時短勤務を把握していた夫
当時、勤務時間を短縮してもらっていた。子どもを迎えに行くには、少し早く出なければならなかったから。
会社とも何度か話し合い、業務に支障のない範囲で認められた。
皆さんが忙しく働く中、自分だけ早く帰るのは非常に心苦しい。
でも、同僚たちは
「今まで散々頑張ってくれたんだから。こういう時くらい頼ってよ」
と言ってくれた。
嬉しくて涙が出た。
何をしても自信の持てなかった私は、こんな社員は要らないだろうなと勝手に思い込んだ。
申し訳なさ過ぎて『もう退職するしかない』と覚悟を決めたのだが。
周囲の反応は予想とは違っていた。
優しい言葉をかけてくれて、快く早上がりのフォローをしてくれた。
今でも同じ会社に勤めていて、時々ふと『この人たちに何か恩返しをしなければ』と思うことがある。
あの日も、いつも通り早上がりだった。
でも、直前に仕事が入ってしまい、いつもよりも出るのが遅れていた。
焦った私は足早に建物から出て駅へと向かおうとしていたのだが・・・。
一歩踏み出したところでハッと息をのんだ。
すぐ傍のビルの前に見覚えのある人物が居たからだ。
急いでいるのに足が止まり、思わず後ずさりした。
このまま進んでしまったら、間違いなくその人に声を掛けられてしまう。
迷っていたら、その人がこちらを向いて軽く手を挙げた。
その瞬間体中から汗が噴き出して、震えが止まらなくなった。
どうしよう。
早く逃げなくちゃ。
気持ちは焦っているのに、一歩も動けなかった。
終わらない恐怖心との闘い
夫は恐怖の対象だ。
心の準備をしてから会う時でさえ、心臓がバクバクして平常心では居られない。
ましてや、その時は不意打ちで待ち伏せをされたのだから。
動揺しないはずが無かった。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる夫。
それを目の端でとらえながらも、真っすぐ前を見ることさえできなかった。
怖すぎて見れなかったのだが、何故か夫は笑顔だった。
目の前まで来た時には過呼吸気味で苦しくて、思わず小声で叫ぶように
「何しにきたの?!」
と言ってしまった。
そんな言い方をすれば夫が怒るかもしれないのに。
『それ以上近づかないで!』と心が叫んでいた。
夫はそんなこと意にも介さない様子で、
「近くまで来たから、ちょっとご飯でも食べて行かないか」
などと言ってきた。
これから子どもを迎えに行かなきゃならないのに。
断るのも怖いけど、はっきりと拒絶の意思を示さなければと思い、
「無理だよ。急に来られても困るよ」
とだけ言って、立ち去ろうとした。
そうしたら、急に夫から肩を掴まれてしまった。
物凄い力で身動きが取れなかった。
この時の恐怖は今でも鮮明に思い出すことができる。
心臓がギュッとなって、最悪の想像をした。
何とかしなければと焦っていたら、偶然社用で出かける同僚がビルから出てきて、
「あれ、どうしたの?」
と声を掛けてくれた。
思考が停止してしまった私は、咄嗟に同僚の方に駆け寄った。
多分、ブルブル震えていたから何かを察したのだと思う。
夫の方に向き直した同僚は、
「すいません。急な仕事が入っちゃって、今からやってもらわないとならないんですよ」
と言い、夫も外面は良いので、
「そうですか~。こっちのことは気にしないでください」
とか何とか言いながら去って行った。
あの時、同僚が来なかったらどうなっていたか分からない。
家を出たばかりの頃は会社から出る時も注意深くあたりを見回したりしていたのに。
時間の経過と共にすっかり気を抜いてしまっていた。
呆然としながらも一度会社のロビーへと戻った私。
何事も無く終わりホッとしていたのだが・・・。
夫の待ち伏せは一度では終わらなかった。