予想外の不機嫌な夫に戸惑い
家に着いて玄関のドアを開けるまでは、いつも通りの日常が戻るのだと思っていた。いや、むしろ先ほどの声を聞けばいつもよりも上機嫌なのではとさえ感じた。
だから、ドアを開ける時にも躊躇はなかったのだが・・・。
その希望的観測は見事に裏切られた。
開いたドアの真ん前に夫は立っていた。
腕組みをして仁王立ちの夫は、これまでに見た中でトップファイブに入るくらいの怖い表情だった。
私はその顔を見て一瞬怯んでしまった。
でも、それを悟られてはいけない。
あえて平然とした様子で更に大きくドアを開けて、
「ただいま~」
と中に入ろうとした。
その時、夫が顔を近づけてきてドスのきいた声で、
「家に入る前に何か言うことがあるんじゃねーのか?!」
と囁いた。
情けないことに、その声を聞いただけで私は固まってしまった。
足元には私のスカートの裾を握りしめている子どもがいる。
ここはとりあえず夫の機嫌を何とかしなければ。
咄嗟に手に提げていたスーパーの袋を目の前に見せて、
「連絡入れられなくてゴメン。今日はシチューにしようね」
と言った。
これで収まってくれれば良かったのに、更に夫は睨みを利かせて、今度は私の手首を握ってきた。
怖かった。
怖くて震えあがって何もできなかった。
今度こそ暴力を振るわれるかもしれないという恐怖が私を覆った。
お隣さんの偶然の帰宅に助けられる?
納得のいかない様子の夫が何をしてくるかが分からず、玄関から入れない。
まだドアは開けっ放しで、子どもは足の後ろからちょこんと顔を出して様子をうかがっていた。
このままでは家に入ることもできないし、入れたとしても何をされるか分からない。
怯えながら辺りをキョロキョロしていたら、偶然お隣さんがどこかから帰ってきた。
どうしよう。
助けを求めようか。
でも、そうしたら大事になってしまうかもしれない。
それに、事態が収束した後に禍根が残っていつまでも機嫌が直らないのも困るなぁ。
そんなことを考えながらおとなりさんの方をチラっと見たら、なんとむこうから声をかけてきてくれた。
「今日って旦那さんいらっしゃいますか?」
唐突に夫のことを聞かれて戸惑いながらふと目をやると、先ほどとは別人のような笑みを浮かべた顔で自ら玄関の外に顔を出した。
「こんにちは~」
と自分から挨拶する夫。
そのままお隣さんの近くまで歩いて行き、何やら話し込んでいた。
少しして戻ってきて、手には紙袋を抱えていた。
大して離れていないのでチラっと聞こえたのだが、中身は夫の趣味関連の物だった。
『いただき物だが、自分は使わないので』ということらしかった。
目の前まで戻ってきた夫は私の方には目もくれず、無言で部屋の中に入っていった。
数十分後にやっと家に入ることができ安堵
私たちはしばらく玄関に立っていた。
なぜなら夫の許しが得られなかったからだ。
夫が『もう良いよ』と言うまでは、中に入って休むこともできない。
それは本当にオカシイことだと思うのだけれど、当時はとにかく早く機嫌を直して欲しいという気持ちでいっぱいだった。
ただ立っているだけなので段々と足も疲れてくるし、何もすることがないので時間が長く感じる。
しかも、家の中の空気が重くて居づらい。
こんなことなら、やっぱり戻ってくるんじゃなかった。
そんな後悔の気持ちで呆然と立ち尽くしていた。
こんな時間、子どもはもっと辛かったはずだ。
早々に飽きてしまい、足にかじりつきながら抱っこをせがんできた。
もちろんすぐに抱っこをしたが、ご機嫌斜めで少し騒いでしまった。
そりゃー、子どもにはこの状況は退屈だろう。
それなのに、夫はこちらに向かって『うるせー!』と怒鳴った。
それが私に対してだったのか。
それとも子どもに対してなのか。
いずれにしても、この状況で怒鳴りつけるなんて本当に大切にはされていないのだと痛感した。
いきなり怒鳴られた子どもが大人しくなるはずもなく。
驚いて泣き出してしまった。
私はこれ以上怒らせないようにと慌ててあやしたが、その間も夫のイライラした様子が伝わってきた。
優しい声を掛けて欲しいとは言わないが、自分で泣かせたくせに腹を立てるってどうなんだろうとも思った。
可哀そうに、子どもはそのうちウトウトし始めて寝てしまった。
そのまま抱っこをしつつ10分ほどだったかな?立っていて。
ようやく中に入ることを許された。
その時の言葉も、『もう良いよ』とか『疲れたでしょ』という優しい感じではない。
ただ一言、『そこに立ってると邪魔』と言われて、中に入ることを許されたのだと悟った。