いつか戻れる場所を
話し合いの最後の方で、夫がポツリを本音を漏らした。「全部終わって落ち着いたら、また一緒に暮らしたい」
と。
これから離婚しようとしている夫婦なのに未だにそんなことを考えていたなんて。
本心を知った私は絶句した。
だから、あんなにも抵抗して受け入れようとしなかったのか。
ずい分虐めぬかれたから、離れてせいせいするのだと思っていたのに。
まさかそんな風に考えていたなんて。
驚いて言葉が出なかった。
でも、私の方はそんな気持ちは微塵も無くて。
『戻りたい』と思い続けている夫を受け入れることはできなかった。
あの日、家を出た時から別々の道を行くことは決まっていたのだ。
思い返してみると、いつも何を考えているのか分からない人だった。
きっとこの先何十年と一緒に過ごしても、夫のことを理解するのは難しいだろう。
私がいつまでも返事をしなかったからか、夫は
「俺の戻れる場所を残しておいて」
と念を押すように言った。
こちらをじっと見据えながら、どこか懇願するような表情だった。
今さら私たちのことを手放すのが惜しくなったのか?
もう何を言われても遅いのだけれど・・・。
本心を言えば、夫との関係は綺麗さっぱり断ち切りたかった。
でも、逆上するだろうから言えなかった。
夫が虐待をするような人でなければ良かったのに。
私たちに優しくしてくれれば良かったのに。
そうしたら、ずっと一緒に居られたのに。
一緒に居る頃は、これ以上ないくらいに痛めつけられた。
だから、もう何を言われても心が動かなかった。
最後くらいお互いのことをほんの少しでも思いやりながら別れたかった。
そんな願いは叶いそうにないな、と思った。
連絡を取り続けたい夫の思惑
自分の戻れる場所を残しておいて。
その言葉を聞いた時、これまでの発言の意味がやっと分かった。
いつか戻るために連絡を取り合おうとしていたのだ。
距離を取らなければ、またいつの間にか支配されてしまう。
そんな思いが脳裏をよぎった。
これだけの状況になっているのにも関わらず、まだ戻れると思っていることにも驚いた。
私が何て返せば良いのかを考えていたら、夫の隣に座って居たNが、
「で、どうなの?戻る可能性は1%も無いの?」
と聞いてきた。
はっきり言って、その可能性はゼロだった。
これから先もその気持ちが変わることはないと断言できた。
だからと言って、そのまま言うのも躊躇われた。
夫は自分が傷つけられると攻撃的になる。
そうなれば、その後の交渉がやりにくくなるかもしれない、と思った。
私がもっとも気にしていたのは、やはり子どものことだった。
ここで交渉決裂になって取り戻すことができなかったら・・・。
それだけは避けなければと思い、
「その後のことは、またゆっくり考えたい。今はまだ何も考えられないから」
と答えた。
夫の意思を受け入れるような匂わせをしてしまったら危険だ。
懸命に考えて、どちらにも受け取られない言葉を選んだ。
その返事を聞いた時、夫はショックを受けたような顔をした。