非常識だと言われても・・・
夫の私物が部屋に残されたまま、引っ越し作業は終わろうとしていた。
えっ?
持っていかないの?
思わず、口をついて出た。
「置いていくものは、要らない物なの?」
たった、それだけの確認だった。
責めるつもりも、追い詰めるつもりもなかった。
それなのに。
彼らは一斉に、私を責め始めた。
そんなことを聞くこと自体が、
非常識なのだと言う。
そもそも勝手に家を出た癖に、
善意で部屋を明け渡す夫に対して、
優しさが足りないのだそうだ。
次々に投げられる言葉に、
胸の奥が、じわりと重くなった。
でも、
そう言われても、私は嫌だった。
夫の私物が、この部屋に残されることが、
吐き気を催すほど、嫌だった。
居なくなったあとも、
まだ見張られているみたいで。
「ずっと見ているぞ」
そう言われている気がして、
背中が、ぞわりとした。
だから、怖かったけれど、お願いした。
「部屋も広くないから、
必要な物なのであれば、
一緒に持っていって欲しい」
声が震えないように、
必死で抑えながら。
それが、
そんなにも非常識なことだとは、
思いもしなかった。
その一言で、
場の空気は一気に険悪になった。
夫は、さらに弱々しく振る舞い、
周囲は口々に言った。
「(夫)の気持ちを汲んであげて」
つまり、
夫は出て行くけれど、
荷物は残したまま。
義実家に一時的に戻るだけ、
そんな体で過ごすということらしい。
残された荷物を見ながら、
私は黙り込んだ。
こんな状態で、
本当に離婚できるのだろうか。
答えは出ないまま、
時間だけが過ぎていった。
一方的な取り決め
あと数分。
心の中でそう呟いた、その時。
一枚の紙を差し出された。
「俺は今日、この部屋を出る。
十分に譲歩したよ。
お前も少しは誠意を見せろよ」
そう言われ、
後ずさる私の手に、
無理やり紙を握らせた。
逃げ場は、なかった。
長々と文字が並んでいて、
一瞬では内容が頭に入らない。
「サインしろ」
そう言われたけれど、
まずは確認しなければと思い、
その場に座り込んだ。
書いてあったのは、
・夫は自由に家を行き来しても良い
・要望があれば子どもに会わせる
・離婚は十分に協議し、双方が納得した上で決める
・私と子どもは家に戻る
ざっと読んだだけでも、
違和感しかなかった。
読み終えた瞬間、
心の中で叫んだ。
サインしたくない。
夫が自由に出入りするなんて、
とても安心できない。
子どもに会わせることも、
今は絶対に無理だと思った。
離婚だって、
先延ばしにされて、
なぁなぁになってしまう気がした。
不安が、
喉の奥までせり上がってきた。
それでも、
私の周りには人が集まり、
逃げたくても立ち上がることもできない。
「早く」
「サインするだけだろ」
促されるまま、
ペンを握ったまま、
手が動かなくなった。
この紙に、
効力はあるのだろうか。
もし、あるのなら。
私は、
絶対にサインしたくなかった。






















