2025年10月31日金曜日

離婚交渉中に【養育できる根拠の提示】を求められた話

遅々として進まない離婚交渉

最初は良いペースで進んでいると思っていた離婚話だが・・・。

途中、色んなことがあって非常に動きにくくなった。

メンタルが壊れかけているらしい夫に催促するわけにもいかず。

義両親も孫のことを諦めきれない様子。

お義母さんと話すと、よく

「(私)さんのご両親は良いわね。孫がたくさん居て」

と言われた。

姉の所には複数の子どもが居る。

だから、確かに孫が多いと言えば多い。

ただ、その裏に隠された意味に気づいてからは素直に相槌を打つことができなくなった。

『そちらには他にも孫が居るんだから一人ぐらい良いでしょ』

そんな気持ちが透けて見え、何だかとても嫌な気持ちになった。

これは私の妄想などでなく、

「うちの孫は(子ども)ちゃん一人だけなんだから」

とよく言われていた。

これをさめざめと泣きながら言うこともあれば、ヒステリック気味に叫ぶこともあり。

言われるたびに責められているのだと感じて苦しくなった。

そんな状況だから夫も諦めきれなかったのもしれない。

それ以外にも困ったことがあり、私の粗探しばかりしてきて心が重くなることも・・・。

話し合いを有利に進めたいのは分かるけど、卑怯だなと感じた。

『母親失格』の烙印を押したかったに違いない。

彼らの思い通りにするために。

それに気付いていたので、慎重に慎重に行動した。


「子どもを育てられる根拠を示せ」と言われ・・・

子どもの養育にはお金が掛かる。

でも、私が薄給なのを知っていたからか、いきなり

「本当に育てていけると思ってるの?」

と言われ、その根拠を示すように要求された。

夫も子どもの親権を求めているのなら、同じようにしなければならないはずなのに、

「俺は何とでもなる」

と言い、私にだけ求めてきた。

理不尽な話だが、夫が言い出したことなら従うしかない。

ただ、根拠と言われても非常に困ってしまい、それからしばらくはどうやって説得しようかということばかり考えた。

お給料を見せて、生活費の内訳を示せば良い?

