2025年4月3日木曜日

スマホゲームで元夫からフレンド申請?!!

深夜のフレンド申請・・・その名前に見覚えが

夜ご飯を食べ、洗い物をしてお風呂に入った後は自由時間だ。

大抵はテレビを見たりアマプラでドラマを観たりしている。

このリフレッシュ時間がとても大事。

時々スマホでゲームをすることもある。

結構長い間続けているゲームもあって、その世界観に何となくはまっている。

熱中するというほどでもないんだけど。

空き時間ができたらちょこちょこやる感じ。

先日夜遅くにゲームをしていたら急にフレンド申請が届いた。

もうフレンドはいっぱい居るので普段はあまりチェックしない。

でも、何故かその時は何となく確認しようかなと思って画面を開いた。

レベル的には『あ~まだ始めたばかりの人なんだな』という印象。

そして名前を見ると・・・。

あれっ?と思った

その名前には見覚えがあった。

もちろん本名ではないんだけど、過去に何度も見た名前。

思い出した途端に嫌な気持ちになったのは、元夫が使っていたものだったからだ。

一緒に居た頃、本名以外で登録する時によく使っていた。

もちろん偶然ということもあるんだけどね。

目にした瞬間に驚いて思考が停止してしまった。

アルファベットの並びとか使い方とか。

まさに!という感じ。

元々フレンドを増やすつもりも無いし・・・。

迷うことなく拒否を選択した。

この状況だったら誰でも警戒すると思う。

その名前が一般的なものならまだ分かる。

でも、元夫の感性は独特なので他の人が使わないような名前だ。

まさかとは思うけど、私だと分かっていて申請してきてないよね?と疑心暗鬼になった。

もしバレているとしたら、こちらにも落ち度がある。

というのも、私もいつも使っていた名前で登録していたからだ。

同じ発音でもアルファベットの使い方が分かれるような名前で、元夫ならピンと来るかもしれない。

と言っても今更変えられないしゲームも止めたくない。

それにまだ元夫と決まったわけでもない。

ということで、とりあえず様子を見ることにした。


再びのフレンド申請に警戒感MAX

そのゲームは、男性がやっているというのをあまり聞かない。

だから女性が男性っぽい名前でやっているのかな、とも思った。

元々ゲーム内でコンタクトを取る手段はほぼ無くて、フレンドにならなければそれで終わり。

相手はそれ以上何もできないと考えて、この件は放置することにした。

それからはいつも通りゲームを楽しんでいたのだが・・・。

その数日後。

驚くことに、またあの名前の人からフレンド申請が届いた。

今度は見ただけでちょっと手が震えた。

やっぱり本人なのかな。

そもそも2回も申請してくること自体が異例のこと。

それで私の警戒心もMAXに。

元夫は結構執着するタイプだから、本人の可能性が高まったとも言える。

でも、たまたま同じ人に申請してしまったという可能性も残されている。

私はまたしても考え込んでしまった。

フレンドになるという選択肢は無いのだが、拒否し続けても大丈夫かなと不安になった。

変に恨みを買ってしまい、その後暴れられても困る。

うちに来て嫌がらせをされたり子どもにしつこくされるのも怖い。

フレンドになるとプレイをしている時間なんかも分かってしまうので、絶対に避けなければならなかった。

ただ、2回目は怖くて拒否することができず、気づかないフリをすることに。

いや、相手は気づいているかどうかなんて分からないんだけど。

『前回拒否したのに今回はスルーなんだから、気づいてないんだろうな』と思わせたかった。

思えば、離婚してからもずっと夫の影に怯えて暮らしてきた。

道で似た人を見れば息が止まるほど驚いて、物陰に隠れた。

子どもも同じで、以前駅前で似た人を見かけた時には怖くて家に帰れなくなってしまった。

それで私の仕事が終わるのを待っていた。

帰りの道沿いにあるお店の中で震えながら待っていたことを知った時には胸がギュッとなった。

