2025年2月28日金曜日

「家族と離れたくなかった」と涙する夫

夫よ、それは本心なのか

私にとって離婚は最善の選択だった。

モラハラ夫と離れることができたし、子どもを虐待から守ることもできた。

また同じことが起きても間違いなくこういう選択をすると思う。

でも、夫は違うようだ。

事あるごとに後悔を口にした。

時々泣きながら、

「本当は家族と離れたくなかった!」

と訴えてきて、こちらの罪悪感をあおってくることもある。

これには本当に困ってしまう。

離婚は覚悟して決めたこと。

そりゃー全く迷いが無かったわけじゃない。

でも、これ以上一緒に居たら子どもや私の心は取り返しがつかないくらい傷つけられてしまうと思った。

自分たちを守るためには、これしか無かった。

モラハラDV加害者の認知の歪みを取る方法もあるらしいけど。

果たしてそんなので直るのかな、というくらいに酷い状態だった。

本人に【こういうプログラムがあるらしいよ】と伝えたら乗り気になっただろうが。

あえて伝えなかった。

やる気を出されたところで私たちの方がもう受け入れられなくなってしまったのだ。

そんな状態で希望だけをチラつかせても、きっとお互いのためにならない。

だったらいっそのことキッパリと関係を絶った方が良いのではないかと思った。

離婚の話し合いをすることになった時も私は【夫と離れたい】という姿勢を貫いた。

これさえ乗り切れば安心して暮らせるという気持ちが大きかった。

それに比べて夫はずっとメソメソしていた。

あんなに強かった人が嘘みたい。

これがずっと私たちを虐めてきた人なの?

その姿を見て驚き、同情してしまったことも事実だ。

多分、これが私の一番の弱点。

酷いことをされても相手が弱っていると可哀そうに思ってしまうんだから。

甘いと言われても仕方がない。


居場所を残しておいて

電話で夫が私に言った。

自分の居場所を残しておいて欲しいと。

この言葉がどんな意味を持つのか。

それは痛いほど分かっている。

夫のイライラや不満を全て受け止めるサンドバッグのような存在。

それがかつての私たちだ。

そういう存在が夫にとっては必要不可欠だった。

でも私たちからしてみれば、あの息の詰まるような生活に戻るということだ。

辛くても声もあげられないような、あの生活に。

これには何度も、

「もう別々の道を歩いてるんだから無理だよ」

と伝えた。

そうしたら、ある日突然

「騙された!俺のことを見捨てるんだな!」

と怒り始めた。

確かに見捨てたのかもしれないけど、それはあなたがこれまで散々私たちを傷めつけてきたからだよ。

そう言いたかったが、ただ『ごめんなさい』と謝った。

電話口でさめざめと泣く夫の声は私に罪悪感を与えた。

これが夫の常とう手段だということも分かっている。

泣き落としをしようとしても無駄だよ、とも思う。

その一方で、【家族にまで捨てられてしまって可哀そうに】という気持ちが消えない。

2025年2月27日木曜日

学校の先生も元夫の攻撃対象だった

私から見ても モンスターペアレントだと思う元夫

夫は大事にすべき人とそうでない人の区別がはっきりしていた。

本来もっとも近い位置にいた私や子どもは大事にすべき人に入れてもらえなかった。

毎日一緒に暮らしているのに蔑ろにされるむなしさ。

いや、むしろ蔑ろにされるだけならまだ良かったのかもしれない。

徹底的に虐げられて痛めつけられたんだから。

扱いとしては、その他大勢以下だったように思う。

義両親や義兄のことは基本的に大事にしていた。

それに加えて友人たちも。

その友人の中でも特に仲良くしていた人たちのことは一目置いていて、ことあるごとに褒めていた。

それに比べてお前は~というおまけつきで。

結婚生活も長くなってくると、こんな風に言われることにも慣れてしまう。

可哀そうだったのが、何の非も無いのに攻撃された小学校の先生だった。

最近はモンスターペアレンツの存在が広く認知されているけど、あの頃もそういう認識はあった。

はっきり言って夫の言っていたことは難癖レベル。

そんなことで?!というようなことにもいちいち電話をかけて文句を言った。

本当は止めて欲しいんだけど言えなくて・・・。

電話口から聞こえる先生の声は今にも泣きそうだった。

とても困っているのが分かった。

何度も『すいません』と謝っているのに許そうとしない夫。

そもそも先生には非がないんだから、上から目線で責め続けること自体がおかしいのにね。

内容的にも言いがかりのようなものばかり。

自分が納得するまで謝罪を求めるというのも人としてどうかと思う。

かといって私が何か言おうものなら家の中が嵐のようになってしまうから言えなくて。

低学年の頃の担任の先生には本当に迷惑をかけてしまった。

面談の時も申し訳なさ過ぎて目を見て話すことができなかった。


脅すような口調は止めて!

