「うちの孫」という言葉への嫌悪感
お義母さんからの提案は、到底受け入れられるものではなかった。
私が渋っていると、
今度はお義父さんが
口を挟んできた。
「もう中学生なんだから、
自由にさせてやれ」
本当は子どもも
行きたがるはずなのに、
私が邪魔をしている。
そういう意味だった。
この人たちには、
分からないのだろう。
私が子どもを必死に
守ろうとしていることが。
予想外の非難を浴びて、
ほんの少し動揺しつつも、
必死に言葉を続けた。
「お友だちとの先約を
優先させるべきでは?」
実際には予定はなかった。
でも、こう言うしかなかった。
これで納得してくれれば
まだ楽だったのだが、
あの人たちが、そう簡単に
引き下がるはずがない。
「友達となんて、
いつでも遊べるでしょ」
「どちらが大事な用事なのか
分かるでしょ」
などと言い、
いかに帰省が大事なのかを
力説してきた。
「うちの孫として、
一度は絶対に連れていきたい」
そう繰り返すお義父さん。
隣で聞きながら、
力強く頷くお義母さん。
「うちの孫」という言葉を聞いた時、
先ほどとは比べ物にならないほどの
嫌悪感を覚えた。
その言葉は使わないで。
嫌でも、夫とのつながりを
感じてしまうから。
子どもは、
自分のパパを嫌っている。
心の底から憎んでいる。
義両親には、
それが分からない。
何を言っても、私のせい
強い気持ちで拒み続けていたら、
二人のトーンが少しだけ
変わった気がした。
「ママがそんな頑なだと、
子どもは大変だな」
気落ちしている様子でも、
私への非難は忘れない。
そんな言葉も気にすることなく、
話を続けた。
もう一押しで、
完全に諦めてくれるはず。
そう思った私は、
さらに言葉を重ねた。
「子どもには
子どもの世界がありますから」
「塾と部活がどちらもないのは
珍しいんですよ。
貴重なお休みなので」
こちらも焦っていたので、
もしかしたら途中、
きつい言葉になっていたかもしれない。
気づくと、
二人がじっと
こちらを見ていた。
弱々しい声で、
「そんな風に言われちゃうと……、
もう何も言えないわね」
と言うお義母さん。
その声はまるで、
泣いているようだった。
でも、実際は
泣いてなどいない。
至近距離で見ていたが、
一滴の涙も浮かんでいなかった。
そんな弱々しい様子を見て、
なぜか怒り出すお義父さん。
「あんたが頑なだから」
と、また言われた。
実はこのセリフ、
夫との話し合いの時にも言われていて、
まるで「お前のせいだ」と
言われているようだった。
夫との離婚問題も、
孫と同居できないことも。
義両親にとっては、
私のせいなんだろうな。
敵だと思われるのは構わない。
むしろ、
「仲良くしていたのに~」
と言われる方が辛い。
いっそのこと、
徹底的に嫌って
遠ざかってくれれば良いのに。
