詳しいことを伝えられなくて
いつ修羅場になるか分からないくらい緊迫した毎日だった。だから、家を出たいと思うのも自然なことだったのかもしれない。
その時が来たら迷わず出よう!と決心したのだけれど・・・。
タイミングを見極めるのがとても難しかった。
用心深く夫の様子をうかがいつつチャンスを待つ私たち。
そのことばかり考えていたので、あの頃は終始緊張していた。
だけど、待っている時に限ってそういうタイミングがやって来ない。
本当は決心が鈍らないうちに動きたかったのだけれど、なかなか思うようにはいかなかった。
あまりにも膠着状態が続いたので、ちょっと不安になったことも。
『あれっ?もしかしてこのままズルズルいってしまうのでは?』
一度そんな嫌な想像をしてしまったら余計に焦りが出てきた。
無理やり動くことも考えたけれど、やっぱり上手くいかないような気がして踏みとどまった。
膠着状態と言っても決して平和だったわけではない。
常に低空飛行という感じで、ずっとじわじわと辛かった。
ドーンと落ち込むのも嫌だけど、じわじわと辛いのも結構しんどい。
大きなきっかけが無いまま時間だけが過ぎていき、精神的にはより窮屈になった。
こういう時は色々と考えてしまうので、できるだけ動いた方が良いのだと思う。
私の場合は、時間を無駄にしてはいけないと考えて業務関係の引継ぎや連携をこっそり始めた。
同僚に会議室に来てもらい、
「実は今行っている業務を引き継ぎしておきたいんだ」
と伝えた。
聞いた瞬間、驚いたような顔をして
「えっ?辞めるの?」
と聞かれたので、慌てて否定した。
「ううん。辞めるわけじゃないんだけど。もしかしたら何日間か来られない日があるかもしれなくて」
こんな説明で納得してくれる人が居るだろうか。
私だったら訝しんできっと何か隠してるんだろうな、と考えてしまうと思う。
だけど、同僚は快く引き受けてくれて、
「よく分からないけど、引き継がなきゃいけないっていうのは分かった」
と言ってくれた。
ハッキリ言って、家族である夫よりも会社の同僚や知人の方がはるかに優しかった。
人ってこんなに優しいんだ、と私はたびたび感動した。
この時、詳しいことを伝えられないのが本当に心苦しくて・・・。
しかも、会社まで巻き込んで大事になってしまった。
ここまでしても、もしかしたら身動きが取れないまま『その時』がやってこないかもしれない。
夫との対峙も怖かったが、『その時がやって来ないかもしれない』という不安も大きかった。
上司への報告と夫からの疑惑の目
引継ぎを終えたところで、だいぶ気持ちが安定した。
こうやってちょっとずつ準備をしていけば、きっとうまくいく。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせるように目の前のことを処理していった。
それまではメソメソしたり考え込んだり。
塞ぎこむことの多かった私だが、動いているうちに少しだけ吹っ切れた。
ほんの些細な変化だと思うのだが、恐ろしいことに夫は何かに勘づいた。
「お前、何か企んでない?」
何度もそう聞かれた。
過去に何度か家出を試み、そのたびに失敗したという前科がある。
夫はそれを思い出して警戒したのかもしれない。
私の方も、これ以上勘づかれてはまずいと慎重に行動することにした。
それにしても夫はなぜあんなにも鋭いのか。
まるで心の中を読まれているみたい。
コッソリ貯めたお金のこととか仕事のこととか。
知られてはいけないことがたくさんあって、毎日冷や汗ものだった。
最終的に大事なものは会社に置かせてもらうことになったのだが。
会社といっても色んな人が居る。
鍵がいくつかあると安心できないので、私だけがカギを持っている棚を利用した。
しかも、ぱっと見では分からないように奥の方にしまいこんで目立たなくした。
犬が大事な骨を埋めて隠すような感じ?
きっと開けっ放しにしてあっても誰も気づかなかったに違いない。
着々と準備が進む中、まだ大きな問題が残っていた。
それはしばらく滞在できる所の確保だ。
実家や姉の所はすぐにバレてしまうし迷惑がかかる。
親戚も割と近くにいるけれど、こんな時ばかりお世話になることはできない。
モラハラ夫がすぐに探し当てられるという点でも現実的では無かった。
以前は電車で数十分の観光地に身を隠そうかな、なんて考えたこともあった。
だけど、いざそういう時が近づいてきたらメンタル的に無理だと分かった。
とてもじゃないが、そういう気分にはなれない。
そんなこんなで、滞在先探しに本腰を入れることにした。