2025年7月30日水曜日

休職状態で在籍し続けたお義兄さん

会社に在籍し続けるという選択

心身の調子を崩したお義兄さん。

すぐに辞めてしまうという選択肢もあった。

でも、将来のことを考えて休職することに決めた。

休職って、所属している会社によって認められる期間が違う。

お義兄さんのところは大手だからなのか、結構長期で取れるようだった。

定期的に産業医との面談はあると言っていたが。

そこで『まだ復帰は不可能』だと判断されれば延長される。

福利厚生のしっかりとした会社に入ると、こんなにも安心感があるものなのかと感心した。

それに比べ、夫は調子を崩してからすぐに居場所を失った。

会社からは、

「○○月までは待てるけど・・・」

と言われ、私ばかりが焦った。

当の本人は考えているのか、いないのか・・・。

少なくとも傍から見たら焦っているようには見えなかったので、それとなく

「〇月までに復帰できなかったらどうする?」

と聞いてみたら、

「あまり先のことは考えたくない。考えても仕方がないだろ」

と言われて終わった。

考えたくなくても考えなきゃならないんだよ。

生活がかかってるんだから。

そんな言葉をのみこんで、ただひたすら黙って支え続けた。

それに対し、返ってきたのがモラハラや虐待だった。

あんな仕打ちを受けつつもどこかで諦めの気持ちがあり、長い間我慢してしまった私にも責任があるのかもしれない。

お義兄さんの場合、その点では恵まれていた。

大きな会社に所属し、手厚いサポートを受けられる環境。

奥さんとも離れて暮らし、モラハラをし合うことも無い。

精神的に落ち込んでいる時には諍いのない穏やかな暮らしをするのが一番なので、結果的には義実家に戻って良かったのだとみんなが思っていた。


夫の戻る場所がない

休職中、お義兄さんは主にお義母さんから面倒を見てもらっていた。

衣食住が揃っており、ご飯は黙っていても出てくる。

そこには言い争う相手も居ないので、すぐに状態は落ち着いてきた。

ただ、休職中というプレッシャーと離婚の話し合い中という状況と。

ストレスが無かったわけではない。

だから、周りは腫れ物に触るような接し方をしていて、かなり気を使われていた。

その結果、非常に居心地の良い空間ができあがり、本人は段々と本来の姿を取り戻した。

元々は気が強く、攻撃的な人物だ。

それが、病気によって少しの間大人しくなっただけ。

それが分かっていても、以前とは別人のようになってしまった姿に戸惑い、何とかしたいと思ったのだろう。

義両親は回復してきてもずっと同じように気を使い続けた。

ストレスたっぷりの職場から離れて数か月。

あれだけ快適な生活を送っていれば戻りたくなくなるのも当然だ。

それでも、お金のために戻る人も多いのだろうが、お義兄さんは休職し続けた。

こんなに長く休み続けられるの?!と驚くくらい長かった。

お義兄さんが義実家に居るということは、夫が戻れないということだ。

それってつまり、私たちの状況の停滞を意味する。

私も最初は『仕方がないなぁ』と思っていたのだが、数か月が経過する頃には焦りを覚え始めた。

そして、無理やりにでも事態を動かさなければ、という方向に意識が変化していった。

夫からの驚きの提案

「毎日声が聴きたい」 重い気持ちで、 電話をかけた。 話し始めた瞬間から、 どうやって切り上げようか、 そればかりを考えていた。 それほどまでに、 夫との電話が嫌だった。 ずっと避けてきたのは、 怒鳴られたり、 なじられたりするのが 怖かったから。 それに、 夫のペースに乗せられ...