夫の居た痕跡
しばらく歩くと、ぼんやりとした街灯の先に、
我が家が見えた。
遠目から、
明かりがついていないことを確認する。
それでも、不安が残る。
本当に帰ったのだろうか。
今ちょうど帰るところ、
なんてことはないだろうか。
ドアの前に立ち、
恐る恐る鍵を開けると、
静まり返っていた。
電気は消えていて、
人の気配も、ない。
思わず、
胸の奥に溜めていた息を吐いた。
――いない。
それだけで、
体の力が抜けた。
玄関のドアを閉めた瞬間、
ようやく「帰ってきた」と思えた。
けれど。
靴を脱ごうとした時、
違和感に気づいた。
見慣れない位置にある、スリッパ。
揃えられていない、靴。
確かに、
誰かがここにいた痕跡。
さっきまで、
この場所に。
そう思った瞬間、
背中がぞくりとした。
子どもも、何かを感じ取ったのか、
無言のまま、私の服を掴んでいる。
その手が、
少しだけ震えていた。
夫がいつでも家に入れる、という恐怖
そもそも、
夫が鍵を持っていることが問題だ。
もう、そこには住んでいないのに、
持ち続ける意味はない。
何か理由をつけて返してもらおうと、
「子どもに鍵を持たせたい」
と伝えたこともある。
けれど、
そんな要望は一蹴された。
「必要ないだろ」
そう言い切り、
夫も義両親も返してはくれなかった。
むしろ、
鍵を取り上げようとする私が、
酷いことをしているかのように、
強い言葉で非難された。
結局、
平日は自分の持っている鍵を子どもへ渡す。
非常に不便だが、
そうするしかなかった。
鍵を渡さないということは、
まだ離婚を承諾していない証拠だ。
義両親も、
きっと同じ気持ちなのだと思う。
そんな現実が私たちを苦しめ、
日常そのものに、
恐怖を感じるようになっていた。
子どもは、学校から帰ると、
誰もいないことを慎重に確認する。
恐る恐る部屋を見渡し、
人気のない空間に安堵する日々。
小学生に、そんな思いをさせている。
その原因であるはずの人は――
執拗に子どもに絡み、
「早く一緒に暮らしたい」
と涙するのだった。