それくらい恐怖を感じているということだ。

早くこの恐怖心から解放されたいけれど、その方法が分からない。

2025年4月2日水曜日

急な引継ぎに戸惑う同僚

詳しいことを伝えられなくて

いつ修羅場になるか分からないくらい緊迫した毎日だった。

だから、家を出たいと思うのも自然なことだったのかもしれない。

その時が来たら迷わず出よう!と決心したのだけれど・・・。

タイミングを見極めるのがとても難しかった。

用心深く夫の様子をうかがいつつチャンスを待つ私たち。

そのことばかり考えていたので、あの頃は終始緊張していた。

だけど、待っている時に限ってそういうタイミングがやって来ない。

本当は決心が鈍らないうちに動きたかったのだけれど、なかなか思うようにはいかなかった。

あまりにも膠着状態が続いたので、ちょっと不安になったことも。

『あれっ?もしかしてこのままズルズルいってしまうのでは?』

一度そんな嫌な想像をしてしまったら余計に焦りが出てきた。

無理やり動くことも考えたけれど、やっぱり上手くいかないような気がして踏みとどまった。

膠着状態と言っても決して平和だったわけではない。

常に低空飛行という感じで、ずっとじわじわと辛かった。

ドーンと落ち込むのも嫌だけど、じわじわと辛いのも結構しんどい。

大きなきっかけが無いまま時間だけが過ぎていき、精神的にはより窮屈になった。

こういう時は色々と考えてしまうので、できるだけ動いた方が良いのだと思う。

私の場合は、時間を無駄にしてはいけないと考えて業務関係の引継ぎや連携をこっそり始めた。

同僚に会議室に来てもらい、

「実は今行っている業務を引き継ぎしておきたいんだ」

と伝えた。

聞いた瞬間、驚いたような顔をして

「えっ?辞めるの?」

と聞かれたので、慌てて否定した。

「ううん。辞めるわけじゃないんだけど。もしかしたら何日間か来られない日があるかもしれなくて」

こんな説明で納得してくれる人が居るだろうか。

私だったら訝しんできっと何か隠してるんだろうな、と考えてしまうと思う。

だけど、同僚は快く引き受けてくれて、

「よく分からないけど、引き継がなきゃいけないっていうのは分かった」

と言ってくれた。

ハッキリ言って、家族である夫よりも会社の同僚や知人の方がはるかに優しかった。

人ってこんなに優しいんだ、と私はたびたび感動した。

この時、詳しいことを伝えられないのが本当に心苦しくて・・・。

しかも、会社まで巻き込んで大事になってしまった。

ここまでしても、もしかしたら身動きが取れないまま『その時』がやってこないかもしれない。

夫との対峙も怖かったが、『その時がやって来ないかもしれない』という不安も大きかった。


上司への報告と夫からの疑惑の目

引継ぎを終えたところで、だいぶ気持ちが安定した。

こうやってちょっとずつ準備をしていけば、きっとうまくいく。

大丈夫。

そう自分に言い聞かせるように目の前のことを処理していった。

それまではメソメソしたり考え込んだり。

塞ぎこむことの多かった私だが、動いているうちに少しだけ吹っ切れた。

ほんの些細な変化だと思うのだが、恐ろしいことに夫は何かに勘づいた。

「お前、何か企んでない?」

何度もそう聞かれた。

過去に何度か家出を試み、そのたびに失敗したという前科がある。

夫はそれを思い出して警戒したのかもしれない。

私の方も、これ以上勘づかれてはまずいと慎重に行動することにした。

それにしても夫はなぜあんなにも鋭いのか。

まるで心の中を読まれているみたい。

コッソリ貯めたお金のこととか仕事のこととか。

知られてはいけないことがたくさんあって、毎日冷や汗ものだった。

最終的に大事なものは会社に置かせてもらうことになったのだが。

会社といっても色んな人が居る。

鍵がいくつかあると安心できないので、私だけがカギを持っている棚を利用した。

しかも、ぱっと見では分からないように奥の方にしまいこんで目立たなくした。

犬が大事な骨を埋めて隠すような感じ?

