そして電車は無くなり・・・
その日、夫は帰ろうとしなかった。遠回しに、何度も帰宅を促したけれど、
気づかないふりをされる。
こういうやり取りで、
夫が本当に気づかないはずはない。
分かっていて、無視しているのだと思った。
些細なことにも過敏に反応する人だから、
こちらも言葉を選びながら、
慎重に話すしかなかった。
いよいよ終電が近づいた頃、
意を決して声をかける。
「もう電車が無くなっちゃうよ」
すると夫は、
「ここは俺の家でもあるんだ。
『帰れ』ってどういうこと?」
と、突然怒り出した。
タイムリミットが迫る中での、最悪の展開。
眠気の吹き飛んだ子どもは、
青ざめた顔で、私たちの様子を見ていた。
そうしているうちに、
とうとう終電は行ってしまった。
時計を見て、その事実を知った瞬間、
強い動揺が押し寄せる。
泊まるなんて、あり得ない。
こんな状況で、眠れるわけがない。
きっと、この瞬間を待っていたのだろう。
夫は部屋の真ん中にどっかりと座り込み、
怯えている子どもを呼び寄せた。
それを遮るように間に入り、
「もう寝る時間だから」
と伝える。
怒鳴られてもいい。
責められてもいい。
せめて、子どもだけは守ろうと思った。
弱腰が招いたツケ
終電を逃すことも、
最初から計算のうちだったのかもしれない。
泊まる気でいる夫を前にして、
受け入れるわけにはいかず、私は焦った。
どうにか帰ってもらう方法はないかと考えて、
ふと、あることに気づく。
痛い出費にはなるけれど、
タクシーで帰ってもらえばいいのではないか。
こっそり財布の中を確認すると、
ちょうど給料日直後で、
ぎりぎり足りるくらいのお金が入っていた。
これを全部使ってしまったら、
この先どうやって生活していけばいいのか。
迷いはあった。
それでも、
このままここにいられるよりは、ずっといい。
そう思って、意を決して口にした。
「タクシー代、出すから」
その一言で、夫の表情が変わる。
「要らねーよ!
無駄な金つかってんじゃねーよ!」
激しい口調で怒鳴られた。
それでも、
「でも、うちには布団も無いし」
と、泊まれる状況ではないことを伝え、
なんとか立ち上がってもらおうとする。
携帯を手に取り、
タクシー会社の連絡先を探す。
手が震えて、
うまく操作できない。
その間、夫はイライラした様子で部屋を歩き回っていたが、
突然こちらに来て、携帯を奪い取った。
そのまま、勢いよくテーブルに叩きつける。
「布団なんて要らねーよ!」
そう言って、その場に横になった。
隣の部屋で、子どもと二人。
身を寄せ合うようにして、
小さくなって横になった。
すぐそばに、夫がいる。
その気配を感じながら、
一晩中、眠ることはできなかった。
朝になっても、
目だけが、ずっと冴えたままだった。
