夫からの迷惑な連絡
あの日は、私の誕生日の前日だった。
私は、
自分の誕生日にはあまり関心がない。
子どものお祝い事なら、
全力で準備をして、
全力で盛り上げる。
でも自分のことになると、
特別なことはしない。
いつも通り。
静かに過ごすだけ。
それが、
私にはちょうどよかった。
けれど——
その前日は、少し違った。
夫が、
落ち着かない様子を見せていた。
ああ……これは。
きっと何かを考えている。
鈍い私でも、
なんとなく察してしまった。
でも、
どうすることもできない。
できるのは、
気づかないふりをすることだけ。
連絡が来ても、
当たり障りのない返事を返す。
波を立てないように、
静かに、そっと。
それでも。
何度も、連絡は続いた。
こういう時の熱心さには、
少し驚いてしまう。
こんなふうに
まっすぐでいてくれたら、と
思わなくもないけれど。
そんなことを考えながら、
私はただ、
穏やかにやり過ごそうとしていた。
やがて、
終業の音楽が鳴った。
仕事はしていた。
でも心が、
ずっと落ち着かなかった。
「気にしない」なんて、
やっぱり難しい。
小さな違和感でも、
胸の奥に引っかかる。
帰り道。
少しだけ早足になった。
無意識に、
後ろを気にしてしまう。
何も起きていないのに、
心だけがそわそわしていた。
嵐の前の静けさ
今思えば、
あれは嵐の前の静けさだったのかもしれない。
前日は、
驚くほど穏やかだった。
子どもは少し嬉しそうで、
「ママのお誕生日、どうするの?」
と何度も聞いてきた。
「え〜、普通でいいよ」
そう答えながらも、
その顔を見ると、
少しだけ特別にしたくなる。
だから、
ご飯をほんの少しだけ、特別に。
メニューは、
ドリアとクラムチャウダー。
きっと、
よくある献立。
でも、
私たちには少しだけ特別。
一日千円未満でやりくりしていた我が家。
ドリアとスープは、
ちょっとしたごちそうだった。
冷凍チキンライスに、
市販のソース。
チーズをのせて、
オーブンへ。
スープは、
温めるだけ。
たったそれだけなのに。
当日は、
食卓を囲む時間が、
いつもより少しだけ
あたたかく感じた。
「明日はどうしようか」
そんな話をしているだけで、
自然と笑顔になる。
大きな幸せじゃなくていい。
こういう時間があれば、
それで十分だと思えた。
明日もきっと、
穏やかに過ぎる。
そう信じて、
眠りについた。
その時は、まだ。
何も、
知らなかった。