いざという時に姉を頼れることを伝えれば印象が良くなるかな。

『これなら絶対に大丈夫』という案も思い浮かばなくて・・・。

結局、月々の収入と使い道を記すことに決めた。

「出来上がったら説明しに来い」と言われたんだけど、それは拒否。

忙しくて時間が取れないなどと言いながらメールで送信した。

これはいわば、夫に対するプレゼン。

しかも職場の上司よりも厳しい厳しい相手だ。

どんな資料を出してもどうせ納得することは無い。

それでも出さなければならなくて、難しい宿題を課せられているような気分だった。

送信した後、案の定色んな指摘が入った。

まあ子どもの生活が懸かってるから、支出の内容や子どもの積み立て等に関することを言われるのはまだ分かる。

驚いたのは、

「(給与が)前に聞いた額と違う」

と言われたことだった。

実は離れた後に少し昇給があり、ちょっとだけ自由に使えるお金ができた。

お迎えで時短にはなっていたけれど、その分を夜間にテレワークしてカットもなし。

収入が多少上がったことは有利に働くかと思っていた。

それなのに夫から、

「嘘ついてたのか!」

と非難され、よくよく聞いてみたら私が給与の額を偽って自分に使っていたと思い込んだようだった。

誠心誠意全ての内容を開示していたのに、まさか疑われるなんて。

普通なら腹を立るところだろうが、私は必死に弁明した。

とにかく夫に怒られるのが怖くて分かってもらおうとした。

2025年10月30日木曜日

子どもの誕生日―後日談

少し過ぎてから呼び出しが・・・

子どもの誕生日を少し過ぎた頃。

夫から急に呼び出されて自宅近くのファミレスに向かった。

本当は断りたかったのだけれど、『協力してくれなかったんだから、これくらい良いよな』という雰囲気で・・・。

仕方なく仕事を早退して会いに行くことにした。

夫はその頃無職で、時間が有り余っていたはず。

だから何時でも良かったんだろうけど、私の方が平日の日中でなければならなかった。

理由はいくつかある。

まず一つ目は、夫からの要望で『誕生日プレゼントのリクエスト』を聞いてから、子どもが酷く警戒していた。

土日に一人で出かけるようなことがあれば、きっと不安になるだろうと思った。

二つ目は、子どものお迎え。

平日の夕方はお迎えに行くから都合が悪くて。

他にも、土日や夕方となると夫の友人が参戦してきそうで怖かった。

それで平日の日中しか無かった。

自宅近くの駅前という場所も実は抵抗があったんだけど言えなかった。

誰に会うか分からないし、目撃されて噂になっても困る。

子どもはまだその付近の小学校に通っていたから、影響が出るのを恐れた。

もしかしたら『お母さんと二人で家を出て遠方から通ってるらしい』という話は既に知れ渡っているかもしれない。

そこに駅前での話し合い(深刻な雰囲気)が目撃されれば、瞬く間に尾ひれがついて広まっていくだろう。

何より『子どもが嫌な思いをしないように』ということを考えた。

だから、どこか遠くの知り合いの居ない場所で話し合いたかった。


夫の怒り

顔を合わせた瞬間から夫は怒っていた。

何なら家を出る前から怒っていたんじゃないかという位、その日は荒れていた。

あーだこーだと言っていたけれど、結局はポイント稼ぎができなかったのが原因。

『お前のせいでプレゼントを渡しそびれた』という不満が見て取れた。

虐待していた子どもに対して何故そんなにもプレゼントしたいのか。

最初はそれが疑問だったのだが、親権を考えてのことのようだった。

離婚話が進んできたら嫌でも子どもの件にも決着をつけなければならない。

その日に備えて少しでも自分の印象を回復しておきたかったのだ。

そんなことは絶対に不可能なのに。

日ごろから自分都合で解釈するクセがあり、その時も挽回できると考えていた節がある。

現状は劣勢でも、一発逆転で自分のところに来てくれる可能性があると思ったのかも。

あるいは義両親に入れ知恵されたか。

おおよそ、そんなところだと思う。

実に夫らしいエピソードだ。

そりゃー子どもは欲しがっていたものを買ってもらえたら、その瞬間は『やったー!』と喜ぶ。

もしかしたら、ほんの少しだけイメージも改善されるのかもしれない。

でも所詮それだけだ。

子どもの尊厳を傷つけ続けたパパを許すはずがないし、恐怖は消えない。

それが理解できないのか、夫はやけに自信を持っていた。

「お前には難し過ぎて分かんないか」

というマウントも謎。

難しいも何も単純明快な話だ。

二人とも今後二度と夫とは一緒に住めない。

ただ、それだけ。

この日、私から新たに提案できることもなく話していても埒が明かないと思ったのか早々にお開きになった。

去り際に、

「そろそろ俺も動くから」

と言われ、『えっ?』と顔を上げると憎々しげに私を見下ろしていた。

夫に対する恐怖は別居後も消えることはなく、話し始めから終始身構えていたのだが。

この時は異様な雰囲気を感じて全身がビクッとなった。

何だか夫が良からぬことを考えているような気がしてならなかった。

2025年10月29日水曜日

パパからの誕生日プレゼントを拒否

『欲しい物を聞いといて』と言われたけれど

子どもの誕生日の一か月くらい前に夫から連絡があった。

珍しく機嫌が良さそうで、

「(子ども)に何が欲しいか聞いといて」

と頼まれた。

