2024年11月17日日曜日

スーパーでモラハラ現場に遭遇

世の中にはモラハラする人が大勢いるんだな

夕飯の買い出しにスーパーに行った時のことだ。

入口近くで旦那さんらしき人からしつこく何か言われている女性が居た。

普段は気にも留めないのだが、その光景があまりにも異様だったので気になって思わず目で追ってしまった。

私も長い間モラハラを受けてきたので、そういう人を察知してしまう。

あっ、きっとヤバイ人だ。

そう感じる時は大抵当たっている。

最初に違和感を感じたのは、男性の方が険しい顔で女性に詰め寄る時に耳元で囁いていたことだった。

言われた女性の方は固まっていたが、とても悲しそうな表情だった。

売り場の入口近くにはキャベツとか白菜だとかが置いてあった。

ちょうど白菜に手を伸ばそうとしていた時だと思うのだが。

見た瞬間に男性が怒りに満ちた顔で、

「そんなの何に使うんだ!」

と怒った。

その瞬間、ビクッとして手を引っ込める女性。

小声だったけど、ハッキリと聞こえてしまった。

二人の横を通り過ぎる時のことだったから。

女性はその場をごまかすように

「それじゃあ今日は何にしようかな」

と言いながら歩いていき、その後ろをピッタリとくっつくように男性も移動した。

歩きながら、時々『何にしようか』と言うのだが、それが男性に向けてなのか独り言なのかは分からない。

決して後ろを振り返ることなくウロウロと売り場を移動し続けた。

私はその後玉ねぎとか人参とかがある場所に移動して見ていたのだが。

気付いたらすぐ傍に先ほどの二人が立っていた。

嫌でも会話が耳に入ってしまい、どんな状況なのかがよく分かった。

男性は女性が何を手にしても文句を言っている。

言う通りにしていたら何も買えないんじゃないかと思うほど。

それでも女性は反論することなく、ひたすら彷徨うように店内を歩いていた。

もちろんカゴには何も入っていない。

少し時間が経過し、魚やお肉の売り場で再び遭遇してしまったのだが・・・。

男性の方がお肉のところでちょっとだけ離れた女性を呼んでいた。

「おいっ!」

という呼び方も威張っていて何だか嫌な感じがした。

結構大きな声だったんだけどそれに女性が気付かなかったのか、もう一度大きな声で

「おいっ!呼んでんだろーが!」

と言った時の感じが夫に似ていてゾッとした。

すぐに気づけなかったことで臍を曲げたのか、それからずーっと隣で文句を言い続ける男性。

周りの人たちは何事だろうとチラチラ見ていた。


モラハラを受けている時、周囲の視線が痛い

モラハラを受けている時ってその状況を乗り切るのに必死だ。

だから他のことは何にも考えていないと思うでしょう。

でも実はそうでもない。

こんな私たちのことを周りがどう見ているのかが気になってしまう。

『変な人たち』だと思われる程度ならまだ良い。

私は『可哀そう』だと思われることが嫌で仕方が無かった。

多分心の中で『私は可哀そうなんかじゃない』と思っていたからかもしれない。

でも実際は傍から見たら十分気の毒な人なのだと思う。

それを認めたくなくて周りの視線を気にした。

その女性も時折周りに目をやって気まずそうにしていた。

モラハラはだいぶ認知されてきてはいるけど、受け止め方は人それぞれだ。

そんなの言い返せば良いだけじゃない、と言う人もいる。

言いなりだから付け上がらせるんだ、と直接助言してきた人もいる。

だけど、その被害を体験して思った。

言い返したくても言えない状況がいつの間にか作られているのだと。

夫と出会う前の私は自由に発言するタイプだった。

内に溜めることもなく、オープンに接することが多かった。

それなのに夫に出会って変わってしまった。

性格も考え方も変わり、周りに心の内を悟られることが怖くなった。

だから、外出先でモラハラをされても誰にも気づかれたくなかったのだが。

その場の大勢の人が気付いていたと思う。

気付いていても知り合いでも無いのに声なんてかけられないもんね。

それは理解しているから優しい言葉をかけて欲しいとは言わない。

でも、好機の目で見られるだけの状況はやっぱり辛い。


「幸せそう」と言われた時の叫び出したい気持ち

何も知らない人たちは言った。

『あなたはとても幸せそうだね』と。

そう言われるのは悪いことじゃない。

相手も悪気があって言ったわけではない。

それでも、現実とはあまりにもかけ離れた言葉に思わず叫び出したい衝動に駆られた。

毎日本当に辛くて。

誰かに助けて欲しいと願っていた。

でもコッソリ願っているだけでは何も変わらない。

あと何年こんな時を過ごさなければならないのだろうかと絶望しながら暮らした。

私は見た目がのほほんとしているせいか『幸せそう』と言われることが多い。

それも気づいてもらえない理由の一つになったのかもしれない。

待っているだけでは何も変わらないから。

本来なら自分からSOSを発することが良いのだと思う。

しかし、被害を受けている時にはどうしてもそれができない。

SOSは出せないくせに逃げ出したいという気持ちは変わらず持っていて。

自分の中に矛盾を抱えている状態だ。

それで、極端な想像をしては悲嘆にくれた。

その想像は暗く悲しいものだったが、自由になれることだけは救いに思えた。

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