2026年2月21日土曜日

義両親に引きずられるようにファミレスへ・・・

「お昼を食べに行こう」にも反応しない子ども

重苦しい空気の中、

義両親は妙に明るいテンションで話し続けていた。


私がこの場をどうにかしなければ。


なぜか、そんな責任を一人で背負っていた。


けれど、

どれだけ言葉を選んでも、

空気は少しも軽くならない。


むしろ、重く沈んでいくばかりだった。


このままでは、心がもたない。


そう感じ始めた頃、


「外に昼飯、食べに行くか」


と、お義父さんが言った。


普段なら、遠慮したいところだ。


でもその時は、


「そうですね。行きましょう」


と、ほとんど反射的に答えていた。


狭い部屋から出られる。


その一心だった。


ほっとしたのは、

きっと子どもも同じだと思っていた。


けれど――


「ご飯に行こう」


という言葉に、

子どもはまったく反応しなかった。


部屋の隅で、

ただ固まったまま。


その様子に、義両親の表情が変わる。


“心外だ”と言いたげな、不機嫌な顔。


空気がまた、ひりついた。


子どもの気持ち

私は慌てて子どものそばにしゃがみ込み、

顔を近づけて小声で聞いた。


「ご飯、行きたくないの?」


子どもは、

小さくコクリと頷いた。


それでも義両親は、

すっかり出かける気になっている。


何か買ってきて家で食べる、

そんな選択肢も頭をよぎった。


でも、それではきっと納得しない。


これまでのこともある。


せめて今だけは、

子どもの気持ちを守りたかった。


「どうする?

 やめておこうか」


そう言いかけた、その時。


背後から、怒鳴るような声がした。


「ほらっ、行くぞ!」


体がビクッと跳ねた。


大声は、本当にだめだ。

夫の怒鳴り声を思い出してしまう。


子どもは、

軽く震えていた。


壁に身体を押しつけるようにして、

小さくなっている。


それなのに――


お義父さんは、

その手首を強くつかんだ。


そして、

無理やり、引っ張った。


咄嗟に止めようとして、

私も子どもの腕をつかんだ。


狭い部屋の中で、

子どもの手首を引き合う形に・・・。


その細い手首が、

みるみる赤くなっていく。


それを見て、

お義父さんはようやく手を離した。


けれど、空気はもう壊れていた。


私たちはそのまま、

ほとんど引きずられるように

ファミレスへ向かった。


それは決して、家族団らんなどではない。


ただ、

逃げ場のない時間の始まりだった。

2026年2月20日金曜日

義両親からの見えない圧力

息苦しい空間、疑心暗鬼な私

思い切ってドアを開けた、

その瞬間。


二人の、満足げな笑顔が目に入った。


直前に聞こえた“ガチャガチャ”という音で、

出てくると確信していたのだろう。


その笑顔を見た瞬間、

胸の奥がざわついた。


歓迎しなければならないのに、

どうしてこんなに苦しいのだろう。


ぎこちない表情のまま、

私は二人を家の中へ通した。


一目で室内を見渡せてしまうほどの、

狭い家。


お客さんが来れば、

まず座る場所を考えなければならないような、

窮屈な空間。


そこへ大人が二人増えた途端、

空気が一気に重くなった。


息苦しい。


夫の伝言を預かってきたのだろうか。


そんな疑念が頭をよぎり、

私の表情はさらにこわばった。


圧力を強める二人

最初、義両親は世間話ばかりしていた。


近所の〇〇さんの話。

親戚の〇〇さんの話。


どれも、今ここで聞く必要のない話題を、

妙に明るいテンションで。


こういうときほど、

“本題”は別にある。


場を和ませてから切り出す。


それが、いつものやり方だった。


そう分かっているからこそ、

言葉はほとんど頭に入ってこない。


ただ、

いつ爆弾が投げられるのかと、

身構えるばかりだった。


その間、子どもは部屋の隅で

壁に背中をぴたりとつけて、

本を読んでいた。


まるで、

「私はここにいません」

とでも言うかのように。


気配を消そうとする子ども。


それでも、

二人は放っておかなかった。


何度も話題を振る。


けれど、子どもは

小さく頷くだけ。


声は出さない。


その様子が気に入らなかったのか。

次第に、お義父さんの口調が強くなっていった。


「ほらっ、(子ども)ちゃん!