こういう頼まれごとが一番困る。

パパのことが大好きだったら問題ないのだけれど。

うちの場合は『嫌い』を超えて『拒絶』のレベルだから。

きっとパパの話題を耳にするのも嫌だろうな、と思ってなかなか聞けなかった。

そんなこちらの事情なんて考えもしない夫は、『早く回答を』と急かしてきた。

急かされても、せっかくのお祝いムードを壊したくなくてその話題を切り出すことすらできず・・・。

次第に夫はイライラし始めた。

2週間後に迫ったある日、とうとう痺れを切らして、

「直接話をさせろ!」

と言ってきたのには参った。

その可能性もチラッとは考えたけど、何も言ってこない方にかけた。

でも、残念なことに夫の執着は凄まじく、何が何でも聞き出そうとした。

この執着が愛情だったら良かったのにね、なんて呑気なことを言っている場合ではない。

その勢いで子どもに無理やりコンタクトを取ろうとする恐れもあったので、何とかしてその場を収めようとした。

欲を言えばパパから連絡が来ていることを子どもに知られたくない。

私と夫とのやり取りだけで諦めてもらいたかった。

でも、一度言い出したらきかない人だから。

考えに考えて、

「今は欲しい物が何も無いんだって。少ししたら出てくるかもしれないから。今回は無しで良いんじゃない?」

と提案してみた。

そうしたら、

「俺は自分の子どもに誕生日プレゼントもあげられないのか?!」

と叫び始め、

「・・・ごめん」

と言ったらプツリと切られた。

正直なところ、切ってくれて助かった。

いつもは切られた後に色んなことを考えてしまって嫌な気持ちになることが多いのだけれど。

その時はこれ以上取り繕わなくて済むことにホッとした。


今度は泣き落とし

ああいう時の夫は非常にしつこい。

諦めるということを知らない。

電話を切った後『もうこれで大丈夫だ』と安心していたら、またすぐに掛かってきた。

用件が分かっているだけに出るのがためらわれた。

でも、出なければ何回も掛けてくるだろう。

それで仕方なく応じることにしたのだが、怒鳴られたら嫌だから少し耳から離して

「もしもし・・・」

と出てみたら、先ほどの勢いはどこへやら。

非常にか細い声で、

「何度もゴメン」

と謝られた。

謝るくらいなら掛けて来なければ良いのに。

私が黙っていると、消え入るような小さな声で

「(子ども)に会いたいよ・・・」

と言った。

夫の声を聞きながら、あの家で叩かれ怒鳴られていた子どもの姿を思い出していた。

いつも耳がキーンとなる位の声で怒鳴るくせに、時々弱々しく謝っていた。

涙を流しながら謝る姿に困惑したものだ。

一体どちらが本当の姿なの?と。

あんな酷いことをしておいて、泣いて謝れば許されるとでも思っていたのだろうか。

子どもの気持ちは分からないが、少なくとも私はより警戒した。

泣いて謝った後に更に激しい虐待やモラハラが行われる気がして・・・。

その予想は当たっていた。

夫の虐待は年々酷くなり、モラハラも本が一冊書けそうなくらいの状況になっていた。

逃げ出せたのは本当に幸運だったと思う。

結局夫は諦めることなく恐ろしいほどの回数の連絡をしてきて、とうとう私は根負けした。

仕方なく子どもに、

「パパが誕生日プレゼントあげたいんだって。欲しい物ある?」

と聞いてみたのだが、

「要らない!要らないって言っといてね!」

と案の定拒否された。

当たり前か。

自分の都合の良い時だけ家族ごっこしたいだけなんだから。

当然の結果とはいえ、それを伝えるのもまた億劫だった。

きっと夫は腹を立てるだろう。

子どもとのやり取りは当然の権利で、それを妨害されたと考えるはずだから。

2025年10月28日火曜日

子どもの誕生日に大きな大きなぬいぐるみ

ネットで見て一目ぼれしたものをお迎え

子どもとネットを見ていた時、ある物に目が釘付けになった。

それは大きな大きなぬいぐるみだった。

人と一緒に映っていたので、それがどれほどの大きさなのか一目で分かった。

『これすごい!可愛い!』と思ったのは私だけでは無かったみたい。

子どももジーっと見て、

「良いな」

とポツリと呟いた。

その表情から『欲しいんだな』と感じたけどお値段が・・・。

後から一人でこっそり見返してみて、まずは大きさをチェックした。

クーポンなどが無いかも確認。

残念ながらクーポンは見当たらなかった。

その値段で買うしかなかったのだが、如何せん高い!

ぬいぐるみといっても非常に大きな物なので、お値段も驚くほどお高かった。

こっそり夜遅くにチェックして、『買ってあげたいけど、どうしよう』と迷いながらサイトを閉じた翌日。

私は再びそのサイトを眺めていた。

断っておくが、普段は子どもが欲しがったからと言って買ってあげることはほとんどない。

我が家の家計状況を考えれば仕方のないことで、今後のためにも無駄遣いは出来なかった。

それでも何とかして買ってあげられないだろうかと考えたのには理由があった。

誕生日が近かったからだ。

欲しいものをリクエストしてもらおうと考えていた矢先のことだった。

それまでずっと我慢させてきたから何とかしてあげたいが。

ちょうど色んな出費がかさんで残金も心許ない状態で・・・。

積み立てていたものを使うのも、やはり躊躇してしまった。

今は本当に欲しがってるけど、数か月先には見向きもしなくなるんじゃないの?

