2026年9月26日土曜日

離れても消えない鎖

続く支配

中学生になったら、

やりたい部活があった。


子どもの中では、

もうずいぶん前から

決まっていたこと。


せっかくパパと

離れたんだから。


何でも、

自由に選んでほしい。


そう思い、

私も応援していた。


だけど、

夫はそんな子どもの思いを

全否定した。


部活は、

運動部でなければならない。


文化部なんて、

落ちこぼれの選ぶもの。


そんな凝り固まった考えを、

まるで正論のように

押し付けてくる。


内心、

辟易していた。


思い切って、

「自由に選ばせたい」

と伝えた。


反論すれば、

ムキになることも

分かっていた。


それでも、

言わずにはいられなかった。


「何をしたいかは、

(子ども)が選べばいい。

親が押し付けるものではないよ」


その後の反応は、

想像通りだった。


「何だと!!!!!

ふざけやがって!!!!!」


「お前はいつもそうだ!!

子どもに対して責任感がねーんだよ!!」


ひとしきり叫んだ後、

夫は言った。


「お前さあ、

受験のことまで考えてるの?」


声だけでも分かる。


薄ら笑いを浮かべ、

私を見下している。


そんな気がした。


お前はバカだから。


何度も言われた言葉が、

頭の中で反芻した。


選ぶ自由を

子どもはちょうど、

お風呂に入っていた。


出てくる前に、

電話を切り上げなければ。


そう思い、

焦っていた。


夫が怒鳴る声を、

聞かせたくはない。


ビクビクしている姿を、

見せたくない。


だから、

「やることがあるから」

と切り上げようとした。


でも、

話を終わらせてくれない。


仕方がないので、

「本当に時間がないから」

と、無理やり切り上げた。


最後に夫は、

こう言った。


「(特定の部活)にさせろよ」


まるで、

決定事項のようだった。


反論する隙も、

与えなかった。


言い捨てるように

そう言って、

電話は切れた。


子どもには、

自由がある。


何でも、

自分で選べるはずなのに。


夫は、

離れてもなお、

それを認めない。


鎖につながれた私たちが、

本当の自由を手にするために。


私は、

この鎖を断ち切らなければならない。

2026年9月25日金曜日

二人だけの幸せな時間

味のしないご飯

無理やり連れて行かれた

お昼ご飯。


案の定、

子どもも私も

喉を通らなかった。


だけど、

そんなことは

赦してもらえない。


夫や義両親が

御馳走してくれたんだから。


喜ぶフリをしなければ。


分かってはいた。


でも、

それを子どもに強いるのは、

酷だと思った。


案の定、

4貫ほど食べたところで、

「お腹いっぱい」

と子どもが言った。


その瞬間、

一気に空気が悪くなった。


「お前のために来たのに!」


夫が、

何度もしつこく怒鳴る。


あまりの声量に、

耳の奥がジーンとした。


耳が、

心が、

そして、

人々の視線が、

痛い。


思わず、

その場から

逃げ出したくなった。


ジロジロと見られるのは、

本当は嫌だった。


でも、

人目があることが、

幸いでもあった。


「申し訳ないけど、

(子ども)も疲れてるみたいだから」


意を決して、

そう言った。


密室だったら、

絶対に出ない言葉。


でも、

周りに人がいたから、

思い切って言えた。


やっと笑えた

夫たちと別れた後、

実はこっそり、

二軒目に向かった。


本当は、

思いきりお祝いしたかった。


なのに、

不完全燃焼だったから。


子どもは、

夫たちから離れた途端、

急に元気になった。


「お腹空いた」


先ほどまでの

消え入るような声が、

嘘みたいだった。


それほど、

あの場が辛かったのだ。


二人で歩きながら、

あれやこれやと迷い、

イタリアンのお店に決めた。


パスタに、

ピザ。


サラダもオーダーした。


ホッとして、

自然と笑みがこぼれる。


「嫌だったねー」


以前なら、

心の内を吐き出すことも

できなかった子ども。


でも、

夫と離れて暮らすようになり、

ようやく、

口に出せるようになった。


少しずつ。


本当に、

少しずつだった。


長い時間がかかった。


やっと、

ここまで来た。


最後にケーキも食べて、

束の間の

幸せな時間を楽しんだ。


恐怖も、

不安もない。


そんな時間が、

とても尊い。


いつまでも、