 おじいちゃんが話してるだろ!」


お義母さんも、最初はなだめていたが、


「(子ども)ちゃん、おじいちゃんが話してるわよ」


と、いつの間にか加勢していた。


空気が、さらに張りつめる。


部屋の狭さが、

逃げ場のなさを際立たせていた。

2026年2月19日木曜日

押しの強い義両親

玄関前で待ち続ける二人

ドアスコープから義両親の姿を確認した瞬間、

私はすっかり冷静さを失った。


「なんで、お義父さんたちが来てるの?」


起きたばかりで、まだ頭も回らない。

それでも、スコープの向こうに立つ二人の姿は、

はっきりと見えていた。


ただ、ひたすらうろたえた。


「どうしよう……」


狭い室内を落ち着きなく歩き回った。


その間も、

何度も、何度も鳴るインターホン。


こんなに鳴らされたら、

ご近所さんに迷惑がかかる。


今日は休日だ。

ゆっくり過ごしている人も多いはず。


かといって、

明るく「こんにちは」と出迎える勇気もない。


結局、何もできずに

ただウロウロするだけだった。


そのうち帰ってくれればいい。


そう願ったけれど――


二人は、なかなか帰らなかった。


時計を見ると、

もう10分以上経っている。


その頃には、

ぐっすり眠っていた子どもも

異変に気づいて起きてきた。


眠い目をこすりながら、


「ママ、どうしたの?」


と聞いてくる。


私は口元に指を立て、

必死に“静かに”と合図をした。


まだ、ギリギリ居留守は使える。


応答がなければ、

留守だと思って帰るかもしれない。


私たちは息を殺し、

じっと、二人が去るのを待った。


近所迷惑

待てど暮らせど、

帰る気配はない。


それどころか――


玄関の前で、

大きな声で話し始めた。


独り言のようでいて、

明らかにこちらに聞かせる声量。


「……あれー? 居ないのかな?」


「居るはずなんだけどな」


「おかしいなぁ」


まるで、

“居留守を使われている”と

周囲に知らせるかのように。


確かに、居留守ではある。


でも、それを

こんな形で揺さぶられるとは思わなかった。


胸がざわついた。


これ以上続けば、

本当に近所迷惑になる。


追い詰められるように、

私は決断した。


ドアを、開けるしかない。


その直前、

子どもとヒソヒソ声で相談した。


「今、起きたことにしよう」


小さくうなずき合い、

私はゆっくりとドアノブに手をかけた。

2026年2月18日水曜日

孤独な闘い

夫が来るかもしれない、という恐怖

家に戻ってから最初の週末だった。


朝、少し早く起きて、

子どもと二人で近所に散歩に出かけた。


家にいると、

どうしても色んなことを考えてしまう。


それが明るい想像ならいいのだけれど、

浮かぶのは、恐怖から生まれる悪い想像ばかりだった。


少し、疲れてしまった。


だから、外に出ようと思った。


「朝のお散歩に行こうよ」


そう誘うと、子どもは二つ返事でついてきた。

きっと、同じ気持ちだったのだと思う。


歩いて、歩いて。

ただ、ひたすら歩いた。


いつもは行かないような場所まで足を伸ばすと、

少しずつ心が軽くなっていった。


家から離れれば離れるほど、

心が軽くなるなんて。


考えてみれば、おかしな話だ。


でも、あの空間にいれば、

どうしても前のことを思い出してしまう。


しかも、夫やその友人の私物まで、

ご丁寧に残されたままだ。


意識しないように、なんて

無理な話だろう。


夫の気配を感じるたびに、


「もしかしたら、戻ってくるかもしれない」


そんな恐怖が、胸を締めつける。


恐怖と闘いながらの生活。


心は、すっかり不安定になっていた。


どうでもいいことで涙があふれたり、

急に何もできなくなったりした。


日曜日の訪問者

土曜日、少し夜更かしをした。


子どもと話していたら、

つい遅くなってしまったのだ。


だから日曜日は、

少しお寝坊して、昼近くまで布団の中にいた。


「そろそろ起きなくちゃ」


まだ半分、夢の中。


体を動かそうとした、その瞬間――


インターホンが鳴った。


ビクッとして、息を止めた。


外の様子をうかがう私。

その横で、子どもはまだぐっすり眠っていた。


何かの勧誘かもしれない。

まだパジャマだし、

居留守を使おうか。


そう考えていたら、

再び、インターホンが鳴った。


警戒しながら、

足音を立てないようにドアに近づいた。


そっと、ドアスコープをのぞき込む。


そこに映っていたのは――


義両親だった。

2026年2月17日火曜日

寝る前のパパとの電話が日課になった子ども

きしむ日常

あの頃のことを思い出すと、

「もっと上手くやれなかったのだろうか」

と、今でも自問自答することがある。


ゆっくりと。

けれど確実に。


私たちは追いつめられていった。


それはきっと、

夫の思惑通りだったのだろう。


もともと、離婚するつもりなどなかった夫。


その場を収めるために。

私たちを納得させるために。


一時的に家を出て、

義実家に戻っただけだった。


距離ができたからといって、

執着が薄れることはなかった。


気づけばまた夫のペースに巻き込まれ、


あれほど嫌だった電話は、

毎晩“寝る前の習慣”になっていった。


子どもは、本当に嫌々だった。


そろそろ電話が来る——


そんな時刻になると、

ダンゴムシのように体を丸める。


頭を抱え、

まるで現実を遮断しようとしているかのように。


その気持ちは、痛いほど分かった。


だから私は、なだめながら、

できるだけ楽しいことを考えよう、

と促した。


でも——


そんなの、虚しいだけだった。


目の前に、

これ以上ないほど嫌な時間が待っているのに。


その状況で前向きになれる人なんて、

ほとんどいないだろう。


それなのに私は、

無理に明るく振る舞った。


パパとの電話なんて、

大したことじゃないと。


まるで「当たり前」のことのように。


それが、間違いだった。


子どもは、


「当たり前のことができない自分」


を責めるようになり、


少しずつ、

無口になっていった。


夫の声に拒絶反応を示す子ども

あれほど嫌っている父親と、

毎日話さなければならない。


そんな現実に、

無理やり向き合わせてしまった。


それは私の判断ミスだった。


謝れば済む、

そんな簡単なことではない。


今でも思い出すたび、


「どうすればよかったのだろう」


と考え込んでしまう。


連日の電話に疲弊していった子どもは、

その時間が近づくにつれて口数が減った。


あれほど日常に溢れていた笑い声が、

いつの間にか消えていった。


時計を何度も確認し、

そのたびに小さくため息をつく。


もうすぐ、かかってくる。


今日は、どれくらいで終わるだろう。


その“約束事”は、

次第に私たちの生活を縛っていった。


何をしていても、

電話の時間を意識する毎日。


そんな状態で、

心から楽しめるはずがない。


せめて休日くらいは——


そう願っても、

出先で着信が鳴ることもあった。


無視したい。


でも、できない。


その葛藤は、

きっと子どもにも伝わっていたのだろう。


不安そうに、

何度も私の顔をうかがっていた。

2026年2月16日月曜日

夢にまで見た新生活がスタート

気持ちも新たに——

自宅に戻り、

私たちは新生活をスタートさせた。


夫のいない家。


もう自宅で怒鳴られることもない。


それが、

ただただ嬉しかった。


けれど同時に、不安もあった。


夫がこのまま疎遠になるとは、

どうしても思えなかったからだ。


案の定、

それからも私たちは関わり続けることになるのだけれど……。


あの頃の私たちは、


「これからの生活が楽しみ!」


そう言い聞かせるようにして、

必死でその事実から目を背けていた。


そして——


そんな願いも虚しく、

夫の介入は少しずつ、

けれど確実に激しくなっていった。


私がもっとも心配していたのは、

子どもが帰宅した後のこと。


夫が仕事をしていれば、

その時間にわざわざ来ることはないだろう。


けれど、無職の期間は違う。


いつだって来られてしまう。

毎日だって、可能だった。


それが怖くて、

私は子どもに『学童』を提案した。


放課後は友達と遊びたかった子ども。


その気持ちはよく分かる。

でも——危ないかもしれない。


そんな思いが、私の中で渦を巻いていた。


結局、

しばらくは様子を見ることになった。


断ち切れない鎖

私も子どもも、朝が弱い。


なかなか起きられない。


毎朝目覚ましはかけていたけれど、

一つでは足りなかった。


二つに増やし、

夜は早く寝るようにした。


それでも、

ギリギリになってしまうことがある。


ハッと目が覚めたら、

家を出る10分前——


そんな日もあった。


大騒ぎで支度をして、

バタバタと二人で家を飛び出す。


そんな毎日。


思い出すと、

とにかく慌ただしかった記憶が強い。


でも同時に、

楽しかった。


よく笑っていた。


ちょっとしたことで笑いが止まらなくなるくらい、

たくさん笑った。


夫がいないだけで、

こんなにも楽なんだ。


怒鳴られないだけで、

こんなにも安心して暮らせるんだ。


そんな日常に、

どこか戸惑いすら感じていた。


けれど——


心の片隅には、

いつも夫の存在が引っかかっていた。


抜けない棘のように。


罪悪感に入り込むように、

毎日鳴る電話。


やがて私は、

子どもを遠ざけることさえ難しくなっていった。


嫌々電話に出て、

恐怖の対象である「パパ」と話す子ども。


自由になったはずなのに。


私たちの心は、

少しずつ追い詰められていった。

2026年2月14日土曜日

夫からの驚きの提案

「毎日声が聴きたい」

重い気持ちで、

電話をかけた。


話し始めた瞬間から、

どうやって切り上げようか、

そればかりを考えていた。


それほどまでに、

夫との電話が嫌だった。


ずっと避けてきたのは、

怒鳴られたり、

なじられたりするのが

怖かったから。


それに、

夫のペースに乗せられて、

いつの間にか

勝手に話を進められてしまう。


それも、

強く警戒していた。


その日、

夫は開口一番、

こう言った。


「これからは、

 毎日、声が聴きたい」


その言葉を聞いた瞬間、

頭の中が真っ白になった。


――毎日?