置き場所はどうするの?

私は買えない理由を探した。

今までもそうやって自分たちを納得させて来たのだ。

一方ではせっかく夫と離れたのだから買ってあげたいなとも思った。


モラハラ虐待の後遺症

子どもも私も自分たちのために何かすることを極端に嫌った。

楽しいことがあった後には悪いことが起こる気がして。

誕生日という特別なイベントでも、私が子どものために精一杯お祝いしようと計画を立てても子どもの気が乗らなかった。

逆も同じだ。

子どもが私のために何かをしてくれると妙な罪悪感が残り、モヤモヤした。

あの誕生日の頃も例のごとくウダウダしながら結局何もせずに過ごすんだろうなと思っていた。

それくらい諦める癖がついてしまっていた私たち。

そんな状況を変えてくれたのは、またしても先輩だった。

ぬいぐるみも

「半分ずつ出そうよ」

と言ってくれて、置き場所の問題も

「万が一ここから引っ越しても、置く所が無ければ預かっておくよ」

と言ってくれた。

今度こそ理想通りの誕生日になるのではないかと期待が膨らんだ。

それまでは、こっそり期待しては裏切られる日々だったから。

何事も無くその日を迎えられるのだろうかという不安もあった。

でも、ちゃんと計画した通りになった。

子どもにとっては忘れられない誕生日になったことだろう。

大きなぬいぐるみにすっぽりと抱えられるように座った子どもは本当に幸せそうで、頬を赤くしながらはしゃいでいた。

就寝の時間になり「一緒に寝る」と言いながらそのまま抱えて寝室へ。

並んで寝ている姿を見たらぬいぐるみの方が大きかった!

