2026年6月30日火曜日

楽しそうに見えた理由

笑えない遊園地

遊園地は、

子どもも大好きだ。


ネットなどで見かけるたび、


「行きたいなぁ」


と呟いていた。


だけど、

我が家の家計では、

そんな余裕はなかった。


「今度行ける時に行こうね」


そう言って、

いつも話を終わらせる。


実際に行ける日は、

来なかった。


あの日、

もし二人だけだったら。


パパがいない空間だったら。


きっと子どもは、

思い切り楽しめたと思う。


終始、

不機嫌をまき散らす夫を見て、

私は残念な気持ちになった。


せっかく遊園地に来たのに、

ちっとも楽しめない。


それどころか、

時計ばかり気にしてしまう。


この日は出だしから最悪だった。


待ち合わせの段階で夫の機嫌を損ね、

お義父さんと夫の言い争いから始まった。


その空気はいつまでも消えず、

昼食の時間になっても、

変わることはなかった。


レストランに入っても、

重たい空気はそのまま。


「(子ども)は何がいい?」


夫が、

いつもより少し優しい声で聞く。


義両親は、

もうすっかりいつも通り。


さっきまでの言い争いなど、

なかったことになっていた。


私と子どもだけが、

うまく気持ちを切り替えられなかった。


作り笑いを浮かべ、

無理やり楽しそうに振る舞いながら、

メニューを選ぶ。


そうしないと、

また攻撃される。


そんな恐怖から、

必死に取り繕っていた。


だけど心は、

悲鳴を上げていた。


アトラクションに乗る理由

あの日、

子どもは次々と

アトラクションに乗った。


普段はそんなタイプではないので、

私は驚いた。


表情は少し硬いけれど、

それなりに楽しんでいるのかな。


私は勝手に、

そう思っていた。


戻ってくると、

すぐ次のアトラクションへ向かう。


苦手だった激しい乗り物にも乗り、

待ち時間には


「次はコレに行きたい」


と言う。


その様子を見て、

夫も義両親も満足そうだった。


『ほらな。

子どもはこういう場所が好きなんだ』


そう言いたげに、

私を見る。


確かに、

一見すると楽しそうだった。


だけど、

何か違う気がした。


移動中、

私はこっそり聞いた。


「ああいうアトラクション、

苦手じゃなかった?」


すると、

小さな声で答えた。


「乗っている間は

パパと話さずに済むから」


父親との接触を避けるために、

忙しなくアトラクションを回っていたのだ。


その言葉を聞いて、

私はようやく納得した。


ずっと感じていた違和感は、

これだった。


子どもが喜んでいると勘違いした夫は、


『俺のおかげ』


という空気を一日中出し続け、

良い父親を演じていた。


義両親も、


「ほら、パパに言いなさい」


「パパにやってもらいなさい」


と、

夫を立てようとしていた。


その姿はまるで、

切れかかった親子の糸を、

必死につなぎ止めているようだった。

2026年6月29日月曜日

誰も逆らえない空気

重苦しい空間

次は何をしようか。

そんな話をするだけでも、

酷く緊張した。


夫は相変わらず無言で、

お義父さんも不機嫌なまま。


居心地が悪そうなお義母さんは、

しきりに子どもへ話しかけていた。


だけど、

子どもだって困るだろう。


返事をするだけでも、

気を使うような空気なのだから。


最悪の雰囲気の中、

耐えかねて動いたのは

お義父さんだった。


突然、

子どもに向かって小声で言う。


「ほら、パパに話しかけて」


驚いた子どもは、

「え?」

と固まった。


すると再び、


「パパに話しかけて。

そうすれば機嫌が良くなるから」


と促した。


仲介役になれ、

ということなのだろう。


この空気にやられて、

ただでさえ体調を崩しているのに。


どうやら、

この状況を変えられるのは

子どもだけだと思っているようだった。


ただでさえ青白かった顔が、

さらに青ざめる。


そして小さな声で、


「ママ、もう帰りたい」


と囁いた。


夫は分かっていない。


こういう機会があっても、

自分で全て壊している。


それなのに、

上手くいかなければ周りのせい。


そんな姿を見ていると、

やりきれない気持ちになった。


封じられた「帰る」

このままでは、

子どもの心がもたない。


そう判断した私は、


「(夫)も楽しめなさそうだし、

今日はお開きにしますか」


と提案した。


早く帰りたい気持ちは、

私も同じだった。


ところが、

義両親は納得しなかった。


そして夫も、

不貞腐れたように言う。


「こっちは、

わざわざ時間作ってるんだ」


勝手に決めたのは

そちらなのに。


まるで、

私たちが頼み込んで来てもらったかのようだった。


再び空気が悪くなる。


子どもはまた、

お腹を押さえていた。


このままではいけない。


何を言われても、

子どもを連れて帰る。


そのくらいの勇気があれば――。


言いたいことは

喉まで出かかっていた。


それでも言えずにいた時、


「私が全部悪かったわ」


と、お義母さんが口を開いた。


優しい人なのだが、

これは悪い癖だと思う。


話がこじれると、

いつも


『全部私が悪い』


で終わらせようとする。


夫は普段、

こう言われると


「そういうの、やめろ!」


と怒る。


だけど、

この時は違った。


お義母さんに

ここまで言わせて、

どうするつもりだ。


そんな目で、

私を見ていた。


卑怯だと思った。


お義母さんの言葉を利用して、

責められている側に

自分を置いたのだから。


気付けば、

私が悪者になっていて。


結局、

「帰る」

とは言えなくなった。

2026年6月27日土曜日

不機嫌の支配

目の前で始まった親子喧嘩

夫とお義父さんは、

しばらく激しく言い争っていた。


どちらも気が強い。


だから引こうとしない。


見ているこちらが

ハラハラするくらいの大喧嘩だった。


道行く人も、

驚いたと思う。


「何で先に言わねーんだよ!」


と夫が言えば、


「予定通りに会えたんだから

大したことじゃないだろ!」


と返す。


すると更に、


「事前に決めた意味がねーだろ!」


と夫が怒鳴る。


お義父さんは何故か、

夫に腹を立てている時だけ


『アンタ』


と呼ぶ。

この時も、


「アンタはいつもそうだ。

自分の思いばっかり、ぶつけて!」


と言った。


この呼び方が嫌いな夫は、

余計に激怒する。


収拾がつかなくなり、

私はハラハラしながら見守っていた。


流石に、

もう止めた方が良いのだろうか。


ふとお義母さんを見ると、

ばつが悪そうに微笑んでいた。


いや、

笑っている場合ではない。


どんどんエスカレートしているし、

周りにも迷惑になっている。


「……止めますか?」


お義母さんの意思を伺うように声を掛け、

返事を待った。


すると突然、


「おとうさん!

ほら、(夫)も!

