突然の子どもへの誘い
夫は、それ以上何も言わなかった。
その代わりに、
首を伸ばし、
部屋の奥にいる子どもに
猫なで声で話しかける。
「おはよう!
これからパパとお出かけしよう」
突然誘われた子どもは、
何も言えずに固まった。
それまで、
大人でも耐えるのが困難なほどの
虐待を受けてきた子ども。
急に優しくされても、
受け入れられるはずがなかった。
ここは私が何とかしなければ。
そう思い、
「急には困るってば」
と、やんわりと断った。
でも、
返事はなかった。
聞こえていないはずがないのに。
こちらを見ようともしない。
そして、
何事もなかったかのように、
もう一度子どもに声をかける。
「ほら、出かけるよ。
支度して」
先ほどよりも、
やや強い口調になっていた。
私を無視する夫
「今日は無理だよ」
はっきりと、
そう伝えた。
まさか、
そこまで言えば
これ以上は誘ってこない。
そう思った。
でも、
違った。
夫は無反応で、
子どもに誘いの言葉を掛け続ける。
私がいくら止めても、
何も聞こえないかのように
スルーされる。
まるで、
空気になったみたい。
どうしたら良いのか分からなくなり、
とにかく『止めなければ』と
声をかけ続ける。
それでも、
反応はなく――
そこでようやく分かった。
ああ。
この人は、
私を居ないことにしたいんだ。
存在を無視しているのだ。
空しさと同時に、
沸き上がる怒り。
今度は、
先ほどよりも強い口調で、
「今日は帰ってください」
と言った。