ようやく手に入れた自由な時間
子どもが中学生になり、初めての夏休みが始まった。
想像していたよりも穏やかで、
満ち足りた日々。
夫はというと、
何の音沙汰もなく、
不気味な静けさを保っていた。
連絡がないのは有難い。
それと同時に、沈黙が怖い。
私たちのようなモラハラ被害者は、
何もない時でも、
相手からの次の攻撃を
想像してしまうものなのだ。
離れた瞬間にスイッチが切り替わり、
綺麗サッパリ忘れられたら良いのに。
何度、そう思ったことか。
だから、
穏やかに暮らしているとは言っても、
心は常に警戒していた。
それでも、
一緒に居ないということは
とても大きい。
実は、この年の夏休みは、
夕方から夜にかけて
何度も出かけた。
何をするわけでもない。
散歩したり、
ウインドウショッピングをしたり。
それだけで、良かった。
解放感を感じると、
些細なことはどうでも良くなるし、
周りにも寛大になれる。
以前の私たちなら、
少しのことにも敏感で、
いつも神経を尖らせていた。
きっと、そういう状態では、
嫌なことばかりに
目が向いてしまうのだと思う。
色んな嫌な思いをしたり、
悲しくなったりもした。
それが、解放されてからは、
周りの幸せな風景を
ほほえましいと感じるようになった。
映画の時間まで追いかけてくる夫
ある夜、
どちらからともなく、
「映画を見に行こう」
ということになった。
私も子どもも、
映画館のあの雰囲気が好きだ。
特別な感じがして、
ワクワクする。
夕方になるのを待ち、
私たちは出かける準備をした。
家の外に出た途端、
生ぬるい風がほほを撫でる。
湿度も高く不快だったが、
それさえも嬉しかった。
こんな時間にお出かけなんて、
夫が知ったら何と言うだろう。
考えなければ良いのに、
そんなことまで考えてしまう。
電車に乗り、目的地に着いても
まだ時間があったので、
ご飯を食べることにした。
ワンコインで食べられる
うどんだけど。
美味しくて、
楽しくて、
満たされた。
食べた後、少しだけおしゃべりをして、
時間よりも少し早く移動しようと
立ち上がった。
その時だった。
携帯が着信を知らせ、
思わず画面を凝視する。
夫の名前を確認した時、
どうしようもない脱力感を覚えた。
あの人は、いつもそう。
私たちが楽しんでいる時に限って
連絡してくる。
しばらく何の音沙汰もなかったので、
ついうっかり油断してしまった。
だから、心構えもできていなかった。
映画も始まるのに、どうしよう……。
迷いつつ、子どもに目をやると、
少し青ざめた顔で
携帯を凝視していた。
せっかくのお出かけなのに、
そんな思いをさせてしまって、
本当に悔しかった。
「行こうか」
携帯をバッグにしまいながら言うと、
「出なくて良いの?」
と、子どもが泣きそうな顔になった。
内心、私も心臓がバクバクして、
不安で押し潰されそうだった。
それでも、平気なフリをして言った。
「大丈夫だよ。
それより映画楽しもう!」
本当は二人とも、
ずっと気になっていたけれど。
忘れたフリをして、
映画を観続けた。
こんな風に精一杯楽しもうとしても、
どうしても夫の影が離れてくれない。
その影が、
段々と大きくなる気がして。
また、泣きたくなった。