きっと開けっ放しにしてあっても誰も気づかなかったに違いない。

着々と準備が進む中、まだ大きな問題が残っていた。

それはしばらく滞在できる所の確保だ。

実家や姉の所はすぐにバレてしまうし迷惑がかかる。

親戚も割と近くにいるけれど、こんな時ばかりお世話になることはできない。

モラハラ夫がすぐに探し当てられるという点でも現実的では無かった。

以前は電車で数十分の観光地に身を隠そうかな、なんて考えたこともあった。

だけど、いざそういう時が近づいてきたらメンタル的に無理だと分かった。

とてもじゃないが、そういう気分にはなれない。

そんなこんなで、滞在先探しに本腰を入れることにした。

2025年4月1日火曜日

仕事が続かない夫

ブランクがあっても雇ってもらえたのに

元夫は何年もの間働いていなかった。

体調不良もあったから仕方がないと言えば仕方がない。

そのままずっといってしまったら将来どうするんだろう。

他人事ながら心配していた。

離婚した後、夫は実家に戻った。

それからしばらくしてから就職活動を始めた。

働く気はあってもブランクがあるから難しいだろうな。

結婚後数年しか働く姿を見ていなかった私は、そんな気持ちで傍観していた。

だけど、意外にもあっさりと次の職を見つけた。

意外と決まるものなんだな。

ずっと引け目を感じていたことも知っていたから、本当に良かったな~と思っていた。

内定を頂いてからすぐに働き始め、次に連絡が来たのは1か月後。

その時点でかなり怪しかった。

せっかく決まった仕事をもう辞めそうというか・・・。

まだ慣れるのに必死の頃だと思うのに粗探しばかり。

それを私に言ってきて『なあ?酷いだろ?』と同意を求めてくる。

まさかとは思うけど、1か月やそこらで嫌になったんじゃないでしょうね。

でも自分の置かれた状況は理解しているだろうから簡単には止めないよね。

そんな風に思っていたのだが、そのまさかだった。

何と2か月後には『もう辞めるわ』と言い始め、たった3か月で退職した。

雇ってくれた会社もどう思っただろうか。

ブランクがあってもやる気を見てくれたわけだけど。

こんなに短期間で辞めてしまうなんて考えてもいなかったはずだ。

長い長いブランクの後の職場復帰は、こんな感じであっさりと終了した。


一目置かれる存在になりたい夫の現実とのギャップ

自分は凄い人間だ。

他の人たちからもっと尊敬されるべきだ。

いつもそんな考えが根底にあった。

だから、職場などで少しでも扱いに不満が出るとすぐに辞めたくなった。

私と付き合い始めてから結婚して数年の間は奇跡的に同じ仕事を続けていた。

だけど、結婚して数年で辞めてしまい、その後はずっと無職。

無職というと聞こえが悪いので、周りにはテレワークということにしていた。

私も子ども関連で聞かれた時には言葉を濁してそのように匂わせた。

だけど、子どもは正直だから、

「パパはずっとお家にいるよ。何もしてないよ」

と言ってしまう。

嘘を言わせるのも良くないし。

正直に言うのも憚られる。

この問題は一緒にいる間ずっとついて回った。

夫は夫で、子どもがカミングアウトすると物凄く怒った。

そうは言っても幼児だから上手に嘘なんてつけないんだよ。

そう伝えると、

「コイツが馬鹿だからそんな簡単なこともできないんだ」

と子どものせいにして𠮟りつけた。

子どもからしたら訳の分からないことで怒られているような感じになってしまう。

あまりにもそういうことが多かったので、子どもは段々と夫のことを外では口にしなくなった。

家の中でもあまり話さず、必要最低限のことを伝えるだけ。

夫は子どもからも慕われる自分を理想としていたので、それも許されなかった。

口調や態度から、『もっと俺を敬え』という圧力をかけた。

その頃の子どもは私同様ちょっとした異変にも気づくようになっていた。

夫の気持ちを敏感に感じ取り、今度は一緒に居る時にわざとはしゃいだり饒舌になったりした。

夫がそれで満足してくれれば良いのだけれど・・・。

機嫌が悪いと『うるせー!!!』と怒鳴りつけた。

どうしたら良いのか途方に暮れる子ども。

可哀そうで見て居られなかった。

夫にもう『少し態度を改めて欲しい』と伝えたこともあったけど。

