2026年1月31日土曜日

夫が求める条件

非常識だと言われても・・・

夫の私物が部屋に残されたまま、

引っ越し作業は終わろうとしていた。


えっ?

持っていかないの?


思わず、口をついて出た。


「置いていくものは、要らない物なの?」


たった、それだけの確認だった。

責めるつもりも、追い詰めるつもりもなかった。


それなのに。


彼らは一斉に、私を責め始めた。


そんなことを聞くこと自体が、

非常識なのだと言う。


そもそも勝手に家を出た癖に、

善意で部屋を明け渡す夫に対して、

優しさが足りないのだそうだ。


次々に投げられる言葉に、

胸の奥が、じわりと重くなった。


でも、

そう言われても、私は嫌だった。


夫の私物が、この部屋に残されることが、

吐き気を催すほど、嫌だった。


居なくなったあとも、

まだ見張られているみたいで。


「ずっと見ているぞ」


そう言われている気がして、

背中が、ぞわりとした。


だから、怖かったけれど、お願いした。


「部屋も広くないから、

 必要な物なのであれば、

 一緒に持っていって欲しい」


声が震えないように、

必死で抑えながら。


それが、

そんなにも非常識なことだとは、

思いもしなかった。


その一言で、

場の空気は一気に険悪になった。


夫は、さらに弱々しく振る舞い、

周囲は口々に言った。


「(夫)の気持ちを汲んであげて」


つまり、

夫は出て行くけれど、

荷物は残したまま。


義実家に一時的に戻るだけ、

そんな体で過ごすということらしい。


残された荷物を見ながら、

私は黙り込んだ。


こんな状態で、

本当に離婚できるのだろうか。


答えは出ないまま、

時間だけが過ぎていった。


一方的な取り決め

あと数分。


心の中でそう呟いた、その時。

一枚の紙を差し出された。


「俺は今日、この部屋を出る。

 十分に譲歩したよ。

 お前も少しは誠意を見せろよ」


そう言われ、

後ずさる私の手に、

無理やり紙を握らせた。


逃げ場は、なかった。


長々と文字が並んでいて、

一瞬では内容が頭に入らない。


「サインしろ」


そう言われたけれど、

まずは確認しなければと思い、

その場に座り込んだ。


書いてあったのは、


・夫は自由に家を行き来しても良い

・要望があれば子どもに会わせる

・離婚は十分に協議し、双方が納得した上で決める

・私と子どもは家に戻る


ざっと読んだだけでも、

違和感しかなかった。


読み終えた瞬間、

心の中で叫んだ。


サインしたくない。


夫が自由に出入りするなんて、

とても安心できない。


子どもに会わせることも、

今は絶対に無理だと思った。


離婚だって、

先延ばしにされて、

なぁなぁになってしまう気がした。


不安が、

喉の奥までせり上がってきた。


それでも、

私の周りには人が集まり、

逃げたくても立ち上がることもできない。


「早く」


「サインするだけだろ」


促されるまま、

ペンを握ったまま、

手が動かなくなった。


この紙に、

効力はあるのだろうか。


もし、あるのなら。


私は、

絶対にサインしたくなかった。

2026年1月30日金曜日

完全アウェイな引っ越し作業

言葉の棘

笑顔で迎え入れてくれた、夫の友人たち。


でも、

その内側が穏やかでないことは、

すぐに分かった。


ちょっとしたやり取りの中に、

さりげなく混ぜ込まれる言葉。


冗談のようで、

冗談ではない。


その一つひとつに、

小さな棘が仕込まれていて、

確実に、私の心を刺してきた。


ある程度は覚悟して、

この場に来たつもりだった。


でも、

想像していたより、ずっと殺伐としていた。


ただ厄介なのは、

みんなが表面上は

「良い人」を演じていること。


だから、

もし私が何か言えば、

空気を壊した人、

勝手に悪者になった人、

そういう立場にされてしまう。


分かっていたから、

私は何も言わなかった。


棘に気づいても、

気づかないふりをして、

ひたすらやり過ごした。


夫が病院に運ばれたあの日、

ヒステリックに私を非難してきた人も、


その日は、

柔和な表情で話しかけてきた。


「あの時はごめんね。

 心配で、言い過ぎちゃって」


そんなふうに言われて、

私は、曖昧に笑って頷いた。


この人たちは、

夫の気持ちを代弁しているだけ。


そう思おうとした。


でも、

「ごめんね」のあとに続く言葉は、

必ず同じだった。


「でも、あの状況で……

 放って帰るなんて、信じられない」


結局は、非難だ。


その後も、

事あるごとに、


「(夫)のこと、どうでもいいんでしょ」


そう言われている気がして、

チクチク、チクチク。


言葉は柔らかいのに、

中身は、鋭かった。


一方で夫は、

被害者ぶった態度で、


「俺は大丈夫だよ」


などと、

しおらしく振る舞っていた。


その姿を見るたび、

胸の奥が、静かに冷えていった。


自由への試練

息苦しい時間は、

ようやく終わりに近づいていた。


荷物の整理も、あらかた終わり、

あとは詰め込むだけ。


その時、

私はふと気づいた。


――夫の荷物が、残っている。


一時的に義実家へ戻るだけなら、

それも理解できる。


でも、

これは離婚に向けた引っ越しだ。


全部、

持って行ってもらわなければ困る。


この時も、

私は必死で言葉を選んだ。


考えて、考えて、

ようやく口にしたのは、


「残っているものは、

 不要な物なのかな?」


本当に、

精一杯の言い方だった。


でも、それが引き金だった。


夫の周りの人たちが、

一斉に、私を責め始めた。


優しさが足りない。

一方的に追い出される夫が可哀そう。


そんな言葉が、

次々と飛んでくる。


でも正直、

私はもう、

その作業が終わったあとのことしか

考えられなくなっていた。


早く終わらないかな。


早く、ここから出たい。


その気持ちが、

態度に出てしまっていたのだと思う。


それが、

さらに彼らの怒りに火をつけた。


私はただ、

自由までの残り時間を、

黙って耐えていた。

2026年1月29日木曜日

あっという間に約束の日に

行きたくない病、再発

約束の日が、翌日に迫っていた。


私の気持ちは、

ズーンと、底のほうに沈んでいた。


発熱して、ドタキャンしてから、

まだ一週間しか経っていない。


気持ちが整理できないまま、

その日を迎えようとしていた。


なぜ、

こんなにも早く次の予定を入れたのか。


それは、

嫌なことは、さっさと終わらせたかったからだ。


いつまでもこの件を引きずるのは、

正直、しんどかった。


それに、

どうせ業者に依頼しないのなら、

レンタカーを手配するだけ。


いつでも同じだろうと思っていた。


案の定、翌週を指定しても、

特に文句を言われることもなく、

あっさり予定は決まった。


あとは、当日を待つだけ。


……の、はずだった。


でも、

やっぱり来た。


行きたくない病、発症。


決まってからずっと、

ウダウダ、ウダウダ。


何をしていても、

頭の片隅に、その日のことが張り付いている。


そして、

ブルーなまま前日を迎え、

いよいよ、追い詰められた。


もう、こうなったら行くしかない。


(最初から、そう決まっていたのだけれど)