続けばいいのに。


つい、

そう願ってしまう。

2026年9月24日木曜日

重苦しい時間

断れないお昼ご飯

式が終わり、

どこからともなく現れた彼らは、

当然のように言った。


「さあ、お昼ご飯に行こう」


この後の予定は、

もう決まっていた。


子どもとふたり、

お祝いのご飯を

食べるつもりだった。


御馳走でなくても、

構わない。


ただ、

穏やかな時間を

過ごしたかった。


けれど、

彼らには、

そんなことは関係ないらしい。


まだ自分は父親だ。


そんな思いが、

夫の言葉の端々から

感じ取れた。


義両親も、

「うちの孫」

という姿勢を崩さない。


私は、

周りの目を気にしながら、

ささやかな抵抗を繰り返した。


でも、

無駄だった。


子どもは、

最初から諦めているようで、

無言のまま頷いた。


入学式という、

おめでたい日に。


こんな気持ちになるなんて――。


自分の無力さを嘆いても、

状況は変わらない。


結局、

受け入れるしかなかった。


押しの強さに

負けたのもある。


でも、

それ以上に、

心が疲れていた。


まるで、

とんでもない何かと

対峙しているようだった。


夫の理想の子どもは……

「お昼ご飯は何が良い?」


夫と一緒に出かける時は、

いつもそう聞かれる。


一見すると、

子どもの意見を

尊重しているように見える。


でも、

違う。


夫の求める答えが出るまで、

何度でも同じ質問が

繰り返される。


「分かっているだろ?」


そんな圧をかけられて、

子どもは、

恐怖に怯えながら

必死で答えを探す。


一緒に暮らしていた頃は、

いつもそうだった。


お昼ご飯を聞かれても、

何が正解なのか分からない。


だから子どもは、

思いつくまま、

候補をいくつか挙げた。


すると夫は、

不満そうに言った。


「なんでも良いのかよ」


夫と過ごす時、

子どもは、

自分の意思を持たない。


いや、

持てない。


これまでに、

そうすることを

学んできたのだ。


父親の意見が、

唯一の正解なのだと。


結局、

お昼ご飯は

お寿司になった。


いつもより、

奮発したようだ。


でも、

はっきり言って、

喉を通らなかった。


色んな気持ちを押し殺して、

意思を持たない人形のように

振る舞う。


それが、

自分を守るためだった。


子どもは、

幼い頃から

それを学習してしまった。


夫が求めているのは、

マリオネット。


何でも、

思い通りに動く子ども。


理想通りに動く子ども。


そんな子どもでなければ、

認められない。


お祝いのはずだった食事は、

重苦しい時間へと

変わっていった。


しかも、

高校では夫の地元に行くように、

何度も念を押された。


断っても、

断っても、

彼らの耳には届かない。


重苦しい空気の中で、

食が進むはずもなかった。


子どもは、

たった4貫食べただけで、

「もうお腹いっぱい」

と言った。


その言葉を聞いた夫が、

声を荒げた。


「お前のために来たんだぞ!」


その剣幕に驚いて、

子どもは、

握っていた箸を落とした。


泣きそうな顔で、

俯いている。


私は咄嗟に、

箸を拾った。


胸が痛かった。


子どもを、

守り切れていない。


そう思うと、

たまらなかった。


叫び出したい。


でも、

そんなこともできない。


周りのお客さんが、

異様な目で

こちらを見ている。


こんな時に、

周りの目を気にしても

仕方がないのに。


何だか、

すべてが、

私たちにとって

敵のように思えた。

2026年9月19日土曜日

家族ではないのに

もう、家族ではない

夫とは、

もうずいぶん前から

家族ではない。


家族の情があったのは、

家を出た直後くらいまでかな。


それも、

色んなことがあって、

徐々に失われていった。


何かあるたびに、

『父親として』

振る舞おうとするけれど。


そもそも、

大前提として、

夫は子どもを愛していないのだ。


ただ、

自分の都合で

執着しているだけ。


そんな人に、

せっかくの晴れの日を

台無しにされてしまった。


私は、

無性に腹が立っていた。


でも、

子どもには悟られないように、

気を使った。


いつも通り、

笑顔で。


大切な日だから、

良い思い出にしてあげたくて。


実は、

式の最中、

何故か彼らは姿を消した。


ほっとしたけれど、

一体どこに行ったの?


