2025年5月14日水曜日

4回目の話し合いで『子どもに会わせて』と懇願

こっそり見に行ったあの日

事前に夫にお願いしてみたが、やはり子どもを連れて来てはくれなかった。

どうしても会いたくて、席に着くなり

「子どもに会わせてください」

と頭を下げた私を夫はせせら笑った

「俺もお前に同じことをお願いしたよね」

と言われ、何も言えなくなった。

実はこの時も夫の友人Nが同席していた。

この人は前回夫が虐待していたことを知ったはずなのに。

そんな人が子どもと一緒に居ることを何とも思わないのだろうか。

子どもはあの部屋に居て、小学校にも通っているはずだった。

だからこっそりその姿を見に行った。

でも、確認できなかった。

もう夜に近い夕方だったからタイミングが悪かったのかも。

せめて声だけでも聴きたいとすぐ傍まで行き、部屋の灯りがついていることだけは確認した。

あまり長居もできないから、結局何も分からないままその場を離れた。

駅までの道のりは何だかいつもよりも遠くて。

自然とあの日のことが思い出された。

二人で逃げたあの日のことを。

立ち止まってふと後ろを振り返ったら、

「ママ~」

と言いながら子どもが駆け寄ってくるような気がして。

ふと足を止めた。

だけど、聞こえてきたのは大通りを走る車の音だけ。

不安で悔しくて悲しくて、私は声を上げて泣いた。


夫はやり直すことを要求

思いのほか早く話し合うことになったのには理由があった。

離婚前提なら、もっと時間を置いていただろう。

でもそうならなかったのは、夫側がやり直すことを望んでいたからだ。

子どもも自分の所に居るから有利に進められると考えたに違いない

この提案は想定内で、事前に弁護士さんからも助言をもらっていた。

夫のような人は色んな揺さぶりをかけてくるから。

惑わされることもあるかもしれないが、絶対に乗ってはいけない。

ましてや家に戻るなどという選択をしてはいけない、と言われていた。

それなのに、私はぐらんぐらんと揺れていた。

戻りさえすれば子どもに会えるんだ・・・。

一緒に居られるのなら、もう何も要らないと思った。

この性格も見抜かれていたのか、『迷ったら返事をせずに持ち帰って』とも言われていた。

だから、この時夫の提案に乗らずに済んだ。

「ちょっと考えさせて・・・」

そう答えたら、夫は分があると思ったのか、

「よく考えたら良いよ。何が一番良いのかを」

と言った。

その言い方には含みがあり、まるで結末が分かっているとでも言いたげだった。

モラハラと闘うのは、とても大変なことだ。

まるで途轍もない巨大な迷路に迷い込んだよう。

大切な人たちを守ろうとすれば自分たちの自由を諦めなければならない。

自由を求めれば、周りにも危害が及ぶ可能性がある。

堂々巡りでいくら考えても答えが出なくて。

私はいつも途方に暮れていた。

夫が気軽な感じで、

「こうやって定期的に会おうよ」

と言ったが、その時もどこかぼんやりとしていた。

会いたくないけど、会った方が良いかな。

そのうち子どもに会わせてもらえるかな。

思考が定まらないまま夫のペースで話し合いが進み、最後に夫が

「部屋の更新よろしくね」

と言った。

・・・そうだった。

もうすぐ更新だから出て行ってもらおうとしていたのに。

子どもを取り戻すまでは、そんな場合ではなくなってしまった。

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