低学年の頃の若い先生は、夫の脅すような口調に心底怯えていた。

物凄く乱暴な物言いなのだから誰だって怯えてしまうと思う。

私は日常生活の中で頻繁にそういう言い方をされた。

ああいうのって何度経験しても慣れない。

怒鳴られるたびに体が縮み上がって心臓がバクバクしてしまう。

そういう経験の少ない人なら尚更だろう。

その衝撃が強すぎてしばらく忘れられなくなるかもしれない。

こんな面倒な家庭を受け持つのは大変だから、早く学年が変わって担任から外れたいと思ったに違いない。

ある時、学校から帰った子どもがその日にあったことを夫に話した。

子どもにしてみれば、何気ない会話の一つで特に意味はない。

『今日ね~、こんなことがあったんだ~』という感じの話だ。

だけど、夫はその内容の中でその場に居た先生の対応が気に入らなかったようで、学校に電話してしまった。

そして担任の先生が出るとすぐに凄い剣幕でまくし立て始め、酷く興奮していたらしい。

いくらモラハラ夫でも、いつもなら話し始めはやや穏やかな口調で話す。

それが次第に勝手にヒートアップしていって喧嘩腰になっていく。

だがこの日は違った。

電話口に担任の先生が出た瞬間、

「どういうつもりなんだよ!」

と怒鳴ったそうだ。

子どももまだ幼くて話の要領を得ないので詳しいことは分らなかったが、『ふざけるな!』と怒鳴ったりチッと舌打ちしていたと言っていた。

最後は、

「ちゃんとやれ!」

と何故か命令口調で終わったという。

この話を聞き、なんて非常識な人なんだろうと改めて思った。

怒りをまき散らすことを正義だと勘違いしている節もあり、それが余計に腹立たしかった。

こんな風に攻撃されてメンタルにダメージを負った人は一人や二人ではない。

その一方で【自分が認めた人たち】には尽くして良い関係を築いていた。

どちらも本当の夫なのだが、取り巻きたちにこんな話をしても信じてもらえなかった。

2025年2月26日水曜日

無くなった通帳をこっそり探す日々

夫の目を盗んで通帳探し

こっそり隠し持っていた通帳が無くなった。

せっかくへそくりを貯めていたのに・・・。

誰が移動させたのかは、もちろん分かっていた。

今は本人確認も厳重なので夫が引き出せることは無いだろう。

だからいつかは戻ってくる。

でも、手元にないということ自体に非常に困ってしまった。

その後の動きにも影響が出るので何とか取り戻したいと思った。

とにかく保管場所だけでも突き止めようと、すぐに動き始めた。

夫の目を盗んでは通帳探しをする日々。

あれはかなりスリリングだった。

何か探したいものがあっても、それが夫に知られてはいけない物の場合にはかなり気を使った。

見つかったら問い詰められることは確実なので絶対に見つかってはならない。

特にその時は家を出る準備金を貯めている通帳を探していたので慎重にならざるを得なかった。

普段はこちらの気持ちなんか気にも留めないくせに。

こういう時だけやけに敏感になるんだよね。

この時も、ほんの少しの変化にも気づかれてしまいそうで怖かった。

それでも探さなければならないと、限られた時間の中でちょこちょこと思い当たる箇所を確認した。

だけど見つからない。

広い家でもないんだから探す場所は限られているのに。

思い当たる場所全てを何度も入念に確認したのだが一向に見つからなかった。

だから【私の想像もしない場所に隠したんだな】と確信した。

それほどまでに夫は警戒しているということだ。

つまり、私の計画に気づいている?

気づいていて阻止しようとしている?