やめなさいよ!」


と甲高い声が響いた。


無言の圧力

ようやく喧嘩が終わった。


気を取り直して、

予定通りに過ごすのだと

そう思っていたのだが。


突如、

夫が無視モードに突入した。


夫は一癖ある人で、

暴れたと思ったら、

今度は急に無視する。


この無視が家庭内では本当に辛く、

私たちは何度も泣かされた。


お出かけ中にも関わらず、

それが発動したというわけだ。


義両親と私たちを無視し、

ひたすら無言。


それなら別行動をすればいいのに、

それもしない。


無言でついてきて、

不機嫌だけをまき散らす。


嫌な思い出の多い子どもにとって、

これは堪えた。


お腹の調子が悪くなり、

何度もトイレへ向かう。


そのたびに夫がため息をつく。


だから子どもは、


「ごめん。

トイレに行ってくる」


と謝る。


何も悪いことをしていないのに、

謝りながら行かなければならない。


元はと言えば、

夫が原因なのに。


こういう言動が

本当に嫌だったのだと、

この時あらためて思った。


そして、

心底夫を軽蔑した。

2026年6月26日金曜日

最初から雲行きは怪しかった

電車に揺られ、待ち合わせ場所へ

子どもと二人、

並んで座った電車。


乗客はまばらで、

まだ眠そうにしている人もいる。


いつもなら、

私たちも起きるくらいの時間だ。


疲れている時には、

まだ寝ていることもある。


そんな時間から動き出して、


気の進まない待ち合わせに向かう。


『気が重いな……』


ぼんやりと窓の外に視線を移すと、

見慣れた景色が広がっていた。


電車で出かける時、

大抵は子どもと二人だ。


いつも楽しくて、

楽しすぎて、


帰る時間になっても名残惜しい。


だけど、その日は違った。


夫との待ち合わせだから、


早くも帰る時のことを考えている。


何とか一日乗り切ろう。


頭の中には、

それしかなかった。


子どもも同じだろう。


パパの声を聞くだけで、

鳥肌が立つほどの拒絶反応を起こす。


その反応が、

全てを物語っていた。


これほどまでに嫌なのだから、


無事に終えるために

何かできないだろうか。


そう考えていた時、

ふと自分たちへの褒美を思いついた。


帰り道、

一つずつスイーツを買う。


いつもは高くて手が出せない

コンビニのスイーツ。


だけど、今日は特別だ。


我ながら良い案だと思い、

隣に座る子どもに伝えた。


聞いた瞬間、

硬かった表情が少し和らぐ。


「え~、何買おうかな」


そう言って、

口元が緩んだ。


降車駅が近づくにつれて、

また少しずつ表情が硬くなっていく。


何かを悟ったような表情が、

少し大人びて見えた。


改札で待っていた人

待ち合わせ場所は、

駅から少し歩いた所にあった。


ゆっくり歩いて行っても、

十分に間に合うはず。


改札を出て、

その方向へ歩き始めた時だった。


急に呼び止められたのは。


振り向くと、


お義父さんとお義母さんが

笑顔で手を振っていた。


待ち合わせ場所は、

駅ではない。


間違えたら夫から詰られるから、

何度も確認した。


もしかして、

急に変更になったのだろうか。


いぶかしみながら携帯を見たが、

何の連絡も来ていない。


困惑しながら聞いてみると、


「この辺りで待っていれば

会えると思って」


と言われた。


夫はそこにはいない。


聞けば、

『別々に来た』という。


どこかに寄ってから行くと、

先に出たらしい。


この時、

嫌な予感がした。


勝手な予定変更を

怒るかもしれない。


現地で会えれば良いじゃないか。

そう済ませるタイプではない。


案の定、

四人で歩いて行くと、


不機嫌な表情の夫が

こちらをじっと凝視していた。


そして着くなり怒鳴る。


『何で勝手に予定を変えた?』

と。


それに応戦するお義父さん。


なだめようとするお義母さん。


こんな風に、

最初から雲行きは怪しかった。

2026年6月25日木曜日

避けられない一日

次は何をされるのか

遊園地に行くと決まった後、

一気に気持ちが沈んだ。


せっかくの夏休みだもの、

残りも思いきり楽しみたい。


それなのに、

状況がそれを許さない。


以前、みんなで食事に行った時は、

夫が子どもに携帯を買おうとした。


断っても聞いてくれない。


連絡手段を確保するのに

必死だったのだとは思う。


でも、子ども自身が望んでいない。


当たり前だと思う。


夫は虐待をしていた。


毎日酷い暴言を吐き、

叩いたり、襟首をつかんで

放り投げたりもした。


そんな相手と、

誰が喜んで連絡を取り合うというのか。


携帯の件は、

結局慌ててその場を離れたことで

間一髪、難を逃れた。


逃げる勇気もなく、

あの場に留まっていたら――


どうなっていたことか。


あれ以来、


『次は何をされるのか』


そう考えてしまう。


以前にも増して、

警戒するようになった。


試練の日

私が暗い顔をしていたら、

子どもはもっと沈んでしまう。


早く日常を取り戻したくて、

気にしていないフリをした。


いつも通りに過ごしているうちに、

少しでも忘れられる時間ができれば。


そんな思いだった。


夫との予定があると、

思考がそこへ引っ張られる。


『気にしないように』


そう思うほど、

かえって意識が向いてしまう。


本当は気になって仕方がないことを

思考から遠ざけるのは、

とても難しい。


子どもも、

どこか気もそぞろで落ち着かない。


パパとの恐怖の時間がやって来る。


そんな気持ちだったのかもしれない。


どんなに不安に苛まれても、

時間は過ぎていく。


そして、

あっという間にその日が来た。


私たちは当日、

出かける準備をしていた。


彼らは約束の時間よりも

だいぶ早く到着するだろう。


私たちが時間通りに着いても、

夫は不満を見せるに違いない。


それでも、

一緒にいる時間が長くなるよりはいい。


ギリギリに着いて、

少しでも接触時間を減らしたかった。


そんな細かな計算をしているうちに、

出発の時間になった。


慌てて玄関を出る。


無言のまま、

駅へと急ぐ私たち。


いよいよ、

試練の一日が始まる。

2026年6月24日水曜日

静けさの反動

夏休みの後半戦

あの年の夏休み、

前半は、思いのほか穏やかに過ごすことができた。


予想外の夫の体調不良。

子どもの図書館通い。


条件としては、悪くなかった。


ただ、どこかで分かっていた気がする。

この静けさが、長くは続かないことを。


問題は後半だった。


案の定、反動はきた。


前半の分を取り戻すように、

後半に圧がかかり始める。


実に、夫らしい動きだった。


これはモラハラの中でもよくある形で、

相手がどこにいようと電話をかけてくる。

出るまで、何度でも。


せっかく外出していても、

着信に気づいた瞬間に気持ちは沈んだ。


夫からの電話は、

