2025年6月26日木曜日

差し入れも拒絶した夫

途轍もない罪悪感が襲ってきた

ストレスの原因が私だと匂わされ、酷い罪悪感に襲われた。

それまでも家を出たことで夫がショックを受けているだろうなと感じていたから。

それに追い打ちをかけられたような感じだった。

『可哀そう』だと思うなんてオカシイ。

あれほど酷いことをしてきた人なのに。

そう思おうと、自分の気持ちに気づかないフリをした。

だけど、弱っていく夫を想像した時、心臓がギューッとなるような感覚に陥った。

あの気持ちは一体何なんだろう。

解放されたいと思いながらも自分から気にかけてしまうなんて・・・。

夫の具合が悪くなり、まだまだ縛り付けられた心が解放されていないことを再認識した私は、こんなモヤモヤを抱えたままでは前に進めないと思った。

何があっても元に戻ることはないけど。

離れた後に不幸になって欲しいわけではない。

私たちとは関係のないところで幸せに暮らして欲しい。

ただ、それだけ。

家族としてやってきて10年近く。

情が完全に無くなったわけではないから厄介だった。

何となく後味が悪くて、今できることをしようと思い立ち、その時に考えたのが差し入れだった。

夫の好みは知っていたので、食べられそうな物を持参して自宅へ向かった。

向かっている間も、ずっと迷っていた。

やっぱり止めようか。

いや、行った方がスッキリするから行ってみよう。

そんな葛藤を繰り返しているうちに、とうとう最寄り駅に到着した。

そこには見慣れた風景があり、少し前までは私たちの日常があった。

見ていたら、ふと過去の光景を思い出したのだが、それはまだ子どもが幼い頃の記憶だった。

駅前でよちよち歩きの子どもを夫が追いかけて、それを笑顔で見つめる私。

そんなシーンが私たちにもあったのだ。

あの頃、確かに相手を思いやる気持ちがあったのに。

いつの間にか消えてしまった。


家族を捨てる。というのはそういうことだ

会いに行ったは良いが。

玄関にさえ出てきてくれなかった。

インターホンを押した後、顔を出したのはお義父さんだった。

事前に連絡を入れていたのだが見ていなかったようで、

「あれっ?来たんだ」

という感じだった。

私がビニール袋を差し出しながら、

「食欲が無いと聞いたので、食べられそうな物を持ってきたんですけど」

と伝えたら、奥に居た夫に

「おい、差入れ持ってきてくれたぞ」

と声をかけた。

狭い家だもの。

一連のやり取りは聞こえていたはずだ。

だけど夫が顔を出すことは無く、部屋はシンと静まり返っていた。

なかなか出てこないので、お義父さんがもう一度、

「おい、差入れだって」

と声を掛けたら、突然奥の方でドンっという音がした。

驚いて音のした方を覗こうとしたが、玄関からは見えない位置に居るようだった。

これは夫からの拒絶なんだというのが分かったので、

「じゃ、私は帰りますね」

と出ようとしたら、部屋の奥で更に大きな音が・・・。

夫が怒っているのだと思った。

これ以上は危険だ。

私は慌てて玄関のドアを開け、

「すいません。失礼します」

と言って外に出た。

閉めながら『ああ、怖かった~』なんて思っていたら、目の前のドアが開いて二人の言い争う声が聞こえた。

多分、お義父さんが暴れる夫を制止していたのだと思う。

驚いていると、少しだけ開いたドアからビニール袋が放り投げられた。

私が差し入れた食べ物だった。

恐らく夫が突き返そうとしてお義父さんが止めていたのだろう。

まだ部屋の中では言い争っている声が聞こえたが、私はそのビニール袋を放置したままその場を離れた。

夫と離婚の話になってからも、こういう気持ちのアップダウンに振り回されてきた。

話し合いも困難な時期があったかと思えば、私たちを思いやるような素振りを見せて前向きに検討してくれる時期もあり。

まるでジェットコースターのように変わる夫の機嫌に対処することができなかった。

その日、再び暴れる夫を目の当たりにした私は、一体何と闘っているんだろうと途方に暮れた。

居所不明の別居状態が続く・・・

「そろそろ居場所を教えろ」と言われたけれど 家を出て以来、夫とは携帯一つでつながっていた。 連絡手段を絶つと離婚の交渉ができなくなる。 そう思って、完全に関係を絶つことを避けた。 連絡を取り続けていると、相手も望みを持つものだ。 『元に戻れるのではないか』というのが言葉の端々から...