そう言い聞かせて、

私はようやく、腹をくくった。


曇天が、まるで私の心みたいだった

当日の天気は、あいにくの曇り空。


今にも雨が降り出しそうな、

重たい空だった。


私は折り畳み傘をバッグに入れ、

時刻表も調べないまま、

駅へ向かった。


そんなことをする気力すら、

残っていなかったのだ。


ホームで電車を待ちながら、

ぼんやり立ち尽くす。


気持ちは、

一向に浮上しない。


それでも、

ふと、あることに気づいた。


――あと数時間、我慢すればいい。

――それで、やっと家を明け渡してもらえる。


そう思った途端、

不思議と、少しだけ力が湧いてきた。


さっさと済ませてしまおう。


早く終わらせたい。


我ながら、現金だと思う(笑)。


家に着くと、

すでにみんな集まっていた。


そして、

私の顔を見るなり、


「久しぶり〜」


と、口々に声をかけてくる。


まるで、

何事もなかったかのように。


あの修羅場など、

最初から存在しなかったかのように。


この人たちは、

その笑顔の裏で、

何を考えているのだろう。


そう思った瞬間、

背中が、ひやりとした。


顔は笑っていても、心は、きっと違う。

私のことを、

快く思っているはずがない。


「今日は、長い一日になりそうだ」


そうため息をついた、その時。


視界の端に、

例の彼女の姿が入った。


引っ越し作業だというのに、

まるでデートにでも行くような、

綺麗な服装で。


遠目からでも分かる、

場違いなほどの存在感。


妙なオーラを、

はっきりと放っていた。

2026年1月28日水曜日

引っ越しは延期になっていた

次の日に知った、衝撃の事実

熱が下がった次の日。


私は恐る恐る、

夫からのメッセージを確認した。


どんな暴言が並んでいるのだろう。


そんな覚悟で開いたのだけれど、

そこにあったのは、

罵詈雑言とは程遠い、

あっさりとした日程調整の連絡だけだった。


最初こそ怒っているようだったが、

なぜか、すぐにトーンダウンしている。


それまでには、なかったパターンだ。


夫の場合、

怒りは時間とともにエスカレートしていく。


まるで、自分の怒鳴り声に

反応しているかのように。


そう感じることも、少なくなかった。


それなのに、

引っ越しの件でのやり取りは、

驚くほど静かだった。


不気味なほどに。


『怒ってはいないみたいだ』


そう思えたことに、

私はほっとして、

その日のうちに返信をした。


手伝えなくて申し訳ありません。

無事に終わりましたか。


短い、当たり障りのないメッセージ。


返信が来たのは、夕方だった。


――あとは、

私たちがいつ戻るかだけだな。


そんなことを考えながら、

読み始めた、その瞬間。


頭から、

冷たい水を浴びせられたような

衝撃を受けた。


夫は、

引っ越していなかった。


てっきり、

すべて終わっているものだと

思い込んでいた私は、

言葉を失った。


業者への依頼も無く・・・

よくよく聞いてみると、

業者にも依頼していなかった。


実はあの日、

夫の友人がレンタカーを借りて、

荷物を運ぶ予定だったらしい。


ということは、

そこには、

夫の「好きな人」だけでなく、

友人もいる。


一体、

何人集まるつもりだったのだろう。


夫の仲間内で、

明らかに浮いている私が、

「好きな人」まで揃うその場で、

引っ越しを手伝う。


どう考えても、

カオスだった。


おかしい。

どう考えても、おかしい。


でも、

それを指摘すれば、

また臍を曲げる。


そう思うと、

何も言えなかった。


これさえ我慢すれば、

出て行ってもらえる。


もう少しの辛抱だ。


そう自分に言い聞かせて、

次の日程を決めた。

2026年1月27日火曜日

突然の発熱で、指定された日に行けず・・・

悩み過ぎて眠れない日が続いた

夫から、

「引っ越しの日には家に来て手伝え」


そう言われてから、

私はずっと悩み続けていた。


顔を合わせるのが、怖かった。


情けないけれど、

恐怖に打ち勝つことができなかった。


その日のことを想像するだけで、

動悸がして、手が震える。


こんなにも怯えていることを、

夫は分かっているのだろうか。


一緒に暮らしていた頃、

思い切って言い返したこともあった。


少しでも状況を変えたかったから。


言っても無駄だと分かっていながら、

それでも、諦めきれなかった。


けれど夫は、それを都合よく受け取り、


「お前も言うようになったな。

 もう口だけは対等だな」


そんなふうに言った。


心臓をバクバクさせながら、

必死で絞り出した言葉は、

やはり、届かなかった。


それどころか、

夫の暴走を肯定してしまったようで、

私は本気で後悔した。


それなら、

黙って聞いていた方がよかったの?


言わない方が、マシだった?


そう思っても、もう遅い。


それ以来、私はずっと、


「言い返せるんだから大丈夫だろ」


そう言われ続けた。


あの苦い経験が、

私をより慎重にした。


「失敗してはいけない」

そう思うほど、身動きが取れなくなり、

気づけば、そのことばかり考えていた。


かなりのストレスだったのだと思う。


そして、

夫に来るよう言われていた日の前日。


私は、熱を出した。


夫の不機嫌、私の思惑

発熱に気づいてすぐ、

夫に連絡を入れた。


「明日は無理そう」


案の定、夫は怒っていた。


でも、怒られてもどうしようもない。


三十七度後半。

高熱ではないけれど、

引っ越し作業ができる状態ではなかった。


電話でなかったのは、幸いだった。


メッセージなら、

自分のタイミングで読める。


既読をつけたくなくて、

連絡が来ていると分かっていても、

なかなか開けずにいた。


実はこの時、

私には、ある思惑があった。


たとえ私が行けなくても、

業者は入っているはずだ。


そのまま作業は進み、

私は直接関わることなく、

部屋が明け渡されるのを

待てるかもしれない。


熱が出たのは本当だけれど、

そんな打算が、

一瞬で頭を駆け巡った。


――ラッキーだと、

思ってしまった。


夫に連絡を入れたあと、

私は久しぶりに、深く眠った。


「会わなくて済んだ」


その安堵で全身の力が抜け、

泥のように、眠った。

2026年1月26日月曜日

夫が何を考えているのか分からない・・・

彼女との鉢合わせを目論む夫

私は、ひどく混乱していた。


夫の意図が、

まったく読めなかったからだ。


引っ越しに指定された日、

彼女も来る――

そう知らされた。


悲しかったわけではない。

嫉妬でもなかった。


ただ、

「なぜ?」

その理由が分からず、戸惑った。


何のために、

わざわざ顔を合わせる必要があるのか。


まさか、

挨拶でもさせたいのだろうか。


それとも、

二人の関係はもう上手くいっていて、

それを見せつけたいのか。


考えれば考えるほど、

疑問ばかりが浮かび、

答えはひとつも見つからなかった。


確かなのは、

私はまだ

「行く」と決めていない、

ということだけだった。


その日までに、

何か理由をつけて、

行かずに済む方法はないか。


私は必死に考えていた。


それなのに。


夫は、

強い口調で、

まるで重要な用事であるかのように、

この件を押し通そうとした。


その態度に、

胸の奥がざわついた。


――もしかして、

私を傷つけたいのだろうか。


そう思ってしまった。


もしそうだとしたら、

これほど悲しいことはない。


まだ籍の入った妻に、

意図的に痛みを与えようとするなんて。


こんなことを書くと、

「考えすぎじゃない?」

そう思われるかもしれない。


でも、

この人はそういう人だった。


普通なら思いつきもしない方法で、

相手を追い詰める。


心を試すように。

逃げ道を塞ぐように。


気づかないうちに、

私はまた、

雁字搦めにされていた。


相変わらず口を閉ざす子ども

夫に何かを吹き込まれ、

元気をなくしていた子ども。


数日が経つと、

少しずつ口数は戻ってきた。


でも、

あの件には一切触れなかった。


何度か、それとなく聞いても、

何も教えてくれない。


だから私は、

それ以上追及するのをやめた。


これ以上踏み込めば、

子どもを追い詰めてしまう。

そんな気がしたからだ。


その話題を避けるようにしていると、

子どもは少しずつ、

元の明るさを取り戻していった。


あれは何だったのだろう。

そう思うほど、

元気いっぱいに見えた。


それでも、

胸の奥には

小さな棘が残ったままだった。


何があったのか分からない。

だから、

どうフォローすればいいのかも分からない。


どうせ、

ろくでもないことを言ったのだろう。


それだけは、

分かり切っていた。


子どもを守るためには、

事実を知らなければならない。


そう思って、

私はようやく、

重い腰を上げることにした。


夫に、直接確認するしかない。


正直に話すかどうかは分からない。

でも、

ほんの少しでも

子どもを大事に思う気持ちがあるなら。


この状況を、

放っておけるはずがない。


そう信じたかった。

2026年1月24日土曜日

父親に傷つけられ、口を閉ざした子ども

自分の気持ちだけが大事な夫

自己愛性人格障害であろう夫は、

人を愛せない。


大事なのは、いつだって自分だけ。


それに気づいたのは、

結婚してからだった。


けれど、

まさか血のつながった我が子でさえ、

愛せないとは。


そんなこと、

想像したこともなかった。


口では、何とでも言える。


実際、夫はよく子どもに向かって、

「お前が大事だ」

そう言っていた。


この言葉だけを切り取れば、

誰もが「良い父親」だと思うだろう。


でも、

そこに本当の愛情はなかった。


あるのは、

自分の理想を押しつけ、

思い通りにならなければ罰を与えることだけ。


叩く。

蹴る。

食事を与えない。


それでも、

子どもは父親を慕っていた。


――親子というだけで、

無条件に愛してしまうものなのだろうか。


電話を切ったあとの子どもの様子を見て、

そんな疑問が胸に浮かんだ。


きっと、

夫はまた余計なことを言ったのだ。


子どもの心を、

土足で踏みにじるような言葉を。


最初は、

「嫌いな相手からなら、そこまで傷つかないのでは」

そんな考えもよぎった。


けれど、

すぐに分かった。


どんなに嫌いでも、

どんなに怖くても。


相手は、

“父親”なのだ。


割り切れるはずがない。

平気でいられるはずがない。


その日の夜、

私は何度も、何度も声をかけた。


どうしたの?

何を言われたの?