それは、

毎日電話をする、

ということだろうか。


慌てて、


「それは、ちょっと難しい」


と、できるだけ柔らかく伝えた。


すると、

すぐに強い口調で返ってきた。


「こっちは譲歩してるんだ。

 それくらい、いいだろ?」


胸の奥が、

ぎゅっと縮む。


毎日、

こんな時間が待っている。


そう考えただけで、

とても耐えられないと思った。


子どもだって、

きっと同じだ。


毎日の電話が当たり前になったら、

いつか必ず、

話さなければならない日が来る。


その光景を想像して、

背筋がぞっとした。


言葉が、

出てこなくなった。


この人は、

私たちを

解放するつもりなどない。


離れてもなお、

縛り続けるつもりなのだ。


そう感じ取ってしまい、

叫び出したい衝動に駆られた。


何とか答えを保留に・・・

毎日の電話だけは、

絶対に嫌だった。


そう思っても、

はっきりと拒否することができない。


けれど、

言いなりになるわけにもいかず、

私は必死に言い訳を並べた。


最終的に、

結論は先延ばしになり、

ひとまず

保留という形に落ち着いた。


「時々、電話しろ」


くらいは言われるだろうと

思っていた。


まさか、

「毎日、電話しろ」

と言われるとは

想像もしていなかった。


だから、

想定外の提案に

完全に動揺してしまったが、


それでも、

その場で承諾せずに済んだことに、

心の底から安堵した。


私は、

忘れていた。


夫が、

決して諦めない人間だということを。


翌日から、

夫は執拗に

電話をかけてくるようになった。


着信履歴は、

夫の名前で

埋め尽くされていく。


数分おきに鳴る電話。

ひどい時には、

数十秒後に、また。


私は、

少しずつ、

追い詰められていった。

2026年2月13日金曜日

別居しても終わらない、夫からの支配

自由なはずなのに、心細い帰り道

誰もいない帰り道。


薄暗い道を、

ゆっくり、ゆっくり、

おしゃべりしながら歩いた。


自分たちの家なのに、

なぜか、

帰りたくない。


現実から目を逸らしたいような、

後ろ向きの気持ちが

確かにあった。


それでも、

夫がいる家に帰るよりは、

何万倍もましだ。


そう思って、

何度も自分に言い聞かせ、

気持ちを奮い立たせた。


あの日、

二人で歩いた帰り道の情景は、

今でもはっきり覚えている。


自由なはずなのに、

心細かった。


心は不安定で、

そわそわして、

落ち着かない。


理由ははっきりしないのに、

何もかもが怖かった。


子どもも、

同じように感じていたのだと思う。


「なんだか、嫌だな」


そう、何度も口にした。


これが嫌だ、

と一つに絞れるようなものではなく、

あれも、これも、

全部が嫌だった。


二人とも、

明るく振る舞ってはいたけれど、

本当は怯えていた。


そんな心細さを抱えたまま、

寄り添うように歩いた帰り道。


まるで、

この世界に、

二人ぼっちになってしまったような

気がしていた。


逃げられない一本の電話

夕飯を終え、

お風呂に入り、

本来なら、

ほっと一息つく時間だ。


けれど私には、

まだ終わっていない用事があった。


夫に電話をする。


それは、

これ以上ないほど、

気の重い役目だった。


子どもに話させるのは酷だ。

だから、

最初から決めていた。


自分だけ話して、

短く終わらせる。


さて、

そろそろかけるか。


そう思っても、

なかなか通話ボタンを押せない。


気が重くて、

携帯を手に取っては、また置く、

というのを繰り返した。


この電話は、

一体、何時になったら終わるのだろう。


そう考えれば考えるほど、

胸の奥が重くなった。


結局、

電話をかけたのは、

子どもが眠ってからだった。


その時間なら、

「子どもに代われ」

と言われずに済む。


そんな計算をしている自分に、

嫌気がさしながら。


震える手で通話ボタンを押すと、

すぐに、

夫は出た。


私は、

できるだけ子どもから離れた場所へ移動し、

声を潜めて話し始めた。

2026年2月12日木曜日

空気を読まない夫

「寂しい」と言う夫

電話口でお義父さんが、

「代わるね」

と言ってすぐ、


この世で、

いちばん聞きたくない声がした。


夫の声だ。


もちろん、

嬉しい気持ちなど

微塵もない。


心の奥底から、

言葉にできない嫌悪感が込み上げ、

何も言えなくなった。


そんな私を気にする様子もなく、

夫はいつもの調子で言う。


「どう? 落ち着いた?」


まるで、

これまでの出来事が

何ひとつ無かったかのように。


その瞬間、

はっきりと実感した。


この人は、

自分が悪いなどとは

一度も考えたことがないのだろう、と。


ごく普通の声色で

話しかけてくる夫に、

全身が警戒する。


これまでと、

まったく同じ構図だ。


手のひらは汗ばみ、

心臓の鼓動が速くなる。


気づけば、

酸欠のような浅い呼吸になり、

息苦しさを感じていた。


そんな私をよそに、

夫は繰り返す。


「お前らに会えなくて、寂しい」


意味不明な長電話

固まったままの私を、

子どもが不安そうに見上げていた。


しっかりしなければ。

これ以上、

不安にさせてはいけない。


私は慌てて平静を装い、


「今、外だから。

 これからお会計するところ」


そう伝えた。


それを聞けば、

さすがに電話を切るだろう。

そう思った。


でも、

甘かった。


買い物中だと伝えても、

一向に切る気配はない。


何を買っているのか。

子どもは何を選んだのか。


今すぐ聞かなくてもいい話を、

延々と続ける。


困った私は、


「(子ども)ちゃんがお腹空いちゃうから、

 そろそろお会計して帰るね」


そう伝えた。


すると当然のように、

こう言われた。


「じゃあ、(子ども)に代わって」


冗談じゃない。


部屋を明け渡したことで、

すべて許されたつもりなのだろうか。


憤りが込み上げる一方で、

夫は変わらず、

自分の話を続けている。


切りたくても、

切らせてくれない。


十分ほど経った頃、

これ以上は無理だと思い、


「これから帰って、ご飯だから」


半ば強引に、

切り上げようとした。


それで終わるはずだった。


けれど、

返ってきた言葉はこうだった。


「じゃあ、家着いて飯食って、

 落ち着いたら電話して」


一気に、

身動きが取れなくなる。


その間、

お会計は子どもにお金を渡して、

お願いしていた。


何も知らずに戻ってきた

子どもの顔を見た瞬間、

胸の奥から、

申し訳なさが一気に溢れ出した。


涙が、

こぼれそうになる。


せっかくの、

二人きりの時間。


電話をすることを知ったら、

きっと、

がっかりさせてしまう。

2026年2月11日水曜日

モラハラ夫への感謝を促す義両親

「誰のおかげ?」

電話に出ると、

お義父さんは開口一番、こう言った。


「もう落ち着いたか」


まだ到着してから、

ほんの数時間しか経っていない。


部屋が最初から片付いていれば、

確かに、

それほど時間はかからなかっただろう。


けれど、実際は違った。


夫やその友人たちの私物が溢れ、

とてもそのままでは

暮らせる状態ではなかった。


片付けで体力も気力も削られていたところに、

この一言。


胸の奥に、

小さな棘が刺さったような感覚がした。


それでも、

義両親なりに

助けてくれた部分もある。


だから私は、

感情を抑えて、


「はい、おかげさまで」


とだけ答えた。


すると今度は、

唐突にこう言われた。


「感謝しないといけないな」


一瞬、

何のことか分からなかった。


言葉を返せずにいると、

お義父さんは続けた。


「そこに住めるのは、

 (夫)のおかげなんだから」


頭の中が、

一気に混乱した。


一体、

どこが「夫のおかげ」なのだろう。


散々居座り、

家賃も払わず、

この家を仲間内のたまり場にした。


その痕跡が、

今も色濃く残る部屋で、

子どもと二人、

必死に再スタートを切ろうとしているのに。


それでもお義父さんは、

「夫のおかげ」と

言わせたいのか、


同じことを、

何度も問いかけてきた。


家族にまで演技する夫

なぜ、

お義父さんが

こんなことを言い出したのか。


理由は、

すぐに分かった。


それは、

夫がそう仕向けたのだ。


電話の途中で、

お義父さんがこんなことを言った。


「二人が幸せに暮らせれば、

 それでいいって、

 あいつは言っている」


その瞬間、

はっきりと理解した。


これは、

夫の策略だと。


弱々しく、

そう語られたら――

親なら、

きっと放っておけない。


その気持ちを利用して、

夫はまた、

自分を被害者のように見せている。


それだけではなかった。


夫は、

「いつかまた、

 三人で暮らしたい」


そう言って、

泣きながら話しているらしい。


その結果、

義両親から告げられた。


「これからのことは、

 よく考えてくれ」


「(夫)だけが、

 辛い思いをすることのないように」


言葉が、

頭を素通りしていく。


私はもう、

返事をすることすらできず、

ただ黙って聞いていた。


ようやく話が途切れ、

終わるのかと思った、その時。


「今から(夫)に代わるから」


「一言、

 何か言ってやって」


そう言われて、

頭の中が真っ白になった。

2026年2月10日火曜日

タイミングの悪い義両親からの電話

懐かしい近所のスーパー

いつぶりだろう。

近所のスーパーに来たのは。


久々に足を踏み入れた途端、

苦い記憶がよみがえった。


以前は、

せっかく買い物に出かけても

ゆっくりなんてしていられなかった。


必要な物を慌ただしく探し、

手早く会計を済ませる。


分刻みに報告を求められる生活。


それがどれほど窮屈で、

どれほど息の詰まる日常だったか。

きっと、普通は想像もつかないだろう。


そんな日々を生き抜いて、

表面上は、ようやく自由を手に入れた。


その日、

子どもが珍しく言った。


「ネギトロ丼が食べたい」


普段なら、

親子丼や唐揚げを選ぶのに。


でもその日はなぜか、

ネギトロ丼にこだわった。


残り二つになっていたそれを、

迷わず両方、カゴに入れる。


もしかしたら――

お金のことを考えたのかもしれない。


他のお弁当はまだ二割引きなのに、

ネギトロ丼だけ半額だった。


お金の心配は、

この頃いつもそばにあって、

それを口に出すことも増えていた。


だから子どもなりに考えて、

一番安く手に入る

ネギトロ丼を選んだのだろうか。


もしそうだとしたら、

本当はさせなくていい苦労を

させてしまっている。


そう思うと、

胸の奥が重くなり、

やるせない気持ちになった。


義両親からの電話

私が仕事に行っている間、

子どもは留守番になる。


学校から帰ってきて、

一人で過ごす時間も長い。


だからせめて、

少しでも寂しさが紛れるようにと、

お菓子を少し多めにカゴに入れた。


それくらいで

何かが変わるわけじゃないかもしれない。


それでも、

少しでも楽しく過ごしてほしかった。


お菓子を選んでいる間、

子どもは珍しくテンションが高く、

売り場を行ったり来たりしていた。


真剣な顔で悩み、

いくつかを選び出す。


そろそろ会計を済ませようと、

私たちはレジへ向かった。


その時だった。


ポケットの中で、

携帯が震えた。


遅る遅る取り出し、

画面を確認する。


表示されていたのは、

お義父さんの名前。


一瞬で、

胃のあたりが重くなった。


「気づかなかったことにしようか」


反射的に、

そんな考えがよぎった。


でも、

後から何を言われるか分からない。


結局、

仕方なく通話ボタンを押した。

2026年2月9日月曜日

落ち着かない我が家

夫の気配がそこかしこに・・・

夫の気配が、

そこかしこに残っている。


かつて家族三人で暮らし、

そこには確かに日常があった。


嫌な思い出ばかりだけど、

必死に探せばほんの少しだけ、

楽しかった記憶もある。


本当に、

ほんのわずかな時間だったけれど。


再び足を踏み入れた我が家には、

そんな面影はどこにも残っていなかった。


代わりにあったのは、

夫やその友人たちが

楽しく過ごしていたであろう痕跡。


無造作に置かれた私物が、

まるで「まだここにいる」と

主張しているようだった。


それを見た途端、

子どもの表情が一気に曇った。


夫の私物を、

まるで触れてはいけない物のように

恐る恐る持ち上げ、

部屋の端へ追いやる。


多分、

目に入ること自体が

もう受け入れられないのだ。


その光景を見て、

私はすぐに声を掛けられなかった。


このままでは暮らせない。

いつも夫の気配を感じながらなんて、

耐えられるはずがない。


そう思って、

私たちは掃除をすることにした。


とはいえ、

勝手に捨てることはできない。

彼らの物は、

ひとつひとつビニール袋に入れていく。


夫の物に触れるたび、

心臓がギュッとなる。

無意識に息を止めている自分に気づく。


本人はいない。

それなのに、

私物に触れるだけで

こんなにも怖い。


片付けながら、

ふと、ある考えが浮かんだ。


もしかしたら夫は、

わざと自分の物を

置いていったのではないか。


触らせるために。

思い出させるために。

恐怖を残すために。


そう考えた瞬間、

背中がひんやりとした。


逃れられない夫の影

正直に言って、

非常に居心地が悪かった。


「これじゃあ、

なんだか気を抜けないね」


そんな話をしながら、

私たちは黙々と手を動かした。


とりあえず、

視界に入らないだけでも

だいぶ違う。


目に触れない場所へ

一生懸命しまい込んでいるうちに、

いつの間にか外は夕方になっていた。


二人ともクタクタで、

疲労だけが溜まり、

モヤモヤは消えない。


この部屋に戻るよう

指示したのは夫だ。


言う通りにしなければ、

出て行ってはくれなかった。

他に選択肢はなかった。


それなのに、

まるで嫌がらせを

受けているような気分になる。


日も暮れ、

薄暗くなった部屋で二人。

沈んだ気持ちのまま、

片付けに没頭した。


途中、

「これはどうしようか」

と小声で相談しながら、

それでも結局、

丁重にしまい込む。


離れてもなお、

私たちは恐怖に支配されていた。


気づけば、

いつもの夕飯の時間は

とっくに過ぎていた。


お腹が空いていることに気づき、

外へ買いに行くことにした。


本当は節約したい。

でも、作る気力が残っていなかった。


子どもは外食をしたがったけれど、

何とか宥めて、

近くのスーパーへ向かった。

2026年2月7日土曜日

久々の我が家へ

少しの緊張と期待

自分の家に戻るだけなのに、

少しだけ、緊張していた。


別居したばかりの頃は、

ただひたすら、

「夫と離れたい」

それだけを考えて生きていた。


でも、少し落ち着いてくると、

欲が出た。


「離婚できたら、いいな」


そう思い始めたら、

止まらなくなった。


あの日、電車の中で、

私はこれからの生活を想像していた。


子どもと二人。

どんなふうに暮らしていこうか。


できるだけ、

楽しいことを考えたくて、

明るい未来に、

思いを巡らせた。


子どもはというと、

電車に揺られながら、

うとうと、うとうと。


前の夜、

三人で遅くまで起きていたから、

暖かな空気に、

眠気を誘われたのかもしれない。


とても穏やかな日だった。


ゆったりと電車に揺られながら、

私たちは、

久々の我が家へ向かった。


ここは誰の家?

