2026年5月16日土曜日

“普通の幸せ”を知らなかった私たち

“普通”の幸せを噛みしめる夜

住んでいる場所は、

夜になっても結構明るい。


人もそこそこ歩いているし、

車もひっきりなしに走っている。


だから、いつも賑やかだ。


そんな街だから、

暗くなった後に散歩するのも

あまり抵抗がない。


夫がいる頃は、

窮屈で薄暗い街だと感じていた。


でも、きっと違った。


私たちの気持ちが、

景色にフィルターを

かけていたのだと思う。


二人で生活を始めてから、

寝る前に散歩することがあった。


昼間は暑くても、

夜になれば少し涼しくなる。


そこに風まで吹いてくると、

とても気持ち良くて、

どこまでも歩ける気がした。


あてもなく歩いて、

途中のスーパーに立ち寄る。


子どもはジュースを買い、

私はコーヒーを買う。


二人合わせても

200円もしない買い物。


それだけで、

私たちの心は満たされた。


日常の、

ごく些細なことかもしれない。


でも、

“普通”って凄いことなんだ。


私たちには、

それが痛いほど分かっている。


私の手を見て、子どもは身を縮めた

歩いている時、

子どもの頭に

葉っぱのようなものが

ついていることに気づいた。


虫嫌いの私は、

恐る恐る近づき、

虫ではないことを確認してから、

それを取ろうとした。


その瞬間だった。


子どもが反射的に、

頭を覆うようにして

身を縮めた。


手のひらを、

こちらに向けながら。


私は咄嗟に、

「ごめん」

と謝った。


どういうことなのか、

すぐに分かった。


夫が叩く時、

子どもはいつも

手でブロックして、

身を守ろうとしていた。


その反射が、

出てしまったのだ。


私の手が近づくのを見て、

思わず身を守ろうとしたのだと、

そう思った。


こういうことがあるたびに、

私は子どもを

思いきり抱き締めた。


痛かったことも、

怖かったことも、

記憶はそう簡単には消えない。


それでも、

少しずつ薄めていくことはできる。


とにかく安心させたくて、

「もう大丈夫だよ」

という気持ちを込めて、

抱き締めた。


子どもは最初の頃、

悲しくても泣けなかった。


でも、

繰り返し抱き締めるうちに、

少しずつ涙をこぼすようになった。

“普通の幸せ”を知らなかった私たち

“普通”の幸せを噛みしめる夜 住んでいる場所は、 夜になっても結構明るい。 人もそこそこ歩いているし、 車もひっきりなしに走っている。 だから、いつも賑やかだ。 そんな街だから、 暗くなった後に散歩するのも あまり抵抗がない。 夫がいる頃は、 窮屈で薄暗い街だと感じていた。 でも...