けれど、

子どもは頑なに口を閉ざし、

何も語ろうとしなかった。


その沈黙が、

何よりも重く、

胸にのしかかっていた。


「引っ越し、いつが良いかな」

少しして、夫から連絡が来た。


「引っ越しなんだけど、

 いつが良いかな」


正直、

自分の都合で決めればいい話だ。


なぜ、わざわざ私に聞くのか。

そう思った。


けれど夫は、

いくつも候補日を挙げてきて、

「その中から選んで」

と言う。


どうにも、話が噛み合わない。


「(夫)の都合で決めたらいいんじゃない?」

そう返すと、


「それだと、あとから合わないって言われても困るし……」


と、歯切れの悪い返事が返ってきた。


このままでは、

“決まらない”ことを理由に、

いつまでも居座られかねない。


そう思って、

私は仕方なく折れた。


「じゃあ、1か月後くらいの

 土日のどちらかは?」


すると夫は、

待っていましたと言わんばかりに、


「よし、じゃあ〇月〇日の10時頃な」


と、一方的に決めた。


これで、

やっと家を明け渡してもらえる。


そう思って、

一瞬だけ、肩の力が抜けた。


――けれど。


「時間に遅れるなよ」


その一言で、

すべてが凍りついた。


どういう意味なのか、

考えるまでもなかった。


引っ越し作業に私も参加する前提で

話が進んでいたのだ。


自分が出ていくのに、

私が手伝う。


それを、

何の違和感もなく当然だと思っている。


けれど、

それ以上に私を震えさせたのは、

別の理由だった。


――また、顔を合わせなければならない。


あの人と、

同じ空間にいなければならない。


声を聞くだけで、

体がこわばる。


姿を想像しただけで、

呼吸が浅くなる。


どんな言葉を投げられるか分からない。

どんな態度を取られるか分からない。


子どもを傷つけた直後の、

あの無神経な人と。


私はもう、

向き合える自信なんてなかった。


手伝いたくないのではない。

――怖かったのだ。


関わることで、

また心を踏みにじられるのが。


それでも、

この気持ちをどう伝えればいいのか分からず、

私は言葉を飲み込んだ。


一難去って、また一難。


夫が家を出るその日が、

「解放」ではなく、

新たな恐怖として迫ってきていた。


この引っ越し作業を、

どうやって断るか。


それが、

私の頭の中を支配していた。

2026年1月23日金曜日

子どもに伝えるタイミングに迷う

その日は本当にやってくるのか

数日経っても、

私はまだ信じられずにいた。


あの夫が、

自分から「出ていく」と言うなんて。


けれど、その後に届いたメッセージを見て、

ようやく現実なのだと実感した。


「今、荷物の整理をしているから

もう少し待ってください」


その言葉を見て、

やっと夢ではないのだと感じた。


そうなったら、

こちらも準備をしなければならない。


荷物の整理だけでなく、

子どもへの報告も。


この話をしたら、喜ぶだろうか。

それとも、戸惑うだろうか。


そんなことを考えながら、

私は伝えるタイミングを探っていた。


こんな状況の中で、

ふと頭をよぎったのは、


――本当に、このまま出て行ってくれるのだろうか。


そんな、ネガティブな考えだった。


これまでにも、

散々期待を持たされては、翻されてきた。


実行されるまでは、

どうしても信じ切ることができなかった。


もし、ぬか喜びになってしまったら。

また、子どもをがっかりさせてしまう。


先輩も、この件については、


「もう少し待ってから伝えたら」


と言ってくれていて、

やはり確定するまでは伏せておこう、

という話になった。


夫が「俺から伝えさせて」と・・・

あえて、伝えずにいたのに。


夫が突然、

「俺から伝えさせてほしい」

と言い始めた。


この時点でも、

私は夫を信頼していなかった。


だから、

変なことを吹き込まれたらどうしようと、

気が気ではなかった。


「私から伝えたい」

そうお願いしたけれど、

聞き入れてもらえなかった。


そうだ。

この人は、いつも自分のしたいようにする。


私がどんなにお願いしても、

それが自分の計画に沿っていなければ、

受け入れられることはない。


嫌がる私をよそに、

強引に電話を替わるよう言われ、

結局、夫が直接伝えることになった。


通話中、

子どもはずっと、


「うん」


とだけ、返事をしていた。


電話を切ったあと、

私は恐る恐る、


「なんて言ってた?」


と聞いた。


すると、

子どもはぽつりと、


「パパ、好きな人ができたんだって」


そう言ったきり、

黙り込んでしまった。

2026年1月22日木曜日

夫が家を出るのを待つ日々

荷物の整理をしつつ、今後を考える

「家を出たよ」


そんな連絡が来る夢を、

三日に一度くらい見ていた。


それほどまでに、

その言葉を待ち続けていた。


現実では何も起きていないのに、

夢の中だけが、どんどん先に進んでいく。


待つしかない時間が、

ひどく長く感じられた。


ただ待っているだけでは、

心が持たない気がして。


私は、

荷物の整理を始めた。


私たちの持ち物は、

驚くほど少なかった。


家を飛び出したあの日、

着の身着のままで出てきたのだから、

当然と言えば当然だ。


後から、

洋服や学校用品を取りに戻ったとはいえ、

手で持てる分しか持ち出していない。


その後、

先輩の家で暮らす中で買ったものもあるけれど、

基本的に私は、もったいながりだ。


物は、あまり増えなかった。


整理自体は、

あっけないほどすぐに終わった。


けれど、

一つひとつ手に取るたびに、

いろんな記憶が引きずり出された。


たとえば、

家を出た日に着ていた服。


私のものは、

今も普通に着られるからいい。


でも、

子どもの服はもうサイズアウトしているのに、

なぜか捨てられずにいた。


嫌な思い出があるのに、

どうして取っておくの?


