差し出されたキッズ携帯
食事のあと。夫に連れて行かれたのは、
携帯ショップだった。
たぶん、下見は済ませていたのだろう。
店に入るなり、迷いなく歩き出す。
一直線に、目的の場所へ。
並ぶ携帯の中から、一つを手に取った。
そして子どもに向かって言う。
「これ、どうだ?」
子どもは、青ざめた顔でそれを見ていた。
私も、言葉が出なかった。
勢いに押されて、断る理由すら浮かばない。
こうやって準備してくる時の夫は、厄介だ。
弱い抵抗なんて、通じない。
目的のためなら、何でもやる。
そんな気配があった。
だけど——
携帯なんて持たされたら、
逃げ道がなくなる。
きっと言うだろう。
「いつでも連絡が取れるようにしろ」と。
そう思っただけで、息が詰まる。
眩暈がするほどの、絶望。
止めなきゃ。
理由を並べて、なんとか諦めさせようとした。
でも、まったく聞かない。
困って、義両親に助けを求めた。
親なら止めてくれるかもしれない。
そう思ったのに——
「携帯があれば安心ね」
嬉しそうに、そう言った。
「何色がいいの?」
子どもに選ばせようとする。
味方は、いなかった。
子どもは今にも泣きそうな顔で、
立ち尽くしていた。
夫の逆鱗に触れた
子どもも、何度も断っていた。
「まだ使わないから」
必死の声だった。
でも夫は引かない。
こんな時だけ、理解ある父親を演じる。
「今の子は、みんな持ってるだろ」
そう言って、押し切ろうとする。
店員さんまで巻き込んで、
「持っていた方がいいですよ」
そんな空気ができあがっていく。
おかしい。
まるでこちらが、善意を拒んでいるみたいだ。
普通なら、喜ぶはずの提案。
でも私たちは、違う。
だから聞かれる。
「携帯、反対なんですか?」
違う。
そうじゃない。
でも——
「虐待する父親から守りたい」
なんて、言えない。
曖昧に笑うしかなかった。
このまま耐えれば、
今日は引くかもしれない。
そう思って、小さく抵抗を続ける。
それしか、できなかった。
——けれど。
数分後。
夫は、強引に動いた。
了承もないまま、話を進めようとした。
「じゃ、これでお願いします」
店員にそう告げた瞬間。
血の気が引いた。
気づけば、叫んでいた。
「本当に要らないんです!」
一瞬の、静寂。
重たい空気。
私は、恐る恐る顔を上げた。
そこには——
目の据わった夫が、こちらを睨んでいた。
