2025年6月16日月曜日

着々と進む夫の引っ越し準備

我が家に残った荷物を整理する日々

話が決まってからは、着々と引っ越しの準備が進められていた。

時折夫から連絡があり、

「○○はどうする?置いて行った方が良い?」

と聞かれることがあった。

冷蔵庫やテレビは義実家にあるから要らないとのこと。

だから、そのままにしてもらうことになった。

これらは夫が元気な時に二人で折半して購入した物だ。

どちらか一方が引き取るとなると揉めるのではないかと心配していた。

だけど、それは杞憂に終わった。

夫の貴重品や私物は手で持って行くとして、問題は大きな荷物だった。

コンポとかいくつかのスーツケースとか。

夫が管理していた棚なんかもあった。

それらを手で運ぶことはできないから、引っ越し業者に頼むのかな?と思った。

そうしたら、軽トラックを借りて夫の友人が運んでくれるのだと知らされた。

夫も免許は持っているけれどペーパードライバーだ。

わざわざマニュアルで取ったのに、ずっと乗って居なかったから多分運転できない。

日頃から運転している友人が引っ越しの時に軽トラックを借りて運んでくれるらしく、もう大体の流れは決まっている感じだった。

いよいよ夫があの部屋から居なくなる。

そう思ったら何故か少し緊張した。

それまでは、夫がいつもその場に居て私たちを完全にコントロールしてきた。

気に入らないことがあれば激高し、容赦なく怒鳴りつけられた。

それが急に居なくなることになり、実は戸惑いをおぼえていた。

家を出てからも精神的には夫から管理されているような状態だったから。

実際は心から解放されている状態ではなかった。

それが急に本当の自由を手に入れたのだ。

『そうなったら良いな』と思い描いていた現実が目の前まで迫った時。

私は不安を感じて、その責任をひしひしと感じていた。

これからは自分で何でも決めなければならない。

家に居る大人は私一人。

一人で子どもを守っていかなければならない。

そう思ったら、自分で鎖を切ったのに心細くなってどうしたら良いのか分からなくなった。


自分で決めることが難しい

モラハラ被害の影響なのかな。

私は自由になった後も自分で何かを決めるのがとても難しかった。

何を選んでも間違っているような気がして誰かに確認したくなった。

いっそのこと、他の人が決めてくれたら楽なのにとさえ思った。

それくらい自分に自信が無くて。

常に非難されているような気がしてしまう日々。

ビクビク、オドオドしながら過ごしていると本当に疲れる。

その兆候は夫が家を出ると聞かされた時から既に現れていて、

「あれっ?次はどうすれば良いんだろう?」

と急に不安になった。

周りの人は

「何でも自分で決めれば良いんだよ」

と言うけれど、それが難しいのだ。

そういう時には夫と居た頃の苦しい時間をあえて思い出した。

あれほど辛い時間を過ごしてきたのだから、今の方が数千倍、数万倍マシ。

そう自分に言い聞かせた。

『大丈夫、どうにかなる』と思うことで一つずつ乗り越えてきた。

夫は当初、私がすぐに自分に泣きついてくると考えていたようだ。

『何もできない女だから』

というのが口癖だった。

そう仕向けたのは自分なのに。

まるで最初から私が何も自分で決められなかったかのように周りに吹聴した。

そうやって、妻を守り尽くす夫という印象を作り上げたのだ。

居所不明の別居状態が続く・・・

「そろそろ居場所を教えろ」と言われたけれど 家を出て以来、夫とは携帯一つでつながっていた。 連絡手段を絶つと離婚の交渉ができなくなる。 そう思って、完全に関係を絶つことを避けた。 連絡を取り続けていると、相手も望みを持つものだ。 『元に戻れるのではないか』というのが言葉の端々から...