そう聞かれたら、

きっと答えに詰まったと思う。


けれど、

私たちにとって、あの日は分岐点だった。


あの出来事がなければ、

今もまだ、

夫と同じ部屋で息を詰めながら、

傷つけられ続けていたかもしれない。


そう思うと、

簡単には手放せなかった。


断捨離して、心のデトックス

気づけば、

もう使わないものを、

たくさん抱え込んでいた。


どれも、

少なからず思い入れのあるものだった。


それでも私は、

決めた。


一度、全部手放して、

綺麗さっぱり再出発しよう、と。


断捨離は、

思い切りのいい人がするものだと思っていた。


本来の私は、

何でも取っておくタイプだ。

断捨離とは、正反対の人間だと思う。


でも、この時ばかりは、

とにかく、

心を軽くしたかった。


できることなら、

夫を思い出すものは、

すべて処分したかった。


けれど、

全部を新調する余裕はない。


だから、

必要最低限だけを残して、

あとは手放すことにした。


一人で黙々と作業していると、

ふと、

家に置いてきた子どものものが頭をよぎった。


創作物は、

ちゃんと残っているだろうか。


まさかとは思うけれど、

捨てられていないだろうか。


赤ちゃんの頃からの写真も、

無事だろうか。


保育園で撮ってくれた写真は、

数えきれないほどある。


私にとっては、

かけがえのない宝物だ。


どうしても、

その行方を確かめたくなった。


でも、

今ここで動けば、

また夫の機嫌を損ねるかもしれない。


たった一通の確認メッセージでさえ、

状況を一変させるには、十分すぎた。


それほど、

扱いの難しい人だった。


悩んで、

悩んで、

結局、この日も動けなかった。


戻ったら、すぐ確認できる。


そう自分に言い聞かせて、

私はまた、

待つことを選んだ。

2026年1月21日水曜日

事態が大きく動いた日

ずっと待ち望んだ言葉

その日、私は夫から、

やっと聞くことができた。


ずっと待ち望んでいた言葉を。


「実家に戻る」


そう告げると、

夫は大きく深呼吸をした。


何でも自分の思い通りにする人だけれど、

もしかしたらこの時は、

あの人なりに考えたのかもしれない。


考えて、考えて。

考え抜いた末の決断だったのだとしたら、


――よくぞ決断してくれた。


思わず、

お礼を言いたくなるほどだった。


別居をする前も、別居をしてからも。

いや、付き合い始めた頃から、

もうおかしくなっていたのかもしれない。


とにかく、

心がすれ違い、

分かり合えないことばかりだった。


だから、

未練はこれっぽっちもなかった。


清々しい気持ちで、

「分かった」

と答えながら、

私は必死に嬉しさを噛み殺した。


気持ちのままに動いたら、

叫び出してしまいそうだった。


落ち着いた口調で返事をしなければ、

こちらの本心を悟られてしまう。


もし、

「もう気持ちがない」

と分かれば、

夫はまたへそを曲げるだろう。


へそを曲げるだけなら、まだいい。


私の思い通りにしたくなくて、

「実家に戻る話」そのものを、

なかったことにされるかもしれない。


だから、

この喜びは絶対に隠さなければならなかった。


幸いなことに、

その日の夫は、いつもより寛大だった。


途中で失言があったかもしれないが、

些細なことは気にしない様子で、

私が残念そうに


「分かった」


と答えると、

申し訳なさそうな表情を見せた。


その姿からは、

モラハラをしていた人だとは、

とても想像できなかった。


外側に向けた

「いい人」の部分だけが、

そこにあった。


その日は、

とりあえず報告だけ、という形で、

十分ほどで通話は終わった。


電話を切ったあと、

私はようやく、


――ああ、私はもう

“外の人”になれたんだ。


そう、しみじみ感じていた。


恋の行方は・・・

あの会話で、

ひとつだけ肝心なことを聞き忘れていた。


相手の人とは、

上手くいっているのかどうか。


夫やNから聞いたのは、

ただ

「好きな人ができた」

という話だけだった。


となると、

相手の気持ちはどうなのか。


上手くいってほしい、

それしか思っていなかった。


けれど、

いかんせん、あの夫のことだ。

正直、少し心配でもあった。


親しいわけではないが、

話したことのあるその女性は、

とても快活な人だった。


コミュニケーション能力が高く、

人前にどんどん出ていくタイプ。


私とは正反対で、

いつも

「すごいなぁ」

と思って見ていた。


上手くいってもらわないと困る。


そう思って、

探りを入れるために、

何度かNに連絡をした。


そのたびに返ってきたのは、


「詳しくは分からないけど、仲良くはしてるよ

 さすがに、まだ付き合ってはいないんじゃないかな」


という返事だった。


「さすがに」と付けたのは、

まだ離婚前だからだろう。


私としては、

何の問題もなかったのだけれど。


結局、

本当のところは分からないまま。


私は大人しく、

夫が家を明け渡すのを待つことにした。

2026年1月20日火曜日

夫の恋愛-新たな動き

こちらから動けないジレンマ

夫に、好きな人ができた。


Nからそう告げられた瞬間、

私は心の底から、喜びを感じていた。


この日を、どれほど待ちわびていたことか。

いつかそんな日が来ないだろうかと、

ずっと夢見ていた。


それが現実になった。


嬉しさを抑えきれず、感情が爆発して、

その夜は一睡もできなかった。


眠れないまま、朝を迎えた。


翌日、私は朝からマシンガントークだった。

先輩は苦笑いしながら、


「今日はめちゃくちゃ元気だね」


そう言って、

「気を抜かず、慎重に動くんだよ」

と助言してくれた。


夫にようやく春が訪れそうなのは、

非常に喜ばしいことだった。


ただし、

ひとつだけ問題があった。


それは、

私がこの件を“知らないことになっている”

という事実だ。


Nには、内緒にするよう言われていた。

だから私は、この話を夫に切り出すことができない。


つまり、

相手から動くのを待つしかなかった。


この時間が、とても長く感じられた。


本当なら、今すぐにでもこの話題を投げかけて、

離婚の話を進めたかった。


けれど、

Nとの約束を破ることはできなかった。


もし破れば、

もう二度とNは信頼してくれないだろう。


私にとって彼は、

重要な情報源だった。


だから、耐えるしかなかった。


いつもなら憂鬱でしかない夫からの連絡も、

この時ばかりは、待ち遠しくて仕方なかった。


次は、きっとこの話だ。


そう踏んでいた予感は、

現実のものとなった。


数日後に夫からのカミングアウト

普段はメッセージで済ませる夫が、

その日は最初から通話を求めてきた。


――あの件だ。


言いたいことは、もう分かっている。

好きな人ができたことを、

私に伝えるつもりなのだろう。


私はできるだけ平静を装い、

「もしもし」

と応答した。


その日の夫の声は沈んでいて、

終始、静かだった。


「お前に言わなくちゃならないことがあるんだ……」


そう言われて、

心の中で

分かってる、分かってる

と答えながら、


「何かな?」


と返した。


すると突然、

夫は鼻をすすり始め、

涙声で語り出した。


「本当に、お前には申し訳ないと思ってる」


そう謝りながら、


好きな人ができたこと。

まだ、その人とは付き合っていないこと。

ただ、その気持ちのままで

あの部屋で待ち続けることはできないこと。


次々と語っていった。


ここまで聞いて、

私は思った。


これは、もしや――


話の流れ的に、

家を明け渡す、という展開ではないか。


期待が、膨らんだ。


ただ、この日は一言も挟まず、

最後まで黙って聞いていた。


というのも、

夫はすっかり自分の世界に入り込んでいたからだ。


正直、

その状況に酔っているように見えた。


好きな人がいる。

けれど、妻からも愛されている。

どちらかを選ばなければならない――


そんな物語の主人公にでも

なったつもりなのだろう。


最後まで黙っていたからか、

私がショックを受けていると勘違いした夫は、

何度も


「ごめんな」


と繰り返した。


内心では、

お礼を言いたいくらいだよ

と思いながら、


「ううん……、いいんだよ」


と答える私。


心の中で、

大きくガッツポーズした。

2026年1月19日月曜日

やはり夫の差し金だった

眠れない夜に送ったメッセージ

怖かった。


理由が分からないまま、

Nからの連絡に怯えていた、あの感覚は。


そして、その正体は――

やはり、夫だった。


夫の友人であるNから頻繁に連絡が来ていた理由。


それは、

私の勘違いでも、被害妄想でもなかった。


こちらの状況を探られている。


そう感じていた違和感は、

正しかった。


脳内で都合よく物事を組み替えてしまう夫は、別居後も、

「あいつは俺のことが好きなのに、別居という選択をしてしまった」

そんな世界に生きていた。


本当に好きなら、そんな選択はしない。

それは、あまりにも単純な理屈なのに。


なぜか夫の中では、

「いずれ元に戻る」が既定路線になっていた。


それが、私を苦しめていた。


では、なぜ夫はNを使ってまで、

私の状況を探ろうとしたのか。


理由は、ひとつしかなかった。


夫の側に、

離婚したい“理由”ができたからだ。


Nの意図が分からない間、

私はまた新しい恐怖と向き合っているようで、落ち着かなかった。


イライラして、

心が休まらなかった。


だから、

白黒つけたくなった。


はっきりさせないと、

壊れてしまいそうだった。


けれど、すぐに聞けないのが、私の弱さ。


悶々と考え続け、

気づけば一か月が経っていた。


「何か聞きたいことや、伝えたいことがあるなら、

はっきり言ってほしいです」


たった一文。


それを、

眠れない真夜中に送った。


非常識だったかもしれない。


でも、

限界だった。


感情を抑える余裕なんて、もう残っていなかった。


すると、Nは夜中の二時にもかかわらず、すぐに返してきた。


「今、ちょっと話せるかな」


逃げ場はなかった。


私は、OKした。


夫の本当の狙い

電話越しのNの声は、固かった。

緊張が、そのまま伝わってきた。


だから私は、

わざと軽い口調で切り出した。


「何か、ありますよね?」


返ってきたのは、

「……うん、まあ……」

歯切れの悪い言葉。


そして、しばらくの沈黙のあと、

「俺から聞いたって、絶対に言わないで」

そう念を押されて、

真実を告げられた。


夫には、好きな人ができていた。


以前の、ゲーム仲間との軽い恋愛ごっことは違う。

相手は、私も知っている人だった。


それなら、離婚すればいい。


そう言うと、Nは言った。

夫は、私との縁が切れるのが怖いのだと。

離婚しても、繋がっていたいのだと。


その言葉を聞いた瞬間、背中が冷たくなった。


でも同時に、救われた気もした。


これは、私にとっての出口だった。


もし私が、

「嫌いだ」とはっきり言えたら。

それが、夫を前に進ませるのではないか。


そう思って、Nに提案した。


すると、

「それはやめた方がいい。

(私)ちゃんに愛されてるって思えることが、

あいつの原動力だから」


そう止められた。


つまり私は、

拒絶すら許されない存在だった。


それでも。


それでも、

気持ちは不思議と軽くなっていた。


やっと分かった。

鎖を切る準備ができたんだ。


自由はもう、

すぐそこまで来ていた。

2026年1月17日土曜日

頻繁に来るNからの連絡を警戒

目的が分からない、という恐怖

夫の友人Nから、頻繁に連絡が来るようになった。


そんな軽い感じでやり取りするような間柄ではないと思うのだが、ある時を境に、急にメッセージを送ってくるようになった。


内容も、どうでも良いものばかり。


はっきり言って、面倒だった。


でも、夫に何を言われるか分からない。

変なことを吹き込まれて、状況が危うくなるのは困る。


これから「離婚」という一大イベントを控えているのだ。

失敗したくないと思うのが、普通だろう。


そんな思いが根底にあって、

いつもより少し愛想良く、丁寧に対応してしまった。


それが良くなかったのか、

連絡はどんどんエスカレートしていった。


酷い時には、日に何度も。


さすがに仕事中はないが、

朝の始業前や昼休み、

夜、寝る前の時間帯にも届く。


通知を見るたびに、気が滅入った。


気づけば、未読スルーするようになっていた。


これはまずい。

もしかしたら、夫が怒鳴り込んでくるかもしれない。


そんな恐怖もあり、

気力を振り絞って、数回に一回は返事をした。


それにしても、一体何を考えているのか。


こちらの動向を探っている?

それとも、ただの善意?