部屋に着き、

久しぶりに、

鍵を使ってドアを開けた。


夫と暮らしていた頃、

鍵を使うことは、

ほとんどなかった。


使うとしたら、

夫がたまたま外出していた時か、

——締め出された時。


鍵を使って、

そっと入ろうとしたら、

ドアを開けた瞬間、

目の前に、

仁王立ちした夫がいた。


玄関に上がることも許されず、

怒鳴られ、

なじられて、

数十分、

立たされたこともあった。


その記憶が一気によみがえり、

心臓がぎゅっと縮んだ。


でも。


もう、その夫はいない。


義実家に戻り、

この部屋には、

子どもと私だけのはずだ。


ドアを開け、

夫の姿がないことを確認し、

ほっと息をついた、

その瞬間。


私は、

言葉を失った。


家のあちこちに、

夫の私物が散乱し、

友人たちの物まで、

残されていた。


そこには、

はっきりと。


夫の気配が、

残っていた。

2026年2月6日金曜日

お世話になった先輩との別れ

引越し前日

いよいよ、

翌日が引っ越しの日。


私たちは朝から、

ご馳走やお菓子を用意して、

映画を見ながら、

ゆっくりと過ごした。


嬉しい。

でも、名残惜しい。


胸の奥に、

少しだけ引っかかるものがある。


夫に出て行ってほしくて、

必死で闘ってきたのだから。


そんな気持ちを抱くなんて、

罰が当たりそうだ。


それでも。


先輩と離れることが、

どうしようもなく寂しかった。


子どもも、

同じだったと思う。


いつの間にか、

先輩のことを

「(名前)ちゃん」と

名前で呼ぶようになっていた。


私がそう呼んでいたからだろうか。


とても懐いていて、

二人だけで出かけることもあった。


知らない人が見たら、

親戚だと思ったかもしれない。


それくらい、

自然な距離だった。


それが、

また二人きりになる。


不安がなかったわけじゃない。


夫との対決は、

まだ終わっていない。

執着も、消えてはいない。


それでも。


長い長い暗闇を抜けて、

ようやく、

光が差し込んできた。


そんな気がしていた。


子どもの涙

昼間は、

できるだけ明るく過ごした。


けれど夜になると、

少しずつ、

みんな口数が減っていった。


翌日のことを、

考えずにはいられなかった。


明日の今頃。

もう、この家にはいない。


そう思ったら、

無性に泣きたくなった。


でも、

子どもも必死にこらえている。


私が泣くわけにはいかない。

そう思って、

何とか気持ちを持ち上げた。


夜も更け、

そろそろ寝る時間。


けれど、

どうしても

「おやすみ」が言えなかった。


子どもは、

「ずっと起きてる」

と言い張った。


すると先輩が、

優しい声で言った。


「明日は荷物を持って移動するから、

 そろそろ休もう」


子どもは、

泣きそうな顔で、

何度も頷いた。


でも、

次の瞬間。


目に溜まった涙が、

ぽろぽろとこぼれ落ちた。


袖で拭いても、

拭いても、

止まらない。


それを見たら、

私も、

もう耐えられなかった。


泣きながら、

「ありがとう」

そう言う子どもを、

先輩は、

ぎゅっと抱きしめた。


私も、

二人を包むように、

抱きついた。


三人で、

泣いて、

泣いて、

泣いた。


最後に、

先輩が、

ぽつりと呟いた。


「何かあったら、

 すぐに戻ってきなよ」

2026年2月5日木曜日

「早く戻れ!」と夫から連日の連絡

ゆっくりと、引っ越し準備

私たちは、

ゆっくり、ゆっくり、準備をした。


一つ一つの思い出を、

確かめるように。


それは、

ただの引っ越し作業ではなく、

新しい一歩を踏み出すために

必要な時間だったのだと思う。


いろいろなことがありすぎた。


決して、

打たれ強いわけではない私には、

試練の連続だった。


バッグに荷物を詰めていると、

子どもが、

少し神妙な顔で聞いてきた。


「もう二度と、

 ここには戻らないの?」


きっと、

子どもの中では、

ここが『家』になっていたのだと思う。


急にお世話になることになって、

先輩には本当に迷惑をかけた。


それでも、

私たちにとっては、

救いの時間だった。


あたたかくて、

安心できて。


たくさんの、

大切な思い出をもらった。


それは、

かけがえのない財産で、

弱虫な私を、

ほんの少しだけ強くしてくれた。


当時の私は、

自分なんて最低だと、

誰かと一緒に過ごす資格なんてないと、

本気で思っていた。


そんな思い込みを、

静かに否定してくれたのも、

先輩だった。


居心地が良くて、

本当は、

ずっとここに居たいくらいだった。


けれど。


一歩、

踏み出す時が来たのだ。


子どもには、

「家に戻らなければならないこと」を

きちんと伝えた。


二人で、

ちゃんと暮らしていく。


そう決めて、

私たちは、

少しずつ準備を進めていった。


急かす夫

私たちは、

自分たちのペースで

準備をしていた。


けれど、

夫は待ってはくれなかった。


連絡は、

日に日に激しくなり、


「一体いつまでかかるんだ!」


そう声を荒げ、

ついには、


「約束を反故にするなら、

 これまでの話もナシだ!」


と、脅してきた。


こういう時、

夫は決して寄り添わない。


こちらの事情も、

生活も、

すべて無視して、

自分の要求だけを押し付けてくる。


たった数日。

それすら待ってもらえない。


その事実に、

嫌悪感が、

じわじわと増していった。


平日は、

仕事や学校がある。


作業なんて、

できるはずがない。


次の土曜日まで待ってほしい。

それだけの、

ごく普通のお願いさえ、

夫にとっては

「大きな譲歩」らしかった。


ウンザリしながらも、

それ以上怒らせたら何が起きるか分からない、

その恐怖があって、

私は何とか、なだめ続けた。


そして、

次の休みを待った。


金曜日。


先輩との、

涙涙のお別れ会が、

開かれた。

2026年2月4日水曜日

明日への一歩

少しの達成感

先輩の家に戻った途端、

全身が、ぶるぶると震え始めた。


体の芯まで、鉛になったような疲労感。


きっと、

夫と向き合い続けたことで、

心も体も限界だったのだと思う。


自覚はあった。

でも、そんなことに構っている余裕はなかった。


これは、

私たちの明日を左右することだ。


本来なら、

一歩たりとも引いてはいけない。

一つも譲ってはいけない。


けれど、

あの状況で、

こちらの要望をすべて通すことは不可能だった。


持ち帰った紙を、

まじまじと見つめて、

私は大きく息を吐いた。


家を出たとは言っても、

夫は自由に出入りするつもりなのだ。


義実家は近い。

その気になれば、

すぐに来られてしまう。


離婚の話し合いも、

きっと、

思い通りに進めるための布石なのだろう。


——してやられた。


そんな気持ちが、

確かにあった。


それでも。


あの部屋に、

もう夫はいない。


そう思った瞬間、

じわじわと、

嬉しさが込み上げてきた。


飛び上がりたいほどだった。

でも、必死で抑えた。


まだ、だめだ。

まだ、子どもに知られてはいけない。


すべてが整う、その時まで。


これまで何度も、

ぬか喜びをしてきた。

だから、私はとても慎重だった。


「もう大丈夫」


そう断言できる時が来るまでは。


翌日、夫は義実家へ

引っ越し作業の翌日、

夫は義実家に戻ったらしい。


私物はだいぶ残したくせに、

家電などの大きな物は、

しっかり持って行っていた。


きっと、

これも嫌がらせなのだろう。


義実家に戻ったことを確認してから、

とうとう、

子どもに伝える時が来た。


あの一方的な条件の中には、

私たちが家に戻らなければならない、

という項目があった。


だから、

先輩の家に居続けることはできなかった。


「パパね、

 お部屋を出て行ったんだよ。

 だから、戻って二人で暮らそう」


そう伝えたけれど、

子どもは、すぐには信じなかった。


「パパはうそをつくから。

 本当は、まだ居るかもしれない」


その言葉を聞いて、

胸が、きゅっと縮んだ。


万が一、鉢合わせしてしまったら。

大人の私でさえ、

声も出なくなる。


子どもなら、なおさらだ。


それでも、

約束を破れば、

何が起こるか分からない。


私たちは、

あの部屋に戻らなければならなかった。


一週間。


私は説得を続け、

同時に、

子どもの恐怖が和らぐのを待った。


そしてようやく、

子どもは、

小さく頷いてくれた。

2026年2月3日火曜日

震える手でサインさせられた書類

新たな提案

私も、粘った。

最後まで、首を縦に振ることはなかった。


当たり前だ。

あんな要求、受け入れられるはずがない。


貝のように口を閉ざしたまま、

逃げることもできず、

ただ、その場をやり過ごしていた。


ふと窓の外を見ると、

空は、もう暗くなり始めていた。


帰りたい。

でも、帰してもらえない。


まだ説得は続きそうだと感じ、

胸の奥が、少しだけ沈んだ。


しばらくして、

友人Sと友人Yが口を開いた。


「俺、そろそろ帰ろうかな」


その言葉に、

私は思わず反応した。


もしかしたら、

解放されるかもしれない。


そんな淡い期待を抱いて、

彼らの様子を見守った。


一方で、

別の友人と、いつものNは、

最後まで残りそうな気配だった。


「この人たちも、帰ってくれたらいいのに」


そう思った、その時。


例の彼女が、

夫に、さっと目配せをした。


何かを伝えようとしていることは、

誰の目にも明らかだった。


そして、その直後。

夫は、もう一枚の紙を差し出してきた。


条件が一つ削られた提案

そこに書かれていたのは、

新たな条件だった。


私が、

どうしても受け入れられなかった

「子どもと会わせる」という項目が、

削られていた。


それを見て、

胸の奥で、ほっと息をついた。


夫は、

勝ち誇ったように言った。


「お前の考えてることは分かるよ」


その言葉に、

なぜか周囲の人たちは笑った。


どう考えても、

笑う場面ではなかった。


内心、憤りながらも、

私は必死で考えていた。


これ以上の譲歩は、

引き出せない。


ここが、限界だ。


そう感じた私は、

短く、「分かった」と答えた。


それから、

震える手でサインをした。


一通を受け取り、

バッグにしまう。


たったそれだけのことなのに、

手が震えて、

思うように動かない。


自分でも可笑しくなるほど、

時間がかかった。


ようやく解放された頃には、

外は、すっかり夜だった。


建物が見えなくなる場所まで歩き、

立ち止まって、

大きく伸びをした。


その時、

やっと、

「生きている」

という実感が戻ってきた。

2026年2月2日月曜日

一方的な要求 ― サインを拒んだ私

一筋縄ではいかない交渉

呼び出された時点で、

簡単にはいかないだろうことは、分かっていた。


それでも、

断るという選択肢はなかった。


どうせ拒んだところで、

最後は夫の思い通りになる。


そう学んできた。


だから、

引っ越しの手伝いも、

この場に来ることも、

仕方なく受け入れた。


でも——


これは、話が違う。


引っ越しを手伝うことと、

こんな取り決めをのむことは、

全く別だ。


私は、

その紙にサインしなかった。


周囲から見れば、

多勢に無勢。


防戦一方だったと思う。


実際、

言葉の圧は強く、

逃げ場はなかった。


それでも。


守るべきものがあった。


威圧されても、

責め立てられても、

「分かりました」とは言わなかった。


頑なな私を見て、

最初は嘲るような笑いが浮かんだ。


そんな中で、

諭すように口を開いたのが、

例の彼女だった。


正論という暴力

彼女は、

子どもをなだめるような声で言った。


「なんでも、自分の思い通りにはならないの」


なぜ、

そんなことを言われなければならないのか。


理解できなかった。


「普通に考えたらね……」


穏やかな口調で、

でも、逃げ道を塞ぐ言葉が続く。


「体調を崩して、

 思うように生活できない人を、

 見捨てて出ていくなんて、

 絶対にできないよ」


その言葉を投げたあと、

彼女は私の返事を待っていた。


私は、何も言えなかった。


罪悪感が、

喉の奥に引っかかっていた。


言葉を探していると、

別の誰かが言った。


「都合が悪い時は、ダンマリだよね」


そこから先は、

荒い言葉が続いた。


誰が何を言ったのか、

もう覚えていない。


ただ、

耳の奥がじんと痛くなり、

心が遠くなる感覚だけが残った。


私は、

ひたすら心を空っぽにして耐えた。


折れそうになるたび、

子どもの顔を思い浮かべた。


負ける、ということは、

夫の要求をのむ、ということ。


それだけは、

絶対にしてはいけない。


子どもを守るためなら、

あと数時間でも耐えられる。


そう、

自分に言い聞かせていた。


彼女の言葉は、

もう、私を傷つけなかった。


私たちの未来に比べれば、

取るに足らないものだと、

必死で思い込もうとしていた。

2026年1月31日土曜日

夫が求める条件

非常識だと言われても・・・

夫の私物が部屋に残されたまま、

引っ越し作業は終わろうとしていた。


えっ?

持っていかないの?


