2026年10月12日月曜日

夏休みが来るのが怖い

高校は俺の行かせたい所に

子どもは、進学した中学で

それなりに楽しく過ごしていた。


勉強も部活も、

本人なりに努力して

前に進もうとしている。


そんな風に見えた。


私は応援することしかできない。


疲れていそうな時には

甘いものを用意したり、

気分転換に外に連れ出したりもした。


そうやって、

私たちなりのペースで

奮闘していたのだが。


そんな現状を

快く思わない人物がいた。


夫だ。


夫の前で、不満なんて漏らしたことはない。


困っていると相談したこともなく、

何か問題があると伝えたこともない。


それなのに、

夫はいったい何が気に入らないのか。


今になって考えても分からない。


だが、とにかく夫は

文句を言い続けていた。


「だから公立は嫌だったんだ」


そう言って、さらに、


「高校は俺の行かせたい所にするから、

お前は口を出すな」


と釘を刺された。


……何なの?


何をそんなにいきり立っているのか、

全く理解できない。


子どもは自分なりに頑張っている。


それなのに、

どうして夫の思い通りでなければ

いけないのだろう。


この時、私が心配していたのは

子どもの進路だった。


夫が進路を勝手に決め、

子どもの希望を無視してしまうのではないか。


そんなことにならないように、

できるだけ子どもから遠ざけたい。


ただ、それだけを願っていた。


義実家に行くのは決定事項

あっという間に夏休みが近づき、

夫はある画策を始めた。


突然訪問してきては、子どもに


「夏休みの間、

おじいちゃん家に行こう」


と誘う。


義実家に連れて行こうとすること自体、

困惑した。


それだけではない。


塾から帰ってくる時間を狙うため、

かなり遅い訪問になることもあった。


そんな時間に突然来られるのも、

本当に困る。


でも、面と向かってしまうと

笑顔まで浮かべて対応してしまう。


引きつった笑顔だったとは思うが。


嫌なのに、嫌だと言えない。


弱い私は、

夫を強く拒むことができなかった。


夫は、そんな私の態度を

都合よく解釈したのだろう。


「ママもその間、楽になるし」


まるで私も賛成しているかのように

話を進める。


違う。


私は賛成なんてしていない。


でも、はっきり拒むこともできない。


そんな自分が情けなかった。


それでも、

子どものことだけは守らなければならない。


それだけは、譲れない。


必死に頭をフル回転させて、

『義実家に行けない理由』

を探した。


夏休みには、

部活があるから。


まずは、その理由を挙げてみた。


すると夫は、


「1年なんて、まだ戦力外だろ」


と、あっさり切り捨てた。


「休んでたら、

行きづらくなるんじゃない?」


そう伝えてみても、


「そんなの、おかしいだろ。

もし何か言ってきたら、

俺が学校と上級生に言ってやる!」


と息巻いた。


……本当にやめてほしい。


そんなことをされたら、

余計にこじれるではないか。


子どものために考えているのに、

夫はいつだって自分の考えを押し通そうとする。


こちらが何を言っても、

聞く耳を持たない。


夫の中では、

子どもが夏休みに義実家へ行くことは

もう決定事項のようだった。


いつだって、そうだ。


私たちが拒んだところで、

夫の考えが変わることはない。


夫や義両親の意見を優先し、

全てを思い通りにしようとする。


私たちの気持ちなんて、

最初から考えていないのだろう。


夏休みへのカウントダウンが始まった。


他の子たちは

夏休みを楽しみにしている。


なのに、うちの子だけは違った。


「パパ、どっかに行ってくれないかな」


ぽつりと、そう言った。

2026年10月11日日曜日

友達まで支配したい夫

子どもの友達に難癖をつける

中学校に入り、

子どもに新しい友達ができた。


とても気が合うみたいで、

試験勉強や部活が休みの日も

一緒に過ごしていた。


夫から連絡が来た時、

あまり話題もなくて

何となくその話をした。


微笑ましいエピソードとして。


でも、夫の反応は違った。


明らかに不機嫌になり、


「友達は選ばせろよ!