そう考えたら全身の毛がゾワッとなるような恐怖を感じた。


探し始めて数週間後に知った驚愕の事実

探し始めてから数週間も経過すると、もう見つからないのではないかという諦めの気持ちも出てきていた。

こんなに探しても見つからないということは、もう家の中には無いのかもしれない。

夫がもし警戒して手を打ったのなら家には置かない気がする。

それを確かめるには直接聞いてみるほかないのだが、そんな勇気は無かった。

もちろん、あれは大切なお金だけど、自分からカミングアウトするような真似はできない。

そんなの夫の怒りに自ら点火するようなものだ。

知りたいけど聞くこともできず私はただ悶々と過ごした。

その間、夫の方もいつもと変わらぬ様子で過ごしていた。

人って隠し事をしていても、こんなに平然としていられるんだ・・・。

この頃にはもう夫の仕業に違いないと確信していて、日々疑いの眼差しで見ていた。

鋭い夫のことだもの。

疑われていることにもとっくに気づいているはず。

それなのにポーカーフェイスを崩さないのも恐ろしいと思った。

疑心暗鬼になった私はいつもよりも夫のことを注意深く見ていて、恐らく夫はそれさえも楽しんでいたのだと思う。

これだけ探しているのに全く見つかる気配がないということは、もう手の届く範囲に無いのだろう。

そう思った私は探すことを止めた。

だけどその日の夜、思わぬことから通帳の在りかを知ることになる。

夕飯後、翌日にちょっと出かける用事があると話していた夫がバッグの中を整理していた。

中身を出したりして、いつものように几帳面に整えていたのだが。

その時に偶然見てしまった。

あの通帳が夫のいつも使っているバッグに入っていることを。

ずっと探していた通帳と同じものがあることに気づいた私は、思わずじーっと名前部分を凝視した。

間違いなく私の名前だった。

あぁ、あんな所にあったのか。

見つからないはずだ。

在りかが分かったのは良いが、常に夫の傍に置いてあるバッグの中だった。

そこからは取り出しようがない。

もし取り出せたとしても、すぐに気づかれてしまう。

この事実を知った私はついに諦める決心をした。

その時にふと思ったことなのだが。

もし夫がこれをわざと私に見せるように置いていたとしたら。

全て夫の思惑通りに動かされていただけ、ということになるんだよね・・・。

2025年2月25日火曜日

束縛の激しい夫との生活に自由は無かった

一から十まで全て管理したい夫

結婚してからの生活は、全て夫から管理されていた。

一から十まで全てのことを決めなければ気が済まない人なので私に自由は無かった。

そうは言っても暮らしていたらいつも同じようにはいかないこともある。

ルールだって状況的に守れないことも・・・。

だけど、夫は例外を許さなかった。

自分の言うことを聞けないのなら、もうお前に妻の資格はないという態度を取った。

最初の頃はそれが怖くて何でも言う通りにした。

そして言う通りにしているうちに段々と自分の考えを失ってしまった。

それに気づいたのはだいぶ後なんだけど。

そのせいで家を出るという決断も遅れた。

あの頃の私は、苦しくてもただ悩んで悲しんで心の中で『辛い!』と叫ぶだけ。

心の中で叫んだって誰にも気づいてもらえないのに。

気付かれてしまったら、今ある最低限の幸せさえ崩れてしまうのではないかと恐れた。

実際にはそこに幸せなんて無かったんだけど。

それが幸せだと思い込まされていたおかげで一歩踏み出す勇気が出なかった。

子どもも同じだ。

父親の言う通りにしていれば最悪のことは起こらないと教え込まれた。

だから、辛い状況の時には夫にすがるような気持ちで暮らし、他の人たちの言うことを排除してきた。

外から何かを言ってくる人たちは【悪意を持っている人】と思い込まされていた私たちにとって周りは敵だらけだった。

善意で声をかけてくれた人からも距離を取り、家族三人だけの生活。

いつしか外部の声は聞こえなくなった。


理想的な妻であり続けなければならない

メイクは薄めにすること。

派手な色の口紅はダメ。

スカートはできるだけはかず、足を出さない。

髪型はボブ以上にする。

言葉遣いに気を付けて綺麗な話し方をする。

太ってはいけない。

老けてはいけない。

いつでもニコニコしていなければならない。

夫のことを優先し、良い妻良い母であり続けること。

しっかりと仕事をしつつ家事も手を抜かない。

夫の家族や友人を大切にする。

夫婦生活には応じること。

これらが夫が私に求めたことであり、それもほんのごく一部だ。

ここには書ききれないくらいのルールがあり、全て守るのは非常に困難だった。

時々破ってしまうこともあったのだが、そうすると目も合わせてくれなかった。

まるで重罪を犯したかのような扱いを受け、そのたびに悲しくなった。

私、そんなに悪いことをしたかな?