思わず、口をついて出た。


「置いていくものは、要らない物なの?」


たった、それだけの確認だった。

責めるつもりも、追い詰めるつもりもなかった。


それなのに。


彼らは一斉に、私を責め始めた。


そんなことを聞くこと自体が、

非常識なのだと言う。


そもそも勝手に家を出た癖に、

善意で部屋を明け渡す夫に対して、

優しさが足りないのだそうだ。


次々に投げられる言葉に、

胸の奥が、じわりと重くなった。


でも、

そう言われても、私は嫌だった。


夫の私物が、この部屋に残されることが、

吐き気を催すほど、嫌だった。


居なくなったあとも、

まだ見張られているみたいで。


「ずっと見ているぞ」


そう言われている気がして、

背中が、ぞわりとした。


だから、怖かったけれど、お願いした。


「部屋も広くないから、

 必要な物なのであれば、

 一緒に持っていって欲しい」


声が震えないように、

必死で抑えながら。


それが、

そんなにも非常識なことだとは、

思いもしなかった。


その一言で、

場の空気は一気に険悪になった。


夫は、さらに弱々しく振る舞い、

周囲は口々に言った。


「(夫)の気持ちを汲んであげて」


つまり、

夫は出て行くけれど、

荷物は残したまま。


義実家に一時的に戻るだけ、

そんな体で過ごすということらしい。


残された荷物を見ながら、

私は黙り込んだ。


こんな状態で、

本当に離婚できるのだろうか。


答えは出ないまま、

時間だけが過ぎていった。


一方的な取り決め

あと数分。


心の中でそう呟いた、その時。

一枚の紙を差し出された。


「俺は今日、この部屋を出る。

 十分に譲歩したよ。

 お前も少しは誠意を見せろよ」


そう言われ、

後ずさる私の手に、

無理やり紙を握らせた。


逃げ場は、なかった。


長々と文字が並んでいて、

一瞬では内容が頭に入らない。


「サインしろ」


そう言われたけれど、

まずは確認しなければと思い、

その場に座り込んだ。


書いてあったのは、


・夫は自由に家を行き来しても良い

・要望があれば子どもに会わせる

・離婚は十分に協議し、双方が納得した上で決める

・私と子どもは家に戻る


ざっと読んだだけでも、

違和感しかなかった。


読み終えた瞬間、

心の中で叫んだ。


サインしたくない。


夫が自由に出入りするなんて、

とても安心できない。


子どもに会わせることも、

今は絶対に無理だと思った。


離婚だって、

先延ばしにされて、

なぁなぁになってしまう気がした。


不安が、

喉の奥までせり上がってきた。


それでも、

私の周りには人が集まり、

逃げたくても立ち上がることもできない。


「早く」


「サインするだけだろ」


促されるまま、

ペンを握ったまま、

手が動かなくなった。


この紙に、

効力はあるのだろうか。


もし、あるのなら。


私は、

絶対にサインしたくなかった。

2026年1月30日金曜日

完全アウェイな引っ越し作業

言葉の棘

笑顔で迎え入れてくれた、夫の友人たち。


でも、

その内側が穏やかでないことは、

すぐに分かった。


ちょっとしたやり取りの中に、

さりげなく混ぜ込まれる言葉。


冗談のようで、

冗談ではない。


その一つひとつに、

小さな棘が仕込まれていて、

確実に、私の心を刺してきた。


ある程度は覚悟して、

この場に来たつもりだった。


でも、

想像していたより、ずっと殺伐としていた。


ただ厄介なのは、

みんなが表面上は

「良い人」を演じていること。


だから、

もし私が何か言えば、

空気を壊した人、

勝手に悪者になった人、

そういう立場にされてしまう。


分かっていたから、

私は何も言わなかった。


棘に気づいても、

気づかないふりをして、

ひたすらやり過ごした。


夫が病院に運ばれたあの日、

ヒステリックに私を非難してきた人も、


その日は、

柔和な表情で話しかけてきた。


「あの時はごめんね。

 心配で、言い過ぎちゃって」


そんなふうに言われて、

私は、曖昧に笑って頷いた。


この人たちは、

夫の気持ちを代弁しているだけ。


そう思おうとした。


でも、

「ごめんね」のあとに続く言葉は、

必ず同じだった。


「でも、あの状況で……

 放って帰るなんて、信じられない」


結局は、非難だ。


その後も、

事あるごとに、


「(夫)のこと、どうでもいいんでしょ」


そう言われている気がして、

チクチク、チクチク。


言葉は柔らかいのに、

中身は、鋭かった。


一方で夫は、

被害者ぶった態度で、


「俺は大丈夫だよ」


などと、

しおらしく振る舞っていた。


その姿を見るたび、

胸の奥が、静かに冷えていった。


自由への試練

息苦しい時間は、

ようやく終わりに近づいていた。


荷物の整理も、あらかた終わり、

あとは詰め込むだけ。


その時、

私はふと気づいた。


――夫の荷物が、残っている。


一時的に義実家へ戻るだけなら、

それも理解できる。


でも、

これは離婚に向けた引っ越しだ。


全部、

持って行ってもらわなければ困る。


この時も、

私は必死で言葉を選んだ。


考えて、考えて、

ようやく口にしたのは、


「残っているものは、

 不要な物なのかな?」


本当に、

精一杯の言い方だった。


でも、それが引き金だった。


夫の周りの人たちが、

一斉に、私を責め始めた。


優しさが足りない。

一方的に追い出される夫が可哀そう。


そんな言葉が、

次々と飛んでくる。


でも正直、

私はもう、

その作業が終わったあとのことしか

考えられなくなっていた。


早く終わらないかな。


早く、ここから出たい。


その気持ちが、

態度に出てしまっていたのだと思う。


それが、

さらに彼らの怒りに火をつけた。


私はただ、

自由までの残り時間を、

黙って耐えていた。

2026年1月29日木曜日

あっという間に約束の日に

行きたくない病、再発

約束の日が、翌日に迫っていた。


私の気持ちは、

ズーンと、底のほうに沈んでいた。


発熱して、ドタキャンしてから、

まだ一週間しか経っていない。


気持ちが整理できないまま、

その日を迎えようとしていた。


なぜ、

こんなにも早く次の予定を入れたのか。


それは、

嫌なことは、さっさと終わらせたかったからだ。


いつまでもこの件を引きずるのは、

正直、しんどかった。


それに、

どうせ業者に依頼しないのなら、

レンタカーを手配するだけ。


いつでも同じだろうと思っていた。


案の定、翌週を指定しても、

特に文句を言われることもなく、

あっさり予定は決まった。


あとは、当日を待つだけ。


……の、はずだった。


でも、

やっぱり来た。


行きたくない病、発症。


決まってからずっと、

ウダウダ、ウダウダ。


何をしていても、

頭の片隅に、その日のことが張り付いている。


そして、

ブルーなまま前日を迎え、

いよいよ、追い詰められた。


もう、こうなったら行くしかない。


(最初から、そう決まっていたのだけれど)


そう言い聞かせて、

私はようやく、腹をくくった。


曇天が、まるで私の心みたいだった

当日の天気は、あいにくの曇り空。


今にも雨が降り出しそうな、

重たい空だった。


私は折り畳み傘をバッグに入れ、

時刻表も調べないまま、

駅へ向かった。


そんなことをする気力すら、

残っていなかったのだ。


ホームで電車を待ちながら、

ぼんやり立ち尽くす。


気持ちは、

一向に浮上しない。


それでも、

ふと、あることに気づいた。


――あと数時間、我慢すればいい。

――それで、やっと家を明け渡してもらえる。


そう思った途端、

不思議と、少しだけ力が湧いてきた。


さっさと済ませてしまおう。


早く終わらせたい。


我ながら、現金だと思う(笑)。


家に着くと、

すでにみんな集まっていた。


そして、

私の顔を見るなり、


「久しぶり〜」


と、口々に声をかけてくる。


まるで、

何事もなかったかのように。


あの修羅場など、

最初から存在しなかったかのように。


この人たちは、

その笑顔の裏で、

何を考えているのだろう。


そう思った瞬間、

背中が、ひやりとした。


顔は笑っていても、心は、きっと違う。

私のことを、

快く思っているはずがない。


「今日は、長い一日になりそうだ」


そうため息をついた、その時。


視界の端に、

例の彼女の姿が入った。


引っ越し作業だというのに、

まるでデートにでも行くような、

綺麗な服装で。


遠目からでも分かる、

場違いなほどの存在感。


妙なオーラを、

はっきりと放っていた。

2026年1月28日水曜日

引っ越しは延期になっていた

次の日に知った、衝撃の事実

熱が下がった次の日。


私は恐る恐る、

夫からのメッセージを確認した。


どんな暴言が並んでいるのだろう。


そんな覚悟で開いたのだけれど、

そこにあったのは、

罵詈雑言とは程遠い、

あっさりとした日程調整の連絡だけだった。


最初こそ怒っているようだったが、

なぜか、すぐにトーンダウンしている。


それまでには、なかったパターンだ。


夫の場合、

怒りは時間とともにエスカレートしていく。


まるで、自分の怒鳴り声に

反応しているかのように。


そう感じることも、少なくなかった。


それなのに、

引っ越しの件でのやり取りは、

驚くほど静かだった。


不気味なほどに。


『怒ってはいないみたいだ』


そう思えたことに、

私はほっとして、

その日のうちに返信をした。


手伝えなくて申し訳ありません。

無事に終わりましたか。


短い、当たり障りのないメッセージ。


返信が来たのは、夕方だった。


――あとは、

私たちがいつ戻るかだけだな。


そんなことを考えながら、

読み始めた、その瞬間。


頭から、

冷たい水を浴びせられたような

衝撃を受けた。


夫は、

引っ越していなかった。


てっきり、

すべて終わっているものだと

思い込んでいた私は、

言葉を失った。


業者への依頼も無く・・・

よくよく聞いてみると、

業者にも依頼していなかった。


実はあの日、

夫の友人がレンタカーを借りて、

荷物を運ぶ予定だったらしい。


ということは、

そこには、

夫の「好きな人」だけでなく、

友人もいる。


一体、

何人集まるつもりだったのだろう。


夫の仲間内で、

明らかに浮いている私が、

「好きな人」まで揃うその場で、

引っ越しを手伝う。


どう考えても、

カオスだった。


おかしい。

どう考えても、おかしい。


でも、

それを指摘すれば、

また臍を曲げる。


そう思うと、

何も言えなかった。


これさえ我慢すれば、

出て行ってもらえる。


もう少しの辛抱だ。


そう自分に言い聞かせて、

次の日程を決めた。

2026年1月27日火曜日

突然の発熱で、指定された日に行けず・・・

悩み過ぎて眠れない日が続いた

夫から、

「引っ越しの日には家に来て手伝え」


そう言われてから、

私はずっと悩み続けていた。


顔を合わせるのが、怖かった。


情けないけれど、

恐怖に打ち勝つことができなかった。


その日のことを想像するだけで、

動悸がして、手が震える。


こんなにも怯えていることを、

夫は分かっているのだろうか。


一緒に暮らしていた頃、

思い切って言い返したこともあった。


少しでも状況を変えたかったから。


言っても無駄だと分かっていながら、

それでも、諦めきれなかった。


けれど夫は、それを都合よく受け取り、


「お前も言うようになったな。

 もう口だけは対等だな」


そんなふうに言った。


心臓をバクバクさせながら、

必死で絞り出した言葉は、

やはり、届かなかった。


それどころか、

夫の暴走を肯定してしまったようで、

私は本気で後悔した。


それなら、

黙って聞いていた方がよかったの?


言わない方が、マシだった?


