学生時代には「冷たい人」と言われていた夫
学生の頃から夫は変わっていないようだった。以前何かの話で学生時代の話題になった時のこと。
女の子たちから『冷たい人』と言われていたことを教えてくれた。
これは誉め言葉ではないと思うんだけど。
どういうわけか夫は誉め言葉として受け取ったようだった。
『冷たい人』と女子から言われていたことが『俺はモテていた』という結論につながったらしい。
私には分からない・・・。
冷たいと言われたら、その意味は言葉のままだ。
きっと共感性に乏しくて、人の気持ちが分からなかったのだろうと思う。
一見仲良く見える人たちとも心を通い合わせることができず、遠ざかって行った人も居たに違いない。
そしてそのまま共感性を養うこともできず、大人になったというわけだ。
子どもって鋭い所があるんだよな~と改めて思った。
鈍感な私は大人なのにそれに気づけなかった。
いや、私だけではない。
夫の友だちも、親しくしている女性も。
皆夫の本性に気づけなかった。
だから、ああやって懇意にして気に掛けてくれるのだろう。
共感性に乏しいことが関係しているのかは分からないが。
物事の受け取り方にも偏りがあった。
普通はそう捉えないでしょう?と驚くような捉え方をする。
それが良い方になら問題ないが、大抵は悪い方で。
勝手に相手への憎悪を募らせて悪意を抱くことが多々あった。
『この人嫌い』となった相手には容赦がない。
しかも、頭は回るから何をするつもりなのだろうかと考えるのが恐ろしい。
攻撃されている人を見た時は心臓がえぐられるような気持ちだった。
それと同時に夫のことが怖くて全身が震えた。
机の引き出しにラブレター
夫の実家には古い勉強机が置いてある。
くたびれてはいるが、まだ十分に使える物だ。
机には収納部分がいくつか付いていて、椅子の背もたれ前の位置にある横広の引き出しには色んなものが入っていた。
子どもの頃からちょっとずつ増えていったものだろう。
一つ一つは大したものではない。
ただ、中には思い出の品というのもいくつかあると聞いていた。
その中に、夫の好みには似つかわしくない可愛い手紙もしまってあった。
十分に引き出さないと見えないくらい奥の方。
それを、ある時夫がわざわざめいっぱい引いて見えるような状態にしていた。
恐らくその手紙について触れて欲しいのだろうということは分かった。
でも非常に面倒くさい。
常日頃からモテ自慢をされていたのだが、『そうなんだー』と曖昧な返事をしつつ聞いていた。
その態度に不満があり、『本当なんだぞ』というのを分からせたかったのかもしれない。
スルーすると怒るだろうし、後々絡まれるのも避けたい。
でもどういう風に聞いたら良いのかが分からず、とりあえず
「それ可愛い柄だね~」
と言ってみた。
そうしたら、しゃべるしゃべる。
日ごろは寡黙な男を気取っている夫が、聞いても居ないのにその手紙をもらった時のことを語り始めた。
ついでに関係ない話題にまで及び、延々とモテ話を聞くはめになった。
手紙は同じ学校の子からもらったらしい。
お互いに好きだったが、何となく付き合うところまではいかなかったのだとか。
学生時代にバスを使っていたが、降りたら他校の生徒から手紙をもらうこともあったそうだ。
「全然知らない奴なんだけどな」
と言いながら満足そうだった。
こういう時は攻撃されないから聞き役に徹すれば良いだけなんだけど。
過去にモテていた話を妻にする心情が分からない。
私に何を期待しているのだろうか。
饒舌な夫を前に困惑し、1ミリも焼きもちを焼かない自分にも驚いていた。
夫のことがもう好きではなかった
夫が焼きもちを焼かせようとするたびに私は実感した。
もう、これっぽっちも夫のことが好きではないのだと。
今思うと付き合い始めた頃からそれほどの強い気持ちは無かった。
ただ穏やかな好意を抱いていて、何気ない日常が幸せならそれで良かった。
でも夫は変化を好み、他人から羨ましがられるような存在になりたがった。
根本的に合わない二人だったのだ。
人に尊敬されたい。
特別な存在でいたい。
皆とは違うということを見せつけたい。
常にこのような欲求を抱えていたように思う。
だからこそ、無職になった自分を受け入れられなかったはずだ。
私はそれでも良かった。
自分が頑張って働いて養おうと思っていた。
贅沢はできなくても、小さな幸せがあればそれで良い。
ちょっとだけ美味しいものを食べて、お気に入りのテレビを一緒に観て笑う。
そんな生活がしたかった。
夫と見ている方向が全く違うのだから上手く行くはずがなかった。
ずい分前から気づいていたのに、変化を怖がる私は何とか元の場所に帰ろうとした。
夫は変化に気づいても、それにすがろうとした。
理想としている生活ではないのに。
もし私たちが戻ったら、今度こそ自分の理想に近づけるための努力を強要してきただろう。
夫にとって大事だったのは私たちではなく、私たちがもたらす理想の生活だったのだと確信している。