こっそり用意した離婚届
もうどうにも耐えきれなくなり夫から離れたいという感情が急激に高まっていた頃。離婚届を貰いに行った。
離婚届なんて用意していることが分かったら夫は間違いなく激怒するだろう。
知られたら、逃げ出す前にケガをさせられるかメンタルがやられてしまうかもしれない。
そうならないように、こっそり動かなければと考えた。
その日はいつも通りに仕事に行った。
そしてお昼休みになり、徒歩圏内にある役所へ。
私のように休憩中に手続きを済ませたいという人が多いのか、結構混雑していた。
初めてのことなのでどこに行けば良いのかが分からずウロウロ。
二階に移動した後にやっぱり確認しようと思い、総合案内へと戻った。
指示された場所に向かうと各種用紙の横に女性職員が立っているのが見えた。
聞いてしまおうかな。
でも探す前に聞いたら迷惑かな。
一瞬迷ったのだが、お昼休憩中に用紙を貰ってその後ご飯も食べなければならないことを考えるとあまり時間もなかった。
それで思い切って用件を告げると
「少々お待ちください、ただいまお持ちしますね」
と言いながらどこかに取りに行ってくれた。
それからすぐに戻ってきて、手にはドラマなんかでよく見るあの緑の紙を持っていた。
「ありがとうございます!」
そう言いながら受け取る私。
ちょっと興奮していたのもあるんだけど、受け取る時にちょっとだけ手が震えてしまった。
とうとう『離婚届』を手に入れた。
これで何かが動くかもしれない。
期待半分、不安半分でその場を後にした。
離婚届の保管場所に困る
受け取った後、離婚届を小さく折った。
慌てて出たからバッグを持って行くのを忘れてしまったのだが、そのまま持ち歩くわけにもいかない。
誰かに見られたら面倒なことになると思い、ポケットに入れた。
会社に戻り自分の席に着いてから周りを確認した後にバッグへ。
こういうのってすぐに噂になるからね。
社内には噂好きの人も居て、こんな話は格好のエサになってしまう。
そのままではなく尾ひれまでついて広まることが容易に想像できた。
会社に居づらくなるのも困るから、この時はとても警戒していたのを覚えている。
幸い誰にも気づかれずにしまうことができた。
問題は帰った後だった。
ずっとバッグに入れておくことはできない。
自宅に保管する必要があるのだが、良い場所がなかなか思いつかなかった。
しかも、夫が見ていない時に素早くしまわなければならない。
普段夫が触らない場所という前提付きで家の中を見渡してじっくりと考えた結果、子ども用のタンスの一番下の引き出しが良いだろうという結論に至った。
あとはしまうタイミングだ。
流石にトイレに行っている時だと間に合わないからシャワーを待つしかないか。
そんなことを考えながらチャンスをうかがった。
夕食後、いつも通り夫がシャワーを浴びに行った。
私は急いで子ども用のタンスへ。
離婚届をしまう時にはとてもドキドキしたが、念には念をということでタンス用シートの下に置いたからバレることはないだろうと思った。
夫は勘が鋭いだけでなく嗅覚も優れている。
何かしらの異変があれば、すぐに嗅ぎつけてくる。
動物並みのその能力には驚かされるばかりだ。
しかも記憶力も異様に良くて、物が少しでも移動していると気づくほどだった。
多分、タンスの服がずれていたり崩れていたら気づかれてしまう。
だから置く前と同じ状態になるように入念に確認した。
秘密を抱えるリスク
私は嘘が付けないタイプだ。
よく顔に出ると言われるのだが。
夫のような人から見れば、一瞬で全てを把握できる簡単な相手だったのではと思う。
そんな私が家庭内で秘密を持つのは至難の業。
些細なことからバレてしまう恐れがある。
自分もそのことを忘れてしまえれば良いのだけど。
それじゃあ事態を動かすことができない。
ちゃんと覚えていて、その上自然に振舞わなければならなかった。
離婚届のことは起きている間中ずっと頭の片隅にあって。
いつ動こうか、いつなら安全か。
そればかり考えていた。
サインをもらうシーンは何度も想像した。
夫の居ない生活はなんて幸せなんだろう。
子どもと二人、笑って過ごせる日がそう遠くないのではと錯覚した。
でも現実は残酷だ。
夫の機嫌が良い時なんて滅多にないから、離婚届を出すタイミングをはかれない。
万が一奇跡的に機嫌が良くて何でも話せそうな時でも、離婚届を目の前に置いた瞬間に機嫌が悪くなるのが怖い。
それだけなら良いが、暴れ出したら子どもと自分を守れるかも不安だ。
ただ、そういうリスクを冒してでも書いてもらわなければ話が進まない。
こういう堂々巡りはそれまでもあったのだが。
離婚は人生の方向性を左右するような選択だから大きなストレスとなった。
お腹が痛くなったり眠れなくなったり・・・。
体調不良に悩まされた。
勘の鋭い夫は、そうした私の異変を敏感に感じ取っていた。