私立と違って、

どんな奴が潜り込んでるか

分からねーんだから!」


と、いきなり怒鳴った。


……は?


本当に訳が分からない。


ただ、子どもに友達ができて

仲良く過ごしているという話をしただけ。


まさか、こんなことで

怒鳴られるなんて思いもしなかった。


私も会って話したことがあり、

とても良い子だと感じていた。


それを伝えたにも関わらず、だ。


「見る目の無いお前に言われても

全然説得力が無い」


のだそうだ。


何を言っても否定される。


私の感じたことなんて、

最初から聞く気もないのだろう。


その勢いのまま

「子どもに代われ」

と言うものだから、

当然、拒否した。


すると今度は、


「じゃあ、お前から言っとけ。

そいつには何か嫌な雰囲気を感じる。

嫌な予感がする」


と難癖をつける。


嫌な予感って、何?


何の根拠もないのに、

自分が気に入らないというだけで

子どもの友達を否定する。


子どもの交友関係にまで

口を出す夫が

本当に嫌だった。


そんなことを言われても、

子どもに言えるはずがない。


せっかく仲良くなった友達を、

父親の勝手な思い込みで

遠ざけるなんて。


夫には曖昧な返事をして、

話題を変えた。


私と同じ思いはさせたくない

話題を変えた後も、

夫はしつこかった。


「その子は、

どの程度の成績なんだ」


よその子の成績なんて

知るはずもないし、

知っていたとしても

私が言える立場ではない。


やんわりと

そういう話題はやめてほしいと伝えたが、

一向にやめなかった。


というより、

聞き出すまでは諦めない。


そんな感じだった。


「子どもにそんなことを聞いたら

軽蔑されると思うよ」


そう言ってけん制しても、


「子どもが未成年のうちは、

交友関係も管理した方が良いんだ」


などと言う。


管理って……。


友達まで親が選ぶの?


