新品のほうきと、萎んだ勇気
砕け散ったマグカップを、そのままにはしておけなかった。私は反射的に、床に散らばった破片へと手を伸ばした。
大きな欠片は拾える。
でも、細かく砕けた粉のような破片は、指ではどうにもならない。
その時、玄関掃除用に買っておいた、未使用のミニほうきを思い出した。
ちりとり付きの、まだ袋に入ったままのものだ。
取りに行くと、それは案の定、私たちが家を出た時のまま、手つかずで放置されていた。
ほうきを手に戻り、私は黙って掃除を始めた。
すると、背後から声が飛んできた。
——お礼でも言われるのかと思った、その次の瞬間。
「玄関掃除に使ったやつなんじゃねーだろーな!!!」
怒鳴り声に、体がびくりと跳ねた。
袋から出したばかりの新品だ。
一度も使っていない。
それなのに、あらぬ疑いを向けられ、喉の奥がぎゅっと詰まった。
反論したかった。
きっと、相手がこの人でなければ、言えていた。
でも、できなかった。
目の前にいるのは、私よりはるかに大きく、怒り出すと手が付けられない夫だ。
血走った目を見た瞬間、さっきまであった勇気が、しぼんでいくのを感じた。
「……新品だよ。一度も使ってないやつ」
私は視線を落とし、そそくさと破片を集め続けた。
ちりとりに集めた欠片を袋に入れながら、胸の奥で声がした。
——なんて、弱いんだろう。
もう少し強く言えていたら。
もう少し抵抗できていたら。
そうしていれば、この人のモラハラも、違う形になっていたかもしれない。
私が弱いから、助長してしまった部分がある。
その考えが、いつものように頭を占領する。
これまでも、反省して、後悔して、
「自分が悪いんだ」と結論づけて生きてきた。
どうやら、その癖はまだ抜けていないらしい。
最後に濡らしたティッシュで床を拭き、乾いた雑巾で仕上げる。
何も残っていない床を見て、『この後、どうしよう』と考えた、その時。
再び、夫の前に座るよう促された。
断れず、私は静かに腰を下ろした。
壊した人と、謝る私
その後、夫はネチネチと、私の手際や要領の悪さを説教してきた。
——なぜ。
壊したのは夫だ。
片付けたのは私だ。
それなのに、なぜ私が責められなければならないのか。
心の中では、怒りがじわじわと煮え立っていた。
でも、目の前に夫がいると、恐怖のほうが勝ってしまう。
私は曖昧な笑いを浮かべて、
「待たせちゃって、ごめんなさい」
と謝った。
お義父さんは、この一連のやり取りを見ても、何も言わなかった。
それどころか、
「さっさと済ませて、話をしよう」
と急かしてきた。
——この人が、
「同居すれば、自分が守ってやれる」
などと言っていたのだから、笑ってしまう。
私は、時間が経つにつれ、不思議と冷静になっていた。
冷めた目で二人を見ながら、口を開いた。
「まず……子どもに毎日会わせる、という話だけど」
毎日なんて、もちろん不可能だ。
宿泊など、なおさら受け入れられない。
『虐待していたあなたが、求めていいことではない』
その言葉を、できるだけ角が立たないよう、慎重に選んだ。
何より伝えたかったのは、
これ以上しつこくすれば、子どもにますます嫌われるということ。
「子どもに嫌われる」
その言葉に、夫は少し考え込んだ。
あれだけ傷つけておきながら、嫌われるのは嫌だなんて。
あまりにも矛盾していて、私は心の中で、静かに呆然としていた。
