話し合える生活が嬉しかった
節約生活を始める時、私は子どもときちんと話し合った。
相手が小学生であっても、
自分の意思を持っている。
だから一方的に押し付けるのは違う。
そう思って、できる限り説明をした。
これは、
夫との生活の反動でもあった。
一緒にいた頃は、
意見を言うことすら許されなかった。
それがおかしいことだと、
私も子どもも分かっていた。
だからこそ、今度は違う形にしたかった。
夫がいなくなり、
元の家で二人暮らしに。
ようやく、
普通に話し合える環境が戻ってきた。
押し付けられない生活は、
思っていた以上に快適だった。
意見を言っても怒鳴られない。
無視をされない。
ため息をつかれない。
もちろん、叩かれることもない。
たったそれだけのことで、
息がしやすくなる。
それが、叫び出したいほど嬉しかった。
『節約生活、楽しいね』と言う子ども
子どもにも、
これからの生活について話した。
お金が足りないこと。
節約しなければいけないこと。
まだ小学生なのに、
首をかしげながらも話を聞いていた。
そして、たぶん分かっていた。
あの人に反論しても、
受け入れられないことを。
だから最後に、
「どちらでもいいんだよ」と伝えた。
選ぶのはあなたでいい、と。
しばらく考えたあと、
子どもははっきりと言った。
「パパの家に行くのは、絶対嫌」
その一言で、
節約生活が始まった。
最初のうちは、
子どもなりに前向きだったのかもしれない。
たびたび、こう言っていた。
「節約生活、楽しいね」
本当は、
楽しいはずなんてなかったと思う。
お腹はいつも空いていたし、
ジュースを買うこともできない。
電気代を気にして、
夜は早めに横になる。
テレビもつけずに、
本を読んで過ごしていた。
仕事から帰ると、
薄暗い部屋で本を読んでいる子どもがいた。
その姿を見たとき、
胸がぎゅっと掴まれた。
「電気つけなよ」
そう言うと、
子どもは少し笑って答えた。
「大丈夫だよ。カーテン開けてると結構見えるんだよ」
その言葉が、
やけに軽く聞こえた。
本当は無理をしていることくらい、分かっている。
それでも、
「楽しい」と言ってしまう優しさがあった。
その瞬間、
このまま続けてはいけないと強く思った。
子どもに、
これ以上我慢させてはいけない。
過度な節約をやめようと思ったのは、
その時だった。
