最初に現れた異変
あれっ?――今の瞬き、何かおかしい。そう感じたのは、子どもがまだ3歳の頃だった。
よく見てみると、それは一度や二度ではなく、驚くほど頻繁だった。
最初は「変わった癖があるのかな」くらいに思っていた。
けれど、日が経ってもおさまる気配はなく、そのたびに胸の奥がざわついた。
調べてみると、それは「チック」と呼ばれる症状らしかった。
幼い子どもにもよく見られる、と書いてある。
その言葉に、少しだけ安心しかけた。
――けれど、どこかで納得できない自分もいた。
あまりにも続くので、私は子どもにそっと声をかけながら、原因を探り始めた。
そして行き着いた答えが、「虐待」という言葉だった。
その頃、子どもはすでに、幼い心には重すぎるほどの厳しさにさらされていた。
大人の私でさえ身がすくむような声で怒鳴られ、時には手が出ることもあった。
必死で守ろうとしても、どうしても守り切れない瞬間があって、
その積み重ねが、どれほどのストレスになっていたのかと考えると、胸が苦しくなった。
だけど、『かわいそう』と思いながらも、
「それ、できるだけしないようにしようね」
と声をかけるだけで、しばらく様子を見ることにした。
自然に消えることも多い――そんな情報を信じて、どこかで楽観視していた。
けれど、数か月経っても症状は消えなかった。
焦りと不安が、静かに、でも確実に膨らんでいく。
このまま治らなかったらどうしよう。
そう思っても、夫には何も言えなかった。
ただひたすら、気づかれないように。
少しでも被害が及ばないように。
私は、夫の虐待から子どもを守ることだけに必死になっていた。
それは“指摘”ではなく“攻撃”だった
子どものチックに、夫が気づくまでには数か月かかった。
やっと違和感を口にするようになったけれど、それは「心配」からではなかった。
もし、やさしい父親だったなら。
一緒に考えたり、病院を調べたり、子どもの気持ちを想像したりできたはずだ。
けれど、我が家はそうではなかった。
そもそも、チックの原因が夫の虐待にある可能性が高かった。
だから私は、できるだけ関わってほしくなかったし、
あえて気づかれないように、静かにやり過ごそうとしていた。
それなのに、ある日突然、夫は言った。
「コイツ、変な仕草してるよな」
胸がひやりとした。
余談だが、夫は子どもに不満があるとき、必ず「コイツ」と呼ぶ。
普段は名前で呼ぶから、その呼び方ひとつで機嫌や危険度が分かってしまう。
その言い方で、どういう感情を向けられているのかがはっきり伝わってきた。
だから私は、あえて大事にはせず、
「そのうち治まるらしいから」
それだけを、できるだけ平静を装って答えた。
けれど後日、夫が些細なことで子どもを激しく怒鳴りつけ、
その後も執拗に責め続けているのを見て、思わず口を開いてしまった。
「そんな風に怒鳴らないで!ストレスになっちゃうんだよ!」
案の定、夫は激怒した。
こちらの言葉など一切届かず、反省の色もない。
自分が悪いとは、微塵も思っていない様子だった。
その態度に失望して、私はさらに言ってしまった。
「余計に酷くなっちゃうから」
次の瞬間、目の前をコップが飛んだ。
ガシャン、と激しい音を立てて砕け散った、薄い青色のコップ。
あまりの出来事に、血の気が引いた。
咄嗟に子どもに覆いかぶさり、守った。
斜め後ろにいた子どもは、幸い無事だった。
「俺が悪いのかよ!!!」
叫びながら、なおも暴れる夫。
今にもこちらへ向かってきそうなその姿に、体が固まった。
ふと腕の中を見ると、
子どもは小さな手で両耳を塞ぎ、震えていた。
そして、あの不自然な瞬きを、せわしなく繰り返していた。