過去の記憶と直結している。


怒鳴り声やため息が、

そのまま蘇るような感覚だった。


少ない予算でやりくりした外出も、

どこか壊されていくように感じる。


腹立たしさというより、

じわじわと削られていく感じだった。


電話が鳴るたびに、意識が引き寄せられる。


見なければいい。

そう思っていても、表示を確認してしまう。


「やっぱり夫か」

その瞬間、胸の奥が少し重くなる。

無視をすれば済む話だった。


けれど、その後に待っている反応を知っていた。


結果として、無視ができない。


それが積み重なって、

数分おきに確認するようになっていった。


人混みの中では本来気にならないはずの通知音も、

妙に気に障るようになる。


けれど夫は、そういう状況を考慮しない。


いつの間にか、

携帯を何度も確認するのが癖のようになっていた。


通知が鳴っていなくても、

画面を開いてしまうことがあった。


遊園地のチケット

ある日、突然連絡が来た。


「遊園地のチケット、取ったから」


一瞬、意味が分からなかった。


事前の相談はない。

日時の確認もない。


そのまま、


「待ち合わせ、どこがいい?」


と続く。


すぐには返事ができない。

驚きより先に、現実味がなかった。


夫だけでなく、義両親も来るという話だった。

せっかくの夏休みだから一緒に過ごしたい。

そういう理由らしい。


その流れで、チケットはすでに取られていた。

費用は義両親が出したという。


「当日は、そのまま来ればいいから」


夫は当然のように話を進める。


まるで、

こちらが感謝する側であるかのような口ぶりだった。


断る余地はない。


一方的に話が決まり、

電話はそこで切れた。


しばらく、思考が止まる。


少しして、子どもに伝えた。


その瞬間、

子どもの表情が固まった。


喜ぶと思っていたわけではない。

それでも、その反応は予想以上だった。


子どもは何も言わない。


ただ、しばらく黙ったまま。

動こうともしない。


その姿を見て、

胸がざわついた。

2026年6月23日火曜日

静けさの裏で

静かな夏と不安

もっとも不安だったのは、

1か月もある夏休みだった。

その間ずっと、気を抜けない。

 

子どもはとても楽しみにしていて、

自分なりにいろいろな計画を立てていた。

 

いっぱい時間があるから、

図書館で本を借りてこよう。

プールにも行けるかな。

 

生き生きとした表情から、

どれほど楽しみにしているかが伝わってきた。

 

その傍らで、私は不安だった。

 

夫や義両親は、この機会を逃さないだろう。

もしかしたら、頻繁に押しかけてくるかもしれない。

 

そのことが怖くて、

できるだけ家にいない時間を増やそうと考えた。

 

図書館には飲食スペースがある。

お弁当と水筒を持参すれば、

一日過ごすこともできる。

 

『パパに知られない場所』は、

思いのほか快適だった。

 

実際、子どもも頻繁に通うようになった。

涼しくて宿題も進むし、

何より突撃される心配がない。

それが、精神的に大きかった。

 

帰りは駅前で合流して、

二人で一緒に帰った。

 

「アイス買っていこうか」

「やったー。何買おうかな」

 

そんな何気ない会話が、少し嬉しかった。

 

恐怖と隣り合わせだった日々では、

決して味わえなかった感情だった。


弱気の連絡

夏休み前半。

夫からの連絡はほとんどなかった。

あっても、短い事務的なものだけ。

 

時々、義両親からメッセージが来たが、

大抵は「子どもに会いたい」という内容だった。

 

心配していたほどの執着はないのかもしれない。

内心、少しほっとしていた。

 

ただ、それには理由があった。

暑さで体調を崩していたのだ。

外出もできない状態らしい。

 

ある日、弱々しい声で連絡が来た。

 

「調子が悪すぎて何もできない。

 もう、駄目かもしれない」

 

逐一、大げさな人だと思った。

 

心配するふりをして、

「休んでいた方がいいよ」

とだけ伝えて、電話を切った。

 

そんな対応にも、

夫は大げさに感激していた。

 

「やっぱり家族だな」

 

そんなことを言う。

 

どこまでもおめでたい人だと思った。

 

夕方、子どもと合流して歩きながら、

「パパ、具合が悪いんだって」

と話題にした。

 

どちらからともなく、

「それなら良かった」

という言葉が出た。

 

それは事実だった。

 

夫のことを気にしなくていいなんて、

それだけで少し救われた気がする。

 

ただ、そのあとに残ったのは、

静かな罪悪感だった。

 

「良かった」と言ってしまった自分が、

ひどく冷たい人間に思えた。

2026年6月22日月曜日

終わったはずなのに

あきらめない夫

子どものテストを破り捨てた夫は、

反省などしなかった。


「言っても分からないんだから、

 やられて当然」

言葉の端々から、

そんな考えが透けて見えた。

 

何も謝って欲しいわけではない。

どうせ、

自分に非があると認めないんだから。

 

それよりも、

今後一切かかわりたくなかった。

どこか遠くで、

近況も知らずに生きたかった。

 

でも、

状況がそれを許さない。

 

義両親はこまめに連絡してくるし、

夫の友人たちも

要らぬ世話を焼いてくる。

 

そんな状況に後押しされたのか、

夫は反省もせず、

私を責め立てるような連絡を

連日のように寄越した。

 

「このままでは駄目だ。

 だから、塾に行かせろと言ったんだ」

「もう、お前には任せておけない」

 

実は、夫には

塾に通っていることを

ひた隠しにしていた。

 

塾に通う条件として、

「中学受験をすること」

を義務付けられていたからだ。

 

通わない場合には、

義実家で皆で暮らし、

夫の通った中学へ進学する。

 

そんな選択肢を突き付けられ、

私は何とかかわしてきた。


消えない支配欲

正直なところ、

『この人はどこかおかしいんじゃないか』

と思った。

 

離れていても、

全てをコントロールしたがる。

 

こちらの意思などお構いなしに、

自分の考えを押し付けてくる。

 

それって、

どう考えても異常だった。

 

今回も何とかかわそう。

少し経って、

ほとぼりが冷めれば、

また元に戻るだろう。

 

そう信じて、

祈るような気持ちで

日々をやり過ごしていた。

 

けれど、

事態は最悪の方向へ向かっていった。

 

以前、散々揉めて、

やっとの思いで納得させた塾の話。

それを蒸し返してきたのだ。

 

「もう、お前の話は聞かない。

 全部、(子ども)のためだ」

 

まるで決定事項を告げるような口ぶりだった。

 

子どもはやけに冷静で、

「そのうち、諦めるでしょう」

と言っていたけれど……。

 

私は、

言いようのない不穏な空気を感じていた。

 

寝ても覚めても、

そのことばかり考えた。

 

いっそのこと、

どこか遠くに逃げてしまおうか。

 