少なくとも家族をないがしろにするようなことはしていない。

それなのに、完璧に守らなければ存在を認めてもらえないような生活で悲しかった。

そういう生活を送って居れば、段々と夫への気持ちにも変化が出てくる。

次第に好きなのかどうかも分からなくなったのだが、夫は私に愛情表現し続けることを求めた。

でも、愛情が枯れかけているのだから与えられるものはほとんどない。

夫は目に見える形での愛情を欲しがって夫婦生活にも固執した。

しかし、私は受け入れることができず・・・。

仕方なく応じる時には辛くて辛くて仕方が無かった。

心が死んでいくってこんな感じなんだ、と思った。

応じるたびにすり減る心。

もう嫌われても良いから断ろう。

そう思い、勇気を出して伝えても夫が納得してくれることはほとんど無かった。

2025年2月24日月曜日

義兄が結婚-モラハラカップルの誕生・・・

ずっと独身を貫いてきた義兄がとうとう結婚

義兄は高給取りだ。

夫なんかよりもずっと稼いでいて、ボーナスのたびに目の飛び出るような高額な買い物をしていた。

こんな世界もあるんだなーとちょっと羨ましく思ってしまった。

そんな義兄には学生時代からお付き合いをしている人が居て、誰もが結婚すると思っていた。

だけど、『もう付き合いも長いし、そろそろ結婚しないのかね』なんて周りが言い始めた頃・・・。

あっさりと別れてしまった。

本当はあっさりでは無かったのかもしれない。

本人たちにとっては辛い選択だったのだと思うけど。

周りから見たら、何だかとてもあっさりした別れに見えた。

これに落胆したのが義両親で、『どうして・・・』と事あるごとに言っていた。

それも仕方のないことだと思う。

だって、その彼女は義実家にも頻繁に遊びに行っていてお義母さんとも仲が良かったのだから。

買い過ぎてしまったものをお裾分けしたり、旅行のお土産を渡すこともあった。

彼女からも色々な物をもらっていて、とても良好な関係に見えた。

ただ、こればかりは縁だから外野がどうこう言える話ではない。


辛い別れの後に新たな出会い

義兄が長年お付き合いをしていた彼女と別れた頃、私たちは結婚した。

義両親からすれば義兄たちが先だろうと思っていたようなので、これは予想外だったのかもしれない。

夫が『籍を入れたい』と伝えた時、『もう少し待ったら』と言われた。

私は少し後になっても構わないと思っていたのだが、夫が断固拒否した。

「何で兄貴に気を使わなきゃならないんだよ!」と怒ってさっさと入籍日を決めてしまった。

元々怒り出したら誰にも止められない夫のことだ。

義両親も、これ以上反対したところで良い結果は得られないと思ったに違いない。

結局その日のうちにOKしてくれて、次の大安の日に役所に届けを出すことになった。

それにしてもタイミングが悪い。

よりにもよって義兄が別れた直後だなんて。

義両親だって義兄に報告しないわけにはいかないし。

かといって傷ついているところにこんな話しにくいだろうな。

何だか申し訳なく感じていたのだが、報告を受けた義兄は過剰に反応することもなく

「そうなんだ、良かったじゃん」

と言ったそうだ。

それから数か月後、義兄が突然結婚した。

お付き合いの期間は3カ月程度だった。

これには義両親も大反対で、

「もう少しじっくり付き合ってから決めたら?」

と伝えたそうなのだが、義兄は聞く耳を持たなかった。

本当は祝福してあげたいけれど、不安が大きすぎる。

夫も含めてみんながこの結婚を心配していたのだが、この予感は見事に的中してしまった。


モラハラ VS モラハラの闘い

あまり義兄とは付き合いが無くて知らなかったのだが。

実は強烈なモラハラだった。

夫と競わせたらいい勝負になるくらい、モラハラ度は酷かった。

それを知って奥さんのことを心配した。

短い期間の付き合いでは相手のことを見抜けないから、こういうことは結構あるのかもしれない。

今頃結婚したことを後悔しているのでは?