『お前ごときが俺に口を出すな』と話にならなかった。

馬鹿にしている私の意見なんて聞けないということだ。

対等に話すこともできない夫婦なんて終わってると思う。

あの偏った考えに苦しめられた私たちからすると、夫を慕う仲間たちが異様に思えた。

でもそれも仕方のないことなのかもしれない。

だって外面がとても良くて、仲の良い友人は皆騙されていたのだから。

本当の姿を知っているのは私たちだけだ。

2025年3月31日月曜日

義両親からの手紙はちょっぴり切ない

『孫に会いたい』という気持ちが溢れていて・・・

時々、義両親から手紙が届く。

ハガキのこともある。

そこに共通しているのは『孫に会いたい』という気持ちだ。

文章からにじみ出ていて、それを無視することができない。

気づかないフリをしても、その思いが容易に想像できてしまう。

たった一人の孫だから、本当は会いたいんだろうなということは分かっている。

分かっているくせに疎遠にし続けることは『悪』なのだろうか。

近頃そんなことばかり考えている。

義両親だってもう若くない。

このまま疎遠にし続けて二度と会うことができなくなったら・・・。

その時後悔しないと言える自信がない。

子どもも『会いたかった』と思うかもしれない。

どうにもならないことを考え続け、だけど思考は堂々巡りで。

段々と疲れてきてしまった。

『いつか会える日を楽しみにしています』

特にこの言葉が私の心に棘のように刺さってチクチクとした痛みをもたらしている。

そう書かざるを得ない義両親にはどんなに望んでも二度と手に入らないものがある。

それは、孫との普通の生活だ。

離婚する前は家に来るたびに子どもと遊んで買い物にも一緒に行った。

小さい頃は泊りにも行った。

幼い子どもにご飯を食べさせているお義父さんやお義母さんは、とても幸せそうだった。

『可愛いねぇ』と目を細めて言っていた姿を思い出す。

それが、離婚を機に全く会えなくなって、これからもずっと会えないかもしれないなんて。

私だったら絶望するだろうな、と思った。

だから、手紙を無視し続けることに罪悪感をおぼえてしまう。

かと言って会わせてあげることもできず、未だに夫の存在に怯えている。

どうしてこうなっちゃったのかな。

もし夫があんな人でなければ、きっと義両親ともそれなりに上手くやっていた。

そうしたら子どもとも交流し続けて、幸せな老後を送れたに違いない。

こういうのでタラレバは無いけれど、ふとそんなことを考えてしまう。


夫からの不満

離婚が決まった後、夫から

「お前はうちの両親のことも不幸にしたんだよ」

と言われた。

当時は夫への恐怖心が大きくて、そんな言葉にもまともに反応できなかった。

ただ言われた言葉をそのままのみこみ、『そうなんだ・・・』と思った。

私が何も言わないからか、夫は追い打ちをかけるように

「俺に気づかれないように毎日こっそり(子ども)の動画なんか見ちゃってさ・・・」

と言った。

イベントなどで撮ったものを義両親にも渡していた。

だから、義実家にはいくつもの動画があった。

ある時、トイレに起きて階下に行ったら自分の部屋でお義父さんが動画を見ていたそうだ。

夜遅くに真っ暗な部屋で動画を見ている後ろ姿を見た夫は『声を掛けられなかった』と言っていた。

そこに自分の責任を感じていない所が夫らしい。

離婚することになったのは自分にも責任があるのに。

まるで全責任が私にあると言われているようだった。

それには反論したい気持ちもあったが、義両親に関しては本当に申し訳なく思った。

子どもはどんどん大きくなる。

その成長を一緒に見守ってもらえたら良かったのに。

それもできなくなってしまった。

今はもう、大きくなった姿を想像しながら過去の動画を見るしかないのだろう。

どんな風になっているかな?と想像しながら・・・。

いつか状況が変わり夫への恐怖心も無くなって会える日が来たら。

その時は義両親と子どもを会わせてあげたい、という気持ちもある。

それが叶うまで元気で居て欲しい。

私は決して義両親のことを嫌ったり憎んだりしていたわけではない。

時には分かってもらえなくて悔しい思いもしたけれど。

それは本気でぶつかってお互いの主張を言い合っただけ。

家族だからそれで良いんだと思ってた。