そんな現実逃避にふける毎日だった。

2026年6月20日土曜日

それじゃないのがいい

傷を残したくなくて

夫に破かれたノートは、

見るも無残な姿だった。


きっと子どもは、

手に取るたびに思い出すだろう。


あの出来事を。


十分に傷ついているのに、

そのたびに

また傷ついてしまうかもしれない。


そう思ったら、

多少無事な方のノートも

使い続けることはできなかった。


一生懸命書いた文字が、

涙で滲む。


「新しいの買おうね」


そう言うと、

子どもはコクリと頷いた。


気づけば、

すっかり夜になっていた。


本当なら、

美味しいご飯を食べて

気持ちを切り替えたい。


でも聞けば、

そのノートを

「明日使う」と言う。


明日のために、

新しいノートが必要になった。


まっさらなノートが。


私は急いで夕飯の準備をして、

出かける支度をした。


子どもにも

「すぐ出られるようにしてね」

と声をかける。


玄関の外へ出ると、

辺りはすっかり暗くなっていた。


夫が去り、

ようやく安全な場所に戻れたはずだった。


それなのに。


気持ちはまるで、

綱渡りをしているようだった。


ありがとうが切なくて

お店に行くと、

使っていたのと同じノートが売られていた。


何も考えずに、

それを手に取る。


会計を済ませようと

レジへ向かいかけた時だった。


「それじゃないのがいい」


子どもが言った。


「せっかくだから、

 全然違うのにしよう」


そう言いながら、

笑顔でノートを選ぶ。


何もなければ、

『楽しそうね』

と思ったかもしれない。


だけど。


あんなことがあったばかりだ。


私は不安になって、

子どもの様子を見てしまう。


その笑顔は、

どこかひきつって見えた。


きっと、

気のせいではない。


結局、

前とは違うノートを購入し、

お店をあとにした。


家に着くとすぐに、

子どもは丁寧に名前を書いていた。


「ありがとう。

 大切にするね」


その言葉が、

胸に刺さった。


『また守れなかった』


そんな思いばかりが、

少しずつ積み重なっていく。

2026年6月19日金曜日

彼女に救われた日

破壊された二冊目

夫は子どものノートを

真っ二つにした。


そこに、

正当な理由なんてない。


でも、

私はあまりにも弱くて、

止めることができなかった。


呆然としていると、

夫がまた不穏な動きを見せた。


横に置かれていたノートを持ち上げる。


真ん中をつかみ、

今にも引き裂こうとしていた。


止めなくちゃ。


今度は勇気を振り絞って、

その手をつかんだ。


「止めてよ!」


叫ぶように言うと、

夫はせせら笑った。


「お前って、

 口ばっかだな」


「ちゃんとノートを取ってないこと、

 気づいてなかったんだろ?」


「そんなお前に、

 何も言う資格は無い」


一見すると正論のような

屁理屈を並べながら、

再びノートを破ろうとする。


それを必死で止める私。


しばらく押し問答が続いた時、

ふいに電話が鳴った。


彼女に救われた

電話の相手は、

以前匂わせのあった例の彼女だった。


まだ続いていたんだ・・・。


驚いた。


でも同時に、

安堵している自分もいた。


全身の力が抜け、

その場にへたり込む。


子どもも、

同じように座り込んでいた。


見ると、

夫はすっかり元の表情に戻っていた。


据わった目は消え、

声もいくぶん柔らかくなっている。


こんなにも一瞬で

変われるものなのか。


あれは演技だったのではないか。


そう思うほど、

別人のようだった。


彼女から呼び出されたらしく、

夫はそそくさと帰り支度を始める。


帰って欲しくて、

何度も促したのに帰らなかった。


それなのに。


彼女の一声で、

夫は動いた。


とにかく、

この時は本当に助かった。


でも・・・。


目の前には、

真っ二つにされたノートがある。


「明日、どうしよう」


途方に暮れた。


1冊は真っ二つ。


もう1冊にも、

大きな切れ目が入っている。


2冊目は使えるかもしれない。


それでも、

手に取るたびに

嫌な記憶が蘇るだろう。


中を開くと、

一生懸命に書いた文字が並んでいた。


そのページだけは、

破られていなかった。


だから余計に悲しかった。

2026年6月18日木曜日

真っ二つのノート

帰って欲しい

82点のテストは、

粉々に破られた。

そして、

その切れ端がテーブルの上に落ち、

紙吹雪のように舞っていた。


夫は、

いつもの“あの表情”だった。


お前たちに罰を与えてやっている。


そんな顔だった。


その異様な光景を見た瞬間、

もう何も言えなくなった。


『子どもが頑張った』

という事実は消えない。


私が覚えていればいい。


そんな言い訳のような言葉が、

頭に浮かんでは消えていく。


気づくと、

子どもは硬い表情のまま、

テーブルの上を見つめていた。


私は咄嗟に嘘をついた。


「買い忘れた物があるから、

 これから行ってこなくちゃ」


こんな風に言われたら、

普通の人なら帰るだろう。


でも夫は、

まったく動こうとしなかった。


どっかりと座ったまま、

子どもに言う。


「じゃあ、パパと待ってよう」


子どもは、

思わぬ言葉に後ずさりした。


それだけは避けなければ。


私も必死だった。


「一緒に行ってくる。

 買ってあげたい物もあるから」


もう帰ってよ。


この部屋から出て行って。


そんな思いが込み上げる。


必死に理由を並べ、

二人で出掛けることを伝えても、

夫に帰る気配はなかった。


面と向かって

『帰って』

とも言えない。


だから少し離れた場所から、

子どもに声を掛けた。


子どもも遠慮がちに言う。


「ママと一緒に行こうかな」


自分が選ばれなかった。


その事実が、

夫を傷つけたのかもしれない。


やんわりとした拒絶の言葉を聞いた瞬間、

夫は無言で立ち上がった。


夫の暴挙

立ち上がった夫が向かった先は、

子どものランドセルだった。


おもむろに開け、

中からノートを取り出す。


2冊。

いや、

3冊だったかもしれない。


それをテーブルの上へ、

バンッと置いた。


その音に、

体がビクンと跳ねた。


夫が怒っている時は、

怒鳴り声だけでも怖い。


それなのに、

さらに大きな物音を立てる。


