押したり引いたり、慣れない駆け引き
子どもに毎日会わせる、という要求は、何とか回避できた。いつもなら、どんな理屈も押し通す夫。
でも今回は、どうやら違ったらしい。
「子どもに嫌われる」という言葉が、よほど効いたのだろう。
——しかし、安心はできない。
心のどこかで不安がくすぶる。
私は念を押すように、声を落としながら伝えた。
「子どもの思いは、いつか変わるかもしれないけど、それには時間が必要だよ」
夫は不貞腐れたように小さく頷く。
「分かってるよ」と、どこか寂しそうな声で。
ここで騙されてはいけない。
いつも、可哀そうという気持ちが邪魔をしてきた。
こんな人に同情しても、何も得るものはないはずだ。
それなのに、どうしても胸の奥で、可哀そうだと思ってしまう。
その後も話し合いは続く。
押したり引いたり、慣れない駆け引きを繰り返す。
滞在先を知らせる件では、こちらが譲歩するように見せかけた。
実際には、最初からオープンにしておいた方が角が立たないだけだ。
——隠しても、いずれ調べられてしまうだろう。
既に知られてしまった以上、隠す意味はなかった。
先輩と話をさせろ、という件では少し揉めた。
どうせ、失礼なことを言うに決まっている。
迷惑をかけた先輩のことを思うと、ここで引くわけにはいかなかった。
「それなら、やっぱり子どもに会わせろ」と言われるたび、堂々巡り。
夫はもしかすると、先輩への嫉妬心を抱いていたのかもしれない。
年も近く、尊敬される先輩に対して、敵意を向けるような感覚があった。
——それでも、何とか先輩を巻き込むことは避けられた。
一方的な反省を強いられる理不尽
次の議題は、夫のメモに沿って進む。
・勝手に家を出たことを反省し、慰謝料を支払う
・反省文を作成する
だが、忘れてはいけない事実がある。
あのまま家に居たら、子どもも私も無事では済まなかった、ということだ。
夫の暴力・理不尽さから逃れるために出たことを、なぜ一方的に反省しなければならないのか。
夫にとっては、私が戻ってこないことは想定外だったらしい。
家を出た時の思いを語ったら、それを責められてしまった。
一度外に出て味わった解放感は、もう戻れない理由になった。
それでも最初は、怯えながらも「戻らなければもっとひどいことが待っている」と思っていた。
数か月が経つと、気持ちは少しずつ落ち着き、
「自分の置かれた状況がいかにおかしかったか」
を理解できるようになった。
慰謝料を払えるお金はない。
もしあったとしても、払いたくない。
払ってしまえば、それは間違いなく離婚時に利用され、子どもの親権争いでも不利になるだろう。
——未来の可能性を考えた瞬間、
絶対に応じてはいけないという思いが強くなった。
