諦めきれない様子の義両親
『夫のことをどうしても許すことができない』と伝えた。義両親と顔を合わせて話をするだけでも私にとっては気が重かった。
それなのに更に『夫との未来はもう考えられない』と告げなければならないなんて。
とても酷なことなのではないかと二人を案じた。
義両親だって一縷の望みをかけて会いに来てくれたんだと思う。
その思いに応えられないことは辛かったが、同時にやっと伝えることができたと安堵した。
思えば結婚してからずっと従順な妻でいる努力をしてきた。
夫の言うことを聞くのが当たり前だったし、義両親にも歯向かったことはない。
『ちょっと違うんじゃないの』と感じることがあっても、ぐっと言葉を飲み込んできた。
そんな私が義両親の前で夫を拒絶する言葉を発っするなんて。
自分でも信じられなかった。
これはある意味、決別のような意味を持っていた。
夫と別々の道を選ぶということは義両親とも縁が切れるということ。
その言葉の重さを十分に理解した上で伝えたつもりだ。
多分義両親もそんな決意を感じ取ったのだと思う。
だから、聞いた瞬間にその顔には絶望の色が浮かんた。
更に口数が少なくなり、お義母さんは涙ぐんだ。
終始重苦しい雰囲気の中で行われた話し合いだった。
こんな内容だからどちらも納得するような結末がある訳じゃない。
だけど、これを乗り越えなければ幸せな未来はやって来ないのではないかと思った。
時折外を見つめるお義父さんの目にもこれまでのような力はなく・・・。
呆然とした様子で道行く人を眺めていた。
こうやって三人で話していると、最初に顔合わせをした時のことが思い出された。
当時の私はとても緊張していて、『嫌われたらどうしよう』と不安だった。
でも二人は快く迎えてくれて、結婚を喜んでくれた。
それから10年位しか経っていないのに。
まさかこんな結末を迎えることになろうとは。
同居していればと悔やむお義父さん
私の決意を知り、もう止められないと思ったのだろう。
お義父さんは、
「早く同居していれば、こんな事にもならなかったのかもなあ」
と後悔を口にした。
仮に同居していても夫の虐待が止むことは無かったと思う。
私へのモラハラも止まらなかっただろうし、逃げ出すチャンスも失ったはずだ。
周りを固められた後では、きっとどうにもならなかった。
色んな理由をつけて同居を断っていたけれど。
夫の元から逃げ出すチャンスが無くなることを最も恐れていたのだ、とその時自分の気持ちをはっきりと自覚した。
お義父さんからしてみれば、ずっと孫と一緒の生活で悪いことなど一つも無い。
お義母さんは何だかんだ言っても夫を溺愛していたから、傍に居れば安心だと思っていた節がある。
義両親の抱いていた理想や夢は、私たちの犠牲の元で成り立つものだった。
この件で被害を受けるのが私だけならまだ良かった。
子どもだってお友達と離れて見知らぬ街に引っ越すことになる。
夫はもう私たちに逃げられることはないと安心し、それまで以上に横暴な振る舞いをするようになるだろう。
虐待から守ってくれる人も居ない。
それってもう、心を殺さなければやり過ごすことなどできない状況だ。
それでも『うち(義実家)に来て欲しい』と言った。
結局、私たちは一緒に居てはいけなかったんだと思う。
見ている未来が違っていたのだから。
最初から夫のことが嫌いだったら私もここまで苦しむことは無かった。
だけど、ほんの少しの良い思い出が決心を邪魔した。
これ以上はもう一緒に居てはダメなんだって分かってたのに。
気落ちした様子の義両親はすっかり無口になってしまい、最後の方は無言の時間が長くなった。
私と結婚しなければ二人もここまで苦しまずに済んだのかもしれない。
そう思ったら申し訳なくなり、
「本当にすいません」
と頭を下げた。