何が飛んでくるか分からない。


物を壊されるかもしれない。


それが恐怖だった。


その時、

私たちの目の前で

信じられないことが起きた。


夫は、

子どものノートを1冊手に取ると、

真ん中あたりから破り始めた。


気づけば、

ノートは真っ二つになっていた。


しかも、

破いた後は決まって同じ言葉だ。


「お前はきちんと

 先生の話を聞いてるのかよ!」


「何で、

 これしか書かれてねーんだよ!」


「そんなノート、

 要らねーよな!」


そんなわけない。


ノートが要らないなんて、

あるはずがない。


『俺がルール』の夫は、


「大した内容の書かれていないノートなんて、

 持っている意味はない」


そう言い放った。


子どもは、

嗚咽を漏らしながら泣いていた。


それに対して夫は、


「うるせー!!!」


と言い放った。

2026年6月17日水曜日

82点への怒り

82点の答案

別居中の夫が、

勝手に家へ入り込み、

テストを探し出していた。


まさか、

そんなことをするなんて。


驚いて、

声も出なかった。


テーブルの上には、

子どものテスト。


大きく82点と書かれている。


子どもにとっては、

十分がんばった結果だった。


持ち帰った時、

私はたくさん褒めた。


それなのに夫は、

顔を真っ赤にして怒った。


「お前はバカだ」


「人間のクズだ」


「恥ずかしく思わないなんて

 頭がおかしい」


次々と吐き出される暴言。


私も子どもも、

ただ黙っていた。


何をそこまで怒っているのか、

分からない。


理解できなかった。


途中、

夫は子どもに向かって叫んだ。


「目の前に座れ」


その言葉だけは、

とっさに止めた。


近付かせたくなかった。


何をされるか、

分からなかったからだ。


子どもを背中に隠し、

夫との間に立つ。


そして言った。


「がんばったんだよ。

 褒めてあげてほしい」


その瞬間だった。


夫の目が据わった。


「あぁ?!」


低い声で凄みながら、

こちらを睨みつける。


手のひらに汗が滲む。


足が震えた。


耐えきれなくなって、

私は子どもを抱きしめた。


びりびりに破られたもの

子どもを抱きしめている間も、

夫は怒鳴り続けていた。


罵声は途切れない。


家中に響く声だった。


心臓まで震えるようで、

顔を上げることができない。


ただ、

その声を聞き続けた。


どれくらい経っただろう。


しばらくして、

怒鳴り声が少しだけ弱まった。


その時になって、

ようやく口を開くことができた。


恐る恐る顔を上げる。


夫はまだ怒っていた。


そして、

テーブルの上のテストは、

ぐしゃぐしゃに丸められていた。


胸が痛んだ。


子どもの努力まで、

踏みにじられた気がして。


こんな言葉を、

子どもに聞かせたくなかった。


けれど夫は、

聞かせるために怒鳴っていた。


終わらせたい。


その一心だった。


私は子どもを部屋の隅に座らせ、

夫の前に座った。


「もう、

 そういうの止めて欲しい」


やっと絞り出した言葉だった。


だが次の瞬間、

夫は信じられない行動に出る。


目の前で、

答案用紙を破り始めた。


びりっ。


びりっ。


何度も音が響く。


子どもは、

声を殺して泣いていた。

それでも夫の手は止まらなかった。

2026年6月16日火曜日

82点のテスト

目の据わった夫

「ちょっと、こっちに来い!」


いきなり怒鳴られて振り向くと、

夫がこちらを凝視していた。


その目は血走り、

体全体から怒りがにじみ出ている。


怖い。

どうしよう。


身動きが取れないまま、

私は固まっていた。


そこに追い打ちをかける声。


「何してんだ!

 早くしろ!」


その声に押されるように、

おずおずと夫の前に座る。


そして、次の言葉を待った。


何に怒っているのか、分からない。

ただ困惑するばかりだった。


理由なんて、想像もできない。

けれど、黙っているわけにもいかない。

何か言われるのを待つしかなかった。


その様子を、

子どもは固唾をのんで見ていた。


目に涙が浮かんでいる。

それに気づかないふりをした。


私が反応すれば、

夫が気付く。


気付いたら、きっと言う。


「お前には関係ないだろ。何で泣いてるんだ」


怖くて、泣くことさえ許されない。


たった一枚のテスト

夫の前に座ると、

ドン、と音がして紙が置かれた。


その紙には、

子どもの名前が書かれている。


テストだった。

すぐに分かった。


私たちがいない間に、

部屋を探ったのだろう。


この人は、粗探しが得意だ。

そして必ず、それを使う。


返却されたテストは、

お菓子の箱に入れていたはずだった。

箱ごと開けたのだと分かる。


以前にも書いた通り、

子どもは教育虐待を受けていた。


夫の基準に届かなければ、

叩かれ、無視され、

蹴られることもあった。


食事を抜かれることも、

珍しくなかった。


お腹を空かせた子どもに、

小さなおにぎりを作ったことがある。


それすら、投げ捨てられた。


「あいつに飯を食わせる必要はない」


そう言って、

水だけ飲ませろと命じた。


後でこっそり食べさせようとしても、

子どもは拒んだ。


「パパに怒られるからいい」


恐怖に支配されていた。

どうにもできなかった。


あの頃は、

無視された方がまだましだと思ったほどだ。


そしてその日。

別居中の夫が差し出したのは、

子どもの社会のテストだった。


82点。


持ち帰った時、

私はたくさん褒めた。


がんばったね。

うん、がんばったよ。


そう言い合いながら喜んだ。


そのテストを、

夫は口汚く罵った。

2026年6月15日月曜日

張りつめた空気

怯える子ども

荷物を部屋の隅に置きながら、

私は必死になって考えた。


どうすれば、

この場をやり過ごせるだろう。


そんなことばかり考えていた。


子どもは明らかに怯えている。

表情は硬く、

少し青ざめていた。


私も同じ気持ちだった。

だけど、逃げることはできない。


何か方法はないか。

考えてみても、良い案は浮かばなかった。


というより、

夫に対して

『何もしてあげたくない』

それが本音だった。


どうして、

私たちを傷つけた人を

もてなさなければならないの?


連絡もせずに急に来て、

一体どういうつもり?