そう思ったけれど、連絡先を知っている訳でも無いので何もできなかった。

その後、義実家に行く用事があって出向いた時のこと。

義母と話していたら急にインターホンが鳴って、玄関に行くと義姉が立っていた。

青ざめた顔で、だけど手にはお土産のケーキを持っていて・・・。

すぐに家の中に入ってもらい話を聞くことになった。

それで分かったのだが、どうやら義兄から日々酷い仕打ちを受けているとのことだった。

直接的な暴力は無いが、暴言が酷いのだと言う。

その日は話を聞いて落ち着かせて、後日話し合うことにして解散した。

ところが、その話し合いの日が来る前にひと悶着あり、今度は義姉から家を追い出された義兄が義実家に戻ってきた。

風邪を引いたら、『お前の看病なんてしたくないから実家に帰れ』と言われたらしい。

えーーーーー?!

もう、何がどうなってるの?!

これは片方だけの話を聞いていても埒が明かないと考え、みんなが集まって話すことになった。

それで分かったのだが、義兄夫婦はどちらもモラハラだった。

そして、お互いがお互いを虐げていて大変カオスな状況だった。

そんな状況ならもう私たちにできることはない。

夫は二人を見て、

「どっちも酷いな。人として最低だよ」

と言い放った。

私はその言葉に驚き、モラハラをする人は自分では気付いていないのだと実感した。

2025年2月23日日曜日

隠しておいた通帳、どこに行った?

細々と貯めたへそくり

家計は全て管理されていた。

いくら入ってきて、いくら出ていくのか。

夫がほぼ把握していたので、自由になるお金はほとんど無かった。

そんな中でも、少しずつ小銭を貯めてへそくりを用意した。

これは、いざという時に使うことになる心強いお守りだった。

小銭だから微々たるものだけど、あるのと無いのとでは大違いだ。

長い期間をかけて貯めたもので、額にしたら数万円程度。

これがようやく役立つのではないかと思った。

さて、大切なこのお金をどうするべきか。

そのまま持っているのは不安が大きい。

ここはやはり、こっそり隠し持っていた通帳に入れておくのが一番良いと考えた。

そこに入れておけば気づかれずに済むはずだ。

その口座のことを夫は知らない。

だから、家を出る準備として利用するのに都合が良かった。

実は以前も少し貯まったタイミングで何度か貯金しておいた。

つまり、家出貯金は着々と進んでいたことになる。

ただ、これが見つかったら今までの苦労が水の泡になってしまうから。

念には念を入れて一番奥の一番下にしまいこんだ。

それでも安心できなかったんだけどね。

万が一気づかれてしまったらと考えるのが怖かった。

そしてライブの日。

夫が出かけて、またとないチャンスがやってきた。

貯めてきたお金を口座に移すことができる!