でも、離れてみて義理の実家との関係というのは脆くて難しいものなんだなと実感した。

2025年3月30日日曜日

義両親からの支援で塾に行くように言われたが・・・

「出来が悪ければ早めに手を打て」

小学校低学年の頃、子どもの成績が芳しくなかった。

理解していないという感じではなく、ケアレスミスが目立った。

小さいうちはそういうこともあるだろうから、ひとまず様子を見守ることにした。

だが、これに口出しをせずにはいられない人たちが居た。

そのうちの一人が夫だ。

夫は日々何かしらの文句を言っていたのでいつも通りと言えばいつも通り。

予想外だったのは義両親まで色々言ってきたことだった。

呑気に構えている私に対し、

「今のうちからちゃんとしなければだめ」

「このまま行ったら落ちこぼれちゃうから」

「出来損ないと思われも良いの?」

などなど、色んなことを言ってきた。

『子どもが勉強しなかったり真剣に取り組めないのは家庭環境のせい』とまで言われた。

家庭環境のせいと言われると非常に困ってしまった。

その責任の一端は夫にもある。

それを私だけのせいにされるのも納得できなかった。

義両親からは、そういう諸々を含めて私が管理するようにと言われた。

この時『簡単に言わないでよ!』と内心思っていた。

家庭環境を整えるのはかなり難しい事だと義両親も知っているはずなのに。

日頃どんなに辛い思いで過ごしているかも知っているはずなのに。

私の頑張りが足りないような言い方をされてショックだった。

あのモラハラ虐待夫が家に居たら普通に暮らすだけでも非常に大きなストレスを抱えることになる。

その上、子どもの成績まで『普通』では許されないなんて。

一緒に聞いていた子どももショックを受けたみたいで表情は硬かった。

その後、夫から

「お前、今のままじゃダメなんだぞ。どうするんだ?!」

と詰め寄られ、子どもは半泣きになりながら

「頑張る。頑張るから」

と言った。

そうしたら夫が、

「前にもそう言ったよな!もう聞き飽きたって言ってるんだよ!」

と怒鳴った。

傍で聞いていたお義父さんが子どもに

「ほら、ごめんなさいってしちゃいなさい」

と促し、それを聞いた夫が更に激高して

「そういう話じゃねーよ!こんな落ちこぼれでどうしようもねー奴、どうやって普通のレベルまで持って行くのかって聞いてるんだよ!」

と叫んだ。

子どもは手をギュッと握りしめてポロポロと涙を流していた。

それを見た私はたまらず、

「もう止めてよ。何でそんな酷いことを言うの!」

と子ども抱きしめた。

夫に歯向かってしまったことでドキドキしていたが、子どもが可哀そうで言わずにはいられなかった。

義両親にも夫を止めて欲しくて視線を送ったら、二人は口々に

「ママがそんなに感情的になってちゃ話もできないわ」

と馬鹿にしたように言った。


『塾代を出すから通うように』と言った義両親

怒られた子どもは私の後ろに隠れて『ごめんなさい』と繰り返した。

私にしがみつきながら、しゃくり声をあげて泣いた。

あまりにも泣くものだから義両親も少し戸惑ったようだ。

でも、夫は子どもの手を無理やり引っ張って自分の方に引き寄せた。

「泣いてちゃ分かんねーんだよ!」

更に怒鳴られて肩を揺らしながら涙を流す子ども。

このままではまずい。

そう思って咄嗟に夫と子どもの間に入ろうとした。

だけど、義両親から

「今、大事な話をしているの」

と止められた。

私にはどう見ても子どもを虐めているようにしか思えなかった。

それなのに、この3人からしたらこれは教育的指導ということになるのだ。

自分たちのしていることは正しいと信じて疑わない様子に正直ゾッとした。

結局子どもは無理やり

「塾に行かせてください」

と言わされた。

夫がそう言うように促し、義両親も満足そうに聞いていた。

決して子どもの意思ではない。

それは、そこに居た全員が知っていることなのに、夫は

「お前が決めたんだからな!一度決めたことを途中で投げ出したら許さないからな!」

と脅した。

お義母さんも、

「自分で決めたんだもん。頑張れるわよね」

と言っていて、私は絶句した。

きっとこれで成績が上がらなかったらなじられる。

そうなったらまた別の意味で地獄だ。

