2024年9月20日金曜日

「何があっても仕事は続けるように」と言っていた夫が辞めた

フルタイムで働き続けることを迷った出産期

大学を卒業してからずっと正社員で働いてきた。

途中で結婚する時に転職はしたが。

それは元々の仕事が時間的に不規則で、家のことと両立するのが難しいと感じたからだ。

夫は同棲時代も全く家事をやらないタイプ。

彼の中に協力という文字が無いのでは、と思ったほどだ。

どんなに私が疲れていても、『じゃあ今日は俺がやるわ』とはならないので。

忙しい仕事と家事のどちらもこなすのは不可能なように感じた。

それで、結婚を機に思い切って転職した。

それまでとは畑違いの仕事。

ゼロから覚えなければならないことばかり。

でも、環境が変化するのだから、それに合わせて働き方を変えるのは当たり前のことだと考えて懸命に覚えた。

その甲斐あって、新しい仕事でも難なくこなせるようになった。

そこでは妊娠出産後もお世話になった。

環境にも慣れて社長を含め社内も良い人ばかりで。

こんな穏やかな環境で働けることを嬉しく思っていた。

だが、入社してから4~5年くらい経った頃だろうか。

段々と会社の状況が思わしくなくなってきた。

仕事が欲しくてもなかなか受注できない。

営業をかけても、それまで付き合いのあったところからでさえ良い返事をもらえない。

零細企業だったので、その影響はすぐに表れた。

ボーナスはカットされ、給与も少しずつ減らされて・・・。

それでも、社長にとってはこの対応が苦渋の決断だと分かっていたので皆頑張れた。

一番影響を受けたのは社長で、自分のお給料を大きく減らしていたのも知っていたから。

社員は文句一つ言わずに、『何とかなるよ』と声を掛け合った。

だけど、どんなに前向きに努力しても上手く行かないこともある。

とうとう会社を閉めることになった。


難航する転職活動と夫の心無い言葉

転職活動は難航した。

一番最初の職種なら専門職だったし引く手あまただったろうに。

次の仕事は事務職だったのでかなりの激戦で、書類審査の段階で落とされることも多かった。

それなら最初の職種に戻れば良いんじゃないの?と思われるかもしれないが。

ブランクが空いてしまって自信が無かった。

技術は日進月歩だから、私の知識はもう古くて使いものにならないはず。

そんな不安から、前の職種に戻ろうとは思わなかった。

書類を送っても送っても面接試験に呼ばれない日々。

焦りを感じつつ黙々と活動を続ける私を見て、夫は

「仕事は絶対に続けた方が良いよ」

と言い続けた。

そりゃー私だって続けられるものなら続けたい。

でも、『雇いたい』と言ってくれる会社が無ければどうにもならない。

しつこく早く探すように言ってくる夫にイライラしながらも、聞こえないフリをして転職活動に集中した。

1か月、2か月と経過してくると、元々はポジティブ思考であっても段々とマイナスの考えが浮かんでくるものである。

もう、このまま決まらないんじゃないの?

などとネガティブな気持ちに支配され、不安に押しつぶされそうになった。

そんな時でも、夫は

「ブランクが空いたら余計に雇ってもらえないから」

とか

「うちは共働きじゃないと無理だよ」

と言い続けた。

『あー。こんな時でも私の気持ちに寄り添ってはくれないんだな』という絶望感。

ただ、この絶望感が実は私の原動力にもなった。

おかしいでしょ?

おかしいよね。

夫婦なのに、こんな嫌なことを言われているのに、それが原動力になるなんて。

でも私の中で『見返してやる!』という気持ちがあったことは確か。

その怒りにも似た気持ちが私を突き動かし、よりアグレッシブに転職活動を行うことができた。

そして、とうとう内定を勝ち取った。


「何があっても辞めるな」と言っていた夫があっさりと退職

私が窮地に追い込まれても一切助けようとしなかった夫。

仕事が決まらないかも?と不安になっても、プレッシャーをかけることしかしなかった夫。

この人は何があっても辞めないんだろう。

漠然とそう思っていたのに。

夫はあっさりと仕事を辞めた。

えっ?!辞めたら暮らしていけないんじゃなかったの?

なんで私はあんな風に言われなければならなかったの?

驚いている私に向かって夫が言い放った言葉が今でも忘れられない。

「こういう時は助け合うもんだろ」

こういう時も何も、我が家には片方が無職になる選択肢も余力も無かったはずだよね。

それなのに、自分だけは例外なんて許されるの?

この頃、既に夫に対して不信感もあったし、今後に不安もあった。

しかも、仕事を辞めただけでなく、家庭内での振舞いも更に悪化していくという地獄。

普通は暇になって優しくなったりするでしょう?

夫の場合は逆で、モラハラ虐待がエスカレートしていった。

本当に人として終わってる。

私たちは奴隷ではない。

サンドバッグでもない。

直接伝えたら格好のエサになってしまいそうな言葉たちが、喉の奥まで出かかった。

家に戻ってから一年が経過

恐怖と隣り合わせで、生き延びた日常 家に戻ってからの一年は、 あっという間だった。 相変わらず夫の執着は止まず、 干渉もなくならない。 義両親も、 本当の意味で味方にはなってくれなかった。 最後に選ぶのは、やっぱり息子。 それがどれだけ理不尽でも、 叶えるために動く。 常に3対1...