分からないというのは、非常に怖い。


あれこれ考えてみても、

はっきりとした答えは出ず、

結局「夫の差し金だろう」という結論に落ち着いた。


疑心暗鬼になり、言葉の裏を読むように・・・

Nから連絡が来るたびに、

その意味を考えるようになった。


そのまま受け取るのは危険だと思い、

言葉の裏まで読む。


しまいには、裏の裏まで読もうとして、

何が何だか分からなくなることもあった。


考えないようにしても、

すぐ次のメッセージが来る。


精神的なストレスで、

心の余裕はどんどん削られていった。


そんな中でも、

子どもの存在だけは癒しだった。


ちょっとした会話一つで、

ギスギスした心が、少しだけ和らぐ。


それでも、Nからの連絡は増えていく。


ついには、毎日。


怖い。

正直、怖すぎた。


返事をしても、しなくても、

毎日のように来る。


それに気づくだけで、ストレスだった。


Nと夫、

二人からじわじわ追い詰められているような気がして、

思わず、夫に真意を確かめたくなった。


……いや、待て。


こちらから連絡をしたら、

相手の思うつぼかもしれない。


ここは、静観した方がいい。


そんな葛藤を繰り返し、

結局、夫への連絡はしなかった。


その頃、Nは何度も聞いてきた。


「困っていることはない?」


困っていることと言えば、

夫のこと、そのものだった。


友人として、何とかしてほしい。

Nに対する要望は、それだけだった。


それを言いたい衝動に駆られた。


でも、やっぱり危険だと思い、

当たり障りのない返答をした。


正解だったのかは、分からない。


ただ一つ言えるのは、

Nからの連絡が来るたびに、

私の中の警戒心だけが、

確実に育っていったということだ。

2026年1月16日金曜日

塾に通いたい子ども

友だちからのお誘いでその気に・・・

子どもが急に、

「塾に行きたい」と言い出した。


普通のご家庭なら、


「やっとやる気になったのね!」


と、大喜びするところだろう。


でも、我が家はちょっと事情が違う。


聞いた瞬間、

『現実的に可能だろうか?』

そんな考えが、真っ先に浮かんだ。


まず気になるのは、やっぱりお金。


三人で暮らしていた頃もカツカツだったけれど、

家を出てからは別々の拠点で生活している。


生活費は二重。

当然、余裕なんてない。


元の家の方を全額負担していたわけではない。

それでも、自由に使えるお金はごくわずかだった。


少し浮いたら、

できるだけ将来のために貯金したい。


それは、

私たちが安心して暮らすためのお金。


だから大事で、

簡単に崩すわけにはいかなかった。


とはいえ、

子どもが「やってみたい」と言っている。


それを頭ごなしに否定するのも、違う気がした。


できれば、

色んなことに挑戦させてあげたい。


あんな目に遭って、

それでも勉強に向き合おうとしている。


それだけで、もう十分すごいことだ。


ただ――

不安は消えない。


学校帰りに、

家の近くの塾へ通うこと。


その地域には、夫がいる。

しかも、徒歩圏内。


もしこの情報を知ったら、

待ち伏せしないとは言い切れない。


子どもは、そんなこと想像もしていないだろう。


でも私は、

どうしても過去のことが頭をよぎってしまう。


「うーん……」


思わず唸って、考え込んだ。


背中を押したい気持ちと、

不安な気持ち。


その間で、

すぐに答えは出せなかった。


現実的な対策を考えた

せっかく出てきたやる気。

できれば、摘みたくない。


そう思って、

現実的にできることを一つずつ考えた。


まずは、お迎え。


塾が終わる時間に迎えに行くことはできる。

ただ、急な仕事が入ったら間に合わないかもしれない。


一人で外で待たせるのは危険だ。


そう思って、実際に現場を見に行った。


子どもと一緒に。


本人は入塾だと思って、

すっかりはしゃいでいた。


その姿を見たら、

もう「行かせたい」が勝ってしまった。


実際に見て分かったのは、

建物の中に待てるスペースがあるということ。


これなら、

外で待ちぼうけになる心配はない。


事前に講師の方に伝えておけば、

より安全に通わせられそうだ。


お迎え問題は、クリア。


残るは、お金。


正直、余剰金なんてない。


食費や雑費を少しずつ削って、

それでも足りない分は、

貯金に回していた一部を塾代へ。


そうして、なんとかやりくりした。


ここまで準備して、

ようやく「通える」。


母子家庭なんて、

どこもこんなものだと思う。


余裕は、ない。


「パートナーに出してもらえば?」


そう言う人もいるだろう。


でも、

それが現実的に不可能な家もある。


仮に夫が、

ブランクなく働き続けていたとしても――

きっと、お金は出さない。


むしろ、お願いした瞬間、


「お前には任せておけない」


そう言って、

子どもを取り上げようとするだろう。


実際、何度か話したことはある。


そのたびに、

激怒されるか、無視されるか。


こんな話を切り出すのは、

本当に心臓に悪い。


繰り返すうちに、

言う前から結末が見えるようになった。


だから私は、

最初から諦める方が楽なのだと、

いつの間にか学んでしまった。

2026年1月15日木曜日

すぐ傍で再々再就職先を探し始めた夫

不気味な動き

居場所がバレてから、間もなくして、夫が再々再就職先を探し始めた。


そこまでは、はっきり覚えている。

けれど、それ以降の記憶は、正直あやふやだ。


頭の中が、常にざわついていた。


決まりかけた仕事を自分から断ったり、

勤め始めたと思ったら、すぐに辞めてしまったり。


その繰り返しで、

私は途中から「何社目なのか」を数えるのをやめた。


数える意味が、なくなってしまったのだ。


ただ、

「今は働いているんだろうか」

「また無職に戻ったんだろうか」

そんなことを、ぼんやり考えるだけだった。


なぜ、こんなにも続かないのか。


答えは分かっている。

あの性格のせいだ。


癖が強く、扱いづらく、

何より、自分が特別であることを疑わない。


常に敬われ、優遇され、

思い通りに扱われなければ気が済まない。


少しでも期待と違えば、不満を溜め込み、

やがてそれを誰かにぶつける。


――いつも、そうだった。


ブランクだらけで、職歴も途切れ途切れなのに、

それでもなお「理想の職場」を求め続ける。


無理だと、誰の目にも明らかなのに。


本人だけが、それに気づかない。


だから不満は消えない。

消えない不満は、必ず外に漏れ出す。


一緒にいれば、その矛先は私に向く。

……いや、違う。


私だけじゃない。

子どもも、同じように標的にされる。


私は大人だ。

耐えようと思えば、耐えられる。


でも、子どもはまだ小学生で、

大人の事情なんて、理解できるはずもなかった。


仮に理解できたとしても、

八つ当たりされていい理由には、ならない。


それなのに、夫はまた――

私たちの近くに来ようとしていた。


引っ越しをするつもりではない。

それは分かっていた。


借りている部屋は私の名義だし、

夫は自分名義で部屋を借りる気すらない。


口では色々言うが、

実際には、何一つ行動に移さない人だ。


だからこそ、

「近くに来る」という事実が、

余計に不気味だった。


近くに来る。

住むのではなく、働く場所として。


わざわざ、

私たちが住んでいる場所の近くで、

再々再就職先を探しているらしかった。


それを知ったのは、

以前の話し合いに同席してくれたNからの連絡だった。


Nとの話で分かったこと

Nからは、時々連絡が来ていた。


私から連絡することはない。

でも、近況を尋ねられれば、答えていた。


Nに恨みはない。

むしろ、できるだけ公平であろうとしてくれた人だ。


だから、信頼していた。

――していた、のだ。


久しぶりに届いたNからのメッセージは、

一見すると、何気ないものだった。


『(夫)が仕事を探し始めたみたいだよ。

これで少しは安心かな。

場所がね、どうやら(私)ちゃん達のいる所の近くらしくて。

やっぱり家族に会いたいんだろうね』


読み進めるごとに、

胸の奥が、じわじわと冷えていった。


安心?

どこが?


家族に会いたい?

その言葉が、気味悪かった。


手紙だけでは足りず、

今度は距離を詰めてくる。


そう思った瞬間、

喉の奥が、きゅっと締めつけられた。


夫の仕事は、テレワークが多いはずだ。

そう思って、かすかな希望にすがるように尋ねた。


すると返ってきたのは、


『テレワーク可でも、出勤するつもりみたいだよ』


その一文で、すべてが崩れた。


頭の中が、真っ白になった。


せっかく離れたのに。

やっと距離を取れたのに。


それでもなお、

夫は近づいてくる。


物理的に離れても、

連絡を断っても、

存在だけが、しつこく追いかけてくる。


逃げ場が、ない。


「来ないで」と言えばいい?

