結婚前の心変わり
まだ私たちが結婚する前の話なのだが。一度だけ、夫が心変わりをしたことがあった。
その時に別れていれば、あんなに苦しむことも無かったのに。
言われた時は、見捨てられたら生きていけないような気持ちになった。
あれは付き合い始めてから1年と少しが経過した頃。
カミングアウトは実にあっさりしたものだった。
「他に気になる人がいる。だからこのまま付き合うことはできない」
突然、そう告げられた。
当然だが、私は酷く動揺した。
自分の何がいけなかったのか。
相手は誰なのか。
もう彼をつなぎとめることはできないのか。
一度離れたとしても、戻ってくる可能性はあるのか。
一瞬で色んなことが頭の中を駆け巡り、パニックになった。
「相手は誰?」
と尋ねても、
「それは言えないよ」
という言葉を繰り返すばかり。
あぁ。もうこの人はその気になる人のことで頭がいっぱいなんだ。
見ていてそんな風に感じた。
だけど、すんなりと『いいよ』と言えるほど大人ではなかった。
駄々をこねる子どものように『受け入れられない』と言い続け、結局決着はつかずに、なあなあの状態で話を終えた。
『もしかしたら別れなきゃならないかも』
そんな現実が目の前に迫ってきたら、途端に怖くなってすがりたくなった。
もし本当に別れることにでもなったら、もう私には何の価値もないように思えた。
今思うと『見捨てられる』という不安だったのかもしれない。
相手が気になって探りを入れる日々
「もう付き合えない」
そうキッパリ宣言した割には、私が納得しなかったからか何となく付き合いは続いていた。
もちろん彼の中で相手の存在が消えたわけではない。
ただ単に納得させるのが面倒くさくなっただけなのだと思う。
その間、よせばいいのに私は相手が誰なのかを知りたくて日々探りを入れた。
最初は貝のように口を閉ざしていたが・・・。
根負けしたのか徐々に相手を匂わせるようになっていった。
それで分かったのだが、相手は私もよく知る人だった。
彼には学生時代からつるんでいるメンバーがいる。
男女複数人のメンバーで、その中でも特によく話に出てくる人がいた。
彼女の話をする時、なぜかとても嬉しそうだった。
テンションが上がってるな、と感じることも多々あった。
だから何となく『お気に入りなんだろうな』とは思っていた。
でもまさか、それ以上の気持ちがあったなんて。
「ずっと友達だったでしょ?急にそんな気持ちになったの?」
動揺しながらも質問したら、歯切れの悪い答えが返ってきた。
「俺にだって分からないよ。いつから気になってたのかなんて」
それがちょっと困ったような様子で、もう何も言えなくなった。
納得したわけではないけど、引き留めるのは難しいのかもしれない。
どこか諦めのような気持ちも出てきた私は、
「分かった。だけど、もし気持ちが変わったら連絡して」
と伝えた。
馬鹿だなあ、自分。
何でその時に彼の手を離さなかったのか。
あれは神様がくれたチャンスだったのかもしれないのに。
ただ、その時に別れていたら可愛い我が子に会えなかったから。
結婚したこと自体は今でも後悔はしていない。
自分の心変わりはOK、でも相手には友情さえ認めない
夫にはジャイアン的思考があった。
俺は良くてもお前はダメ、みたいな。
それは私たちの人間関係においても遺憾なく発揮された。
結婚前の夫の心変わりにより、一度は別れかけた私たち。
その時はまるでこの世の終わりのような気持ちになったけれど。
夫の方はそんな様子を見て大げさだと言わんばかりの態度だった。
いつの間にかその問題も収束し、そろそろ結婚するかという話になった時。
仲の良い友達がお祝いしてくれることになった。
社会に出てから知り合った人で、ずっと定期的に連絡を取り合ってきた相手だ。
異性なのに話しやすくて色んな相談もした。
心を許せる相手で、大事な友達だった。
だから、お祝いしてくれると言われた時にはとても嬉しかった。
それなのに、その報告をしたら夫は怒って、
「非常識だろ!俺が話を付けるから連絡しろ!」
と息巻いた。
本当に訳が分からなかった。
何も心変わりをしたと言っているのではない。
『おめでとう』と言ってくれて、お祝いの食事を提案してくれただけだ。
それを夫は許さなかった。
「もし行くのなら覚悟して行け」
と語気を強めた。
しかも、
「二人で会うのは浮気だから。慰謝料請求するから」
とも言われた。
そんな風に言われたら、もう行くことなんてできない。
それ以来、携帯もチェックされるようになり、連絡も取れなくなった。
というか連絡先を消去させられた。
せめて最後に『今までありがとう』って伝えたかった。
それさえ言えないまま疎遠になり、とても悲しい気持ちになった。
あれから大分経ち、夫とは離れることができたが友人とは会えていない。
連絡する手段を全て失ってしまったことが悔やまれる。