「寂しい」と言う夫
電話口でお義父さんが、「代わるね」
と言ってすぐ、
この世で、
いちばん聞きたくない声がした。
夫の声だ。
もちろん、
嬉しい気持ちなど
微塵もない。
心の奥底から、
言葉にできない嫌悪感が込み上げ、
何も言えなくなった。
そんな私を気にする様子もなく、
夫はいつもの調子で言う。
「どう? 落ち着いた?」
まるで、
これまでの出来事が
何ひとつ無かったかのように。
その瞬間、
はっきりと実感した。
この人は、
自分が悪いなどとは
一度も考えたことがないのだろう、と。
ごく普通の声色で
話しかけてくる夫に、
全身が警戒する。
これまでと、
まったく同じ構図だ。
手のひらは汗ばみ、
心臓の鼓動が速くなる。
気づけば、
酸欠のような浅い呼吸になり、
息苦しさを感じていた。
そんな私をよそに、
夫は繰り返す。
「お前らに会えなくて、寂しい」
意味不明な長電話
固まったままの私を、
子どもが不安そうに見上げていた。
しっかりしなければ。
これ以上、
不安にさせてはいけない。
私は慌てて平静を装い、
「今、外だから。
これからお会計するところ」
そう伝えた。
それを聞けば、
さすがに電話を切るだろう。
そう思った。
でも、
甘かった。
買い物中だと伝えても、
一向に切る気配はない。
何を買っているのか。
子どもは何を選んだのか。
今すぐ聞かなくてもいい話を、
延々と続ける。
困った私は、
「(子ども)ちゃんがお腹空いちゃうから、
そろそろお会計して帰るね」
そう伝えた。
すると当然のように、
こう言われた。
「じゃあ、(子ども)に代わって」
冗談じゃない。
部屋を明け渡したことで、
すべて許されたつもりなのだろうか。
憤りが込み上げる一方で、
夫は変わらず、
自分の話を続けている。
切りたくても、
切らせてくれない。
十分ほど経った頃、
これ以上は無理だと思い、
「これから帰って、ご飯だから」
半ば強引に、
切り上げようとした。
それで終わるはずだった。
けれど、
返ってきた言葉はこうだった。
「じゃあ、家着いて飯食って、
落ち着いたら電話して」
一気に、
身動きが取れなくなる。
その間、
お会計は子どもにお金を渡して、
お願いしていた。
何も知らずに戻ってきた
子どもの顔を見た瞬間、
胸の奥から、
申し訳なさが一気に溢れ出した。
涙が、
こぼれそうになる。
せっかくの、
二人きりの時間。
電話をすることを知ったら、
きっと、
がっかりさせてしまう。
