悩み過ぎて眠れない日が続いた
夫から、「引っ越しの日には家に来て手伝え」
そう言われてから、
私はずっと悩み続けていた。
顔を合わせるのが、怖かった。
情けないけれど、
恐怖に打ち勝つことができなかった。
その日のことを想像するだけで、
動悸がして、手が震える。
こんなにも怯えていることを、
夫は分かっているのだろうか。
一緒に暮らしていた頃、
思い切って言い返したこともあった。
少しでも状況を変えたかったから。
言っても無駄だと分かっていながら、
それでも、諦めきれなかった。
けれど夫は、それを都合よく受け取り、
「お前も言うようになったな。
もう口だけは対等だな」
そんなふうに言った。
心臓をバクバクさせながら、
必死で絞り出した言葉は、
やはり、届かなかった。
それどころか、
夫の暴走を肯定してしまったようで、
私は本気で後悔した。
それなら、
黙って聞いていた方がよかったの?
言わない方が、マシだった?
そう思っても、もう遅い。
それ以来、私はずっと、
「言い返せるんだから大丈夫だろ」
そう言われ続けた。
あの苦い経験が、
私をより慎重にした。
「失敗してはいけない」
そう思うほど、身動きが取れなくなり、
気づけば、そのことばかり考えていた。
かなりのストレスだったのだと思う。
そして、
夫に来るよう言われていた日の前日。
私は、熱を出した。
夫の不機嫌、私の思惑
発熱に気づいてすぐ、
夫に連絡を入れた。
「明日は無理そう」
案の定、夫は怒っていた。
でも、怒られてもどうしようもない。
三十七度後半。
高熱ではないけれど、
引っ越し作業ができる状態ではなかった。
電話でなかったのは、幸いだった。
メッセージなら、
自分のタイミングで読める。
既読をつけたくなくて、
連絡が来ていると分かっていても、
なかなか開けずにいた。
実はこの時、
私には、ある思惑があった。
たとえ私が行けなくても、
業者は入っているはずだ。
そのまま作業は進み、
私は直接関わることなく、
部屋が明け渡されるのを
待てるかもしれない。
熱が出たのは本当だけれど、
そんな打算が、
一瞬で頭を駆け巡った。
――ラッキーだと、
思ってしまった。
夫に連絡を入れたあと、
私は久しぶりに、深く眠った。
「会わなくて済んだ」
その安堵で全身の力が抜け、
泥のように、眠った。