そう考えたら、何だか急に家を出るということが現実味を帯びてきてじわじわと喜びがわき上がってきた。

余談だが、プールしていったのは小銭でも千円以上になったらお札に替えた。

小銭なんてジャラジャラもっていたら、それこそ夫に勘づかれてしまう。

だから、お札にして見つからない場所に貯め続けた。


通帳が見つからない・・・

おかしい。

隠しておいた場所に通帳が見当たらない。

一瞬、『あれっ?記憶違いかな?』とも思ったのだが。

間違えるはずが無かった。

棚の中でも一番端を選んで、動かしたことが分からないように何度も確認した。

夫の記憶ってどうなっているんだろうと思うほど些細な変化に気づかれてしまう。

だから、この時は本当に慎重に上のものをずらして上手く潜り込ませた。

これで万全なはずだった。

でも無いということは・・・。

間違いなく夫だと確信した。

あれだけは見つかってはいけなかったのに。

私は落胆してその場に座り込んだ。

中に入っている金額は微々たるものでも、内緒にしておける通帳があるというだけで心強かった。

それが無くなり、途方に暮れた。

これからどうしよう。

咄嗟には何も思い浮かばず、とりあえず今日の予定は全てダメになってしまったなーなどとぼんやりと思った。

でもどこかに移動させたのだとしたら、一体どこにやったのだろうかという疑問も出てきた。

本当は返して欲しいけれど、まずその話を切り出すことができない。

結局、帰宅した夫に聞くことはできなかった。

きっと聞いたところで、

「こんなの持ってたんだ。何に使うやつなの?」

などと聞かれてその場を取り繕わなければならなくなる。

そんなシーンを想像しただけで吐き気を催すほど緊張した。

あれはもう諦めなければならないのかもしれない。

また一から計画を立て直さなきゃなのかな。

小さな目標のようなものが急に無くなってしまい、その日はショックでその後自分がどのように過ごしたのかを覚えていない。

2025年2月22日土曜日

夫が不在の間に家を出る準備

絶好のチャンスが訪れた

珍しく夫の機嫌の良い時があった。

基本不機嫌なので、こんなことはあまりない。

普段より気を使わなくて済むので私たちも非常に楽だった。

機嫌が良いのには、もちろん訳があった。

近々友人達とのお出かけが控えていた。

それで、いつもよりも監視の目が緩んでいた。

前々から行きたいと言っていた夫の大好きなアーティストのライブ。

仲間内5人で行くと報告を受けていて、その日を今か今かと心待ちにしていた。

数日前から普段なら怒るようなことにも反応しなくなった夫。

子どもが何か失敗しても、軽く『バカだなぁ』というくらい。

一瞬感動しちゃったけど、これが普通の生活なんだよね。

でも、私たちにはとてもありがたかった。

このライブに行くのは学生時代の友人2人とその奥さんや彼女たち。

夫婦、恋人カップル+夫という組み合わせだ。

実は『一緒に行かない?』と声をかけていただいたのだが、丁重にお断りした。

その集まりに参加すればどれほどのストレスがかかるかを想像できてしまったからだ。

基本、悪い人たちではないのだと思う。

常識的な言動をする人たちなのに、よく夫と付き合っているなと感心したものだ。

これだけ長い付き合いなら本性の部分も見てきたはず。

それなのに付き合っていけるということは、あの独特な個性の持ち主である夫を許容してくれていたということだ。

だけど、その集まりの中に入ると物凄く疎外感を感じることに気づいた。

早く打ち解けようと努力したこともあったけど、無駄だと悟った。

あの人たちには妙な連帯感があり、他を寄せ付けない空気がある。

それと、基本は元々の5人で集まりたいという雰囲気がとても強くて、通常は参加するかを聞かれることも無かった。

まあ、私にとっては都合が良かったんだけど。


いつもは『旦那さんちょっと借りるね』という感じなんだけど。

急にこのようなお誘いを受けることもあった。

私が行っても良い集まりというのがあるようで、ライブがそうだったらしい。

せっかくのお誘いを断った時には『えっ、誘ってあげたのに?』という空気になった。

それはそれで怖かった。

断る権利もないんかーい!と心の中でツッコミを入れつつ、必死に笑顔を作りながら

「せっかくお誘いいただいたのに、すいません」

と謝った。


夫が不在の間にやることがある。

やっと夫の居ない時間が訪れた。

いつも家に居るので、監視の目が怖くてなかなか自由に動くことができなかったのだが、やっとその機会がやってきたのだ。

私がやろうとしていたのは家出の準備。

こんなこと、夫の前では口が裂けても言えない。

普段は棚の中を見るだけでも、

「何してるの?探し物?」

とこわーい声で聞かれるから自由なんてものはない。

その日は絶好のチャンスを逃すわけにはいかないと朝から色々と動いた。

ところで、このライブというのが平日の夜だったのだが、夫は朝早くから出かけて行った。

家に友だちが来るまで迎えに来て、物凄く高いテンションで出かけて行った。

『そのままずっと出かけていて欲しいものだね』なんて思いながら見送ったわけだが。

夫視点だと何らかのフィルターがかかって見えたのか、

「俺だけ何か悪いね、一人で大丈夫?」

としおらしいことを言って珍しく気づかう素振りを見せた。

寂しそうに見えたのかもしれない。

でも実際には頭の中はその日にやることでいっぱいだった。

公演時間は分かっているから、最低限何時までなら自由に動けるかも把握している。

子どもは保育園に預けたし、日中は自由時間だ。

準備は万端。

車で出かけていく夫を見送った後、私はすぐに行動を開始した。

お義母さんの告白

お下がりの制服 子どものために用意された制服。 お下がりではなく、 購入したものだった。 知ってしまった以上、 お金を返さないわけにはいかない。 義実家を訪ね、 お義母さんと少し雑談をした後、 私はテーブルの上に お金の入った封筒を置いた。 でも、 受け取ってもらえない。 どこか...