子どもは本当は行きたくもない塾に通うことになり、しばらく落ち込んでいた。

2025年3月29日土曜日

2度目の上司との話し合い

『次のチャンスで家を出るつもり』だと伝えた

2度目の上司との話し合いの機会はすぐにやってきた。

前回は中途半端な所でお開きになってしまったので上司も気になっていたようだ。

業務が比較的忙しくないタイミングを選んで再び会議室で話し合いをした。

モラハラや虐待なんて家の中でのことだ。

本来なら会社の人に言うような話ではない。

でも、家を出た時にどうしても迷惑をかけてしまうから言っておかなければならなかった。

まず最初に伝えたのが『現在、家を出るタイミングをうかがっている』ということだった。

これまで、なかなかチャンスが巡ってこなかった。

チャンスがあったとしても勇気が無くて出られなかった。

次にもしチャンスがやってきたら迷わず出るつもりだ、と伝えた。

本当に家を出た場合、1週間程度は仕事に来られなくなる可能性がある。

状況が落ち着かなければ更に長引く恐れも。

その間、夫は何としてでも探し出そうと色んなことをするはずだ。

周りの人を巻き込み、会社にだって連絡が来ると思う。

連絡が来た時に、想定内のこととして動けるようにしておきたかった。

休んでいる間の業務も気になっていた。

実は少しずつ手順や内容をファイルにまとめていたのだが、それだけではやはり不十分だった。

それで、関係する人に時間を作ってもらい、説明しておきたいとお願いした。

その件も快くOKをもらい、早めに動くことになった。

ただ、その人たちに何て説明したら良いのかが分からなかった。

急に業務内容を連携しておきたいと言われたら普通なら戸惑うだろう。

その上、理由も分からなければ不審に思うかもしれない。

本来なら事情を説明するべきなんだけど、夫の件を知られるのも躊躇われた。

「理由は何にする?」

と聞かれた私は黙り込んだ。

そんな様子を見た上司はしばらく考えた後に

「家庭の事情、ということにしておく?」

と提案してくれた。

確かにそれなら詳しいことを言わずに済む。

特定の状況を表すものではないから、その後会社に居辛くなるということもない。

今後のことも考えてそれが一番良さそうだということで、ある程度の方向性は決まった。


上司の前で涙

「それにしても、旦那さんてそんなに怖いの?」

と上司から聞かれた時、私は間髪入れずに、

「はい、とても」

と答えた。

「まあ厳しい人は居るけど、家族にそんなことするなんてね・・・」

と同情している様子だった。

特にうちの子のことを気にかけてくれて、

「虐待なんて何があってもしちゃだめだよね」

と言ってくれた。

夫からは聞いたことのない、

「頑張ってきたんだね」

「辛かったでしょう」

という私たちを気遣う言葉が胸にジーンときた。

話し合いが始まった時には、伝え漏れが無いようにということばかり考えていたのだけれど。

優しい言葉をいただいて、思わず涙が出てしまった。

親子ほど年の離れた上司からの言葉は私の心にズシンと響いた。

まるで両親から言われているような気がして。

あー、きっとうちの両親に伝えたら同じように心配されるんだろうな、と思ったら涙がボタボタと出てきてしまった。

ハンカチで涙を拭いながら、

「本当は家を出るのも怖いんです。でも子どものためにやらなきゃって思って・・・」

と言ったら、

「上手く行くといいね。弁護士さんが必要なら紹介するから」

と力強い言葉をもらった。

2度の話し合いで、とりあえずは状況を伝えることができた。

後は家を出た後に困らないようにお金や荷物の準備をしなければならなかった。

一時的にでも滞在できるところを探す必要もあった。

まだまだ気を抜けない状況ではあったが、ほんの少しだけホッとした。

2025年3月28日金曜日

家を出ることを想定し、上司に相談

やっと離婚を決心

長い長い時間がかかってしまった。

繰り返されるモラハラ虐待により、夫との生活に疲れ切っていた。

『明日なんて来なければ良いのに』

そう思うこともたびたびあった。

それなのに、どこか諦めきれない気持ちもあった。

その気持ちが決心を鈍らせた。

きっと夫に見抜かれていたのだろう。