そんな簡単な話じゃない。


言ったところで、

「俺の自由だろ」

そう言われるだけだ。


それどころか、

また何かされるかもしれない。


そう考えると、

言葉は喉の奥で、固まってしまった。


こうして私はまた、

自分の力だけではどうにもならない現実を、

静かに、確実に、抱え込むことになった。

2026年1月14日水曜日

子どもの身を守るために。防犯ブザーを購入

頻繁に出没するようになった夫

頻繁に出没するようになった夫。


わざわざ手紙を寄越したのは、

私たちに気づかせるためだ。


――俺は、見ているぞ。


そう言われている気がした。


正直、怖かった。


次は、何をしてくるのだろう。

そう考えただけで、背中に冷たいものが走る。


それでも、

私たちは生活を止めるわけにはいかなかった。


日々やらなければならないことはある。

子どもにも、できるだけいつも通りの日常を過ごさせてあげたかった。


だから、

気をつけながら、

できる限り、いつも通りに過ごすことにした。


いつ、どこで、夫に出くわすか分からない。

その緊張感の中で、神経は常に張りつめていた。


それでも。


普通の毎日を送ることが、

私たちなりの、精一杯の抵抗だった。


居場所を知られてから、

夫の様子は、明らかに変わった。


まるで、何かのストッパーが外れたみたいに。


自由に現れるようになり、

「あれほど来ないでほしい」と伝えた約束は、

あっさりと破られた。


……守ってくれるとは、最初から思っていなかった。

それでも、ここまで堂々と無視されるとは、思っていなかった。


あの人は、

「自分が正しい」と疑わない。


妻や子どもがいる場所に顔を出すことを、

当然の権利だと信じている。


本当に、迷惑な話だ。

――いや、迷惑なんて言葉では足りない。


何よりも、

子どもの身を守らなければならなかった。


一体、何ができるのだろう。


考え続けて、

ふと頭に浮かんだのが、防犯ブザーだった。


いざという時、

それを鳴らせば、周囲に異変を知らせることができる。


そう思い立った瞬間、

私はもう、店へ向かっていた。


お守りのように持ち歩かれた防犯ブザー

子どもは、防犯ブザーを毎日、大事そうに持ち歩いた。


それが、自分の身を守るものだと、

ちゃんと分かっているようだった。


行き帰りの道では、

いつでも使えるように、

小さな手で、ぎゅっと握りしめていた。


あまりにも強く握るものだから、

買って間もないうちに、

新品特有の、あのぴかぴかした感じは消えていった。


それを見るたびに、

「ちゃんと使っている証拠だ」と自分に言い聞かせて、

一瞬、ホッとした。


それでも――


小さな手で、防犯ブザーを握りしめる姿を見ると、

胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


それでも同時に、

不思議と、頼もしくも感じていた。


にこっと笑って、


「これがあれば、大丈夫!」


そう言って、

薄いパステルカラーのブザーを見せてくれる。


その姿が、

たまらなく、愛おしかった。


要らぬ苦労をさせてしまったことを、

後悔しないと言えば、嘘になる。


それでも。


立ち止まるより、

前へ進もう。


そう思わせてくれたのは、

子どもの明るさと、笑顔だった。


私は、

その小さな背中に、何度も救われていた。


そんなふうに、支えられながら、日々を過ごしていた。


夫は、どこかで、

私たちの隙を窺っているようだった。


怒鳴りつけてくることもあれば、

猫なで声で、急に優しく話しかけてくることもある。


相手を操ろうとする。

だから、一瞬たりとも、気を抜くことができなかった。


そんな中、

二度目の話し合いを打診されていたが、

私は、何となくそれを先延ばしにしていた。


心が、拒否していたのだと思う。


そして――

またしても、事件が起きた。


実は夫が、

再々再就職に向けて、動き出したのだが。


それは、

思いもよらない形で、

私たちの生活を揺さぶる選択だった。

2026年1月13日火曜日

画面の割れた携帯と、話し合いの末にわき上がった感情

壊れた携帯

夫が勢いよく携帯を投げつけるのを見て、私は青ざめた。


子どもとの連絡手段が、失われてしまうと思ったからだ。


先輩の家に戻れば子どもはそこにいる。

それでも、出先で連絡手段が絶たれるかもしれないという状況が、どうしようもなく不安だった。


あれほど強い不安に襲われたのは、

無事に帰れるだろうか、という思いがあったからかもしれない。


今でも携帯がないと落ち着かないが、当時は特に、

「いつでも連絡が取れる」という状態でなければ、冷静でいられなかった。


常に危険にさらされていれば、仕方のないことだ。


私は慌てて、床に打ち付けられた携帯を拾い上げ、確認した。


画面のヒビはかなり目立っていたが、幸い電源は入っていた。


操作もできる。

子どもに連絡もできる。


その瞬間は、

連絡手段が断たれていないという事実に、心底安堵した。


……後から冷静になって、酷く落ち込むことになるのだけれど。


私は余計なオプションをすべて外し、最低限の契約だけにしている。

月額を少しでも安くするためだ。


いわゆる、格安携帯の最安プラン。


だから、壊れてしまっても補償は受けられない。

自腹で買い直すしかないのだが、その余裕すらなかった。


しばらくは、この画面にヒビの入った携帯で過ごすのか……。


そう思うと、少し悲しくなった。


それでも、完全に壊れてしまうよりはマシだ。

そう自分に言い聞かせた。


拾い上げた携帯を手に、私は迷っていた。


このまま帰ってしまいたい。

けれど、バッグはテーブルの脇にある。


急いでそれを手に取って、逃げてしまおうか。


そんな衝動に、何度も駆られた。


夫は、明らかに私が戻るのを待っていた。

おそらく、話し合いを続けるつもりなのだろう。


お義父さんも同じ考えだった。


早く終わりにしたいと思っているのは、どうやら私だけのようだった。


仕方なく、もう一度二人の元へ戻り、


「今日は、もう帰りたい」


そう伝えた。


「帰りたいって、どこに?」

「お前の家は、ここだろ?」


夫は皮肉な笑いを浮かべていた。


そんな議論をする気力は、もう残っていなかった。


私は酷く疲れていて、

携帯を壊されたショックも重なり、言葉を絞り出すのが精一杯だった。


「申し訳ないけど……今日は、これで……」


そう言ってバッグを持ち、

夫とお義父さんが「分かった」と言ってくれるのを待った。


けれど二人は何も言わず、顔を見合わせて、呆れたような表情を浮かべただけだった。


きっと、私が皆を振り回していると思っているのだろう。


それでもいい。

とにかく帰りたかった。


子どもの元に、帰りたかった。


そればかりを考えながら、

今すぐ逃げ出したい衝動を、必死で抑えていた。


「会いに来ないで」という懇願

最後に、夫にお願いした。


「絶対に、あそこには来ないで」

「会いに来ないで」


そう告げると、夫の表情はみるみる変わり、

再び怒りの形相で怒鳴りつけられた。


「こっちだって、行きたくて行ってるんじゃねーよ!!!」


そう叫び、


「お前が居場所も教えねーから、仕方なかったんだろーがよ!」


と、自分を正当化した。


ここで言い争っても、火に油を注ぐだけだと思った。


だから私は、


「それは本当にごめん。

(夫)が怒ってると思って、連絡しづらくて……」


そう言って、素直に謝った。


次はいつ話し合うのか、と聞かれ、言葉に詰まった。


スケジュールは空いていた。

けれど、気持ちがどうしても追いつかなかった。


また夫と向き合わなければならない。

次は、何を言われるのだろう。


そう考えた途端、すぐには答えを出せなくなった。


結局、日時を決めるのは保留にしてもらい、

LINEでやり取りすることになった。


帰り道、疲労のせいか、足取りは重く、気持ちも沈んでいた。


やっと解放されたはずなのに、

これからも話し合いは続く。


離婚するためには、避けては通れないと分かっているのに。


夫と会って話す場面を想像しただけで、

記憶をすべて消してしまいたいほどの嫌悪感に襲われた。


帰宅して玄関のドアを開け、

子どもと先輩の顔を見た瞬間、ようやく息ができた。

2026年1月10日土曜日

逃げ場のない話し合い

一方的な要求

話し合いと言っても、実際には違った。

夫から一方的な要求を突き付けられ、私はただ受け止めるだけだった。



何か言おうとすると、強い口調で、すぐにかぶせられる。

だから私は、反論することを諦め、淡々と“説得する側”に回るしかなかった。


その中で、どうしても引っかかった項目がある。

・でっちあげの虐待の証拠を破棄


——でっちあげなどではない。

揺るぎない事実があり、子どもは散々苦しめられてきた。


それでも、ここで争えば、話し合いは確実に壊れると思った。


「証拠と言っても、不鮮明な画像だけだよ」

そう伝えると、今度はその画像も消すように言われた。


戸惑いながら、「あまりにも一方的すぎる」と反論すると、

「それなら、子どもに会わせろ」


また同じ言葉に引き戻される。

堂々巡りだった。


結局、私は目の前で携帯を操作し、画像を消去した。

その場を収めるために。


夫は、満足そうだった。

まるで、消えた画像と一緒に、

自分のしたことまで消えたかのように。


——そんなはずはないのに。


今後の話し合いについても、誠意をもって対応すると約束した。

そして最後に、もっとも重く、厄介な議題が残された。


家に戻れという夫

