夕暮れ時の町に落ちていた折り紙の手裏剣
仕事を終えて家に帰る道中、ふと足元を見ると懐かしいものが落ちていました。
それは幼い頃に私もよく作って遊んでいた折り紙の手裏剣でした。
作り方は簡単で、小学校低学年でも慣れると短時間で作ることができます。
最初は普通の大きさの物を作っていたのですが。
段々と変わったものが欲しくなって、羽の部分を一枚一枚違う色にしたり極小の物を作ったりもしました。
小さい手裏剣は意外と難しいんです。
特に不器用な幼い私の手では上手く折ることができず、四苦八苦したのを覚えています。
でも思い通りの物を作れた時にはとても嬉しくて大喜びしました。
足元に落ちている紙の手裏剣を見て、そんな幼い頃のことを想い出していました。
あぁ~。懐かしいな。
あの頃は本当に楽しかったな。
多分大変だったこととか辛かったことを忘れているだけなんだと思うのですが。
大人になった今よりは、はるかに楽に過ごしていた気がします。
家にはお母さんが居て、夕方になると仕事を終えたお父さんが帰宅してくるという生活。
それまでは外で暗くなるまで遊びました。
暗くなって周りの家々に灯りがともる頃、母が外に顔を出して
「もう家に入りなさい」
と声を掛けます。
もう少し大きくなってからは自転車で遠くまで出かけてめいっぱい遊んでいました。
それで、帰りが遅くなってたびたび叱られました。
その時は叱られるのがとても嫌だったのですが、今となってはそれも思い出の一つです。
ゲームにも熱中した子供時代
子供の頃はゲームにも熱中しました。
私にとってゲームはこれまでに見たことのない新しい世界でした。
学校でも頻繁に話題に上り、持っていないと話についていけないような状況でした。
だからと言って流行りに敏感だったのかと言われればそういう訳でもなく。
元々流行には鈍感で、周りについていけてなくても気にならないタイプでした。
それでもゲームは欲しいと思っていました。
友達の家で遊ばせてもらった時のワクワク感を忘れられなかったからです。
テレビの画面に映る映像が自分の意思にそって動くという不思議な感覚。
私はすぐに虜になりました。
それから数か月後のお正月。
親戚の人たちからもらったお年玉を握りしめてゲーム売り場に向かいました。
途中で可愛いぬいぐるみなんかがあってトラップにひっかかりそうになりましたが。
その時の私の意志は固かった(笑)
無駄遣いせず、ちゃんとゲーム売り場に到着して目的のものを購入しました。
何気ない日々が幸せ
大人になると色んな欲が出てきて、自分は満たされていないと感じることがあります。
でも、子供の頃に感じたようなあの幸福感は何気ない日々から得られるものだと思うのです。
そういう気持ちを忘れてしまったら、たとえ大きな幸せが手に入ったとしても何かが足りないと感じてしまうのではないでしょうか。
そんな風に考えるようになったのは離婚してからでした。
それまでは、そこそこ充実していても『もっと、もっと』とより大きな幸せを欲していました。
身の回りにある幸せに気づきもせず。
だけど、離婚することになり、子供と二人の生活になり。
本来なら周りと見比べてしまうような環境になったはずなのに。
『幸せ』だと感じることが増えました。
それに気づけただけでも良かったと感じています。
シングルマザーというカテゴリーに入ると同情の目を向けられたり、実際に大変なこともあることは事実です。
でも、子供や両親、姉妹たちと一緒に過ごす日々は何物にも代えがたい。
少しくらい苦労をしても、皆が幸せなら構わないとさえ思えるようになりました。
今は、そう思わせてくれる日々に感謝しています。