夫の策略だと分かっていて、私は会うことを選んだ
手紙を受け取った私は、すぐに行動に移した。まずは、先輩の家に来ないよう、はっきりと釘を刺さなければならなかった。
ただお願いするだけでは、聞き入れてもらえないだろう。
そこで私は、会うことを了承した。
夫は、自分が損をすることは決してしない人だ。
譲歩もしない。
だからこそ、真正面から正論をぶつけても、うまくいかないと思った。
それならいっそ、こちらが一部を譲り、その代わりに要求を受け入れてもらうしかない。
うまくいくかは分からないが、それでもその戦法でいくことにした。
このとき、子どもはひどく不安そうで、私の様子を気にしているのが分かった。
もともとは大らかで、少し鈍いところのある子だった。
それが、いつ怒り出すか分からない父親に怯え、敏感になってしまったのだろう。
連絡を入れると、夫からはすぐに返事が来た。
きっと、これも予想していたに違いない。
相手を追い詰めて動かすのは、夫の常套手段だ。
まんまと策略に乗ってしまった気もするが、今回はあえて乗ることにした。
それにしても、夫のメッセージはいつも威圧的だ。
無理やり相手を動かそうとしているのが、はっきりと分かる。
すべてが自分の思い通りになると信じている、その自信が透けて見えて非常に不快だった。
話し合いの場所に指定されたのは、かつて私たちが暮らしていたあの部屋だった。
夫は相変わらずそこに住んでいて、私は家賃を払い続けていた。
インターフォンを押すまでの長い時間
呼び出されたその日は、朝から落ち着かなかった。
子どもはちょうど、友達と出かける予定が入っていた。
忘れもしない。
曇り空で薄暗く、念のため折り畳み傘を持たせた。
友達のお母さんが付き添ってくれるというので、お礼を伝え、その場を後にした。
そのまま電車に乗り、途中で手土産を買った。
バカみたいな話だが、夫の機嫌を取るためにあれこれと考えてしまう癖が抜けなかった。
手ぶらより何か持って行った方がいいだろうと思い、好物のお菓子を選んだ。
こんな時、離れていても、まだ夫の支配から抜け切れていないのだと実感する。
まず最初に浮かぶのが、「怒らせないように」という考えなのだから、我ながら終わっている。
それでも、怒りに触れたときのあの絶望感が頭から離れず、少しでも避けたいと思ってしまった。
最寄り駅に着き、家へ向かって歩き出してからも、気が重くて足が進まなかった。
必要なことだと分かっていても、やはり話し合いは怖い。
外で会えばよかったかもしれない――そんな後悔を繰り返しながら、家の前に着いた。
ドアの前に立ち、中の様子をうかがったが、物音はしなかった。
しんと静まり返り、まるで誰も住んでいない家のようだった。
インターフォンを押そうと手を伸ばすが、震えてなかなか押せない。
逃げ帰りたい気持ちが込み上げた、そのとき、ふと子どもの笑顔が浮かんだ。
あの笑顔を守りたい。
そのためなら、何だってする。
私は大きく息を吸い込み、そのままの勢いでインターフォンを押した。