子ども自身が仲良くなって、

一緒に過ごしたいと思っている相手なのに。


結局、最後まで

その話ばかりだった。


では、どんな友達なら

夫は納得するのだろう。


それとなく聞いてみたら、

返ってきたのは

自分の友達自慢だった。


……そっちは良いんだ。


その自慢している友達にも、

かなり非常識な人たちがいる。


一方的な見方から

攻撃してくる人もいる。


私から見たら、

真っ先に避けたい相手だ。


それなのに、

自分の友達は良くて、

子どもの友達には難癖をつける。


いったい、何様なんだろう。


でも、そんなことを言えば

きっと腹を立てて攻撃的になる。


だから、言えない。


こういう時はいつも、

お腹の中で夫に悪態をつく。


口に出せば何をされるか分からないから、

心の中で文句を言うしかない。


そんな自分にも嫌気が差し、

「あー、こんな自分、嫌だな」

と、いつも思う。


子どもは、何となくだけど

友達のことを良く思われていないと

気づいていたようだ。


それでも変わらず、

それまで通りの付き合いを続けた。


そう、それで良いんだよ。


親だからって、

何でも言うことを聞く必要なんてない。


自分の友達くらい、

自分で決めて良いんだよ。


言いなりになる必要なんてない。


言いなりになった結果、

私は友人と疎遠になり、

誰にも相談できなくなった。

2026年10月10日土曜日

やっぱり同居の話

俺の母校に

中学校に入学したばかりの頃。


もちろん、まだ

高校受験のことなど

考えてもいない。


それなのに夫は、

「俺の母校を受験しろ」

と繰り返した。


自分の母校に誇りを持つのは

良いことだと思う。


でも、それを

人に押し付けないで欲しい。


子どもには子どもの

意見があるのだから。


私はそのたびに

「まだ早い」

とけん制した。


穏やかに言ったくらいでは、

意にも介さず

しつこく押し付けてくる人だ。


この時も、

『またか』とうんざりするくらい

何度も何度も聞かされた。


子どもはいつも

「まだ、わかんない」

と曖昧な返事をする。


すると夫は、

拒まれたとも思わずに、


「そうだよな。まだ決められないよな」


などと言いながら、

母校の良いところを並べ立てた。


言われたことを

空で言えるほどに

聞かされ続けた私たち。


何度も何度も聞かされるうちに、

最初は何とも思っていなかった母校にまで、

嫌な感情を抱くようになった。


夫のせいで、

好きでも嫌いでもなかったものまで

嫌になっていく。


そんなことにも、

うんざりしていた。


結局、同居の話

「おじいちゃんも、おばあちゃんも、

〇〇高校に行ってくれたら嬉しいって」


そう言われて、ふと気づいた。


その高校へは、

我が家からでは遠すぎる。


通えないことはないだろうが、

毎日早朝に家を出て、

通学だけでも疲れてしまうだろう。


そもそも、受験できるの?