最後に残った要求は、一度、家に戻れというものだった。


もう、そんな素直な私ではない。

外の世界を知り、自由の空気を吸ってしまった。


分単位で管理されていた、あの生活。

息を潜めるように過ごしていた日々。


毎日、のびのびと暮らすようになった私たちにとって、あの地獄のような生活に戻ることなど、考えられなかった。


だから私は、一言だけ答えた。

「無理です」


その一言の中には、恐怖も、決意も、後悔も、言葉にならない思いが詰まっていた。

とても説明できるものではなかった。


すると夫は、この答えも想定外だったのか、拳でテーブルをバンッ と叩いた。


「理由を言えよ!」


怒鳴り声に、体が跳ねる。


この時点で、私は完全に怯えていた。

全身が小刻みに震え、怒鳴られるたびに、過去の記憶が蘇る。


本能が、

——逃げろ。

そう叫んでいた。


それでもなお、お義父さんは、のんびりとした口調で言った。

「一方的にそんな風に言われてもなー。

(夫)も困ってるんだわ」


何を言っているのか、理解できなかった。


私は時間が気になり、無意識に携帯の画面を何度も確認していた。

それが気に入らなかったのだろう。


夫は突然、私の携帯をひったくり、

「ふざけんなよ!」

そう叫ぶと、玄関の方へ、思いきり投げつけた。

2026年1月9日金曜日

恐怖と覚悟のあいだで

押したり引いたり、慣れない駆け引き

子どもに毎日会わせる、という要求は、何とか回避できた。


いつもなら、どんな理屈も押し通す夫。

でも今回は、どうやら違ったらしい。


「子どもに嫌われる」という言葉が、よほど効いたのだろう。


——しかし、安心はできない。

心のどこかで不安がくすぶる。

私は念を押すように、声を落としながら伝えた。


「子どもの思いは、いつか変わるかもしれないけど、それには時間が必要だよ」


夫は不貞腐れたように小さく頷く。

「分かってるよ」と、どこか寂しそうな声で。


ここで騙されてはいけない。

いつも、可哀そうという気持ちが邪魔をしてきた。

こんな人に同情しても、何も得るものはないはずだ。

それなのに、どうしても胸の奥で、可哀そうだと思ってしまう。


その後も話し合いは続く。

押したり引いたり、慣れない駆け引きを繰り返す。


滞在先を知らせる件では、こちらが譲歩するように見せかけた。

実際には、最初からオープンにしておいた方が角が立たないだけだ。

——隠しても、いずれ調べられてしまうだろう。

既に知られてしまった以上、隠す意味はなかった。


先輩と話をさせろ、という件では少し揉めた。

どうせ、失礼なことを言うに決まっている。

迷惑をかけた先輩のことを思うと、ここで引くわけにはいかなかった。


「それなら、やっぱり子どもに会わせろ」と言われるたび、堂々巡り。

夫はもしかすると、先輩への嫉妬心を抱いていたのかもしれない。

年も近く、尊敬される先輩に対して、敵意を向けるような感覚があった。


——それでも、何とか先輩を巻き込むことは避けられた。


一方的な反省を強いられる理不尽

次の議題は、夫のメモに沿って進む。


・勝手に家を出たことを反省し、慰謝料を支払う

・反省文を作成する


だが、忘れてはいけない事実がある。

あのまま家に居たら、子どもも私も無事では済まなかった、ということだ。

夫の暴力・理不尽さから逃れるために出たことを、なぜ一方的に反省しなければならないのか。


夫にとっては、私が戻ってこないことは想定外だったらしい。

家を出た時の思いを語ったら、それを責められてしまった。


一度外に出て味わった解放感は、もう戻れない理由になった。

それでも最初は、怯えながらも「戻らなければもっとひどいことが待っている」と思っていた。


数か月が経つと、気持ちは少しずつ落ち着き、

「自分の置かれた状況がいかにおかしかったか」

を理解できるようになった。


慰謝料を払えるお金はない。

もしあったとしても、払いたくない。


払ってしまえば、それは間違いなく離婚時に利用され、子どもの親権争いでも不利になるだろう。


——未来の可能性を考えた瞬間、

絶対に応じてはいけないという思いが強くなった。

2026年1月8日木曜日

壊したのはあなた、片付けたのは私

新品のほうきと、萎んだ勇気

砕け散ったマグカップを、そのままにはしておけなかった。

私は反射的に、床に散らばった破片へと手を伸ばした。


大きな欠片は拾える。

でも、細かく砕けた粉のような破片は、指ではどうにもならない。


その時、玄関掃除用に買っておいた、未使用のミニほうきを思い出した。

ちりとり付きの、まだ袋に入ったままのものだ。


取りに行くと、それは案の定、私たちが家を出た時のまま、手つかずで放置されていた。


ほうきを手に戻り、私は黙って掃除を始めた。


すると、背後から声が飛んできた。


——お礼でも言われるのかと思った、その次の瞬間。


「玄関掃除に使ったやつなんじゃねーだろーな!!!」


怒鳴り声に、体がびくりと跳ねた。


袋から出したばかりの新品だ。

一度も使っていない。


それなのに、あらぬ疑いを向けられ、喉の奥がぎゅっと詰まった。


反論したかった。

きっと、相手がこの人でなければ、言えていた。

でも、できなかった。


目の前にいるのは、私よりはるかに大きく、怒り出すと手が付けられない夫だ。

血走った目を見た瞬間、さっきまであった勇気が、しぼんでいくのを感じた。


「……新品だよ。一度も使ってないやつ」


私は視線を落とし、そそくさと破片を集め続けた。


ちりとりに集めた欠片を袋に入れながら、胸の奥で声がした。


——なんて、弱いんだろう。


もう少し強く言えていたら。

もう少し抵抗できていたら。


そうしていれば、この人のモラハラも、違う形になっていたかもしれない。


私が弱いから、助長してしまった部分がある。

その考えが、いつものように頭を占領する。


これまでも、反省して、後悔して、

「自分が悪いんだ」と結論づけて生きてきた。


どうやら、その癖はまだ抜けていないらしい。


最後に濡らしたティッシュで床を拭き、乾いた雑巾で仕上げる。

何も残っていない床を見て、『この後、どうしよう』と考えた、その時。


再び、夫の前に座るよう促された。

断れず、私は静かに腰を下ろした。


壊した人と、謝る私

その後、夫はネチネチと、私の手際や要領の悪さを説教してきた。


——なぜ。

壊したのは夫だ。

片付けたのは私だ。


それなのに、なぜ私が責められなければならないのか。


心の中では、怒りがじわじわと煮え立っていた。

でも、目の前に夫がいると、恐怖のほうが勝ってしまう。


私は曖昧な笑いを浮かべて、

「待たせちゃって、ごめんなさい」

と謝った。


お義父さんは、この一連のやり取りを見ても、何も言わなかった。

それどころか、

「さっさと済ませて、話をしよう」

と急かしてきた。


——この人が、

「同居すれば、自分が守ってやれる」

などと言っていたのだから、笑ってしまう。


私は、時間が経つにつれ、不思議と冷静になっていた。

冷めた目で二人を見ながら、口を開いた。


「まず……子どもに毎日会わせる、という話だけど」


毎日なんて、もちろん不可能だ。

宿泊など、なおさら受け入れられない。


『虐待していたあなたが、求めていいことではない』

その言葉を、できるだけ角が立たないよう、慎重に選んだ。


何より伝えたかったのは、

これ以上しつこくすれば、子どもにますます嫌われるということ。


「子どもに嫌われる」

その言葉に、夫は少し考え込んだ。


あれだけ傷つけておきながら、嫌われるのは嫌だなんて。

あまりにも矛盾していて、私は心の中で、静かに呆然としていた。

2026年1月7日水曜日

誰も助けてくれない家で

紙一枚に詰め込まれた圧力

話し合いの最中、夫は何やらメモを取り続けていた。  

てっきり議事録のような内容だと思っていたのだが、まったく違った。  


突然、夫が立ち上がり、その紙を差し出した。  

私は何気なく受け取ったが、手にした瞬間、息が止まった——  

そこには、私の想像をはるかに超える要求が並んでいた。

受け入れられるものは一つもなかった。


・別居中は子どもに毎日会わせる。難しい場合は宿泊で対応。

・滞在先は必ず明らかにする。

・滞在先の家主(先輩)と話し合いの機会を設ける。

・勝手に家を出たことを反省し、被害者である夫に慰謝料を支払う。

・反省文を作成(日付・記名・押印)。

・でっちあげの虐待の証拠を破棄。

・今後の話し合いには誠意を持って応じること。

・けじめとして、一度家に戻り、これまで通りの生活に戻る。


よくもまあ、こんなことばかり思いつくものだ、と頭が真っ白になった。


震える手で紙を受け取った私は、脳内が完全にパニックに陥った。

どうしよう、どう答えれば——。

答えは出ず、ただ焦りだけが胸に広がる。


夫はこういう時の”間”を嫌う。

ほんの一瞬でも返事が遅れれば、『異論はないな』と勝手に決めてしまう。

それだけは絶対に避けなければならなかった。


だから、言葉を選びに選び、慎重に慎重に、現実的でない条件を一つずつ説明した。


壊れたマグカップと奪われた思い出

あの内容だもの。

反論されることは、夫は最初から織り込み済みだったのだろう。


指摘すると、夫は激しい怒りをあらわにした。

それを恐れて、オブラートに包んだ言葉を選んだつもりだったのに。

受け入れられなかったこと自体に不満を持ったらしく、

「お前はいつも自分のエゴを押し通そうとするんだよな!」

と、叫ぶように言った。


それでも私は、ポーカーフェイスを装い、平気なフリをして譲歩できないことを伝え続けた。

内心は心臓がバクバクで、手のひらは冷たく汗ばんでいた。


