『習い事もさせてあげられないなんて可哀そう』という空気に・・・
我が家は夫が働いていなかったので家計は厳しかった。余裕が無くて、お給料が出たばかりなのに節約料理になる、なんていうこともしばしばあった。
そんな状態で子どもに習い事?
ちょっと無理があるんじゃないかと思った。
そりゃー私だって本人が希望するのなら行かせてあげたい。
でも、金銭的に厳しいのは本当のことだ。
だから、変に期待を持たせるのではなく説明して諦めてもらおうとした。
その頃の子どもは幼いながらも家庭の事情をよく理解していたように思う。
そういうのもあって、無責任な約束をするよりも本人と話し合って諦めてもらうべきだと考えた。
その方向性で大体固まっていたのに、義両親がそれを覆してきた。
『うちには支援できる余裕がある』なんて言うものだから、子どもがすっかりその気に・・・。
だけどその後に支援を受けてまで通わせるのは違うという話になり。
結局この件は流れたかに見えた。
そもそも義両親だって、いつ状況が変わるか分からないしね。
ところが、今度は夫が急に
「そんなに通わせたければうちの実家に行く話を断らなければ良かっただろ!」
と怒り始めた。
習い事の話から、なぜそんな話題になるの?
この時の夫は猛烈に怒り狂っていて手が付けられなかった。
『あー、このまま無視されるか不機嫌になって当たり散らされるんだろうな』と絶望した。
断っても断っても同居を諦めない
小学校入学前のタイミングで散々揉めた。
同居した方が良いという夫&義両親 VS 私の戦い。
数の上では劣勢だったが、徹底抗戦して何とか耐えた。
何度も何度も話し合い、そのたびに丁寧に説明して、やっと納得してもらったのにな。
こんなことでまた振り出しに戻るなんて夢にも思わなかった。
これが夫の手なのかもしれない、とその時思った。
これからも何か些細なきっかけを見つけては同居の話を蒸し返されるのかもしれない。
それで私が納得しなければキレるんだろうなと想像したら、こんな生活が心底嫌になった。
しかも、前にちゃんと説明したはずなのにまた
「一体何が不満なんだ」
と言ってきた。
それは何度も説明したはずだよ。
まるで私の我が儘で子どもに迷惑をかけているかのように言われて無性に悲しくなった。
分かってくれる人が誰も居ない。
助けてくれる人も居ないんだな、と。
思えば結婚してからずっと夫のペースに合わせてきた。
夫の言うことに従っていれば機嫌が良かったから。
でも、全てを夫の言う通りになんてできない。
時には意見が合わないこともある。
そういう時に話し合える夫婦で居たかったのに、夫が話し合いに応じることは無かった。
見せかけだけ話し合うこともあったが、その口調からは『俺の言うことに従っていれば良いんだよ』という考えが透けて見えた。
私は一体何と闘って何を守ろうとしているんだろう。
こういう問題が持ち上がるたびに、どんどんしぼんでいく夫への愛情。
それなのに夫が変わってくれるはず、幸せな家族になれるはずという希望も捨てられず・・・。
悲しくて耐えられないと思うのに、絶対にやってこない未来のために我慢することを選んでしまった。
何年も何年も我慢し続けて、『あと少し』と思い続けて。
だけど、そんな未来はやってこなかった。