そう思っても、もう遅い。


それ以来、私はずっと、


「言い返せるんだから大丈夫だろ」


そう言われ続けた。


あの苦い経験が、

私をより慎重にした。


「失敗してはいけない」

そう思うほど、身動きが取れなくなり、

気づけば、そのことばかり考えていた。


かなりのストレスだったのだと思う。


そして、

夫に来るよう言われていた日の前日。


私は、熱を出した。


夫の不機嫌、私の思惑

発熱に気づいてすぐ、

夫に連絡を入れた。


「明日は無理そう」


案の定、夫は怒っていた。


でも、怒られてもどうしようもない。


三十七度後半。

高熱ではないけれど、

引っ越し作業ができる状態ではなかった。


電話でなかったのは、幸いだった。


メッセージなら、

自分のタイミングで読める。


既読をつけたくなくて、

連絡が来ていると分かっていても、

なかなか開けずにいた。


実はこの時、

私には、ある思惑があった。


たとえ私が行けなくても、

業者は入っているはずだ。


そのまま作業は進み、

私は直接関わることなく、

部屋が明け渡されるのを

待てるかもしれない。


熱が出たのは本当だけれど、

そんな打算が、

一瞬で頭を駆け巡った。


――ラッキーだと、

思ってしまった。


夫に連絡を入れたあと、

私は久しぶりに、深く眠った。


「会わなくて済んだ」


その安堵で全身の力が抜け、

泥のように、眠った。

2026年1月26日月曜日

夫が何を考えているのか分からない・・・

彼女との鉢合わせを目論む夫

私は、ひどく混乱していた。


夫の意図が、

まったく読めなかったからだ。


引っ越しに指定された日、

彼女も来る――

そう知らされた。


悲しかったわけではない。

嫉妬でもなかった。


ただ、

「なぜ?」

その理由が分からず、戸惑った。


何のために、

わざわざ顔を合わせる必要があるのか。


まさか、

挨拶でもさせたいのだろうか。


それとも、

二人の関係はもう上手くいっていて、

それを見せつけたいのか。


考えれば考えるほど、

疑問ばかりが浮かび、

答えはひとつも見つからなかった。


確かなのは、

私はまだ

「行く」と決めていない、

ということだけだった。


その日までに、

何か理由をつけて、

行かずに済む方法はないか。


私は必死に考えていた。


それなのに。


夫は、

強い口調で、

まるで重要な用事であるかのように、

この件を押し通そうとした。


その態度に、

胸の奥がざわついた。


――もしかして、

私を傷つけたいのだろうか。


そう思ってしまった。


もしそうだとしたら、

これほど悲しいことはない。


まだ籍の入った妻に、

意図的に痛みを与えようとするなんて。


こんなことを書くと、

「考えすぎじゃない?」

そう思われるかもしれない。


でも、

この人はそういう人だった。


普通なら思いつきもしない方法で、

相手を追い詰める。


心を試すように。

逃げ道を塞ぐように。


気づかないうちに、

私はまた、

雁字搦めにされていた。


相変わらず口を閉ざす子ども

夫に何かを吹き込まれ、

元気をなくしていた子ども。


数日が経つと、

少しずつ口数は戻ってきた。


でも、

あの件には一切触れなかった。


何度か、それとなく聞いても、

何も教えてくれない。


だから私は、

それ以上追及するのをやめた。


これ以上踏み込めば、

子どもを追い詰めてしまう。

そんな気がしたからだ。


その話題を避けるようにしていると、

子どもは少しずつ、

元の明るさを取り戻していった。


あれは何だったのだろう。

そう思うほど、

元気いっぱいに見えた。


それでも、

胸の奥には

小さな棘が残ったままだった。


何があったのか分からない。

だから、

どうフォローすればいいのかも分からない。


どうせ、

ろくでもないことを言ったのだろう。


それだけは、

分かり切っていた。


子どもを守るためには、

事実を知らなければならない。


そう思って、

私はようやく、

重い腰を上げることにした。


夫に、直接確認するしかない。


正直に話すかどうかは分からない。

でも、

ほんの少しでも

子どもを大事に思う気持ちがあるなら。


この状況を、

放っておけるはずがない。


そう信じたかった。

2026年1月24日土曜日

父親に傷つけられ、口を閉ざした子ども

自分の気持ちだけが大事な夫

自己愛性人格障害であろう夫は、

人を愛せない。


大事なのは、いつだって自分だけ。


それに気づいたのは、

結婚してからだった。


けれど、

まさか血のつながった我が子でさえ、

愛せないとは。


そんなこと、

想像したこともなかった。


口では、何とでも言える。


実際、夫はよく子どもに向かって、

「お前が大事だ」

そう言っていた。


この言葉だけを切り取れば、

誰もが「良い父親」だと思うだろう。


でも、

そこに本当の愛情はなかった。


あるのは、

自分の理想を押しつけ、

思い通りにならなければ罰を与えることだけ。


叩く。

蹴る。

食事を与えない。


それでも、

子どもは父親を慕っていた。


――親子というだけで、

無条件に愛してしまうものなのだろうか。


電話を切ったあとの子どもの様子を見て、

そんな疑問が胸に浮かんだ。


きっと、

夫はまた余計なことを言ったのだ。


子どもの心を、

土足で踏みにじるような言葉を。


最初は、

「嫌いな相手からなら、そこまで傷つかないのでは」

そんな考えもよぎった。


けれど、

すぐに分かった。


どんなに嫌いでも、

どんなに怖くても。


相手は、

“父親”なのだ。


割り切れるはずがない。

平気でいられるはずがない。


その日の夜、

私は何度も、何度も声をかけた。


どうしたの?

何を言われたの?


けれど、

子どもは頑なに口を閉ざし、

何も語ろうとしなかった。


その沈黙が、

何よりも重く、

胸にのしかかっていた。


「引っ越し、いつが良いかな」

少しして、夫から連絡が来た。


「引っ越しなんだけど、

 いつが良いかな」


正直、

自分の都合で決めればいい話だ。


なぜ、わざわざ私に聞くのか。

そう思った。


けれど夫は、

いくつも候補日を挙げてきて、

「その中から選んで」

と言う。


どうにも、話が噛み合わない。


「(夫)の都合で決めたらいいんじゃない?」

そう返すと、


「それだと、あとから合わないって言われても困るし……」


と、歯切れの悪い返事が返ってきた。


このままでは、

“決まらない”ことを理由に、

いつまでも居座られかねない。


そう思って、

私は仕方なく折れた。


「じゃあ、1か月後くらいの

 土日のどちらかは?」


すると夫は、

待っていましたと言わんばかりに、


「よし、じゃあ〇月〇日の10時頃な」


と、一方的に決めた。


これで、

やっと家を明け渡してもらえる。


そう思って、

一瞬だけ、肩の力が抜けた。


――けれど。


「時間に遅れるなよ」


その一言で、

すべてが凍りついた。


どういう意味なのか、

考えるまでもなかった。


引っ越し作業に私も参加する前提で

話が進んでいたのだ。


自分が出ていくのに、

私が手伝う。


それを、

何の違和感もなく当然だと思っている。


けれど、

それ以上に私を震えさせたのは、

別の理由だった。


――また、顔を合わせなければならない。


あの人と、

同じ空間にいなければならない。


声を聞くだけで、

体がこわばる。


姿を想像しただけで、

呼吸が浅くなる。


どんな言葉を投げられるか分からない。

どんな態度を取られるか分からない。


子どもを傷つけた直後の、

あの無神経な人と。


私はもう、

向き合える自信なんてなかった。


手伝いたくないのではない。

――怖かったのだ。


関わることで、

また心を踏みにじられるのが。


それでも、

この気持ちをどう伝えればいいのか分からず、

私は言葉を飲み込んだ。


一難去って、また一難。


夫が家を出るその日が、

「解放」ではなく、

新たな恐怖として迫ってきていた。


この引っ越し作業を、

どうやって断るか。


それが、

私の頭の中を支配していた。

2026年1月23日金曜日

子どもに伝えるタイミングに迷う

その日は本当にやってくるのか

数日経っても、

私はまだ信じられずにいた。


あの夫が、

自分から「出ていく」と言うなんて。


けれど、その後に届いたメッセージを見て、

ようやく現実なのだと実感した。


「今、荷物の整理をしているから

もう少し待ってください」


その言葉を見て、

やっと夢ではないのだと感じた。


そうなったら、

こちらも準備をしなければならない。


荷物の整理だけでなく、

子どもへの報告も。


この話をしたら、喜ぶだろうか。

それとも、戸惑うだろうか。


そんなことを考えながら、

私は伝えるタイミングを探っていた。


こんな状況の中で、

ふと頭をよぎったのは、


――本当に、このまま出て行ってくれるのだろうか。


そんな、ネガティブな考えだった。


これまでにも、

散々期待を持たされては、翻されてきた。


実行されるまでは、

どうしても信じ切ることができなかった。


もし、ぬか喜びになってしまったら。

また、子どもをがっかりさせてしまう。


先輩も、この件については、


「もう少し待ってから伝えたら」


と言ってくれていて、

やはり確定するまでは伏せておこう、

という話になった。


夫が「俺から伝えさせて」と・・・

あえて、伝えずにいたのに。


夫が突然、

「俺から伝えさせてほしい」

と言い始めた。


この時点でも、

私は夫を信頼していなかった。


だから、

変なことを吹き込まれたらどうしようと、

気が気ではなかった。


「私から伝えたい」

そうお願いしたけれど、

聞き入れてもらえなかった。


そうだ。

この人は、いつも自分のしたいようにする。


私がどんなにお願いしても、

それが自分の計画に沿っていなければ、

受け入れられることはない。


嫌がる私をよそに、

強引に電話を替わるよう言われ、

結局、夫が直接伝えることになった。


通話中、

子どもはずっと、


「うん」


とだけ、返事をしていた。


電話を切ったあと、

私は恐る恐る、


「なんて言ってた?」


と聞いた。


すると、

子どもはぽつりと、


「パパ、好きな人ができたんだって」


そう言ったきり、

黙り込んでしまった。

2026年1月22日木曜日

夫が家を出るのを待つ日々

荷物の整理をしつつ、今後を考える

「家を出たよ」


そんな連絡が来る夢を、

三日に一度くらい見ていた。


それほどまでに、

その言葉を待ち続けていた。


現実では何も起きていないのに、

夢の中だけが、どんどん先に進んでいく。


待つしかない時間が、

ひどく長く感じられた。


ただ待っているだけでは、

心が持たない気がして。


私は、

荷物の整理を始めた。


私たちの持ち物は、

驚くほど少なかった。


家を飛び出したあの日、

着の身着のままで出てきたのだから、

当然と言えば当然だ。


後から、

洋服や学校用品を取りに戻ったとはいえ、

手で持てる分しか持ち出していない。


その後、

先輩の家で暮らす中で買ったものもあるけれど、

基本的に私は、もったいながりだ。


物は、あまり増えなかった。


整理自体は、

あっけないほどすぐに終わった。


けれど、

一つひとつ手に取るたびに、

いろんな記憶が引きずり出された。


たとえば、

家を出た日に着ていた服。


私のものは、

今も普通に着られるからいい。


でも、

子どもの服はもうサイズアウトしているのに、

なぜか捨てられずにいた。


嫌な思い出があるのに、

どうして取っておくの?


