恐怖でコントロールする夫
家出に気づいた夫は、荒れ狂う海のごとく激高していた。義父と電話で話すまでは何か理由があって遅れていると考えていたのだろう。
でも実際には『帰らないつもり』で妻と子どもが出て行ったわけだから。
うろたえない方がおかしいのかもしれない。
ただ、『夫はやっぱり夫なんだな』とこの時強く実感した。
普通に考えたら、夫は窮地に追い込まれているはずだ。
優しい言葉の一つくらいかけたって良い状況なのに・・・
こんな状況でも恐怖で支配しようとしてきた。
第一声は、ドスの利いた声で、
「お前、自分が何してるか分かってんの?どうなるか分かっててやってんの?」
だった。
どうなるかなんて想像もしたくない。
ただ、バレた時の夫の反応から『戻る』という選択ができないことを悟った。
家を出たと言っても、心はあっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
実際にどうしたら良いのか迷ってさまよっていた。
だから、夫が気遣う素振りを見せていれば戻る可能性だってあったのに。
夫はそうしなかった。
多分プライドもあったのだろう。
いつも見下している私に対して下手に出ることなんてできない。
馬鹿な妻の言い分を聞いてやるほど俺はお人よしじゃない。
夫の考えそうなことだが、こんな時まで自分のプライドを優先させるなんて、いざという時に本当に信頼できない人だなと思った。
いつも自分のことばかり。
私たちは都合の良い道具で気遣うべき対象ではないのだと痛感した。
本当はここで啖呵を切りたかったのだけれど、やはり夫に対する恐怖心もあって自分の思いを吐き出すことはできなかった。
その代わりに、
「ごめんなさい。でも今は離れて考えたいです」
とだけ伝えた。
いつも怒られている時はなぜか敬語になってしまう。
我が家には明確な上下関係があり、この先も対等になることはないだろう。
このような細々とした部分にそれが表れていた。
私たちが帰ってこないと分かり、夫は更に激高した。
そして、話している最中に電話を切られた。
駅ビルのベンチで固まる私たち
夫から電話を切られたのだから、私からかけ直す必要はない。
分かっているのに、『どうしよう』と泣きそうになった。
夫婦が対等な関係なら、こういう時に相手を怒ることができるのだろうか。
でも我が家は違う。
切られてしまった私が悪い。
なぜ怒らせたのかを考えて反省して、自分から修復のためのアプローチをしなければならない。
それはずっと変わらず私に課されてきた役割であり、放棄することなどできなかった。
何かしなければ。
考えようとしているのに、思考が停止してしまい何もできない。
そのまま電話を握りしめ、固まった私の横で子どももじっと何かを考えていた。
恐らく父親が怒っていることを察知して恐怖で動けなくなったのだろうと思う。
それからしばらくは携帯が鳴ることは無かった。
一気に食欲も失せて何もする気がおきず、ベンチに座り込んで遠くを見つめる私たち。
あれ?さっきまでは楽しかったんだけどな。
不安を打ち消すようにはしゃいだ数時間が嘘のように沈んだ気持ちになった。
もし夫が恐怖で何とかしようと考えているのなら、半分は成功だ。
楽しかった気持ちはすっかり失われ、何もする気が起きなくなってしまった。
でも、半分は失敗だと思う。
家に帰らせることを目的としているはずだけど、『帰らなければ』と思うことは無かった。
それよりも、『帰ったら大変なことになる』という気持ちの方が強かった。
計画が足りなかった
初めての家出の時と違って計画的に家を出たと思い込んでいたけれど・・・。
ふたを開けてみたら全然計画的ではなかった。
突発的ではなく事前に必要なものを準備して家出したという点ではそうなのかもしれないけど・・・。
『このままどこかに行きたいな。帰りたくないな』というフワフワとした気持ちで出たことは否めない。
こんなんじゃ夫のような緻密な人には太刀打ちできない。
この時、絶望感に打ちひしがれながらこの先のことを考えていた。
そして、ふとシェルターのことを思い出した。
そう言えばシェルターって一時的にでも保護してもらえるんだよね?
お休みの日でも話を聞いてもらえるのかな。
以前ネットで公開されている悩み相談を読んでいて、シェルターを勧められている人がいた。
私たちのようなケースでも受け入れてもらえるのかが気になっていた。
いつかどうにもならなくなった時の一つの候補としてずっと頭の片隅にあったことだ。
ただ、相談するにしても大きな問題があった。
それは証拠が無いこと。
証拠を取ろうとするといつも失敗してしまう。
夫は恐ろしく勘の鋭い人で、普段と異なる部分があれば瞬時に見抜かれてしまう。
そんな失敗をしたらそれこそ自分の首を絞めることになるから、なかなか動けなかった。
前に延々と暴言を吐かれた時に携帯で録音しようと試みたこともあった。
でも、『何やってんだよ!』と取り上げられてしまった。
それからは夫が更に警戒するようになり余計に動きにくくなってしまった。
だから、次は絶対に失敗できないと思っていた。
それでこちらも慎重になったわけだが。
慎重になればなるほど何もできなくなり、証拠も取れないまま時間だけが過ぎて行った。