しかも布団が浮いてしまって、風邪を引くのではないかと冷や冷やした。

夜中に何度か布団をかけ直してあげた時、ふと『幸せだなぁ』と思いながら子どもの頭を撫でた。

ピッタリとくっついて眠る子どもを見ているだけで心が満たされた。

2025年10月27日月曜日

「病院選びに失敗したのはお前のせい」と言う夫

何でも私のせい

はっきり言って夫の病院選びは上手くいっていない。

素人目に見ても選び方が悪いんじゃないかと感じる。

最初に体調不良がなかなか治らなくて『これは体というよりもメンタルなのでは?』と考え始めた頃は手探り状態だった。

どこの病院が良いかも分からず、ただひたすらリサーチする日々。

本来なら本人が探した方が納得の行く選択ができると思うのだが。

その頃の夫は具合が悪くて探すどころではなかった。

だから、私が代わりに探した。

普段から口コミを調べて候補を絞ることが多い。

その時も評判を調べ、4つまで候補を絞った。

最終的にその中から選んだ。

それを夫に伝えたところ、

「どういう病院?本当に腕は確かなの?」

などと質問され、

「評判は良いみたいだよ」

と答えたら、

「じゃあ予約取っといて」

と言われた。

また丸投げなんかい。

嫌だけど、断ると暴れるので仕方なく引き受けた。

ただ、その日は日曜日で予約を受け付けていなかったので、希望日時をメモして翌日かけることにした。

翌日は平日で仕事だ。

本当に会社の人たちには申し訳ないのだが、ほんの少し席を外して電話を掛けた。

そうしたら、新規の患者さんが予約できる日はだいぶ先だった。

あー、これを聞いたら夫がまた暴れるだろうな。

そう思ったけど言わないわけにもいかず、帰宅早々

「予約しばらく取れないみたい。〇月〇日あたりはどうかな」

と聞いたら、案の定激怒した。

これって私が怒られることではないと思う。

多分こうなるだろうと思ったから、一応電話で交渉したのだ。

でも、例外は認められないらしく、取り合えず後日かけ直すことを伝えて切った。

すぐに受け入れてくれなかったことにすっかりへそを曲げた夫。

結局その病院は、

「感じ悪い!もうそこは無しだ!」

ということになり、新たに探し始めた。


新たな候補を探すも、なかなか見つからず・・・

もう一度、病院探しをすることになった。

次に選んだのは、最初の所よりも少し遠い場所にあった。

でも評判も良いし、新規の患者さんを受け入れてくれそうな感じだった。

それで夫に、

「ここも評判良いよ。場所は(駅名)なんだけど」

と伝えたら、ふっと鼻で笑い、

「お前、馬鹿じゃねーの?そんな所行けねーわ!」

と怒鳴られた。

文句を言う時などは非常に声が大きく、元気に見える。

だから、本当に具合が悪いのだろうかと戸惑うことも多かった。

そんなに元気なら行く必要は無いんじゃないかと。

でも、勝手に止めてしまうと更に怒るので、ご機嫌を伺いながらあーでもない、こーでもないと行ってくれる病院を探した。

結局2つ目に提案した所は即却下され、3つ目を探すことに。

3つ目は最寄り駅の近くだが、情報が少ないので不安だった。

情報が少ないということは、通っている患者さんも少ないということだ。

それだと親身になって診てくれるか分からないから。

情報だけ伝えて、あとは夫の判断に任せようと思った。

それで、

「駅の近くにある病院なんだけど・・・」

と提案したら、あっさりそこに決まった。

多分近いというだけでOKしたんじゃないかとにらんでいる。

というのも、その病院の話しが出た時には間髪入れず、

「もうそこにするしか無いか」

と言ったからだ。

その後、予約を入れて最初の時だけ私も同行した。

そうしたら、珍しくお礼を言われた。

まあ、会社も休んでいるしね。

その次からはお義父さんやお義母さんが付き添い、しばらく通った。

順調だと思っていたのだが、夫はどうやら不満をためていたらしい。

ある日突然、お義父さんから

「もうちょっと合う病院を探せないの?」

と言われ、よくよく聞いてみると夫が医師に対して不信感を募らせているようだった。

ほどなくして通うことを止め、その時に言われたのが、

「お前のせいで時間を無駄にした」

ということだった。

結局、病院選びに失敗したのも全て私のせいになっていた。

2025年10月25日土曜日

「冬のコートが欲しい」と言ったら怒られた話

ぜいたくは敵だ?!