憤りの気持ちが強かった。


それでも、

追い返すことはできない。


私は仕方なく、

声を掛けた。


「これから夕飯作るんだけど、

一緒にどうかな」


本当は、

今すぐ帰って欲しかった。


だけど、

そんな気配はない。


私から声を掛けるしかなかった。


ちょっと違和感のある空気

部屋に入った瞬間から分かっていた。


夫は明らかに不機嫌で、

何かに怒っていた。


ずっと腕組みをして、

こちらの問いかけにも返事をしない。


その様子を見て、

緊張感がさらに増した。


野菜を刻む手が震える。


子どもは部屋の隅で、

ランドセルを開けていた。


次の日の準備をしている。


いつもなら、

言われるまでやらない。


だけど、

この空気の中では、

何かしていないと落ち着かなかったのだと思う。


その姿を目の端で見ながら、

私は夕食の準備を続けた。


夫は意外と好き嫌いが多い。


メニューを見て、

へそを曲げたらどうしよう。


勝手に押しかけて来た夫に、

そこまで気を遣う必要なんてない。


それなのに、

私は機嫌を損ねないよう

必死になっていた。


しばらく無言の時間が続いた。


食材を煮込み始めた時だった。


夫が私に向かって言った。


「ちょっと、こっちに来い!」


その瞬間、

空気が変わった。


緊張感が一段階上がる。


頭が真っ白になった。

2026年6月13日土曜日

誰も居ないはずなのに

誰も居ないはずの家に灯り

あの日は、いつも通り

塾に子どもを迎えに行った。


あとは家に帰るだけ。


本当に、いつもと同じ流れだった。


だが、

家に着いたその瞬間、

私はすぐ異変に気づいた。


部屋に灯りがついていたのだ。


遠くから見ても分かる。

誰かいる。


これが、

義両親ならまだ良い。


問題は、

夫だった場合だ。


だが、

ドアを開けるまでは分からない。


試しに義両親へ

電話をかけてみようか。


そんな考えも浮かんだ。


けれど、

傍に夫がいたら、

「何の用事だ」と

根掘り葉掘り聞かれるだろう。


義両親のうち、

どちらかだけが部屋に居る可能性もある。


そう思うと、

迂闊に電話もできなかった。


私はしばらく、

遠くから部屋を見つめていた。


どうしたら良いのか。


答えは出ない。


その時だった。


子どもが、

「お腹空いたね」

とぽつりと言った。


その一言で、

私は現実に引き戻された。


そうだ。


食材を持っていた。


このままでは、

食材がダメになってしまう。


本来なら、

食材を諦める選択もあったのかもしれない。


だけど、

それもできなかった。


財布の中には

千円ちょっとしかない。


外でご飯を食べる余裕なんて、

なかった。


それどころか、

食材をダメにしてしまったら、

今晩食べるものにも

困ってしまう。


私たちは、

決断するしかなかった。


やはり夫だった

思い切って、

家に入ることに決めた。


怒らせなければ大丈夫。


そう自分に言い聞かせる。


だが、

やはり恐怖で身がすくむ。


子どもも、

何も言わなくても事態を察していた。


「パパ来てるのかな」


「おじいちゃんか、

おばあちゃんなら良いね」


と言った。


開錠し、

恐る恐るドアを開けた私たち。


その瞬間、

リビングで座っている夫の姿が見えた。


ああ、

やっぱり・・・。


夫かもしれない。


そんな予感はしていたのだ。


本当は、

飛び上がるほど驚いていた。


それでも、

それを見せる訳にはいかない。


私は平静を装い、

声を掛けた。


「来てたんだ~?」


まるで、

何とも思っていませんよと

アピールするみたいに。


万が一、

「何で来てるの?」


などと言おうものなら、

猛烈な怒りをぶつけられる。


それが分かっていたから。


私は笑顔を作った。


本心とは、

正反対のままで。

2026年6月12日金曜日

終わらない警戒

夫の気配

離れて暮らしていても、

本当の意味での自由には、
まだ程遠かった。


いつもどこかで、

夫の気配を感じていた。


義両親がやって来て、

「十分に気を付けるように」

と忠告してくれたけど。


実際にできることは限られている。


夫がその気になれば、

何だってできる。


そんな思いが、

頭から離れなかった。


私たちは、

万が一に備えて

いくつかのルールを決めた。


子どもが家に着いたら、

まず遠くから様子を見る。


夫が近くにいないか、

確認してから近付く。


鍵を持っている以上、

部屋の中に潜んでいないとも限らない。


だから、

鍵を開けた後も

すぐに靴を脱がないよう伝えた。


こんな言い方は良くないのかもしれない。


だけど夫は、

いつも禍々しい空気をまとっていた。


その異様な雰囲気は、

少し離れた場所からでも感じられた。


子どもも夫の気配には敏感だった。


「隠れていても分かるよ」


そう言って、

妙に自信満々だった。


家に入った後は、

夫が訪ねて来ても出ない。


絶対に応答しない。


それを徹底するだけでも、

少しは不安が和らいだ。


チェーンを掛けていれば、

すぐには入れないはずだから。


ただ、

私たちはその先も考えてしまう。


チェーンを壊されたらどうしよう。


そうなれば、

逃げ場はない。


ある程度の時間は稼げても、

どこにも逃げられない造りだった。


子どもは言った。


「ベランダに出て叫ぶよ」


その言葉を聞いても、

安心はできなかった。


もし本当に、

子どもがベランダで助けを求めたら。


誰か助けてくれるのだろうか。


人通りは多い。


だけど、

危険を冒してまで

手を差し伸べてくれるだろうか。


そんな不安が、

消えることはなかった。


思わぬ救世主

放課後、

友達と遊んだ日は

駅まで来ることが多かった。


早い時間に解散した日は、

そのまま家へ帰ることもある。


高学年になると、

習い事や塾で忙しい子も増える。


以前のようには遊べなくなり、

一人で過ごす時間も長くなっていった。


塾の日は安心だった。


問題は、

それ以外の日だ。


安全のためなら、

背に腹は代えられない。


「塾の日を増やそうか」


私はそう提案した。


すると子どもは、

家計のことを気にしているのか、


「大丈夫だよ。

今まで通りで」


と気丈に答えた。


だけど、

私の不安は消えなかった。


仕事をしていても、

ずっと気になっていた。


そんな時だった。


子どもが何気ない雑談の中で、

「ちょっと困ってるんだよね」

と話したらしい。


すると塾長が、


「毎日来ていいよ」


そう言ってくれた。


さらに、


「自習してれば?」


「毎日勉強してたら、

成績も伸びるかもね」


そんな前向きな言葉まで

掛けてくれたという。


ありがたい申し出だった。


子どもは喜んで塾へ通い始め、

少しずつ精神的にも落ち着いていった。


この話を聞いた私は、

すぐにお礼の電話を掛けた。


すると塾長は、

笑いながらこう言った。


「自習室なんて、

誰も使ってくれないんですよ」


