紙一枚に詰め込まれた圧力
話し合いの最中、夫は何やらメモを取り続けていた。
てっきり議事録のような内容だと思っていたのだが、まったく違った。
突然、夫が立ち上がり、その紙を差し出した。
私は何気なく受け取ったが、手にした瞬間、息が止まった——
そこには、私の想像をはるかに超える要求が並んでいた。
受け入れられるものは一つもなかった。
・別居中は子どもに毎日会わせる。難しい場合は宿泊で対応。
・滞在先は必ず明らかにする。
・滞在先の家主(先輩)と話し合いの機会を設ける。
・勝手に家を出たことを反省し、被害者である夫に慰謝料を支払う。
・反省文を作成(日付・記名・押印)。
・でっちあげの虐待の証拠を破棄。
・今後の話し合いには誠意を持って応じること。
・けじめとして、一度家に戻り、これまで通りの生活に戻る。
よくもまあ、こんなことばかり思いつくものだ、と頭が真っ白になった。
震える手で紙を受け取った私は、脳内が完全にパニックに陥った。
どうしよう、どう答えれば——。
答えは出ず、ただ焦りだけが胸に広がる。
夫はこういう時の”間”を嫌う。
ほんの一瞬でも返事が遅れれば、『異論はないな』と勝手に決めてしまう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
だから、言葉を選びに選び、慎重に慎重に、現実的でない条件を一つずつ説明した。
壊れたマグカップと奪われた思い出
あの内容だもの。
反論されることは、夫は最初から織り込み済みだったのだろう。
指摘すると、夫は激しい怒りをあらわにした。
それを恐れて、オブラートに包んだ言葉を選んだつもりだったのに。
受け入れられなかったこと自体に不満を持ったらしく、
「お前はいつも自分のエゴを押し通そうとするんだよな!」
と、叫ぶように言った。
それでも私は、ポーカーフェイスを装い、平気なフリをして譲歩できないことを伝え続けた。
内心は心臓がバクバクで、手のひらは冷たく汗ばんでいた。
自分の要求を受け入れてもらえないと悟った夫は、いつものように荒れ狂った。
そして、想像を絶する行動に出る——
私の目の前にあったマグカップを掴み、柱に向かって投げたのだ。
わざわざ私の方のカップを選んで。
そのカップはペアだった。
二人でふらりと寄ったお店で一目惚れした、幸せな思い出の品。
全く同じものを購入したので、間違えないように裏に各自のマークまで描いた。
あの日の私は確かに笑っていた。
未来に希望を抱き、胸いっぱいの幸せを感じていた。
それが、目の前で——。
陶器だから粉々に砕け散った。
衝撃が大きければ、陶器でなくても無事では済まなかっただろう。
この人は、思い出までも壊すのだ——と、震えながら痛感した。
その日、また一つ、私の大切な思い出が失われた。
でも、涙は出なかった。






