外面だけは良い夫
店員さんに悪態をついたり家の中で傍若無人に振舞う夫ではあったが。ちょっとした知り合いからの評判はすこぶる良かった。
それもそのはず。
知り合いや友人に対しては非常に気を遣い、良い人を演じていたのだから。
見た目も好印象を与えるように気にしつつ周囲の人たちに気を配る。
それが外向けの夫だ。
そんな姿を見てしまうと、どちらが本当の夫なのか分からなくなるくらいに自然だった。
もしあれが本当の姿なのだとしたら私たちの前で現す悪魔のような顔はなんだったのだろうか。
実際に保育園のお母さん方からは夫は『良い人』と思われていて。
『あんなパパで羨ましい~』という人さえいた。
上手く演じ分けていたのだろうが、これほどまでに上手に人を騙せることが私には恐ろしい。
園の催しなどで夫が来た時には周りのお母さん方からよく話しかけられていた。
人からどう見られるかを逐一気にするので、夫の対応にも抜かりが無い。
パーフェクトな父親を演じるから、違和感を持つ人も居なかった。
にこやかに話す夫は本当に穏やかな人のように見えた。
そんな姿を見たらやってられない気持ちにもなるが、『家に帰ったら全然違うんですけどね』と心の中で悪態をつくだけ。
だって、それを表に出してしまったら大変なことになるから。
表面上は夫に調子を合わせて、『そうなの。いつも助かるの~』なんて言っていた。
鬼のような形相で怒る夫を常日頃から見ている私からしたら、
「本当に優しい理想的なパパだよね」
という誉め言葉にはもう笑いさえこみ上げてきた。
そうやってこれまでも人を騙して来たんだろうな。
残念なことに、うちの親や姉一家は外側の人では無かったので優しくはしてもらえず・・・。
私たちもそちら側の人間だったらどんなに良かっただろうかと何度も思った。
相手が幼児でも容赦はしない
子どもに対しても容赦なかった。
幼児の頃って気に入らないことがあると愚図ることも多い。
それって普通のことだと思う。
皆が通る道。
それなのに夫は子どもが愚図るのを許さなかった。
「そんなに言うことを聞かないのなら、もうパパもお前のこと知らない」
と言い放ち、その後子どもが泣き喚いても話しかけてきても無視した。
自分で気を取り直して絵本を持って夫の元に近づいて行った時には、まるで汚い物を触るような手つきで子どもを遠ざけた。
何を言われても無視を決め込む夫。
子どもも段々と諦めて、近寄ることもしなくなった。
こうやって相手を痛めつける時、夫は徹底的にやらなければ気が済まない。
だから無視をするだけでは終わらなかった。
ご飯を与えない。
洗い物をしない。
着替えの用意をしない。
お風呂に入れない。
歯磨きをしない。
とにかく子どもに関するありとあらゆることを自分でやらせようとした。
だけど、ご飯を自分で用意できるはずがないし、洗い物だってシンクの水道にも届かないのになぜ自分でやれると思ったのか。
お風呂に一人で入らせるのは私の方が心配だった。
歯磨きなんてもう論外。
この頃のケアがとても大事だと何度も伝えたはずなのに・・・。
夫は自分がやってもらわなかったからという理由で却下した。
やってもらわなかったから歯がボロボロだと何度も愚痴っているくせに。
子どもにも同じような目に遭わせようとするなんて。
本当に人としてどうかしてると思うことが少なくなかった。
夫の心の恋人が見ていたのは外側の姿
夫の一番の理解者である彼女が見ていたのは外側の姿だ。
でなければ、長年友人なんてやってられないし、惹かれることもないはずだ。
だけど、そんなことを言っても彼女は信じられないと思う。
それほど完璧に演じていたのだから。
この人と一緒に居れば理想的な家庭になるだろうな。
そう思わせるのが上手な人だった。
申し訳ないけれど、そのまま騙されていて欲しいと願った。
そうすれば、そのうち彼女が夫を奪っていってくれるのではないかと淡い期待を抱いた。
こんな風に考える私も相当追いつめられている。
健全な考えでは無い。
彼女のことを考えたら、それが幸せな選択ではないことは重々承知だ。
それなのに彼女が引き取ってくれればと思ってしまった。
時々夫はわざと私の前で彼女との親密なやり取りを見せつけるようにすることがあった。
恐らくを焼きもちを焼かせようとしていたのでは、と思う。
しかし残念ながらそんな気持ちは全く湧き起らなかった。
むしろ、『早くもっと親密になって!』と応援していたことを夫は知らない。
それよりも、チラチラとこちらを見ながら反応を楽しむような素振りを見るにつけ、夫のことを心底気持ち悪いと思ってしまった。
外側の人たちの反応には敏感なのに、妻の気持ちには鈍感なのね。
これにはガッカリもしたが、『離婚したい気持ち』を悟られないようにするには好都合だった。
実際に動く時まで悟られてはいけない。
私も夫に対して心の内を見せることなく仮面をかぶっていた。