少しの達成感
先輩の家に戻った途端、全身が、ぶるぶると震え始めた。
体の芯まで、鉛になったような疲労感。
きっと、
夫と向き合い続けたことで、
心も体も限界だったのだと思う。
自覚はあった。
でも、そんなことに構っている余裕はなかった。
これは、
私たちの明日を左右することだ。
本来なら、
一歩たりとも引いてはいけない。
一つも譲ってはいけない。
けれど、
あの状況で、
こちらの要望をすべて通すことは不可能だった。
持ち帰った紙を、
まじまじと見つめて、
私は大きく息を吐いた。
家を出たとは言っても、
夫は自由に出入りするつもりなのだ。
義実家は近い。
その気になれば、
すぐに来られてしまう。
離婚の話し合いも、
きっと、
思い通りに進めるための布石なのだろう。
——してやられた。
そんな気持ちが、
確かにあった。
それでも。
あの部屋に、
もう夫はいない。
そう思った瞬間、
じわじわと、
嬉しさが込み上げてきた。
飛び上がりたいほどだった。
でも、必死で抑えた。
まだ、だめだ。
まだ、子どもに知られてはいけない。
すべてが整う、その時まで。
これまで何度も、
ぬか喜びをしてきた。
だから、私はとても慎重だった。
「もう大丈夫」
そう断言できる時が来るまでは。
翌日、夫は義実家へ
引っ越し作業の翌日、
夫は義実家に戻ったらしい。
私物はだいぶ残したくせに、
家電などの大きな物は、
しっかり持って行っていた。
きっと、
これも嫌がらせなのだろう。
義実家に戻ったことを確認してから、
とうとう、
子どもに伝える時が来た。
あの一方的な条件の中には、
私たちが家に戻らなければならない、
という項目があった。
だから、
先輩の家に居続けることはできなかった。
「パパね、
お部屋を出て行ったんだよ。
だから、戻って二人で暮らそう」
そう伝えたけれど、
子どもは、すぐには信じなかった。
「パパはうそをつくから。
本当は、まだ居るかもしれない」
その言葉を聞いて、
胸が、きゅっと縮んだ。
万が一、鉢合わせしてしまったら。
大人の私でさえ、
声も出なくなる。
子どもなら、なおさらだ。
それでも、
約束を破れば、
何が起こるか分からない。
私たちは、
あの部屋に戻らなければならなかった。
一週間。
私は説得を続け、
同時に、
子どもの恐怖が和らぐのを待った。
そしてようやく、
子どもは、
小さく頷いてくれた。