そんなことを考え始めたら、

色々と気になってしまい、

ある時、夫にその疑問をぶつけた。


そのことで、

すっかり忘れていた問題を

思い出した。


小学校卒業が見えてきた時も、

同居して欲しい夫と義両親、

そして私で揉めに揉めた。


何とか回避し、

家から近い中学校に入学して、

すっかり頭から抜け落ちていた。


だけど、その間も

彼らは諦めていなかったようだ。


「高校に入学するタイミングで」


確かに、そう言われていた。


でも私は、

それはあくまで希望であり、

『そうなったら良いな』

程度の話だと思っていた。


夫の発言で、

『あの計画がまだ続いていたんだ』

と気づき、ぞっとした。


もう終わった話だと思っていた。


なのに、

終わってなんかいなかった。


同居は困る、なんていう

ふんわりした話ではない。


万が一同居してしまったら、

私たちの人生は詰む。


子どもは将来、

自由に羽ばたける時が来る。


でも、それまでが地獄だ。


私は永遠に檻の中。


そうなる未来が分かっているのに、

受け入れることはできない。


そんな経緯もあり、

早い段階で、

どのあたりの高校にするかを

子どもとこっそり話し合った。


洗脳がだいぶ解けていたから、

夫の提案を鵜呑みにせず、

自分たちの頭で

考えることができたのだと思う。


考えて、悩んで、考えて。


危険を回避するための

道を探し続けた。

2026年10月9日金曜日

お金のこと―母子家庭の生活

やりくりに頭を悩ませる日々

その頃、籍は入っていたが、

実質は母子家庭。


夫からのサポートも無いし、

公的な支援も受けられない。


離婚届を出せば、

母子扶養手当なども

貰えるんだろうけど。


でも、私にとっては

それ以上に大切なものがあった。


夫との生活に戻らず、

子どもと二人で暮らすこと。


お金はもちろん大事だし、

「もう少しあれば」

と思うことも少なくない。


それでも、経済的に厳しくても

夫との生活に戻るよりは

ずっとマシだった。


そもそも、

夫も無職の期間が多く、

一緒に住んだとしても

経済的に潤う可能性は低い。


だったら、

離れてストレスフリーに暮らした方が

よほど良い。


二人の生活は幸せで、

安心できて、

満たされていた。


だからこそ、

何としてでも守りたかった。


問題は、

やはり日々の生活のことだった。


やりくりに頭を悩ませながら、

試行錯誤を繰り返した。


一番大きいのは家賃で、

その次が食費。


食費も努力次第では

少し削れるけど、

大した差は出ない。


元々かなり倹約してるからね。


水道光熱費は、

一人暮らしの人よりも少ないくらい。


携帯も月々千円台の利用料だし、

塾は必要最低限のコースにした。


削れるところは、

もう十分に削っていた。


それでも、毎月の生活は

決して楽ではなかった。


そんな私たちを見ても、

夫は他人事だった。


他人事で良いから、

本当に他人になってください。


いつも、そう思っていた。


副業を考えたことも

足りない分を補うには、

他からも収入を得るのが

手っ取り早い。


幸い、うちの会社は

副業OKとされている。


実際に、

副業している社員もいる。


だから、私も

副業を考えたことがあった。


でもね、

不在の時に夫が家に

押しかけてくるのが怖かった。


子どもはきっと、

怖いから追い返せない。


ドアを開けなくても、

ずっと外に居座られたら

恐怖で何も考えられなくなる。


夫が副業のことを知ったら、

どんな行動に出るかも

考えてしまった。


「余裕があるんだろ?」

と支払いを回される可能性や、


「心置きなく2つの仕事をするには

同居した方が良い」

と、再び同居の件を蒸し返す可能性。


せっかく離れて暮らしているのに、

また夫に生活を握られる。


そんな未来ばかりが

頭に浮かんだ。


悪い想像ばかりしてしまう。


それで、

行動に移せなかった。


毎月、給料日から10日も過ぎれば

残金が心許なくなり、

支払いが発生するたび不安に。


このままで大丈夫なのかな。


そう思うこともあった。


それでも、

夫のもとに戻ることだけは

考えられなかった。


そんなとき、

いつも『大丈夫』と

自分に言い聞かせた。


大丈夫。

大丈夫。


あれを乗り越えてきたんだから。


私たちは、きっと

大丈夫。


その言葉をお守りのように

何度も心の中でつぶやいた。

2026年10月8日木曜日

癒しの時間まで奪われて

夫を納得させた提案

「俺が家庭教師をする」


そんな恐怖の宣告を受けて、

内心、とても慌てた。


子どもと夫が

二人で過ごすなんて、

絶対にだめだ。


たとえ夫が反省しても、

未来永劫、許してはいけない。


焦った私は、

どうすれば回避できるかを考えた。


そして、ひとつの答えに辿り着いた。


塾に通うこと。


この時の子どもの反応は――


実は、とても喜んだ。


元々、本人が希望していたから。

堂々と通えるようになることが、

よほど嬉しかったようだ。


「これからは、

こそこそ行かずに済むね」


そう言ってくれたので、

私もほっとした。


ただ一つだけ、

気になることがあった。


家計状況を

夫に詳しく開示してしまった。


これは失敗だった。


ちょっとずつ浮かせたお金で、

週末、二人でお出かけをしていたのに。


それもできなくなりそうだった。


束の間の癒しだったし、

その時間があったから

頑張れたというのもある。


それが急に無くなるなんて。


戸惑いと、

残念な気持ちと。


なかなか諦めがつかなかった。


癒しの時間を求めて

「これからは、

遊びに行けないのか……」


子どもがポツリと言った。


こんなことを

言わせてしまうなんて、

本当に最低だ。


