2024年10月16日水曜日

計画的だった二回目の家出

日に日に追いつめられていった私たち

子どもにも私にも逃げ場が無かった。

保育園の頃は、迎えに行って途中で買い物をしてから帰るまでが二人の時間。

窮屈で息苦しい日々の中でも大切な時間だった。

赤ちゃんの頃から、まだろくに返事もできない子どもに向かって話をしながら帰っていた。

他に話せる人など居ない。

表面的につながっている人は居たけれど、こんな重い話ができるはずもなく。

私も変に取り繕ってしまって、悟られてはいけないという気持ちが強かった。

きっと悟られたら『可哀そうに』という目で見てくるだろう。

これまでは対等に普通の話ができていた相手でも、途端に哀れみの対象になってしまう。

それがたまらなく嫌だった。

可哀そうに思われたくなくて取り繕っても、所詮中身は空っぽだ。

満たされない心は既に悲鳴を上げていた。

怒鳴られるたびに、もう逃げ出したいと思った。

夜中に説教されるたびに、家を出たいと思った。

幼児なのに一緒に聞かされていた子どもにとって、どんなに苦しい時間だっただろうか。

家の中で夫が絶対的な力を持ち全ての権限を握るという歪な環境は、私たちを存分に苦しめた。

その日、また夫を怒らせて夜中の十二時を回る頃まで詰め寄られていた。

そういう時にはいつも、

「お前はどう考えてるんだ!自分の考えを言え!」

と怒鳴られるのだが、言ったところで受け入れられることはない。

酷い時にはまだ話している最中なのに遮られて、

「そんなこと聞いてねーんだよ!」

と打ち消してくる。

最後まで聞いてくれたとしても結果は同じだ。

「お前の言っていることは全部間違ってる。よくそんなんで口ごたえできたな!」

とせせら笑うのが常だった。

夫と付き合い始めてからはもう自尊心なんていうものは無くなっていたので、笑われることは一向に気にならなかった。

ただ、何を言っても受け入れてもらえないことが辛くてたまらなかった。

あの日、このままではいけないと感じて最後まで夫に抵抗した。

それが良くなかったのだろうか。

急に夫が暴れ出して、

「何でも俺のせいにしやがって!ふざけんな!」

と怒鳴りながら物をなぎ倒した。

恐ろしくてそれ以上言えなくなったが、そこから逃げ出すこともできなかった。

逃げ出したら、余計に暴れそうな気がしたからだ。

目の前で起こる惨状を、まるで遠いどこかで起きている出来事のような気持ちで眺めながら思った。

もう終わりにしよう。

これ以上は頑張れない。

でも今は、とりあえずこの場を収めなければならないから。

恐ろしい力で物に当たる夫に何度も『ごめんなさい』と言った。

私の言葉が耳に入らないのか、夫はそれからしばらく暴れ続けた。

数分ほど経ってからようやく止まり、ジロリとこちらを睨んでから部屋を出て行った。


家に帰りたくない

修羅場がようやく終わったと言っても、夫はキッチンに移動しただけだ。

たったの5歩で、またここに戻ってきてしまう。

全てこの小さな家の中で起きること。

いつも夫の姿が目に入るし、不機嫌にはなってはいないかと気にしながら過ごすので精神的に疲れていた。

こんな生活をずっと続けることはできない。

私は終わらせる方法を考え始めた。

子どもはまだ怒られた時だけしょげているが、少しすると忘れてしまって夫に話しかけている。

これが数年経ったら、もう夫のしていることを全て理解するだろう。

その前に何とかしなければと思った。

夫が暴れた日はちょうど金曜日で、翌日からは連休だった。

前々から買い物に行くと伝えてあったので、とりあえず外出することはできる。

ただ、いつもの外出なら午後の3時くらいになると『早く帰ってこい』という連絡が入る。

家を出るのは大体朝の10時頃だから、用事を済ませてお昼をとっているとあっという間だ。

ゆっくりできたという感じでもなく、慌てて家に帰ることになる。

暗がりの中で子どもの寝顔を見ながら悩んだ。

そのまま家を出てしまおうか。

もう帰らなくて良い、ということになったらどれだけ素晴らしいだろうかと想像した。

夫の顔色を伺うこともなく、怯えることもない。

心から安らげる世界を想像していたら涙が出てきた。

これまで夫に言われたことを守り、注意されたら同じ失敗をしないようにと頑張ってきた。

でも何一つ認めてもらえない。

それどころか、どんどん厳しくなっていって、『どうしようもない馬鹿だ』と言われるたびに心がズンと重くなった。

気づかないうちに傷ついていたのかもしれない。

自分では平気だと思っていたことが平気ではなかったということなのかも。

迷いながらも、私は外出セットに貴重品を潜ませた。

子どもの服もこっそり入れて、銀行通帳も持ち出した。

その時はもう、帰りたくない一心で準備をしていた。

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