2026年9月3日木曜日

卒業式で、やっぱり泣いた

厳かな雰囲気の中……

早めに家を出て、

周りを警戒しながら歩いた。


おめでたい日だから、

夫のことなんて

考えたくない。


でも、

警戒しないわけにもいかなくて、

本当に腹立たしかった。


私がもっと

上手くやれば良かった?

そうすれば

子どもも傷つけずに済んだ?


今さら考えても仕方のないことが

頭の中でループする。


悶々と考えすぎて

息苦しくなってきたところで、

小学校の門が見えた。


よし。

気持ちを切り替えよう。


そう思いながら、

門を通り過ぎた。


中には

既にたくさんの保護者が集まり、

会場内へと向かっている。


みんな笑顔で、

私も少しだけ

晴れ晴れしい気持ちになった。


会場には

椅子が並んでいる。

どこに座るのも自由だ。


前の方が見やすいのだろうが、

これも性格なのか、

最後列から一つ前を選んだ。


ひんやりとした椅子。

独特のピンとした空気感。


もうすぐ

卒業式が始まる。


涙、涙の卒業式

涙もろいという

自覚はある。


子どものころなんて、

よく「泣き虫」と

からかわれたものだ。


そんな性格も相まって、

卒業式という独特の空気は

涙を誘うのに十分だった。


始まる前に

うっすらと流れてくる

音楽を聴くだけでも

じわっと涙が浮かぶ。


これから始まる式のことを

想像してしまう。


始まるまでの十数分、

ハンカチを握りしめたまま

会場を見つめた。


そしてとうとう、

卒業式が始まった。


入場してくる子どもも

いつもよりもだいぶ

緊張しているように見えた。


歩き方がぎこちない子もいた。


それをほほえましく思いながら、

我が子が来るのを待つ。


もうすぐ、

もうすぐ来る。


チラチラと出入り口を

眺めていたら、

とうとうやってきた。


緊張していたと思うのだが、

柔らかい笑顔を浮かべながら

目の前を通り過ぎていく。


途中、

遠目で私を見つけた子どもは

小さく手を振った。


私も笑顔で

手を振り返す。


何だか子どもが眩しくて、

一気に涙がぶわっとあふれ出した。

2026年9月2日水曜日

穏やかな朝と、消えない不安

明日への不安

ようやく夫が帰り、

ほっと一息ついた。


このままでは

眠れそうにない。


聞きたくもない人の声を

聞いてしまった。


予想外のことだったので、

とても驚いたし、

何だか嫌な気持ちにもなった。


ドアを閉めた後、

ふと子どもの方を見ると、

ほんの少しだけ

笑顔が浮かんでいた。


何か楽しい夢でも

見ているのかな。


その様子を見るだけで、

心が落ち着いていく。


段々と平常心を取り戻した私は、

ペットボトルのお茶をコップに注ぎ、

それを一気に飲み干して

もう一度横になった。


落ち着いてくると、

自分がとても緊張していたのだと

改めて感じた。


上手く表せないけれど、

体が鉛のように重くなり、

どっと疲れが押し寄せる。


夫と接した後は、

大抵そんな感じだった。


明日、

どうなるかな。


本当に夫は来るのかな。


子どもにしつこくしたら嫌だな。

声をかけられたら嫌だな。


そんなことを

つらつらと思いながら、

眠りについた。


卒業式の朝

卒業式の朝を迎えた。


子どもは

いつも通りだったけれど、

私の方がちょっと緊張。


とうとう

この日を迎えたんだ。


嬉しいような、

ちょっと寂しいような。

不思議な気持ちで、

充実感もあった。


一時はどうなることかと思ったが、

通っていた小学校で

卒業式を迎えられた。


家に戻れたし、

仕事も続けられている。


色んな人や出来事に

助けられた。


それら全てのことに

改めて感謝した。


子どもは少し早く家を出る。

だから、私は

その後にゆっくりと準備。


子どもの姿を見たら、

いっぱい泣いちゃうかな。


ハンカチ2枚

持って行こうかな。


そんなことを考えながら、

準備を終えた。


ただ――

こんな日にも、

夫を警戒してしまう。


「一緒に行こう」


ひょっこりと顔を出して、

そう言われるような気がして、

警戒しながら家を出た。

2026年9月1日火曜日

卒業式の前夜

突然の来訪

卒業式の前の日。


今日は早めに寝て、

明日に備えようね。


そう話して、

早々に眠りについた。


疲れていたのか、

横になってから数分後には

すっかり夢の中。


気持ち良く寝ていたところ、

急にインターホンが鳴り、