何があっても見捨てるはずがないと。

実際、どんなに酷いことをされても見捨てることができなかった。

この人には私たちしかいない。

そんな思いが決断の邪魔をした。

長い人生の中には、決断しなければならない時がある。

私にとっては、まさにあの時がそうだった。

我慢することが当たり前になっていたが、ふと思ってしまった。

『もう良いかな』って。

頑張っても頑張っても報われない日々。

むしろ頑張れば頑張るほど、もっと高いレベルを要求されて苦しくなった。

子どもは、ありのままの自分を愛してもらうという経験ができなくて苦しんだ。

私が褒めると、

「甘やかすな!コイツはどうしようもない人間なんだからな!」

と叱られ、常に否定されて育った。

悲しむ子どもを見るたびに『母親の私がしっかりしなければ』と思うのに何もできない。

そんな日々に疲弊し、追い詰められた。

ある時、いつものように夫から暴言を吐かれ子どもが虐待されて自分の中でプツンと何かが切れた。

ようやく決心することができた瞬間だ。

ただ、決心したと言っても簡単ではなかった。

夫は上手く立ち回り離婚を回避しようと試みるだろうし、口でも体力でも叶わない。

闘うためには周到に準備をして不測の事態にも備えなければと思った。

多分、仕事にも影響が出るだろう。

私の職場では仕事が被る人が居ないので、数日抜けただけでも迷惑をかけてしまう。

前もって相談しておかなければ業務に支障が出る可能性が大きい。

その日がいつ来るかはまだ分からなかったが、こちらも備えなければと動いた。

仕事に関しては、やはり上司への相談が必須となる。

どんな反応が返ってくるか怖かったけれど、まずは話を聞いてもらうことにした。


上司の驚き

朝一で、上司に

「ちょっとお時間頂けますか?」

と声をかけた。

一瞬ビクッとなり、それから

「じゃあ会議室を予約して時間教えてね」

と言われた。

後から知ったのだが、私が退職を申し出るのだと思ったらしい。

思い詰めた表情で『お話が・・・』と言われたら誰でもそう思うだろう。

それがまさか家庭内のトラブルの話だなんて想像できなかったと言われた。

だからなのか、話し合いが始まる前に

「何かとても重要な話なのかな」

とソワソワしていた。

そんな勘違いをされているとは露知らず、私は家庭内の問題を話し始めた。

夫が無職というのは上司も知っている。

私の扶養に入っていて、家族手当までもらっている状況だったのだから。

ポツリポツリと家でのことを話し始めると、上司は驚いた表情になった。

私は辛かったり悲しかったりといった気持ちが表情や態度に出ないタイプらしく、皆から

「いつものほほんと幸せそうだね~」

と言われていた。

だから、そんな問題を抱えていたなんて思いもしなかったようだ。

夫の問題を人に話すのは初めてのことなので、私の方はとても緊張していた。

まず、この話を信じてもらえるのか。

信じてもらえたとして、どれほど深刻にとらえてもらえるだろうか。

理解を得るためにはいくつものハードルがあった。

家庭内で起きていることなので目撃者はいない。

私や子どもの証言だけなのだから、話を作ろうとすればいくらでもできる。

また、上司は少し年配の方なのでモラハラに理解があるかも未知数だった。

だから、相談はいわば賭けだった。

話している間、上司は時々相槌を打ちながら聞いてくれた。

「家を出るかもしれない」

と言った時には、

「それが良いかもしれないね。弁護士さんに依頼した方が安心だよ」

と助言してくれた。

現状を話し終えた時点で、何となく『これなら大丈夫そうだ』という感じがした。

午後4時から話し始め、気づいたら既に1時間が経過していた。

定時で上がらないと子どものことが心配なので、その日はお開きに。

一回目の相談では状況説明だけして、肝心の話は翌日以降に持ち越しとなった。

スマホゲームで元夫からフレンド申請?!!

深夜のフレンド申請・・・その名前に見覚えが 夜ご飯を食べ、洗い物をしてお風呂に入った後は自由時間だ。 大抵はテレビを見たりアマプラでドラマを観たりしている。 このリフレッシュ時間がとても大事。 時々スマホでゲームをすることもある。 結構長い間続けているゲームもあって、その世界観に...