こういう時だけ私に言われても・・・
薄々気づいてはいたが。夫が早々に仕事を辞めたくなっていた。
ゲーミング女子とのやり取りが忙しいようで、しばらく音沙汰が無かったのに。
「ちょっと相談したいことがあるんだ」
と急に言ってきた。
嫌な予感がした。
夫がこういう切り出し方をする時って、大抵良い話ではない。
むしろその逆で、問題が起こりそうだった。
どうせ悪いことが起こるのなら、せめて結果だけ知らせて欲しい。
そう思っても、いつも私を巻き込もうとした。
本当は関わりたくなかったけど聞かざる得ないような雰囲気もあり、仕方なく
「どうしたの?」
と聞いたら、
「俺さ、今の仕事辞めようと思うんだけど、どう思う?」
と質問された。
どう思うも何も・・・。
自分で辞めると決めたら誰に何を言われようがその意見を変えることは無いではないか。
それなら、わざわざ周りに意見を仰ぐようなことをするべきではない。
自分の意思だけで辞めれば良いのだ。
咄嗟にそう思い、
「もう決めてるんでしょ?」
と言った。
そうしたら、
「まだ迷ってるんだよ。お前の意見を聞いてから決めようと思ってさ」
と言うので、私は言葉に詰まった。
これはトラップだ。
どちらに転んでも私に非があるように言われてしまう。
例えば、『もう少し続けたら?』と助言した場合。
そう言われた夫が耐えきれなくなって辞めた時に、『あいつのせいで無理をした。そのせいで体調が悪くなった』となってしまう。
『辛いなら辞めても良いんじゃないの?』と助言した場合。
次の仕事がなかなか決まらなければ、きっと私のせいになるだろう。
お金が無いことも私のせいにされてしまうかもしれない。
更に無職を正当化されるリスクもある。
結局のところ、どちらの意見を伝えたとしても良い結末など迎えない。
それが分かっているのに意見なんて言いたくなかった。
でも夫は曖昧な態度を許さず、答えを求めてきた。
こうなると面倒くさい。
非常に面倒くさくて、聞かなかったことにしたいくらい。
何ならその部分の記憶を消してくれて構わないよ?とも思ったが。
私に話した時点で、既に夫の決断に対する責任の一端を背負わされることが決定してしまった。
「夫は辞めたいのだな」と分かった
その先のことを考えると、良い言葉が思い浮かばなかった。
それでどっちつかずの態度を取り続け、最後まで明確な答えを避けた。
夫にしてみたら、これは予想外だったのだろう。
「真剣に考えてくれないんだな!」
とすっかりへそを曲げてしまった。
自分の行動に対し、誰かに責任を負って欲しいというのがそもそもおかしな話だ。
それを平然とやってのける夫の思考が歪んでいるのだと思う。
怖くてそんなこと言えないけど・・・。
この件以来、私は夫から『仕事辞めたよ』という連絡がいつ来るかと身構えた。
すぐかもしれないし、数か月後かもしれない。
少なくとも年単位の話ではないことは分かった。
夫がああいう風に言い始めたら、たぶんもう辞めることは決まっている。
あとは状況が許すのを待つだけ、といったところか。
普段よりも探るように聞いてきたのは、恐らくだが親権を考慮したのだと推察した。
というのも、一度は諦めたはずの親権を再度要求してきて困った状況に陥っていたからだ。
義両親からの要望だということも分かっていた。
不利な状況を作らないように、辞める前に先まわりして私に連絡してきたわけだ。
そういう点は本当に抜かりが無くて、だからこそ怖いと思った。
ぼんやりと対応していたら、簡単に形勢が逆転してしまう。
この頃、別れた元夫から危害を加えられた方のニュースを頻繁に耳にするようになった。
それだけは避けなければならない。
だから居場所も明かせないし、住所を知られてしまっている家族のことを案じた。
夫を追いつめないように慎重に事を運ばなければならなかった。