目が覚めた。


夢の中でも誰かが訪問してきて、

起きた直後は

夢なのか現実なのか

区別がつかずにいた。


ボーっとしながら、

玄関を見るけれど、

スコープを覗かなければ

誰なのか分からない。


迷っていると、

再びインターホンが鳴り、

私は慌てて玄関に向かった。


そっとドアスコープを覗くと、

案の定、

夫の姿が……。


このままでは、

子どもを起こしてしまうし、

ご近所迷惑になってしまう。


仕方なく、

ドアを開けた。


どこまで行っても分かり合えない

私だって学習している。


ドアを少しでも開けたら、

入り込んで来ようとすることは

もう分かっている。


だから、

チェーンをしたまま

薄くドアを開けた。


夫はそれに気づかずに、

大きく開こうとして

ガシャンと鳴った。


私はそのままの状態で、

「(子ども)が起きちゃうから」

と、やんわりと拒絶した。


立ち話になるとは思っていなかった夫は、

少しイライラ。


顔は怒っていたが、


「明日、やっぱり俺も行こうと思って」


と参加を宣言し、

紙袋を見せてきた。


そこには、

卒業式に着るスーツが

入っているという。


「わざわざ用意した」

と言われたが、

そんなことは頼んでいない。


『この状況で、

よくそんなことを言えたね』


と呆れながら、


「明日は二人だけで行く」

と告げた。


その後も、

まだ電車があるから帰るように促しても、

なかなか帰ってくれなくて。


子どもを起こしたくない私は、

必死で納得してもらおうとした。


こんな大事な日を前にしても、

夫は自分のことばかり。


何度失望し、

早く関係を断ちたいと思ったことだろう。


夫は夫で、

家族に戻りたいと懇願した。


どこまで行っても、

分かり合えない二人なのだ。

2026年8月31日月曜日

子どもの節目の日まで

卒業直前

お義父さんからの手紙や、

夫から子どもへの依頼。


それらの出来事は、

間もなく小学校を卒業する

というタイミングで起きた。


準備はあらかた終わっていても、

気持ち的には忙しない。


用意し忘れている物が

何かあるんじゃないか?


中学校に入った後の生活は

どんな感じになるんだろう。


そんな風に

落ち着かない状況の中で、

連絡を受け続けた。


子どもだって

大変だったと思う。


全てを伝えなくても、

一緒に暮らしていれば

肌で感じ取ってしまう。


きっと、また

何か言われている。


それが分かっていても、

全ての意識をそこには

向けられない。


新生活に向かう時期だもの。

子どもにだって

色々考えることがあるのよ。


それを理解しない彼らは、

自分の気持ちを前面に押し出して、

子どもとコンタクトを取ろうとした。


理解できない要求

節目節目の

大事なイベントを

一緒に体験したい。


そんな要求を

はっきりと口にしたのは、

小学校の卒業式が

翌週に迫った時だった。


急にそんなことを

言いだすなんて。


私が驚いたのも

無理はない。


だって、

夫はこれまで

ほぼ全てのイベントを

スルーしてきたのだから。


義両親も、

あまり参加するタイプではない。


彼らにとっては

どうでも良いことなんだ。


何度も断られているうちに、

私もそう思うようになった。


それが、

別居して、

離婚の話し合いをし始めた途端に、

急に『参加したい』と言うなんて。


これまでのことは何だったんだ?


と、非常にモヤモヤした。


子どもにとっては、

パパが一緒に居る時間は

恐怖以外の何物でもない。


大事な日。


思い出に残るであろう日に、

一緒だなんて。


きっと、

受け入れられないだろう、

と思った。


どちらの要求も受け入れて

折衷案を出すのは、

この場合、難しい。


だから、当然だが、

100%子どもの側に立って、

夫たちの要求を遮断した。

2026年8月29日土曜日

いつの間にか、加害者に

夫が苦しんでいる

手紙に書かれていたのは、

”夫が辛い思いをしている”

ということだった。


義両親からすれば息子なんだから、

辛そうにしていたら

気になってしまうと思う。


義実家で過ごす夫は、

急に元気をなくしたかと思えば、

空元気を装ったり。


目まぐるしく変わるようで、

『そんな姿を見ていられない』

という訴えだった。


食欲も低下していて、

かなり痩せたという。


声が小さくなって、

か細い声で話すから、

体を悪くしたのではないか?

