5千円
間もなく春休みが終わる。いよいよ、
中学生になる。
夫が突然やってきたのは、
そんなタイミングだった。
いきなり訪問してくるのは、
いつものこと。
それほど驚かない。
でも、
何となく心が落ち着かない時期。
その上、
夫の相手をするなんて、
正直、げんなりした。
ドアを開けた瞬間、
たぶん、
その気持ちが表情に
出ていたと思う。
だけど夫は、
それに気づかないフリをして、
いつもより軽い感じで、
「おはよう。急に来て悪いな」
と言った。
口先だけの謝罪。
本当は、
『悪い』なんて
少しも思っていない。
これも、
いつものことだ。
ここで変に拒んで、
状況を悪化させたり、
滞在時間を長引かせるのも困る。
私は一瞬でそんな計算をして、
どうすべきかを判断した。
「今日はどうしたの?」
愛想よく振る舞おうとしても、
その一言が精一杯だったのだけれど――
すると突然、
夫はリュックの中から
茶封筒を取り出して、
「これ、何かの足しにして」
と差し出してきた。
後から、
「入学祝いもやってなかったから」
という言葉も付け足された。
夫なりに、
考えたのだろうか。
私たちが、
非常に不安定な経済状況だと、
やっと理解したのだろうか。
夫が去った後、
封筒の中身を確認した。
5千円入っていた。
「その気持ちを汲んでやって」
5千円でもありがたい。
私たちにとっては、
非常に大きな金額だ。
ただ、
あの言い方だったら、
もっと入っているものだと、
勝手に想像してしまった。
夫にしてみたら、
『何かをしてあげた』
という事実が、
大事なんだろうな。
そんなことを考えながら、
お金の使い道を考えた。
子どもが、
「形に残るような物には使わないで」
と言う。
「見るたびに思い出してしまうから」
というのが理由だ。
では、
消え物に使うとして、
お祝いのご飯?
それとも、
いっそのこと食費にしちゃう?
色々考えていたら、
その日のうちに、
義両親から連絡がきた。
電話でなかったのが幸いだ。
「(夫)なりに考えて、
持って行ったみたいだよ。
その気持ちを汲んでやって」
メッセージには、
親心がにじんでいた。
ただ、
これで恩を売られてしまうのなら、
受け取りたくなかった。
少しは歩み寄ったらどうだ?
そう言われている気がして、
素直に「ありがとう」という
気持ちにはなれない。
思わず、
タンスの奥にしまい込み、
しばらく取り出せなかった。
絶対に、
そんなことはないのに。
何だかそのお金が、
呪われているような気がして。