「やる気がみなぎっているみたいで、

こちらも嬉しいです」


子どもは本当に楽しそうだった。


そして、

塾長や先生たちの優しさに触れるたび、

父親への不信感や拒絶感は

ますます大きくなっていった。

2026年6月11日木曜日

訪問の理由

消えなかった戸惑い

玄関で頭を下げるお義父さん。

その横ではお義母さんが、

言葉を探すように立っていた。


そして、

二人は深く頭を下げた。


突然のことに驚き、

私は何度も

「頭を上げてください」

と言った。


その時、

ふと思った。


これは一体、

どういう風の吹き回しなのだろう。


これまでにも、

謝罪されたことはあった。


だけど、

あれは夫を擁護するためのものだった。

少なくとも、

私にはそう見えていた。


今回も同じなのかな。


そんな考えが

頭をよぎる。


疑うべきではないのかもしれない。

それでも、

すぐには信じられなかった。


二人は部屋にも入らず、

玄関先で

「本当に申し訳ないことをした」

と繰り返した。


まずは話を聞かなければ、

何も分からない。


気は進まなかったけれど、

部屋へ招き入れた。


腰を据えて話すことにし、

子どもには隣の部屋へ行ってもらった。


「一緒に聞きたい」

と言われたけれど、

小学生には聞かせられない話もある。


もしかしたら、

過去のつらかった出来事を

思い出してしまうかもしれない。


重い話になることだけは

分かっていた。


だから、

子どもには

「隣にいてね」

と伝え、

大人三人で話をすることにした。


知らされた現実

二人は、

とても疲れていた。


目の下にはクマがあり、

表情にも覇気がない。


その頃、

夫からの連絡は減っていた。


といっても、

三週間ほどだけれど。


それでも私は、

少し落ち着いたのだと思っていた。


これまでを思えば、

穏やかな時間だった。


それなのに、

なぜ今なのだろう。


そう思いながら、

話の続きを待った。


けれど、

理由はすぐに分かった。


夫が、

何かを起こそうとしていた。


私を相手に

裁判を起こす。


そんな話までして、

息巻いていたらしい。


義両親は不安になった。


息子が何をするか分からない。

嫁や孫に何かあったら――。


そう考えたのだという。


相変わらずだと思ったのは、

私による虐待を

でっち上げようとしていたことだ。


私が折れないから。


元に戻るのは難しい。

円満離婚も望めない。


そこまでは、

理解したのだろう。


そして夫は、

親権を取って、

子どもと義両親と四人で暮らす。


そんな話も、口にしていた。


義両親は、

そのことを知らせに来てくれた。


何かあってからでは遅い。

そう思ったのだろう。


私は話を聞きながら、

夫の姿を思い浮かべていた。


思い通りにならないことに、

怒っている。


ただ、

それだけはよく分かった。


だけど、

ここで怯むわけにはいかない。


せっかく、

ここまで来たのだから。


もう少しで、

自由に手が届く。


「私たちもできる限り止めるけれど」


そう前置きした上で、

二人は


「くれぐれも気を付けてほしい」


と言った。


けれど、

できることは限られている。


せめて、

子どもだけは守りたい。


でも、

親でさえ止められないのに、

私に何ができるのだろう。


その日から、

警戒する毎日が始まった。


目を覚ましている間は、

ずっと気を張っていた。

2026年6月10日水曜日

不安と回復のあいだで

不安の中にいた頃

家を出たばかりの頃、

私はとても不安だった。


夫と上手くいかなかったような

不出来な人間だもの。

育児だって、きっと上手くいかない。


そんなふうに思い込んでいた。


結婚生活で思い出すのは、

怒られた時のことばかり。


私が至らないせいで夫を怒らせ、

夫婦関係もおかしくなった。


そう思っていたのに、

最終的には、

夫から逃げる形になった。


そんな私に育てられたら、

子どもはどうなってしまうんだろう。


当初は思い悩み、

夜な夜な将来を憂いた。


だけど、

それを打ち明けられる相手もいない。


お世話になった先輩にさえ、

本心はうまく話せなかった。


夫の意向で、

周囲とは距離ができていた。


連絡先も消した。

番号ももう覚えていない。


家事を終え、

少しだけ自由な時間ができても、

テレビの内容は頭に入ってこなかった。


そして夜、

電気を消して横になると、

ふと、思う。


二人ぼっちだなぁ。


カーテンの向こうには

家々の灯りがあった。


それでも、

その光が遠く感じられた。


家にいた頃よりも

温かな環境のはずなのに、

心は沈んでいた。


少しずつ戻ってきた日常

いつ頃からだっただろうか。


気づけば私は、

子どもの話を聞いたり、

お笑い番組を見て

笑うようになっていた。


安心できる場所があるというのは、

それだけで大きいことだ。


「ごめんなさい」と

無意識に口にすることも減り、

「ありがとう」と言う回数の方が増えていった。


そんな時間を過ごしたあと、

再び家に戻った。


今度は本当に二人きり。


でも、

あの時間があったから、

私は少しずつ立て直せていた。


夫の要求にも流されない。

情にも引きずられない。

義両親の話を出されても、

嫌なことは「No」と言えるようになっていた。


当たり前のことなのに、

以前の私にはそれができなかった。


少しだけ強くなった私と、

成長した子ども。


その変化は、

周囲にも伝わっていたのかもしれない。


ある日、

義両親が突然訪ねてきた。


休日の午後だった。


玄関を開けると、

お義父さんが頭を下げていた。


深くではないが、

明らかに何かを伝えようとする姿勢だった。


お義母さんも横で

言葉を探すように立っていた。


私は少し驚いたが、

すぐに玄関先で話を聞いた。

2026年6月9日火曜日

5千円のためじゃない

私なりのケジメ

うちの会社では、

配偶者が扶養内の場合に

扶養手当が支給される。


額にすると5千円。

決して小さい額ではない。


そのお金があれば、

毎月のやりくりも少しは楽になる。


だけど、

家を出た時点で

私は会社に伝えた。


「一緒に暮らしていないので、

 支給から外してください」


これは、

私なりのケジメだった。


こんなことからでも、

「夫と離れた」という実感が欲しかった。

そんな気持ちもあった。


だけど、

会社の担当者や上司は言った。


「扶養には入っている状態だから」


確かに、

夫の生活費は私が負担していた。


他に必要な物があれば、

その費用を求められることもあった。


夫が自分で出していたのは、

趣味のアーティスト関連の出費や、

人との付き合いくらいだったと思う。


家賃も光熱費も払い続け、

生活は厳しかった。


それでも、

形式上は扶養の状態が続いていた。


その後、

夫はほどなくして働き始めた。


離れて一人になった途端、

働けるなんて。


本当はもう元気だったんじゃないの?