まあ、

義両親もあの服装では、

式の最中に浮いてしまうけれど。


それにしたって、

参加しないのに、

一体何のために

朝一から来たのだろうか。


モヤモヤした気持ちを抱えつつも、

式は滞りなく終わった。


「〇〇家の孫」

義両親は言う。


「〇〇家の孫だから~」


子どもを、

所有物として見ている

証拠だと思う。


〇〇と似ている。

〇〇と同じだ。


夫やお義兄さん、

親戚まで登場し、

彼らとの共通点を探しては、

喜んだ。


「ママには似てないね」

とも言った。


子どもは

よほど嫌だったのか、

言われるたびに

こっそり聞いてきた。


「そんなに(夫の家)の人たちに似てる?」


正直なところ、

全然似ていない。


でも、

そう思いたいのだろう。


それを伝えると、

「良かった~」

と安堵した。


いつもそんな感じだったから、

入学式の日も

かなり警戒していた。


何を言い出すか、

分からない。


そして、案の定、

また一方的な思い込みを、

まるで決定事項のように言った。


「中学はこっちになっちゃったけど、

高校で待ってるよ」


「たった三年だもの。

すぐ一緒に暮らせるね」


彼らは、

宣言しにきたのだ。


高校進学の時には、

義実家で暮らすように、と。


逃げても逃げても、

追って来る。


彼らの思考が、

理解できない。


恐ろしさのあまり、

身震いがした。

2026年9月18日金曜日

幸せな時間のはずが……

夫の気配

入学式の朝、

かなり早めについて、

子どもとおしゃべりしていた。


まだ人もまばらで、

ゆるりとした空気が流れている。


あの日は、

本当に穏やかな

良い日だった。


夫を避けるためとはいえ、

早く来すぎたかもしれない。


そんな風に思っていたら、

何人か人がいて、

ほっとした。


このまま顔を合わせることなく

式が始まってしまえば、

もっと安心できる。


そう思った瞬間だった。


見慣れた人物が、

目の端にうつったのは。


私は慌てて、

視線をそらした。


間違いない。


あの独特の雰囲気を出せるのは

夫しかいない。


視線を外しても、

こちらに向かって歩いてくる

気配を感じてしまう。


ぞっとして、

思わず後ずさった。


本当は、

逃げ出したい。


けれど、

ここでは逃げ場なんてない。


逃げ回っていたら、

それこそ悪目立ちしてしまう。


周りの目も気になり、

固まったまま、

動けなくなった。


自分勝手な言い分

笑みを浮かべながら、

近づいてきた夫。


子どもは、

真顔で固まった。


引きつった笑顔の子どもを見ても、

夫は何も思わない。


もしかしたら、

気づいていないのかも。


虐待していたのに、

嫌われていないと

思っているくらいだから。


というよりも、

誰がどう見ても虐待なのに、

『教育だった』

と譲らない。


そんなパパに対し、

子どもは、

どこか諦めていた。


「いよいよだな」


微笑みながら言うけれど、

親らしい気持ちなんて、

一つもないはずだ。


夫は、

校門の方に目をやりながら、

「うちの親も来てるから」

と言った。


彼らはなんと、

私服で来ていた。


しかも、

かなりラフなやつ。


先生方も、

さぞかし驚かれたことだろう。


「うちの孫だから」


「〇〇家として、

見ておかなければ」


そんな理屈を並べて、

自分たちの行いを

正当化していた。


夫はそんな義両親を、

「まあ、しょうがないよ。

(子ども)はうち側の人間なんだから」

と肯定した。


訳が分からなかった。


諦めてくれたのかも、

と一瞬思ったのも、

間違いだった。


子どもは終始、

不安そうにうつむいていた。


私は彼らの執着を目の当たりにして、

ただ、

途方にくれた。

2026年9月17日木曜日

今さら、親だから

夫の気持ちが分からない

入学式の前日。

夫から連絡がきた。


性懲りもなく、

また自分も参加したいのだと言う。


そういうイベントごとには、

元々、興味が無かったはずだ。


保育園の頃から、

ほぼ全て参加していない。


ごく稀に、

運動会には来たことがあった。


でも、

何か気に入らないことがあったとかで、

早々に帰ってしまった。


しかも、

何も言わずに

気づいたら消えていた。


過去の出来事を思い返してみるに、

やはり夫にとっては

子どものイベント自体が

どうでも良いことなのだ。


それだけではない。


