「もう要らないから」
塾で使っていたノートなどを、「もう要らないから処分しよう」
と、子ども自ら玄関に置いた。
「もう要らないから」
という言葉が、心にズシンとくる。
そんなことを、
言わせたくはなかった。
でも、
結果的にそうなってしまった。
だけど私は、
この時すでに決めていた。
夫の言いなりにはならず、
塾を続ける方法を探そう、と。
私は何も言わず、
それを手に取り、
部屋の片隅へ移動させた。
まだだ。
まだ塾に、
『やっぱり続けます』
と伝えていない。
伝えたら、
子どもにも話そうと思っていた。
捨てたはずのノートが
部屋に戻されているのを見て、
子どもが言った。
「あれ? 捨てないの」
そして、
少し笑いながら、
「パパとは真逆だね」
我が家では、
少し気に入らないことがあるだけで、
“罰”として物が捨てられていった。
どんなに大切にしている物でも、
夫が捨てると決めたら容赦はない。
私は大人だから、
悔しくても、
じっと耐えた。
でも子どもは、
大事な物が捨てられそうになるたび、
泣き叫びながら止めようとした。
それでも、
夫は止めなかった。
ぐちゃぐちゃにしたり、
壊したりして、
わざわざ生ごみと一緒に捨てる。
最初にそれを見た時、
『この人は頭がおかしいんじゃないか』
と本気で思った。
人の大切な物を、
ここまで踏みにじれるなんて。
普通なら躊躇するようなことを、
平気でする人だった。
「やっぱり辞めた方がいいよ」
この狭い部屋で、
こっそり動くのはなかなか難しい。
捨てたはずのノートが戻っている。
そのことを、
子どもがあまりにも不思議がるので、
私はとうとう伝えてしまった。
「塾は辞めなくていいよ。
何とかするから」
それを聞いた瞬間、
子どもの顔がぱっと明るくなった。
「えっ、ほんと?」
声まで弾んでいた。
「うん、続けていい。
でも、パパには内緒ね」
そう伝えた途端、
今度は表情が曇った。
「パパは許してないんだね。
じゃあ、やっぱり辞めた方がいいよ」
ひどくがっかりした様子で、
手に取ったノートをその場に置く。
「ママが何とかするから」
その言葉だけでは、
足りなかった。
それも仕方のないことだと思う。
夫は、
私の言い分など聞きはしない。
反論すれば、
もっときつい罰が返ってくる。
そんな未来を想像したら、
諦めるしかなかったのだと思う。
私は懸命に説明した。
夫の言っていることがおかしいこと。
頑張っていることを、
止める必要なんてないこと。
もともと不条理なことを
押しつけられているのだから、
内緒で続けることを
後ろめたく思わなくていいこと。
「でも」
「だって」
最初は、
そんな言葉ばかり返ってきた。
それでも最後には、
「うん、分かった」
と頷いてくれた。
