静かな抵抗
退塾を伝えたのは、最初の週だった。まだ、ほぼ一か月の期間が残っていた。
でも、その後。
子どもは一度も塾へ行かなかった。
それとなく、
「今日、塾だったよね?」
と聞いてみても、
「今日は行ってない」
と答えるだけ。
あれはきっと、
子どもなりの抵抗だったのだと思う。
本当は通い続けたかった。
でも、大人の都合で終わらせられた。
そして子どもも、
パパの言うことは絶対なのだと、
分かっていた。
だから表立って反抗することもなく、
ただ静かに、行かなくなった。
もう支払いも済んでいたから、
正直、勿体ないとも思った。
私にとっては、
決して小さくない金額だった。
他を削って、
なんとか捻出したお金。
それでも、
「残りだけでも行こう」
とは言えなかった。
あまりにも身勝手に思えたからだ。
子どもの気持ちを無視したまま、
大人だけで全部決めてしまった。
本当なら、
夫に抗議すべきだったのだと思う。
でも、それもできない。
そんな私が、
何を言えるのだろう。
子どもの思いだけが伝わってきて、
私は、
「そうなんだ。分かった」
と返すことしかできなかった。
置き去りのバッグ
塾に持って行っていたバッグは、
しばらく部屋の片隅に放置されていた。
あれ以来、一度も開かれず、
まるで忘れ去られたかのようだった。
『もう、中身を整理しなくちゃな』
ふと思い立ち、
子どもがお風呂に入っている間に、
久しぶりに通塾用のバッグを開けた。
最後に持って行った日のまま。
テキストもノートも、
無造作に詰め込まれていて、
何とも言えない思いがこみ上げた。
重たい後悔が、
胸の奥に広がっていく。
だけど、
子どもはもっと苦しかったのだと思う。
ノートを開くと、
そこにはたくさんの書き込みが残っていた。
あれほど勉強嫌いだった子どもが、
自分から「行きたい」と言い、
休まず通った塾。
そこには確かに、
努力の跡が残っていた。
どれだけ頑張っていたのかと思うと、
思わず涙が出た。
通い続けたかっただろうな。
続けさせてあげられたら、
どんなに良かっただろう。
この時、まだ
退塾を伝えてから二週間。
早くも後悔し始めていた。
でも、
もうできることは何も無い気もしていた。
ただでさえ、
夫から提示された二択を無視している状況だった。
塾まで続けるなんて知ったら、
何を言われるか分からない。
塾を続けて、中学受験をする。
塾を辞めて、夫の地元の中学に入る。
どちらも、
子どもや私が望んでいるものではなかった。
いや、
私たちは最初から、
多くを望んでいたわけじゃない。
ただ、
続けさせてあげたかった。
それだけだった。
