2025年10月18日土曜日

久々の夫は少し痩せて無口だった

夕方のカフェで待ち合わせ

あの日、仕事帰りに夫と待ち合わせをした。

子どもが軽い風邪で休んでいてお迎えの必要が無かったから。

あまり時間を気にすることなく話せた。

待ち合わせ場所に到着すると、外側から見える位置に座って居た夫。

遠目から見ても痩せているのが分かった。

改めて弱っていることを実感し、言葉が無かった。

やっぱり精神的に参っているんだ・・・。

私にもその責任の一端がある。

離れてからずっと寂しがっていた。

でも気づかないフリをして、『自分の責任でしょう?』という態度を貫いた。

その方が罪悪感も無いし、迷いが生じることも無い。

でも、あの姿を目の当たりにしたら、もう『私には関係ない』とは言えなかった。

まだ話す前から心がズシンと重くなってしまった私は、目を伏せながら向かい側に座った。

いつもなら嫌味の一つでも飛んでくる所だが、夫も無言。

気まずいというのもあったが。

それ以上に、お互いに距離を感じていたんだと思う。

まだ婚姻関係にあるとは言え、何だか遠い存在のように思えた。

精神的にも開放されたいと願い、それに向かって突き進んできたけど。

でも、いざそういう状況になってみたら自分でも驚くほどの喪失感があった。

独りぼっちで取り残されてしまうような。

これまでの生活が全て無くなってしまうような。

そんな不思議な感覚。

それでも私には子どもが居るけど夫には居ないから。

より寂しい思いをしているのだと考えたら、かける言葉が無かった。

こういう時、もっと強く出られたら良かったのに。

どうしても『可哀そう』という気持ちが消えなくて、夫の今後を心配した。


友人に嘘をついて会いに来ていた

あの頃、夫の友人たちは私を目の敵にしていた。

何かあれば怒鳴りこんできそうな勢いだった。

と言っても、私の所在地を把握していなかったので実際に来ることは無かったのだが・・・。

そんな状況だから、夫も気を使って『買い物に行く』と言って出かけてきたようだった。

でないと、きっと誰かが着いてきてしまう。

それより前は、義両親から時々連絡が入っていた。

近況を聞き、こちらからも少しだけ子どものことを話したりして。

お義父さんが再就職してからはそういうことも無くなり、お義母さんからも避けられている感じで連絡手段を失った。

だから、その日は久々の会話で少し緊張した。

「体は大丈夫なの?」

と聞いてみたのだが、しばらく無言。

その後ポツリと、

「いや~、間違えちゃってさ」

とだけ言った。

間違えるって何を?

そんなわけないよね?

薬を大量に飲んでおいて、『間違えました』なんて言われても信じられるはずがない。

だけど夫はそれを強調するように、

「寝ぼけてたんだよ」

と言った。

話しながら、私はあの日のことを想像した。

少し前まで家族と過ごした部屋に一人きり。

家族は出て行って、『もう戻らない』と言っている。

内心、仕事のことも不安だっただろう。

それで何もかもが嫌になってしまったのではないだろうか。

将来を悲観して薬を飲んでしまったが、一方で『生きたい』とも思った。

そのほんの少しの違いに、夫は生かされているのだと気づいた。

少しでも前を向いて進んで欲しい。

そんな思いで、

「体は大事にしなくちゃダメだよ」

と伝えた。

そうしたら、夫は黙って涙を流した。

この人は強くて怖いけれど、本当は誰よりも弱いのかもしれない。

「子どもに会いたい」と言われても・・・

夫の要望 あの日、夫は「子どもに会いたい」と繰り返し言った。 これまでのことがあるから、どうしても穿った見方しかできなくて。 『分かった』と言えなかった。 自分が苦しい時だけ子どもに縋ろうとするなんて。 そんなの虫が良すぎる。 だけど徹底的に突き放すこともできなくて、 「ごめん」...