きしむ日常
あの頃のことを思い出すと、「もっと上手くやれなかったのだろうか」
と、今でも自問自答することがある。
ゆっくりと。
けれど確実に。
私たちは追いつめられていった。
それはきっと、
夫の思惑通りだったのだろう。
もともと、離婚するつもりなどなかった夫。
その場を収めるために。
私たちを納得させるために。
一時的に家を出て、
義実家に戻っただけだった。
距離ができたからといって、
執着が薄れることはなかった。
気づけばまた夫のペースに巻き込まれ、
あれほど嫌だった電話は、
毎晩“寝る前の習慣”になっていった。
子どもは、本当に嫌々だった。
そろそろ電話が来る——
そんな時刻になると、
ダンゴムシのように体を丸める。
頭を抱え、
まるで現実を遮断しようとしているかのように。
その気持ちは、痛いほど分かった。
だから私は、なだめながら、
できるだけ楽しいことを考えよう、
と促した。
でも——
そんなの、虚しいだけだった。
目の前に、
これ以上ないほど嫌な時間が待っているのに。
その状況で前向きになれる人なんて、
ほとんどいないだろう。
それなのに私は、
無理に明るく振る舞った。
パパとの電話なんて、
大したことじゃないと。
まるで「当たり前」のことのように。
それが、間違いだった。
子どもは、
「当たり前のことができない自分」
を責めるようになり、
少しずつ、
無口になっていった。
夫の声に拒絶反応を示す子ども
あれほど嫌っている父親と、
毎日話さなければならない。
そんな現実に、
無理やり向き合わせてしまった。
それは私の判断ミスだった。
謝れば済む、
そんな簡単なことではない。
今でも思い出すたび、
「どうすればよかったのだろう」
と考え込んでしまう。
連日の電話に疲弊していった子どもは、
その時間が近づくにつれて口数が減った。
あれほど日常に溢れていた笑い声が、
いつの間にか消えていった。
時計を何度も確認し、
そのたびに小さくため息をつく。
もうすぐ、かかってくる。
今日は、どれくらいで終わるだろう。
その“約束事”は、
次第に私たちの生活を縛っていった。
何をしていても、
電話の時間を意識する毎日。
そんな状態で、
心から楽しめるはずがない。
せめて休日くらいは——
そう願っても、
出先で着信が鳴ることもあった。
無視したい。
でも、できない。
その葛藤は、
きっと子どもにも伝わっていたのだろう。
不安そうに、
何度も私の顔をうかがっていた。