と不安になり、

病院に連れて行ったそうだ。


そうしたら、

体の方は特に悪い所はなかった。


ただ、

メンタル面での不調が強く疑われ、

受診を勧められた。


手紙にははっきりとは

書かれていなかったが、


『お前のせいだ』


と言われている気がした。


夫から子どもへのお願い

このようなやり取りの後、

しばらくして夫から

子どもへの伝言を頼まれた。


手紙が欲しい。


それだけだった。


いつも色々と言ってくる夫が、

たった一言。


それ以外の要求や

こちらを責めるような言葉も

一切ない。


この時、

私は想像してしまった。


弱々しくなった夫が

涙を浮かべながら

”お願い”をしている姿を。


夫のことは許せない。


それなのに、

ふと『可哀そう』だと

思ってしまった。


夫との離婚は、

私の中では決定事項。


それでもまだ、

できることがあるのではないか。


そんな風に感じ、

どう対処すべきかが

分からなくなった。


迷っている間も、

お義父さんから連絡が来る。


(夫)は今日は病院に行ったとか。


ご飯をあまり食べないとか。


寝込んでいる、

なんていう話をされるのが

きつかった。


人の心は不思議だ。


いつの間にか、

夫に対して私が加害者のような

気持ちになっていた。

2026年8月28日金曜日

話の通じない人たち

拒んでも、止まらない

話し合いなどしたくない。


夫と”離婚”に向けて

話し合うのなら良いけれど。


その時の状況は、

真逆にいきそうな雰囲気があった。


だから私は拒んだ。


メッセージが届いても

無視をし続け、

いつも通りの日常を過ごす。


そう心がけることで

何とか平常心を保っていた。


でも、

私の弱い心を見透かすように、

夫や義両親は揺さぶりをかけてきた。


メッセージだけなら

まだ良い。

見なければいいだけなんだから。


問題は電話だ。

あまりにもかかってくると、

精神的な圧迫も強くなる。


それを恐れていたのだが、

メッセージを返さないからか、

とうとう電話がかかってきた。


どうしよう。

そろそろ出た方が良いかな。


迷って迷って、

だけど出なかった。


そうしたら、

今度は鬼電ならぬ鬼メッセージ。


内容というか書き方は

とても優しい。


私のことを気遣う内容まであり、

無視をするのも悪い気がしてくる。


そう思っても、

やはり応答できなかった。


その先に続く未来を

想像してしまったからだ。


とうとう家まで来た

ある日、

ポストに手紙が入っていた。


裏を見ると、

お義父さんの名前が……。


最初に手に取った時には、

『誰からだろう』

という所に意識がいっていたからか、

気づかなかった。


でも、

家に入り、

テーブルの上に置いた時に

違和感をおぼえた。


切手が貼られていない。


気づいた瞬間、

思わずぞわっとした。


わざわざ家に来て、

ポストに入れて行ったんだ!


そのことが、

私たちを精神的に追い詰めた。


拒絶しても、

こうやって来られてしまえば

どうにもできない。


きっと、

提案を受け入れるまで

同じ様なことが繰り返される。


半ば諦めにも似た気持ちで、

携帯を握りしめ、

お義父さんにメッセージを送った。

2026年8月27日木曜日

選べない二択

親として何かしたい

ある日、

夕飯やお風呂も済ませて

束の間の休息時間を楽しんでいたら、

急に電話が鳴った。


充電ケーブルから外して

手に取ると、

お義父さんからだった。


どうせ、

ろくな用事じゃない。


分かっているのに、

確認しないという選択肢はなかった。


きちんと対応しないと、

また夫に何か言われるんじゃないか。


私の中にはまだ、

夫への恐怖が

しっかりと残っていた。


夫が変わったように見えるからといって、

たった数週間で

拭いきれるものではない。


長い時間をかけて、

ゆっくりと、

着実に

心を削られてきたのだ。


その傷は深く、

あまりにも大きい。


そう簡単に、

癒えるものではない。


メッセージを読むと、

内容は実にシンプルだった。


(夫)のことが不憫でならない。

直接会って、もう一度話がしたい。


義両親の、

『親として何かしたい』

という思いが伝わってきた。


話し合いという名の圧力

読み進めるうち、

私は強烈な違和感に襲われた。


というのも、

夫のことを慮った内容ではあったが、

私に対しては

押し付けというか、

圧を感じたからだ。


一番不満に思ったのは、

『できれば話し合いたい』

と言っておきながら、

最終的には

二択を求めてきたことだ。


うちに来てもらうのと、

外のお店で会うのと、

どちらが良いか。


まるで、

そのどちらかしか

選択肢がないような

書き方だった。


義実家に行く、

という選択肢が無いのは、

以前ひと悶着あった時に、


「(夫)さんの居る場所は

怖くて、行けない」


という内容のことを

ぶちまけたからだ。


それで、

一応考えてくれたのだろう。


だとしても、

行くことが前提の提案というのは、

いかがなものだろう。


そう感じた。


『話し合いには応じない』

という選択肢も

あったはずだ。


でも、

お義父さんは、

話し合うことが

まるで決定事項であるかのように、

返事を急かしてきた。

卒業式で、やっぱり泣いた

厳かな雰囲気の中…… 早めに家を出て、 周りを警戒しながら歩いた。 おめでたい日だから、 夫のことなんて 考えたくない。 でも、 警戒しないわけにもいかなくて、 本当に腹立たしかった。 私がもっと 上手くやれば良かった? そうすれば 子どもも傷つけずに済んだ? 今さら考えても仕方...