夫はなぜ子供を愛せないのか
仕事から帰り、『ただいま~』と家のドアを開けると子どもが端の方でうずくまっているのが目に入ってきた。夫を見るととても不機嫌で、表情は険しかった。
『これは何かあったな』とすぐに分かった。
一気に緊張感が高まったが、下手に動いたら余計に状況を悪化させてしまう。
だから、鈍い頭を懸命に働かせてどうすべきかを考えていた。
その間、子どもは微動だにせずうつむいたまま息を殺しているのが分かった。
その頬は、遠くから見ても分かるくらいに赤くなっていた。
普段でも私たちは気を使いながら生活していた。
それがデフォルトになっていたのだが、気を遣うくらいならお安い御用だった。
酷い時には暴れて物を壊したり子どもが叩かれたりするから。
その日はそんな我が家でも非常事態と言えるようなことが起きているのだと感じた。
とりあえず事情を聞かなければならないと思い、
「あれっ?どうしたの?」
と聞いてみたのだが二人からは何の返事もかえってこなかった。
子どもはこういう時発言することを許されていなので、黙っているしかなかったのだと思う。
そうすると答えられるのは夫だけということになるが、機嫌が悪すぎて返事をしたくないようだった。
どうしよう。
事情が分からないことにはどう動けば良いのかも見当がつかない。
夫の機嫌も簡単には治らなそうで、打つ手が無いように見えた。
こういう日は長い長い夜が待っている。
何をしていてもきっと夫が難癖をつけてきて空気を悪くするし、下手したら夜中まで説教されるかもしれない。
そんな想像をしたら思わずため息が出てしまった。
夫はそれを見逃さなかった。
「何だよ!言いたいことがあるなら言えよ!」
と突然怒鳴り、大きな足音を立てながらこちらに向かってきた。
私は思わず顔の前で手を交差させて、
「ごめんなさい」
と謝った。
夜中まで続く説教に絶望
叩かれる!と思って身構えたのだが、夫はポーズを取っただけで殴ることは無かった。
その代わりに【早く入れ】と促されて夫の目の前に座らされた。
小さなテーブルを挟んで向き合いながら座る私たち。
目の前に居ると、夫の目が血走っているのがよく分かった。
きっと相当怒ったんだろうなという感じで、子どもはまだ同じ姿勢を崩さずにいた。
こんな状態では何を言っても怒りが収まることは無いだろう。
それでも、事情だけは知りたいと思って
「何かあったの?」
と聞いてみた。
極力いつも通りのトーンで落ち着いて話したつもりだ。
怖がっていることを悟られると余計に面倒なことになるから。
そうしたら、夫が乱暴な口調で
「こいつ、マジで最低なんだよ!っとにクソがっ!」
と話し始めた。
よくよく聞いてみると、その日に持って行くべき宿題を家に忘れたようだった。
それで連絡帳に書かれていたのだが、子どもに確認したら
「だいじょうぶ、忘れてないよ」
と言ってしまった。
たぶん怖かったのだと思う。
本当のことを言ったらどれだけ怒られるのか分かっているから。
それで慌てて嘘をついてしまったんだろうけど、夫は
「こんな嘘つきな奴、家に置いておけねーよ!」
と怒って、じっとしていた子どもの襟首あたりを掴んで体を持ち上げた。
まだ軽かった子どもの体は宙に浮き、玄関まで乱暴に押しやられた。
「ごめんなさい」
と何度も言いながら許しを請う子ども。
私も子どもがケガをしないように必死に体を割り込ませた。
もう揉みくちゃになって、どんな風になったのか覚えていない。
気付いたら子どもも私も玄関に手と膝をついていて、咄嗟に目の前の子どもを抱きしめた。
それを仁王立ちで見下ろす夫。
怖くて声が出なかった。
その日、私たちは夜中まで説教された。
いかにクズでどうしようもない人間なのかという話を延々とされた。
至近距離から怒鳴られてもただじっと耐えたのだが、それだけでは済まされなかった。
無視をされ、存在がまるで無かったかのように扱われ。
私たちが何かすると聞こえるように舌打ちされた。
それがまた怖くて、息を殺して生活した。
恐ろしいことに、そんな生活が2週間も続いた。