずられるようにファミレスへ・・・

「お昼を食べに行こう」にも反応しない子ども 重苦しい空気の中、 義両親は妙に明るいテンションで話し続けていた。 私がこの場をどうにかしなければ。 なぜか、そんな責任を一人で背負っていた。 けれど、 どれだけ言葉を選んでも、 空気は少しも軽くならない。 むしろ、重く沈んでいくばかり...