そう思っていた頃、

夫から言われたのが――


「お前のせいで治らなかった」


その言葉を聞いた瞬間、

どっと疲れが押し寄せた。


この人はいつもそうだった。


悪いことがあれば私のせい。

良いことがあれば自分のおかげ。


そんな考え方に、

私は何度も振り回されてきた。


後悔していると思いたい

夫から電話が来た時、

嫌々ながらも応じた。


話の流れで、

扶養の話になった。


私は

「扶養から外す手続きをしている」

と伝えた。


すると夫は、

毎月の扶養手当の額を確認した。


「5千円だったよな?」


そうだと答えると、

夫は言った。


「だから、別居なんてしなければ良かったんだよ」


冗談じゃない。


5千円のために、

全てを我慢して生きる生活なんて

私たちは望んでいない。


夫には、

私たちが何を失ってきたのか

伝わっていなかった。


たとえこれから先ずっと

5千円少なくなったとしても、


あの抑圧された生活から

解放されるのなら、

安いものだと思っていた。


私は、

「会社の規定だから仕方ないよね」

とだけ答えた。


そして、

何か言いたそうにしていた夫の言葉を遮り、

別の話題へ変えた。


本当は夫は、

「後悔してるんだろ?」

と言いたかったのだと思う。


私の選択は間違いだった。

そう証明したかったのだろう。


逆に私は、

夫に後悔して欲しかった。


自分がしてきたことを振り返り、

傷付けた相手がいたことを

理解して欲しかった。


そのことは何度も伝えた。


だけど、

少なくとも夫は

自分の行動を顧みることがなかった。


一度も本気で後悔しているようには

見えなかった。


むしろ夫は、

「間違ったことをした私が、

 いつか後悔する」

と本気で信じているようだった。

2026年6月8日月曜日

知らない間に退去が決まっていたら

もしもの日のために

知らない間に、

部屋の解約をされそうになった。


この一件は、

私にとって大きな衝撃だった。


ただでさえ不安定な毎日。


普通に暮らすだけでも

精一杯だったのに、

さらに気を抜けなくなった。


夫が居座っていた頃のことを思い出す。


私が部屋を解約しようとした時、

夫は激しく抵抗した。


結局、

解約はできなかった。


その後、

夫がようやく出て行き、

私たちが部屋へ戻った。


それなのに今度は、

私たちに黙って

解約の話を進めていた。


自分は住んでいないのに。


偶然、

管理会社から電話が来なければ、

私は何も知らなかった。


私に知られないように、

退去の話だけが進んでいた。


その先にあるものも、

想像はついた。


義実家での同居だ。


退去日の直前に知らされても、

私たちには為すすべがない。


行く場所も、

すぐには見つからない。


気付いた時には、

もう後戻りできない。


全てが決まった後で、

私は知らされる。


"決定事項"として。


そう考えるだけで、

恐ろしくなった。


この件以来、

私は常に警戒するようになった。


夫がまた何かしてくるのではないか。


そんなことばかり考えていた。


疑い続ける生活は、

想像以上に疲れる。


それでも、

何も準備しないわけにはいかなかった。


もしもの時に備えて、

すぐ持ち出せる荷物をまとめた。


本当は全部大切だ。


けれど、

そんなことを言っていられる状況ではない。


最低限必要なものだけを選び、

一つにまとめた。


不動産屋にも足を運んだ。


急に部屋を探すことになった場合、

すぐ入居できる物件があるのか。


そんな相談までしていた。


不測の事態を前提に

動かなければならない生活。


それが、

あの頃の日常だった。


子どもの願い

荷物を整理していると、

子どもが不思議そうに聞いてきた。


「引っ越すの?」


眉はハの字になり、

声にも不安がにじんでいた。


その表情を見た瞬間、

胸が苦しくなった。


本当のことは言えなかった。


「引っ越さないよ」

「何でもないんだよ」


そう言いながら、

私は嘘をついた。


大人だって、

こんな生活は苦しい。


先の見えない不安の中で暮らせば、

心は少しずつ削られていく。


それを、

小学生の子どもにまで背負わせてしまった。


子どもにまで、

こんな顔をさせてしまった。


しばらくすると、

子どもはそれ以上何も聞かず、

自分の荷物を整理し始めた。


言葉にはしなくても、

何かを感じ取っていたのかもしれない。


空気で伝わるものはある。


数分後、

子どもが突然こちらを振り返った。


そして、

笑顔で言った。


「次のお部屋は

 お日様がいっぱい入る所がいい」


明るい口調だった。


だからこそ、

胸が締め付けられた。


ごめん。

ごめんね。


夫から逃げ回る生活は、

思っていたよりずっと長く続いていた。


心は疲れ切り、

上手く笑えなくなっていた。


いったい、

いつまで逃げればいいのだろう。


いつになったら、

安心して暮らせるのだろう。


荷物を整理しながら、

私は子どもの言葉を思い出していた。


「お日様がいっぱい入る所がいい」


その願いさえ、

あの頃の私には遠く感じられた。

2026年6月6日土曜日

知らないところで話が進んでいた

身に覚えのない『退去の話

あれは八月のことだった。


仕事をしていると、

突然、

借りている部屋の管理会社から

電話がかかってきた。


入居してから数年、

管理会社から直接電話が来たことなど

一度もない。


何か伝えることがある時は、

いつもポストに手紙が入っていた。


だからこそ、

重要な用事なのだろうと思い、

すぐに折り返した。


コール音の後、

女性スタッフが電話に出る。


私は担当者の名前を告げ、

取り次ぎをお願いした。


だが、

あいにく席を外しているという。


仕方なく、


「お昼頃にもう一度かけます」


と伝えて電話を切った。


昼休みになり、

改めて電話をかける。


今度は担当者本人が出た。


「すみません。

 何度かお電話を頂いていたのに

 出られなくて……」


担当者は、

とても丁寧な人だった。


少しのことでも

必ず手紙を入れてくれる。


ただ、

電話がかかってきたことはない。


『そんなに重要な話なのだろうか』


そう思いながら、

私は用件を尋ねた。


すると、

担当者の口から

思いもよらない言葉が出た。


「先日お話をうかがった

 退去の件なんですが……」


聞いた瞬間、


「えっ?」


思わず声が出た。


ゾッとした言葉

私たちに退去の予定はない。


もちろん、

そんな連絡をした覚えもない。


それなのに担当者は、

まるで決まった話であるかのように

説明を続けていた。


誰かと勘違いしているのだろうか。


私は慌てて、


「退去する予定はありません。

 別の方と間違えていませんか?」


と伝えた。


すると担当者は、

驚いたような声で言った。


「あれ?

 でも先日、ご主人からお話がありまして……」


その言葉を聞いた瞬間、

私は状況を理解した。


夫だ。


夫が勝手に

解約の話を進めていたのだ。


一体何のために。


そんなもの、

考えるまでもなかった。


義実家へ引っ越しをさせるためだ。


担当者も、

かなり困惑している様子だった。


当然だと思う。


夫婦で言っていることが

まるで違うのだから。


そして話の途中、

担当者はこんなことも口にした。


「ああ、そういえば

 この件はご主人に連絡するよう

 言われていたのを忘れていました」


その瞬間、

背筋が冷たくなった。


夫は私に知られないよう、

解約を進めようとしていた。


契約しているのは私なのに。


もし担当者が

その言葉を忘れていなかったら。


もし私に電話が来ていなかったら。


気付かないまま

話が進んでいたかもしれない。


そう考えると恐ろしくなった。


私はすぐに、

今後の連絡は全て私にしてほしいと

担当者にお願いした。


電話を切った後も、

しばらく動けなかった。


別居してもなお、

夫は私の人生に入り込もうとしてくる。


距離を取ったはずなのに、

全然終わらない。


次は何をしてくるのだろう。


そんなことばかり考えていた。


夫が怖かった。

許すと言うまで

終わらない電話 来年には 子どもが中学生になる。 まっさらな気持ちで 新しい学校生活を始める。 私たちにとって、 それはとても大きな節目だった。 このことが、 どれほど大きな意味を持つのか。 きっと、 当事者でなければ 理解できないだろう。 夫がいない生活にも慣れ、 共依存という...