責める意図がないことも、

分かっていた。


ただただ「残念」という気持ちが

こちらにも伝わってきて、

思わず、


「どうにかならないかなー」


と呟いた。


それから私たちは、

毎週末を家で過ごした。


たまにできる贅沢は、

せいぜいスーパーで

デザートを買うくらい。


ある時、子どもが言った。


「もっとご飯も少なくて良いから、

時々は出かけようよ」


バカなことを言ってはいけない。


育ち盛りなのだから。

ご飯はモリモリ食べなければ。


そう伝えたが、


「じゃあ、外食しなくても良いから

ぶらぶらしに行こうよ」


と言われた。


私たちには、

癒しの時間が必要だった。


外に出て、

自由な空気を吸い、

心身をリフレッシュする。


そんな時間を求めて、

こっそり家計を見直した。

2026年10月7日水曜日

夫との交渉

塾に通うことを提案

「俺が家庭教師をやる」


そう言って、夫は勝手に

スケジュールを組み始めた。


子どもの予定や気持ちなんて、

どうでも良いのだ。


いつも通りと言えば、

そうなんだけど。


この件に関しては、

絶対に譲れなかった。


私はすぐに代替案を用意した。


それは、塾に通わせること。


元々、子どもは

塾に通いたがっていた。


でも、反対していたのは夫だ。


それを今さら

蒸し返さなければならないことに、

憤りを覚えた。


いつだって、

勝手なことばかり。


振り回されてばかりで、

怒って拒絶しても良いくらいだ。


それなのに、強く言えない自分にも

イライラした。


早速提案し、

夫に家計状況を示す。


大体の収支を知っているはずの夫は、

見た途端、大げさな声をあげた。


「改めて見ると、

よくこんな金額でやってるよな」


まるでバカにしているような、

蔑んでいるような。


決して、

心配しているという

温かい言葉ではなかった。


夫の家計チェック

いつも以上に細かく記された

家計状況をチェックする。


夫は、人の粗探しが大好きだ。


案の定、

すぐに指摘が入った。


外出費だった。


雑費として計上したそれは、

私たちの生きる源。


大げさな話などではなく、

文字通り、

「明日を生きるために」

必要なものだった。


それを、

「無駄だ」

とばっさり切った。


「具体的には?」


と聞かれて、正直に

「二人で週末に出かける時のお金」

と答える。


すると、


「余裕がないのに、

そんなことに金をかけるな」


と一蹴された。


私たちの息抜きなど、

夫にとっては無駄なものらしい。


それもこれも、

夫のせいなのに。


夫からのストレスを

発散しなければ、

やっていられない。


そんな言葉が喉まで出かかり、

その後の荒れ狂う展開を想像して

飲み込んだ。


「まあ、この無駄な雑費とやらを

塾代にすれば良いのか」


そんな言い方をした。


いつだって自分が正しい。


言う通りにしないお前らは

間違っている。


そう言われ続け、

お出かけにお金を使うことも

最初はためらいがあった。


次第に自由の味を覚え、

楽しむことを思い出した私たちにとって、

辛い現実だった。


「金がないなら、

家で楽しむ方法を探せよ」


そう命令されたって、

家に居たら、

あなたが来るではないか。


あなたが来たら、

私たちにとっては

地獄の時間が始まるのだ。


逃げるように外へと向かった

私たちのことを、

夫は想像すらできないらしい。

2026年10月6日火曜日

もう、我慢しなくていい

諦めたくない

長い間、

夫から虐げられてきた。


離れたから、

もう大丈夫でしょう?


普通の人なら、

そう思うかもしれない。


でも、私たちは、

長年の経験によって

「諦める」ことを学んでしまった。


辛かったら、

心に蓋をして

それ以上傷つかないようにする。


「私はまだ大丈夫」

「これを乗り越えれば

楽しいことが待っている」


そう思い込むことで、

やり過ごしてきた。


離れても、

それは変わらなかった。


夫が急に

「俺が家庭教師をやってやるよ」

と言った時もそうだ。


絶対に嫌なはずなのに、

子どもは表情一つ変えずに、


「しょうがないか……」


と言った。


違う。


そんなことを言わせるために、

がんばってきたわけじゃない。


大人のように悟った表情で、

「少しの時間、

我慢するだけだから」


そう言う子どもに、私は伝えた。


「我慢なんてしなくていい。

家庭教師もやらせない。

絶対に」


いつになく強い言葉だったせいか、

子どもは少し驚いた様子だった。


夫を説得する準備

何としてでも、

夫を説得する。


そう決めた。


本来、子どもとは

ほんの少しの時間でも

接触させてはいけないのだ。


それなのに、

虐待したことも認めず、

コンタクトを取ろうとする。


それ自体がもう

受け入れられないことなのだと、

改めて思った。


ただ、

「家庭教師は必要ないよ」

と言うだけでは納得しない。


だから、

「塾に通う」と

告げることにした。


夫の場合、

それでも不十分だ。


「金が無いって言ってただろ」


そう言われるに決まっている。


その時のために、

家計のやり繰りをまとめた。


実は、

別居後もお金のことを

管理されていた。


夫には何も関係ないのに。


不明な部分があれば、

しつこく追及される。


これでは、

へそくりもできない。


お金の面でも、

私たちに自由は無かった。

夏休みが来るのが怖い

高校は俺の行かせたい所に 子どもは、進学した中学で それなりに楽しく過ごしていた。 勉強も部活も、 本人なりに努力して 前に進もうとしている。 そんな風に見えた。 私は応援することしかできない。 疲れていそうな時には 甘いものを用意したり、 気分転換に外に連れ出したりもした。 そ...