家族のお祝い事だって、

彼の中では

何の意味も持たない。


そんな状況だったから、

「行きたい」

と言われても、

良い返事はできなかった。


むしろ、

『何のために?』

という思いの方が強かった。


理由も告げず、

「一人で行く」

と言ってみたけれど、

納得するはずもなく。


「俺も親だ」

と食い下がる。


結局、

「絶対に来ないで!」

とも言えないまま、

当日を迎えることになった。


漠然とした不安

入学式当日。

緊張しながら、

学校に向かう。


『いよいよ今日から中学生だ』

という新鮮な気持ちと、

『夫が来るかもしれない』

という不安と。


目が覚めた時から、

落ち着かなかった。


子どもも機嫌は良いけれど、

何となくソワソワしている。


とにかく今日は、

無事に終えなければ。


そう思いながら、

出かける準備をした。


家を出て、

通りに向かい、

周りを見渡す。


夫が居ないことを確認する。


予告通りなら、

私たちの出る時間に合わせて、

来るはずだ。


だから私たちも、

その裏をかいて、

だいぶ早めに出発した。


歩いている間も、

気が気ではない。


あの夫が、

諦めるはずがない。


そう思ったのだ。


実際、

諦めてなどいなかった。


ようやく学校に着き、

子どもと話していたら、


見慣れた人物が、

近づいてきた。

2026年9月16日水曜日

春休みの終わりに

5千円

間もなく春休みが終わる。

いよいよ、

中学生になる。


夫が突然やってきたのは、

そんなタイミングだった。


いきなり訪問してくるのは、

いつものこと。

それほど驚かない。


でも、

何となく心が落ち着かない時期。

その上、

夫の相手をするなんて、

正直、げんなりした。


ドアを開けた瞬間、

たぶん、

その気持ちが表情に

出ていたと思う。


だけど夫は、

それに気づかないフリをして、

いつもより軽い感じで、

「おはよう。急に来て悪いな」

と言った。


口先だけの謝罪。

本当は、

『悪い』なんて

少しも思っていない。


これも、

いつものことだ。


ここで変に拒んで、

状況を悪化させたり、

滞在時間を長引かせるのも困る。


私は一瞬でそんな計算をして、

どうすべきかを判断した。


「今日はどうしたの?」


愛想よく振る舞おうとしても、

その一言が精一杯だったのだけれど――


すると突然、

夫はリュックの中から

茶封筒を取り出して、

「これ、何かの足しにして」

と差し出してきた。


後から、

「入学祝いもやってなかったから」

という言葉も付け足された。


夫なりに、

考えたのだろうか。


私たちが、

非常に不安定な経済状況だと、

やっと理解したのだろうか。


夫が去った後、

封筒の中身を確認した。


5千円入っていた。


「その気持ちを汲んでやって」

5千円でもありがたい。

私たちにとっては、

非常に大きな金額だ。


ただ、

あの言い方だったら、

もっと入っているものだと、

勝手に想像してしまった。


夫にしてみたら、

『何かをしてあげた』

という事実が、

大事なんだろうな。


そんなことを考えながら、

お金の使い道を考えた。


子どもが、

「形に残るような物には使わないで」

と言う。


「見るたびに思い出してしまうから」

というのが理由だ。


では、

消え物に使うとして、

お祝いのご飯?

それとも、

いっそのこと食費にしちゃう?


色々考えていたら、

その日のうちに、

義両親から連絡がきた。


電話でなかったのが幸いだ。


「(夫)なりに考えて、

持って行ったみたいだよ。

その気持ちを汲んでやって」


メッセージには、

親心がにじんでいた。


ただ、

これで恩を売られてしまうのなら、

受け取りたくなかった。


少しは歩み寄ったらどうだ?


そう言われている気がして、

素直に「ありがとう」という

気持ちにはなれない。


思わず、

タンスの奥にしまい込み、

しばらく取り出せなかった。


絶対に、

そんなことはないのに。


何だかそのお金が、

呪われているような気がして。

離れても消えない鎖

続く支配 中学生になったら、 やりたい部活があった。 子どもの中では、 もうずいぶん前から 決まっていたこと。 せっかくパパと 離れたんだから。 何でも、 自由に選んでほしい。 そう思い、 私も応援していた。 だけど、 夫はそんな子どもの思いを 全否定した。 部活は、 運動部でな...