そう聞かれたら、

きっと答えに詰まったと思う。


けれど、

私たちにとって、あの日は分岐点だった。


あの出来事がなければ、

今もまだ、

夫と同じ部屋で息を詰めながら、

傷つけられ続けていたかもしれない。


そう思うと、

簡単には手放せなかった。


断捨離して、心のデトックス

気づけば、

もう使わないものを、

たくさん抱え込んでいた。


どれも、

少なからず思い入れのあるものだった。


それでも私は、

決めた。


一度、全部手放して、

綺麗さっぱり再出発しよう、と。


断捨離は、

思い切りのいい人がするものだと思っていた。


本来の私は、

何でも取っておくタイプだ。

断捨離とは、正反対の人間だと思う。


でも、この時ばかりは、

とにかく、

心を軽くしたかった。


できることなら、

夫を思い出すものは、

すべて処分したかった。


けれど、

全部を新調する余裕はない。


だから、

必要最低限だけを残して、

あとは手放すことにした。


一人で黙々と作業していると、

ふと、

家に置いてきた子どものものが頭をよぎった。


創作物は、

ちゃんと残っているだろうか。


まさかとは思うけれど、

捨てられていないだろうか。


赤ちゃんの頃からの写真も、

無事だろうか。


保育園で撮ってくれた写真は、

数えきれないほどある。


私にとっては、

かけがえのない宝物だ。


どうしても、

その行方を確かめたくなった。


でも、

今ここで動けば、

また夫の機嫌を損ねるかもしれない。


たった一通の確認メッセージでさえ、

状況を一変させるには、十分すぎた。


それほど、

扱いの難しい人だった。


悩んで、

悩んで、

結局、この日も動けなかった。


戻ったら、すぐ確認できる。


そう自分に言い聞かせて、

私はまた、

待つことを選んだ。

2026年1月21日水曜日

事態が大きく動いた日

ずっと待ち望んだ言葉

その日、私は夫から、

やっと聞くことができた。


ずっと待ち望んでいた言葉を。


「実家に戻る」


そう告げると、

夫は大きく深呼吸をした。


何でも自分の思い通りにする人だけれど、

もしかしたらこの時は、

あの人なりに考えたのかもしれない。


考えて、考えて。

考え抜いた末の決断だったのだとしたら、


――よくぞ決断してくれた。


思わず、

お礼を言いたくなるほどだった。


別居をする前も、別居をしてからも。

いや、付き合い始めた頃から、

もうおかしくなっていたのかもしれない。


とにかく、

心がすれ違い、

分かり合えないことばかりだった。


だから、

未練はこれっぽっちもなかった。


清々しい気持ちで、

「分かった」

と答えながら、

私は必死に嬉しさを噛み殺した。


気持ちのままに動いたら、

叫び出してしまいそうだった。


落ち着いた口調で返事をしなければ、

こちらの本心を悟られてしまう。


もし、

「もう気持ちがない」

と分かれば、

夫はまたへそを曲げるだろう。


へそを曲げるだけなら、まだいい。


私の思い通りにしたくなくて、

「実家に戻る話」そのものを、

なかったことにされるかもしれない。


だから、

この喜びは絶対に隠さなければならなかった。


幸いなことに、

その日の夫は、いつもより寛大だった。


途中で失言があったかもしれないが、

些細なことは気にしない様子で、

私が残念そうに


「分かった」


と答えると、

申し訳なさそうな表情を見せた。


その姿からは、

モラハラをしていた人だとは、

とても想像できなかった。


外側に向けた

「いい人」の部分だけが、

そこにあった。


その日は、

とりあえず報告だけ、という形で、

十分ほどで通話は終わった。


電話を切ったあと、

私はようやく、


――ああ、私はもう

“外の人”になれたんだ。


そう、しみじみ感じていた。


恋の行方は・・・

あの会話で、

ひとつだけ肝心なことを聞き忘れていた。


相手の人とは、

上手くいっているのかどうか。


夫やNから聞いたのは、

ただ

「好きな人ができた」

という話だけだった。


となると、

相手の気持ちはどうなのか。


上手くいってほしい、

それしか思っていなかった。


けれど、

いかんせん、あの夫のことだ。

正直、少し心配でもあった。


親しいわけではないが、

話したことのあるその女性は、

とても快活な人だった。


コミュニケーション能力が高く、

人前にどんどん出ていくタイプ。


私とは正反対で、

いつも

「すごいなぁ」

と思って見ていた。


上手くいってもらわないと困る。


そう思って、

探りを入れるために、

何度かNに連絡をした。


そのたびに返ってきたのは、


「詳しくは分からないけど、仲良くはしてるよ

 さすがに、まだ付き合ってはいないんじゃないかな」


という返事だった。


「さすがに」と付けたのは、

まだ離婚前だからだろう。


私としては、

何の問題もなかったのだけれど。


結局、

本当のところは分からないまま。


私は大人しく、

夫が家を明け渡すのを待つことにした。

2026年1月20日火曜日

夫の恋愛-新たな動き

こちらから動けないジレンマ

夫に、好きな人ができた。


Nからそう告げられた瞬間、

私は心の底から、喜びを感じていた。


この日を、どれほど待ちわびていたことか。

いつかそんな日が来ないだろうかと、

ずっと夢見ていた。


それが現実になった。


嬉しさを抑えきれず、感情が爆発して、

その夜は一睡もできなかった。


眠れないまま、朝を迎えた。


翌日、私は朝からマシンガントークだった。

先輩は苦笑いしながら、


「今日はめちゃくちゃ元気だね」


そう言って、

「気を抜かず、慎重に動くんだよ」

と助言してくれた。


夫にようやく春が訪れそうなのは、

非常に喜ばしいことだった。


ただし、

ひとつだけ問題があった。


それは、

私がこの件を“知らないことになっている”

という事実だ。


Nには、内緒にするよう言われていた。

だから私は、この話を夫に切り出すことができない。


つまり、

相手から動くのを待つしかなかった。


この時間が、とても長く感じられた。


本当なら、今すぐにでもこの話題を投げかけて、

離婚の話を進めたかった。


けれど、

Nとの約束を破ることはできなかった。


もし破れば、

もう二度とNは信頼してくれないだろう。


私にとって彼は、

重要な情報源だった。


だから、耐えるしかなかった。


いつもなら憂鬱でしかない夫からの連絡も、

この時ばかりは、待ち遠しくて仕方なかった。


次は、きっとこの話だ。


そう踏んでいた予感は、

現実のものとなった。


数日後に夫からのカミングアウト

普段はメッセージで済ませる夫が、

その日は最初から通話を求めてきた。


――あの件だ。


言いたいことは、もう分かっている。

好きな人ができたことを、

私に伝えるつもりなのだろう。


私はできるだけ平静を装い、

「もしもし」

と応答した。


その日の夫の声は沈んでいて、

終始、静かだった。


「お前に言わなくちゃならないことがあるんだ……」


そう言われて、

心の中で

分かってる、分かってる

と答えながら、


「何かな?」


と返した。


すると突然、

夫は鼻をすすり始め、

涙声で語り出した。


「本当に、お前には申し訳ないと思ってる」


そう謝りながら、


好きな人ができたこと。

まだ、その人とは付き合っていないこと。

ただ、その気持ちのままで

あの部屋で待ち続けることはできないこと。


次々と語っていった。


ここまで聞いて、

私は思った。


これは、もしや――


話の流れ的に、

家を明け渡す、という展開ではないか。


期待が、膨らんだ。


ただ、この日は一言も挟まず、

最後まで黙って聞いていた。


というのも、

夫はすっかり自分の世界に入り込んでいたからだ。


正直、

その状況に酔っているように見えた。


好きな人がいる。

けれど、妻からも愛されている。

どちらかを選ばなければならない――


そんな物語の主人公にでも

なったつもりなのだろう。


最後まで黙っていたからか、

私がショックを受けていると勘違いした夫は、

何度も


「ごめんな」


と繰り返した。


内心では、

お礼を言いたいくらいだよ

と思いながら、


「ううん……、いいんだよ」


と答える私。


心の中で、

大きくガッツポーズした。

2026年1月19日月曜日

やはり夫の差し金だった

眠れない夜に送ったメッセージ

怖かった。


理由が分からないまま、

Nからの連絡に怯えていた、あの感覚は。


そして、その正体は――

やはり、夫だった。


夫の友人であるNから頻繁に連絡が来ていた理由。


それは、

私の勘違いでも、被害妄想でもなかった。


こちらの状況を探られている。


そう感じていた違和感は、

正しかった。


脳内で都合よく物事を組み替えてしまう夫は、別居後も、

「あいつは俺のことが好きなのに、別居という選択をしてしまった」

そんな世界に生きていた。


本当に好きなら、そんな選択はしない。

それは、あまりにも単純な理屈なのに。


なぜか夫の中では、

「いずれ元に戻る」が既定路線になっていた。


それが、私を苦しめていた。


では、なぜ夫はNを使ってまで、

私の状況を探ろうとしたのか。


理由は、ひとつしかなかった。


夫の側に、

離婚したい“理由”ができたからだ。


Nの意図が分からない間、

私はまた新しい恐怖と向き合っているようで、落ち着かなかった。


イライラして、

心が休まらなかった。


だから、

白黒つけたくなった。


はっきりさせないと、

壊れてしまいそうだった。


けれど、すぐに聞けないのが、私の弱さ。


悶々と考え続け、

気づけば一か月が経っていた。


「何か聞きたいことや、伝えたいことがあるなら、

はっきり言ってほしいです」


たった一文。


それを、

眠れない真夜中に送った。


非常識だったかもしれない。


でも、

限界だった。


感情を抑える余裕なんて、もう残っていなかった。


すると、Nは夜中の二時にもかかわらず、すぐに返してきた。


「今、ちょっと話せるかな」


逃げ場はなかった。


私は、OKした。


夫の本当の狙い

電話越しのNの声は、固かった。

緊張が、そのまま伝わってきた。


だから私は、

わざと軽い口調で切り出した。


「何か、ありますよね?」


返ってきたのは、

「……うん、まあ……」

歯切れの悪い言葉。


そして、しばらくの沈黙のあと、

「俺から聞いたって、絶対に言わないで」

そう念を押されて、

真実を告げられた。


夫には、好きな人ができていた。


以前の、ゲーム仲間との軽い恋愛ごっことは違う。

相手は、私も知っている人だった。


それなら、離婚すればいい。


そう言うと、Nは言った。

夫は、私との縁が切れるのが怖いのだと。

離婚しても、繋がっていたいのだと。


その言葉を聞いた瞬間、背中が冷たくなった。


でも同時に、救われた気もした。


これは、私にとっての出口だった。


もし私が、

「嫌いだ」とはっきり言えたら。

それが、夫を前に進ませるのではないか。


そう思って、Nに提案した。


すると、

「それはやめた方がいい。

(私)ちゃんに愛されてるって思えることが、

あいつの原動力だから」


そう止められた。


つまり私は、

拒絶すら許されない存在だった。


それでも。


それでも、

気持ちは不思議と軽くなっていた。


やっと分かった。

鎖を切る準備ができたんだ。


自由はもう、

すぐそこまで来ていた。

2026年1月17日土曜日

頻繁に来るNからの連絡を警戒

目的が分からない、という恐怖

夫の友人Nから、頻繁に連絡が来るようになった。


そんな軽い感じでやり取りするような間柄ではないと思うのだが、ある時を境に、急にメッセージを送ってくるようになった。


内容も、どうでも良いものばかり。


はっきり言って、面倒だった。


でも、夫に何を言われるか分からない。

変なことを吹き込まれて、状況が危うくなるのは困る。


これから「離婚」という一大イベントを控えているのだ。

失敗したくないと思うのが、普通だろう。


そんな思いが根底にあって、

いつもより少し愛想良く、丁寧に対応してしまった。


それが良くなかったのか、

連絡はどんどんエスカレートしていった。


酷い時には、日に何度も。


さすがに仕事中はないが、

朝の始業前や昼休み、

夜、寝る前の時間帯にも届く。


通知を見るたびに、気が滅入った。


気づけば、未読スルーするようになっていた。


これはまずい。

もしかしたら、夫が怒鳴り込んでくるかもしれない。


そんな恐怖もあり、

気力を振り絞って、数回に一回は返事をした。


それにしても、一体何を考えているのか。


こちらの動向を探っている?