夫と一緒に暮らしている頃、

「冬用の暖かいコートが欲しい」

と言ってみたら、

「そんなの要らないでしょ」

と却下された。

その時に着ていたのは大学時代に購入した物。

だいぶくたびれていて、お世辞にも綺麗とは言えなかった。

しかも経年劣化で薄くなってしまっていたので非常に寒い。

あまりの寒さに耐えきれなくなって言ってみたのだが、案の定OKはもらえなかった。

「工夫すればいくらでもやり方があるだろ」

とか言うけれど、中に着るものを買うのだって反対するくせに。

手持ちの服を重ね着するにしても限界があった。

たった一枚、厚手のコートがあれば解決できるのに。

私が恨みがましく収納に並んだ夫のコートを眺めていたら、

「俺が自分で稼いだ金で買った」

とけん制してきた。

このけん制の仕方も意味が分からない。

私だって何も家計費から買わせて欲しいと言っているわけではない。

自分のお金から出すと言っているのに、それさえ許されなかった。

夫は普段あまり外に出ないくせに服をたくさん持っている。

コートも着きれないほどあり、様々な素材やカラー、形のものが揃っていた。

何で同じ家に居ながら私だけこんなにも我慢しなくちゃならないんだろう。

そんな風に感じて虚しくなっていたところに、

「稼ぎが違うだろ」

と言われてようやく理解した。

ああ、そうか。

稼ぎが悪いから買う資格が無いと言われているんだ。

日ごろから私の仕事をバカにしていたから、そういう意味も込められていたんだと思う。

でも、一生懸命働いてお金を稼いで、それでもコート一つ買ってはいけないなんて。

そんな生活のどこに幸せがあるのだろう。


寒さで頻繁に風邪を引き、そして怒られる

結局買わずに我慢して過ごしていたのだが。

寒さで免疫が低下したのか、よく風邪を引いた。

『風邪を引くと夫の機嫌が悪くなる』という話は巷でもよく聞く。

我が家も例外では無かった。

頻繁に風邪を引くようになり、具合の悪い時間が増えた。

こういう時、優しい言葉の一つでもかけてくれれば全く違った未来があったのかもしれない。

でも、うちではそれが怒られる原因になった。

鼻をかんでいると渋い顔でこちらを見てくるし、咳をすれば舌打ちされた。

私もできるだけ咳が出ないように我慢していたんだけど。

それでもふいに出てしまうことがある。

そうすると夫は舌打ちをしながら、

「何とかしろよ!」

と無茶なことを言った。

その時、『あぁ、私って道具なんだな』と実感した。

子どもが風邪を引いた時も同じだった。

狭い空間に体調不良の人がいるのが嫌なのか邪魔にされた。

そうやっていつも虐げられて、子どもと二人縮こまりながら生きてきた。

それが当たり前になっていたから、別居後の生活は新鮮で・・・。

だけど自由にし過ぎたら罰が当たるんじゃないかと不安になった。

2025年10月24日金曜日

ずっと疑問に思っていたこと

自己愛性パーソナリティ障害は治るのか

予約を取って、通院に付き添う。

それは『妻』である私の仕事であり、快く引き受けるべき。

そう思われていた節がある。

用事があり断った時などは全方位から非難された。

私だって自分の生活がかかっているのに・・・。

誰にも頼らずに子どもを育てていかなくちゃならないんだから仕事を優先したい時だってあった。

でも、何とか折り合いをつけながら付き添っていたのに、いつも病院に着いた途端に

「そこらへんで時間潰してて」

と言われ、追いやられた。

お役御免と言わんばかりに。

本当に自分勝手な人だ。

せめて待っている間に自分の用事を済ませてしまおうと買い物などをしていたのだが。

時間に少しでも遅れると酷く怒るので気が気ではなかった。

時計を気につつ忙しなく買い物を済ませて予定より早く病院へ。

そんな感じだったので、受診時の様子などは一切分からない。

終わった後、いつも夫は

「こんな所に来ても全然意味ねー」

とぼやいていたので満足してないんだろうな、とは感じていた。

それなら別の病院を探すなりすれば良いのに、文句を言いながらも通い続けた。

一度、他の病院を探した方が良いのではないかと言ってみた時には、

「だったらお前が探せよ!どうせろくな情報も無いくせに!」

と何故か怒鳴られた。

良かれと思ってやっても、こんなことを言われてしまうんだから。

誰だってやる気を無くすだろう。

結構長く受診していたので、そのうち治るんだろうと思っていた。

元々キツイ人だけど、病的に相手を責めるのが無くなれば大分マシだな、と。

でも全然変わらなくて。

ふと、自己愛性パーソナリティ障害って治せるの?と考えてしまった。

それで自分なりに調べてみた。

サイトなどを見てみたら治らないという見解が多く、良くて症状を緩和させる程度だとか。

それじゃあ、あの感じでずっと行くのか・・・。


彼らは周りの人たちを破壊する

夫のような人たちは自分のことばかり考えている。

周りを気遣うことなんて無いし、何かあればすぐに被害者面。

それに攻撃的で一度敵認定すればとことん追い詰めてくるから、それを避けるだけで一苦労。

更に自分を特別な存在だと思っているのか常に相手を見下している所もある。

基本的に他人を利用することもいとわないような人たちだ。

そんな彼らと一緒に居たら本当に疲れるし、自分という物が無くなる。

そして段々と合わせることばかり考えるようになる。

そんな生活が続いたある日、自分の判断力や思考力が恐ろしく低下していることに気づいた。

そして逃げられなくなってしまった。

まだ考える力が残されていても、心の方が壊れてしまう人も少なくないと思う。

ターゲットは従順な人が多いらしいが・・・。

自分が従順だったかどうかは分からない。

ただ、単純だったことだけは確かだ。

夫の言うことを100%信じていた。

少し年上だからというのもあったけど、私は自分をバカだと思っているので、そういう所も影響したのかも。

元々自信がないタイプは自分を取り戻すのがとても困難になる。

私もそうだった。

離れても夫の言うことが正解だったんじゃないかと迷うことが多かった。

訳の分からない心細さも抱えていた。

あんな人、近くに居ない方が幸せなのに。

世間から見捨てられたような気持ちになったことも・・・。

家族にも相談できなくて、もうどうしようもなくて。

先輩がいなかったら、きっとどちらにも進めなかった。

今も自信を取り戻すことはできていないが、『幸せだな』と感じる心を取り戻すことはできた。

もう、それだけで十分。

お義母さんの告白

お下がりの制服 子どものために用意された制服。 お下がりではなく、 購入したものだった。 知ってしまった以上、 お金を返さないわけにはいかない。 義実家を訪ね、 お義母さんと少し雑談をした後、 私はテーブルの上に お金の入った封筒を置いた。 でも、 受け取ってもらえない。 どこか...