自分の要求を受け入れてもらえないと悟った夫は、いつものように荒れ狂った。

そして、想像を絶する行動に出る——


私の目の前にあったマグカップを掴み、柱に向かって投げたのだ。

わざわざ私の方のカップを選んで。


そのカップはペアだった。

二人でふらりと寄ったお店で一目惚れした、幸せな思い出の品。

全く同じものを購入したので、間違えないように裏に各自のマークまで描いた。


あの日の私は確かに笑っていた。

未来に希望を抱き、胸いっぱいの幸せを感じていた。


それが、目の前で——。

陶器だから粉々に砕け散った。


衝撃が大きければ、陶器でなくても無事では済まなかっただろう。

この人は、思い出までも壊すのだ——と、震えながら痛感した。


その日、また一つ、私の大切な思い出が失われた。

でも、涙は出なかった。

2026年1月6日火曜日

あの日、味方はいなかった

逃げ場のない待ち時間

お義父さんは、その日に限ってなかなか来なかった。

普段なら、呼べばすぐに飛んでくる人なのに。


子どもが来ていないことを分かっているからか、

足取りは不自然なほど遅かった。


夫と二人きりで向き合っていると、息が詰まる。

言葉を交わす以前に、空気そのものが重くのしかかってくる。


だから、誰でもよかった。

そこに「第三者」がいてくれさえすれば。


もうこの際、決して味方にはなってくれないであろうお義父さんでも構わないと思った。

けれど、面倒な話し合いを避けたかったのか、お義父さんはゆっくり、ゆっくりとやって来た。


待っている間、夫の苛立ちは目に見えて膨らんでいった。

ドアを乱暴に閉め、コップをテーブルに叩きつける。


今にも、何かが爆発しそうな気配。


私は刺激しないよう、神経をすり減らしながら様子をうかがった。

何か攻撃できる材料はないかと探す夫と、隙を見せまいと身構える私。


この時間が一刻も早く終わってほしい。

そう願っていたのに、その攻防は一時間以上も続いた。


夫が立ち上がるたび、体がびくりと反応してしまう。


直接的な暴力はあまりなかった。

けれど、物に当たる音や、威嚇するような動作は何度も経験してきた。


それに——

子どもを守ろうとした時、拳が当たったこともあった。


鈍い痛みを感じた。

それでも、頭に浮かんだのは自分のことではなかった。


もっと頻繁に、もっと理不尽な形で傷つけられている子どものこと。

自分が傷つくより、子どもが傷つけられる方が、何万倍も痛かった。


そのたびに、夫への嫌悪感は積もっていった。


万が一、何か起きたとしても、守るべきは子どもだけだと思っていた。

もし、自分か子どもか、どちらか一方しか救えないのだとしたら、迷う理由などなかった。


だから、必死だった。

いつも全力で守っているつもりだった。


それでも、足りなかったのだと思う。


あの家から出ること。

それ以外に、解決策はなかった。


あの部屋で、夫と向かい合って話をしていると、過去の光景が、否応なく鮮明によみがえってきた。


結局、味方は居なかった

お義父さんがようやく到着した頃には、私はもうすっかり疲れ切っていた。


玄関のドアが開き、のんびりした口調で

「来たぞ〜」

と言いながら入ってくる。


こちらは限界寸前だというのに、あまりにも温度が違いすぎて、一瞬、言葉を失った。


ただ、部屋に足を踏み入れた途端、お義父さんの表情が変わった。

一目で、この空気の異常さが伝わったのだと思う。


すぐにテーブルの脇に腰を下ろし、

「今日はどうした?」

と、本題に入ろうとした。


私は、お義父さんをいきなり巻き込んでしまったことを思い、出来るだけ簡潔に事情を説明した。

滞在先を調べられたことが、どれほど恐ろしく感じられたかも、正直に話した。


すると、お義父さんは少し考えるような間を置いてから、こう言った。

「何をそんなに怖がる必要がある?

家族なんだから」


——いや、待って。


あの修羅場を、あなたは知っているはずでしょう。

それでも、本気で『怖がる必要はない』と思っているのだろうか。


これまでの出来事に対しても、感じ方に温度差があるとは思っていた。

けれど、ここまでとは思わなかった。


そこから先は、どちらの感覚が一般的か、どちらが大げさなのか、そんな話にすり替わっていった。


今思えば、そんなことは何一つ重要ではなかったのに。

あの時の私は、『ここで引いたら、自分だけが過剰反応している人になる』

そのことに必死だった。


結局、誰も譲らなかった。


「まあ、感じ方は人それぞれだからな」

お義父さんは、どこか不満そうにそう言った。


その間、夫は何をしていたのか。

気づけば、私に求める条件を書いた紙を用意していた。


このまま話し続けても意味がない。

そう思って立ち上がろうとした、その瞬間。


一枚の紙が、無言で目の前に差し出された。


「ここにサインして」


それは、話し合いの結果ではなかった。

追い詰められた末に突きつけられた、一方的な要求だった。


私は、震える手を必死に押さえながら、その紙を見つめた。

2026年1月5日月曜日

「毎日会わせろ」という夫の要求

舌打ち一つで凍りついた部屋

「少しの間でいい。子どもと過ごす時間が欲しい」


夫はそう言った。

けれど私は、考えるより先に首を横に振っていた。


無理だ。

二人きりになんて、できるはずがない。


その“できなさ”が、夫にはどうしても分からないらしかった。


「お前は、いつも自分の都合ばかり押し通そうとする」


そう責められても、子どものことを思えば答えは一つしかない。

夫と一緒に暮らすという選択肢など、最初から存在しなかった。


その日も夫は、ただ「一緒に暮らしたい」と繰り返すばかりで、話は一向に前に進まなかった。

私は途方に暮れ、誰か第三者に助けを求めたい気持ちでいっぱいだった。


けれど、その場にいたのは夫と私だけ。

以前は頻繁に出入りしていた夫の友人たちの姿もなく、時間だけが重く、無意味に過ぎていった。


途中、夫の電話が鳴った。

彼は一瞬だけ画面を確認し、すぐに伏せるようにテーブルへ置いた。


「用事があるなら、そっちを先に済ませてもいいよ」


そう声をかけてみたけれど、夫は相変わらず険しい表情のまま、何も答えなかった。


こういう時の夫は、いつも以上に厄介だ。

譲歩したことなど一度もないくせに、私たちを思いやる気持ちがあるかのように振る舞う。


どれほど自分が辛い思いをしてきたか。

それがどれほど正当な要求なのか。

夫は感情を積み上げるように、切々と訴えてきた。


ああいう人と対等に話すには、よほど頭の切れる人間でなければ無理なのだと思う。

私はきっと、あまりにも簡単に言いくるめられる相手だった。


話しているうちに、何が問題だったのかさえ分からなくなってくる。

気づけば、物事は夫の思い通りに進みかけていて、はっとして焦った。


その時も、沈黙と威圧を巧みに使い分けながら、夫のペースに引きずり込まれそうになっていた。


危うく、子どもを数日間預けることに同意させられそうになり、

直前で我に返って、慌てて口を開いた。


「ダメだよ。

(子ども)の心の傷が、これ以上深くなったら取り返しがつかなくなる」


拒絶の言葉を向けると、夫は明らかに不機嫌そうに舌打ちをした。


その舌打ちが、私は怖かった。


空気がざらりと変わり、苛立ちが肌に刺さるように伝わってくる。

今にも何かが起こりそうな気配に、私は息を潜めるしかなかった。


怒りの段階が一つ上がった。

そう直感した瞬間、体が強張り、動けなくなった。


子どもの拒絶が届かない人

預けることを拒むと、夫は今度は言い方を変えてきた。


「じゃあさ、学校帰りにうちに寄れよ。

少し話すだけでもいいんだから」


まるで妥協案のような口調だった。


どれくらいの頻度を考えているのかと尋ねると、返ってきた答えは「毎日」だった。


――毎日。


現実的じゃない。

それ以前に、子どもへの負担があまりにも大きすぎる。


大嫌いな“パパ”に、帰り際、毎日会わなければならない。

そんなもの、地獄でしかない。


無理だと思った。

だから、そのまま正直に伝えた。


そもそも、私が無理やり会わせないようにしているわけではない。

拒んでいるのは、子ども自身だ。


虐待の生活から逃れたあと、

「もう二度と会いたくない」

そう、ぽつりと口にしたことがあった。


あれは、その場しのぎの言葉ではなかった。

心の底から絞り出した、本音だったと思う。


けれど、自己愛性人格障害の夫には、それがどうしても理解できない。

あれだけのことをしても、子どもから尊敬されていると本気で信じて疑わないのだから。


理想の生活を送れないのは、すべて私のせい。

私が邪魔をしているからだと、夫は考えた。


「自分勝手な言い分で子どもを洗脳する妻から、子どもを奪還する」


そんな物語をでっちあげ、それを正義のように振りかざして責め立ててきた。


話し合いは、いつの間にか二時間を超えていた。

私はだんだん言葉を失い、口数も減っていった。


それとは正反対に、夫はますます生き生きとし、同じ主張を何度も繰り返した。


大声で怒鳴られるたび、耳の奥がぼわんと痺れ、頭まで痛くなる。

これは、一緒に暮らしていた頃、ほぼ毎日のように繰り返されていた光景だった。


夕方になり、夫は突然、義父に電話をかけ始めた。

味方が欲しくなったのだと思う。


そこからが、また長かった。

義両親に引きずられるようにファミレスへ・・・

「お昼を食べに行こう」にも反応しない子ども 重苦しい空気の中、 義両親は妙に明るいテンションで話し続けていた。 私がこの場をどうにかしなければ。 なぜか、そんな責任を一人で背負っていた。 けれど、 どれだけ言葉を選んでも、 空気は少しも軽くならない。 むしろ、重く沈んでいくばかり...