将来に不安を感じていた夫
再就職を宣言してからは、本当に就職活動に精を出しているようだった。聞きたくなくても報告してくれるので、嫌でも近況が耳に入ってきた。
応募書類をたくさん書いたとか、義実家近くに良い職場を見つけたとか。
そんな話が当たり前に報告されるようになった。
以前一緒に暮らしている頃は仕事の話をするのを避けていた。
タブーになっているような雰囲気もあり、かなり気を使った。
私だって夫を傷つけたかったわけじゃない。
働き盛りなのに思うように仕事ができないというのがどんなに辛いことか。
十分に分かっていたつもりだ。
だから急かさず淡々と自分のやるべきことをこなした。
間もなく家族としての役割を終えて別々の道を進もうという段階になって夫が動き始めた。
最初は引き留めるためのポーズなのかと思ったが、違っていた。
本当に就職先を懸命に探していて、少しずつ成果も出ていて・・・。
なぜもっと早く動いてくれなかったのかと悔やんだ。
そうしたら外に目を向けるようになり、私たちのことばかり気にするような生活を送らずに済んだのに。
モラハラだって虐待だってあれほど酷くはならなかったかもしれない。
そんなありもしない未来を想像しては、辛い気持ちになった。
思えば、結婚してからずっと色んなことを抱えてきた。
誰にも言えず、平気なフリをしてきた。
そうすれば夫が目を覚まして状況が改善されると思ったから。
夫は夫で吐き出すことのできない思いを抱えていたのだと思う。
決して同情はできないが、その気持ちは痛いほど分かった。
気付かずにプレッシャーをかけてしまったのかもしれない。
子どもが大きくなるにつれ、お金が足りなくなってきたから。
そういう不安もあっただろうな。
以前よりも生き生きと目標を持って過ごしている夫は、ほんの少しだけ穏やかだった。
だからこそ余計に胸が苦しくなった。
ごめんね。
やっぱり許すことができないよ。
子どもへの虐待が始まった時点で、私たちの未来は決まっていたのだ。
夫が欲している言葉をかけられない
逐一報告してくるということは、私に何か言って欲しいのだ。
それが分かっていても気の利いた言葉をかけることができなかった。
『大変だね』というくらいしかできなくて。
そのたびに夫が傷ついているのが分かった。
これまでの経験から私はとても警戒していて、優しい言葉や寄り添うような態度を示したら元に戻るという希望を受け入れたことになってしまうと思った。
だから当たり障りのない言葉をかけるだけ。
その頃の夫は目まぐるしく変わる状況に一喜一憂していて。
少しでも上手く行けば子どものようにはしゃぎ、思うようにいかない時にはドーンと落ち込んだ。
見ていてこれほどまでに分かりやすい時があっただろうかと驚いた。
感情をむき出しにする方ではあったが、それは怒りの感情だけ。
喜んだり楽しんだりがっかりしているのを見た記憶がほとんどない。
それくらい、久々の就職活動は新鮮なものだったに違いない。
本当はそういう姿を子どもに見せて欲しかったんだよ。
それなのに怒ってばかり。
もう戻れないのかな。
戻れないんだよね。
ほんの少しだけ心が揺れた瞬間、叩かれて泣いている子どもの姿を思い出した。
心がギュッとなって、やっぱり絶対に無理だと悟った。
夫は家族なら何があってもやり直せると思い込んでいたみたい。
元に戻れると信じていたから再就職にも力が入ったのだと思う。
それからしばらく本気の就職活動を続けて、見事内定を勝ち取った。