それとも、ただの善意?


分からないというのは、非常に怖い。


あれこれ考えてみても、

はっきりとした答えは出ず、

結局「夫の差し金だろう」という結論に落ち着いた。


疑心暗鬼になり、言葉の裏を読むように・・・

Nから連絡が来るたびに、

その意味を考えるようになった。


そのまま受け取るのは危険だと思い、

言葉の裏まで読む。


しまいには、裏の裏まで読もうとして、

何が何だか分からなくなることもあった。


考えないようにしても、

すぐ次のメッセージが来る。


精神的なストレスで、

心の余裕はどんどん削られていった。


そんな中でも、

子どもの存在だけは癒しだった。


ちょっとした会話一つで、

ギスギスした心が、少しだけ和らぐ。


それでも、Nからの連絡は増えていく。


ついには、毎日。


怖い。

正直、怖すぎた。


返事をしても、しなくても、

毎日のように来る。


それに気づくだけで、ストレスだった。


Nと夫、

二人からじわじわ追い詰められているような気がして、

思わず、夫に真意を確かめたくなった。


……いや、待て。


こちらから連絡をしたら、

相手の思うつぼかもしれない。


ここは、静観した方がいい。


そんな葛藤を繰り返し、

結局、夫への連絡はしなかった。


その頃、Nは何度も聞いてきた。


「困っていることはない?」


困っていることと言えば、

夫のこと、そのものだった。


友人として、何とかしてほしい。

Nに対する要望は、それだけだった。


それを言いたい衝動に駆られた。


でも、やっぱり危険だと思い、

当たり障りのない返答をした。


正解だったのかは、分からない。


ただ一つ言えるのは、

Nからの連絡が来るたびに、

私の中の警戒心だけが、

確実に育っていったということだ。

2026年1月16日金曜日

塾に通いたい子ども

友だちからのお誘いでその気に・・・

子どもが急に、

「塾に行きたい」と言い出した。


普通のご家庭なら、


「やっとやる気になったのね!」


と、大喜びするところだろう。


でも、我が家はちょっと事情が違う。


聞いた瞬間、

『現実的に可能だろうか?』

そんな考えが、真っ先に浮かんだ。


まず気になるのは、やっぱりお金。


三人で暮らしていた頃もカツカツだったけれど、

家を出てからは別々の拠点で生活している。


生活費は二重。

当然、余裕なんてない。


元の家の方を全額負担していたわけではない。

それでも、自由に使えるお金はごくわずかだった。


少し浮いたら、

できるだけ将来のために貯金したい。


それは、

私たちが安心して暮らすためのお金。


だから大事で、

簡単に崩すわけにはいかなかった。


とはいえ、

子どもが「やってみたい」と言っている。


それを頭ごなしに否定するのも、違う気がした。


できれば、

色んなことに挑戦させてあげたい。


あんな目に遭って、

それでも勉強に向き合おうとしている。


それだけで、もう十分すごいことだ。


ただ――

不安は消えない。


学校帰りに、

家の近くの塾へ通うこと。


その地域には、夫がいる。

しかも、徒歩圏内。


もしこの情報を知ったら、

待ち伏せしないとは言い切れない。


子どもは、そんなこと想像もしていないだろう。


でも私は、

どうしても過去のことが頭をよぎってしまう。


「うーん……」


思わず唸って、考え込んだ。


背中を押したい気持ちと、

不安な気持ち。


その間で、

すぐに答えは出せなかった。


現実的な対策を考えた

せっかく出てきたやる気。

できれば、摘みたくない。


そう思って、

現実的にできることを一つずつ考えた。


まずは、お迎え。


塾が終わる時間に迎えに行くことはできる。

ただ、急な仕事が入ったら間に合わないかもしれない。


一人で外で待たせるのは危険だ。


そう思って、実際に現場を見に行った。


子どもと一緒に。


本人は入塾だと思って、

すっかりはしゃいでいた。


その姿を見たら、

もう「行かせたい」が勝ってしまった。


実際に見て分かったのは、

建物の中に待てるスペースがあるということ。


これなら、

外で待ちぼうけになる心配はない。


事前に講師の方に伝えておけば、

より安全に通わせられそうだ。


お迎え問題は、クリア。


残るは、お金。


正直、余剰金なんてない。


食費や雑費を少しずつ削って、

それでも足りない分は、

貯金に回していた一部を塾代へ。


そうして、なんとかやりくりした。


ここまで準備して、

ようやく「通える」。


母子家庭なんて、

どこもこんなものだと思う。


余裕は、ない。


「パートナーに出してもらえば?」


そう言う人もいるだろう。


でも、

それが現実的に不可能な家もある。


仮に夫が、

ブランクなく働き続けていたとしても――

きっと、お金は出さない。


むしろ、お願いした瞬間、


「お前には任せておけない」


そう言って、

子どもを取り上げようとするだろう。


実際、何度か話したことはある。


そのたびに、

激怒されるか、無視されるか。


こんな話を切り出すのは、

本当に心臓に悪い。


繰り返すうちに、

言う前から結末が見えるようになった。


だから私は、

最初から諦める方が楽なのだと、

いつの間にか学んでしまった。

2026年1月15日木曜日

すぐ傍で再々再就職先を探し始めた夫

不気味な動き

居場所がバレてから、間もなくして、夫が再々再就職先を探し始めた。


そこまでは、はっきり覚えている。

けれど、それ以降の記憶は、正直あやふやだ。


頭の中が、常にざわついていた。


決まりかけた仕事を自分から断ったり、

勤め始めたと思ったら、すぐに辞めてしまったり。


その繰り返しで、

私は途中から「何社目なのか」を数えるのをやめた。


数える意味が、なくなってしまったのだ。


ただ、

「今は働いているんだろうか」

「また無職に戻ったんだろうか」

そんなことを、ぼんやり考えるだけだった。


なぜ、こんなにも続かないのか。


答えは分かっている。

あの性格のせいだ。


癖が強く、扱いづらく、

何より、自分が特別であることを疑わない。


常に敬われ、優遇され、

思い通りに扱われなければ気が済まない。


少しでも期待と違えば、不満を溜め込み、

やがてそれを誰かにぶつける。


――いつも、そうだった。


ブランクだらけで、職歴も途切れ途切れなのに、

それでもなお「理想の職場」を求め続ける。


無理だと、誰の目にも明らかなのに。


本人だけが、それに気づかない。


だから不満は消えない。

消えない不満は、必ず外に漏れ出す。


一緒にいれば、その矛先は私に向く。

……いや、違う。


私だけじゃない。

子どもも、同じように標的にされる。


私は大人だ。

耐えようと思えば、耐えられる。


でも、子どもはまだ小学生で、

大人の事情なんて、理解できるはずもなかった。


仮に理解できたとしても、

八つ当たりされていい理由には、ならない。


それなのに、夫はまた――

私たちの近くに来ようとしていた。


引っ越しをするつもりではない。

それは分かっていた。


借りている部屋は私の名義だし、

夫は自分名義で部屋を借りる気すらない。


口では色々言うが、

実際には、何一つ行動に移さない人だ。


だからこそ、

「近くに来る」という事実が、

余計に不気味だった。


近くに来る。

住むのではなく、働く場所として。


わざわざ、

私たちが住んでいる場所の近くで、

再々再就職先を探しているらしかった。


それを知ったのは、

以前の話し合いに同席してくれたNからの連絡だった。


Nとの話で分かったこと

Nからは、時々連絡が来ていた。


私から連絡することはない。

でも、近況を尋ねられれば、答えていた。


Nに恨みはない。

むしろ、できるだけ公平であろうとしてくれた人だ。


だから、信頼していた。

――していた、のだ。


久しぶりに届いたNからのメッセージは、

一見すると、何気ないものだった。


『(夫)が仕事を探し始めたみたいだよ。

これで少しは安心かな。

場所がね、どうやら(私)ちゃん達のいる所の近くらしくて。

やっぱり家族に会いたいんだろうね』


読み進めるごとに、

胸の奥が、じわじわと冷えていった。


安心?

どこが?


家族に会いたい?

その言葉が、気味悪かった。


手紙だけでは足りず、

今度は距離を詰めてくる。


そう思った瞬間、

喉の奥が、きゅっと締めつけられた。


夫の仕事は、テレワークが多いはずだ。

そう思って、かすかな希望にすがるように尋ねた。


すると返ってきたのは、


『テレワーク可でも、出勤するつもりみたいだよ』


その一文で、すべてが崩れた。


頭の中が、真っ白になった。


せっかく離れたのに。

やっと距離を取れたのに。


それでもなお、

夫は近づいてくる。


物理的に離れても、

連絡を断っても、

存在だけが、しつこく追いかけてくる。


逃げ場が、ない。


「来ないで」と言えばいい?

そんな簡単な話じゃない。


言ったところで、

「俺の自由だろ」

そう言われるだけだ。


それどころか、

また何かされるかもしれない。


そう考えると、

言葉は喉の奥で、固まってしまった。


こうして私はまた、

自分の力だけではどうにもならない現実を、

静かに、確実に、抱え込むことになった。

義両親に引きずられるようにファミレスへ・・・

「お昼を食べに行こう」にも反応しない子ども 重苦しい空気の中、 義両親は妙に明るいテンションで話し続けていた。 私がこの場をどうにかしなければ。 なぜか、そんな責任を一人で背負っていた。 けれど、 どれだけ言葉を選んでも、 空気は少しも軽くならない。 むしろ、重く沈んでいくばかり...